皐月の某日、アメリカのニューヨーク。巡音ルカは国連総会の出席後、海岸に面したとある公園を訪れていた。結月ゆかりとの再会もあり、心の和んだルカだったが、そこへアルと名乗る捜査官がやってきた。アルはルカを犯罪者集団から護衛するためにやってきたと言うが、ルカは気にかかっていた数々の不審な点を指摘し、アルが偽の捜査官だと感づく。アルは微笑を浮かべた後、消音器が取り付けられた拳銃をルカの眉間に突きつけた。
「…巡音ルカ、あんたほどの聡明な女は初めてだ! それにそこの筋金入りの犯罪者どもよりも勘が鋭い。まったくご立派だよ!」
「…で、これからどうするのかしら」
「事前に言っておくが、お前は我々から絶対に逃げられない」
「どうしてそう言えるのかしら」
ルカは化けの皮が剥がれた男に銃口を突き付けられながらも、冷静で強気な姿勢で会話を続ける。しかし2人の周囲にほとんど人はいない。更に遠くからスナイパーに狙われているため、かなり危険な状況である。そんな崖っぷちに立たされたルカの問いに、アルは答えた。
「俺は連邦捜査官だ。逃げようものなら、その次に待っているのは、刑務所に入るか死ぬかのどちらかだ」
「ふふっ、それは怖いわね…」
「まだ状況が飲み込めていないようだな?」
「いや、十分に分かってるわ。私が逃げても、人気の少ないこの場所で殺せば早い話、その後の隠蔽で私を犯罪者に仕立て上げるのも容易でしょうから。そうすれば¨容疑者に抵抗されてやむを得ず発砲した¨とでも理由をつけて、あなたは捜査官としての職権を行使しただけだと、周りから何も疑われることは無い。そうでしょう?」
ルカの鋭い読みは敵であるアルを少し感心させていた。そんなアルは内心、なかなか厄介な奴に巡り合わせてしまったなと思っていた。
「その通り、連邦捜査局の権威ってのは、なかなか高いんでな…その気になりゃあ、国会議員だって冤罪で刑務所に送ってやれる」
「まあ、荒んだ世の中になったものね」
ルカは鼻で笑った。こんな男が表向きとはいえ、大国の捜査官であるという事実に呆れていた。
「だが、そうやってほざいているうちに、お前はあの世から血まみれになった自分の死体を見ることになる」
「…ふふふっ」
この状況で突然ルカは笑い出した。そんな彼女に、アルは気でも違ったのかという表情で見ていた。
「何がおかしい?」
「…それは、どちらのことを言っているのかしら」
「どういう意味だ?」
ルカがそう言った瞬間、アルの方に向かって黒色のリムジンが猛スピードで突進してきた。まっしぐらに突っ込んでくるその車は、ブレーキをかける気配がまったくない。
「…うあっ!?」
「ルカさん! 乗って!」
車は海に落ちる寸前ギリギリのところで急停車した。アルは回避するために、海の中へ落ちた。ドアが開き、中にはゆかりが乗っていた。ルカは咄嗟に乗り込み、リムジンはアクセル全開で再び猛スピードで走り去っていった。海に落ちて、びしょ濡れになったアルは、去っていく車を見ながら計画にはなかった突然のことに悔しがり、地団駄を踏んだ。もっとも、足場は無いのだが。
「く…くそっ…!」
¨アル、何があった?¨
「このまま逃げきれると思うなよ、巡音ルカ…おい、今すぐにニューヨーク市街全域に奴らの追跡網を敷け! 警察の連中は総動員だ!」
¨本当か? でも本来の計画とは違うぞ。あまり大事にすると、マズいんじゃないか?¨
「巡音ルカは、俺のことを告発するはずだ…生かして返さん! 後でいくらでも嘘偽りのカバーストーリーは用意できる。だからどんな手段を使ってでも奴らを消せ!」
¨り、了解だ¨
応答していたアルの仲間は、彼の強い言葉に押されて迷いながらも承諾した。それから数分後、連邦捜査局からの指示でこのニューヨーク一帯から、一斉にパトカーのサイレンが鳴り出したのだった。アルは自分の立場を利用して、正体に感づいたルカとその仲間もろとも消そうと考えた。
「助かったわ、ゆかりちゃん…」
「本当によかったです。これもルカさんのくれた、緑茶が導いてくれたおかけです」
「緑茶?」
「はい。実はルカさんからいただいた緑茶のお返しに、この発売前の珍しい試供品のカフェオレを差し上げようと思って、引き返してきたんです」
「それで…」
ゆかりはルカがくれた緑茶のお返しに、わざわざ引き返してきてカフェオレの試供品を渡そうとしていたのだ。思えばこの救出劇は、とんだ偶然だったのだ。
「そうしたら、あの男性がルカさんとお話なさっていて。てっきり恋人かと思って遠くから見ていたら、ルカさんが鉄砲を突きつけられたので…」
「恋人って…でもゆかりちゃんのおかげで、命拾いしたわ」
「いえ、私は何も…瑞希ちゃんが咄嗟に反応して、車を動かしてくれたおかげです」
「巡音様を見て、本当に危ないと感じたもので」
「ええ…あの時は正直、かなり危なかったわ」
アルにピストルを突きつけられていたあの場で、冷静を装っていたルカも流石に危ないとは感じていたようだった。それもそうだ。何がともあれ、とりあえず難を逃れたルカだったが、彼女は心の中でまだ焦っていた…
「これは重大な事件です。今すぐに警察に連絡しましょう。それで何とか…」
「やめた方がいいわ」
「どうしてですか?」
「あのアルって男はFBIの捜査官を名乗ってた。最初は偽者かと思ったけれど、身分上は本物の捜査官かもしれない。もしそうなら、ここの警察や仲間の捜査員は、みんな彼の息がかかっている可能性があるわ」
「…つまり?」
「だから警察に電話して助けてもらおうとしても、私たちを捕まえて下さいって言っているようなものなの」
連邦捜査局はアメリカの司法機関で非常に大きな権限を持っている。各地の現地警察にも融通が利くため、ルカはアルなら既に手を回しているだろうと考えていた。
「なるほど。そうなるともう大使館ぐらいしか行く場所が…」
「それも無理だわ。大使館の役員は私たちのような¨アンドロイド¨に対して非常に冷たい。同じ人間にも冷たいもの、私が保護を求めたところでまともに応対してはくれないわ」
「そんな…」
ルカは2人にそんなことを話したが、決して噂だけの話や思い込みではなかった。かつて彼女自身が緊急で大使館を訪れた際、あまりにも冷たく粗末な対応をされたからだ。大国の捜査機関に巣喰う獣たちに狙われた彼女は、逃げる場所を失っていた。
「…2人とも、こんなことに巻き込んで本当にごめんなさい」
「気になさらないで下さい。ルカさんのような、みんなが幸せになれるような大きい夢を持っている人を守れるのなら、私は何でもしますから!」
「ゆかりちゃん…」
「私も巡音様は、ゆかりお嬢様と等しい存在に感じています。ですから私は最後まで、あなた様をお守り致します」
「瑞希ちゃん…本当にありがとう…!」
ゆかりや瑞希には、少し義理堅い性格があった。恩人に報いたい、その思いが巡音ルカという¨次世代への希望¨を守りたい気持ちに繋がっているのだ。ルカは自分の安全を省みずに守ろうとしてくれる2人に、これほど嬉しく思ったことは無かった。
「れっきとした冤罪ですけど、向こうの気が済むまで逃げましょう!瑞希ちゃん、何があっても逃げ切って!」
「お任せ下さい。この身に代えても必ず」
瑞希は周囲に警戒しながら車を進める。そしてゆかりは車内の引き出しから、パソコンと大量の機材を出してきた。彼女は手際よくセッティングを進める。
「ゆかりちゃん、何を?」
「私の友達に連絡をとります。頼めば、とても力になってくれる人です!」
パソコンのディスプレイが点灯し、何回かの断続的なロードが終了すると、ゆかりは1つのファイルを選択した。そして複雑な操作をした後にまたしばらくロードが行われる。すると1人の少女がディスプレイに映し出された。幼さを感じさせる顔立ちと小柄な体、そして紫色の髪が特徴的だった。
「今日は、りおんちゃん!」
「うわ~お! わたちのベスト・マイ・フレンド、りゃくして¨びー・えむ・えふ¨の、ゆかりおねえさま~!」
「ふふっ、りおんちゃん、相変わらずの反応ね」
「おひさしぶりで、ビックリしちゃったのよ~」
「突然でごめんね。ところでりおんちゃん、どうしてそんな幼い女の子みたいな喋り方になってるの?」
「あぁ…これはちょっといろいろあって、バグちゃったせいなの。いまはこんなカンジだけど¨かいけつほう¨をみつけたら、すぐにもとにもどすね」
今のりおんなら、他人から小学生と間違えられることだろうが、実際は中高学生ぐらいの年である。そんなりおんに、ゆかりが助けを求めたのは、彼女が¨あるもの¨にとても精通していたからだ。
「りおんちゃん、どうしても今すぐにあなたの力を借りたいの」
「なぬっ!ゆかりおねえさまが、わたちのパワーをひつようとしているのか!」
「非常事態で、あまり時間がないの…協力してくれるかしら?」
「もちろん! どんなちゅーもんでも、オチャノコサイサイでござぁい!」
りおんは快く引き受けたが、彼女のことを何も知らないルカは、ディスプレイを覗き込んで言った。
「この子は?」
「あっ、ルカさんにはまだ紹介してませんでしたね。名前は兎眠りおん。巷では¨サイバーワールドの天才アイドル¨と呼ばれています」
「こんな小さい子が…」
「おお! そこのきれ~いなおねーさんは、あのゆーめいなマートの¨めぐりねルカ¨さんですか?」
「どうして私の名前を?」
「それはさっきゆかりおねえさまもいってた、わたちが¨サイバーワールドのてんさいアイドル・とねりおん¨だからなのだ!」
「なるほど、何でも知ってるワケね」
「そーゆーコト!ではルカさん、いごよろしく!」
「頼もしい子だわ。こちらこそ、よろしくね」
その筋のアンドロイドなら誰でも知っている巡音ルカだが、りおんのような世間をよく知らなさそうな少女に知られているのは意外だったようで、彼女は少し驚いていた。だが呑気に話をするために、りおんに連絡したのではない。ゆかりは話の筋を、本題に戻した。
「りおんちゃん、大変かもしれないお願いがあるの。頼めるかしら?」
「えんりょなんて、いらないのだ! さぁ、わたちになんでもたのみなさい!」
「ありがとう! それじゃ、これから言う相手のことを調べてくれる?」
「りょーかい!」
ゆかりは知る限りのアルの情報をルカの言葉も交えてまとめた。そして画面越しのりおんに、それを伝えた。
「アメリカ連邦捜査局の捜査員、アル・トーテンコップ。特徴は黒髪で身長が高くて体格は大柄。経歴は不明で、偽名の可能性もある。身分上は本当の捜査官かもしれないけど、裏では別の組織に所属あるいは内通している可能性がある。分かっているのはこれぐらいかな…」
「…おーけー、ゆかりおねえさま!それだけじょーほーがあればじゅーぶん!これからすぐに、わたちのちょーすばらしいあたまと、ちょーすげぇツールをつかって、すぐにあらいだしたげる!」
「お願いするね」
りおんはそんな頼もしい言葉をゆかりに投げかけた。そして彼女のディスプレイ表示は画面右上に縮小化され、ゆかりは新たな作業に入った。それが済んだ後に一旦手を止めて、ゆかりはルカに話しかけた。
「ルカさん、私たちが亡命した時に助けていただいた、あの方を覚えていますか?」
「あの方?」
「はい。私たちがこの国に移る際に、たくさんお世話になった人です」
「もしかしてアンさん?」
「そうです!」
「そうだ、アンさんなら…!」
彼女らの言う¨アン¨とは、ゆかりたちがアメリカに逃れる際に、協力してくれた女性である。彼女は合衆国政府の官僚で、あらゆる面で顔の利く人物だった。アンとの出会いはルカがまだ青年期だった頃に、とある喫茶店で知り合ったのがきっかけだった。彼女は当時、甘声の女神¨スイート・アン¨として海外で注目されていた、駆け出しの歌手だった。そうしてルカと親しくなっていくうちに、ルカのMARTでの活動を知り、その夢と志に共感した彼女はルカの力になってあげたいと、政界に転身したのだった。そんな彼女なら必ず力になってくれる。ルカはかつて友達を助けてくれた、そして自分の力になってくれたアンを、再び頼る事にした。
「ゆかりちゃん、この番号で…りおんちゃんのように、アンさんに繋げられるかしら?」
「これですね、分かりました!」
そして一方、ルカを仕留めるために後を追うアルは、まるで狩りに赴く猟師のような目で、上空から街を見渡していた。
「くっくっくっ…さあ逃げろ逃げろ、どこまでも! 散々に足掻いてみせろ。そして悲惨な最期を遂げろ!」
彼の手には鋼鉄の壁をいとも簡単に粉砕する、大型の対戦車ライフルが握られていた。
「VOCALOID HEARTS」~第25話・希望を繋げる者たち~
ピアプロの皆さん、今日は!もう9月になりましたが、特に別段変わった事もない毎日です…
先月の31日はミクの誕生日で、様々な方面で凄く賑わってましたね。たくさんの絵師さんが書かれていた記念イラストや誕生祭が印象に残ってます。ミク5周年おめでとう!
今回はルカ編の中編を投稿させていただきました!しかし最近バトルものばかりですみません…
次回以降からボカロらしく¨歌¨のテーマを、もっと盛り込んでいきたいなと思います!
ルカに救いの手を差し伸べてくれる数々の協力者たち。彼女は次世代のアンドロイドの希望。しかしそれを紡がんとする大きな脅威が迫り来る……
前回メッセージ、ブックマークして下さった皆さん本当にありがとうございました!最近は更新頻度が落ちていますが、また見てやって下さい!
ルカ編の次はがくぽ編…かも?
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ご意見・ご感想
enarin
ご意見・ご感想
今晩は! 早速拝読させて頂きました。
今回はシリアスバトル&りおんちゃんが印象に残りました。臨場感がある文章で、楽しく読ませて頂きました。
ルカさん、格好いい! いつでも冷静沈着で、それでいて、”ツキ”もあるし、周りに支えてくれる人がたくさんあって人望も厚く、さすがです!
瑞希さんもゆかりさんもりおんちゃんも、さすがプロの仕事、凄いです! そしてアンさんもワクワクします!
それと緑茶=グリーンティーは、アメリカで人気ありますよね!
ではでは~!
2012/09/02 19:14:39
オレアリア
enarinさん今晩は!メッセージとブクマして頂いて本当にありがとうございます!
前半はアルとの対峙で後半はりおんを登場させてみましたが、特にりおんの場面は書いててとても楽しい所でしたw
妙にロリっぽい感じにしようと口調なんかが←
臨場感が出てますか?ありがとうございます!
僕の中でのルカの理想像は、enarinさんの仰られるような感じです!冷静沈着で聡明、それで人望もあって更にツキもあるような感じで…その上周りにはたくさんの頼れるボーカロイド達もいて、本当に恵まれた人です。
そうですよね、緑茶(ハーブティー)なんかはアメリカのような外国にも好む人に人気がありますよね!
作中では日本を離れて久しいゆかりさんにルカが手渡していましたが、こういうのを飲むと日本を連想させますよね。
今回も最後まで拝読して頂き、本当にありがとうございました!次回もまた見てやって下さい!
2012/09/03 23:18:04