【カイト】


 黄の国、青の国、緑の国。
 三つの国にはそれぞれ宝がある。

 黄の国には薔薇の印を刻んだ二つの懐中時計。
 時を刻み続ける、最も古から続く国の証。

 青の国には菖蒲の印を刻んだ二つの短刀。
 黄の国に続く歴史を持つ、最も勇壮な国の証。

 緑の国には百合の印を刻んだ二つの髪飾り。
 歴史は薄くとも鮮やかに栄える、伸びやかな国の証。

 この三つの国の、六つの宝を全て手にした者は、
 三国を治める資格を手に入れることが出来るという。



「カイトさんは、もし手に入るならどの宝が欲しいかしら?」
 無邪気に微笑む金髪の少女は、気が強いながらも愛嬌のある眼差しを向けてくる。後数年もすれば、かなり美しく成長するだろう。それが解かっていても、可愛いとは思っても、それ以上の感情を向ける事は出来ない。
「私は、余りそういったものは欲しいとは思いませんね」
「そうなの?カイトさんは商人なのだから、そういったものには興味があるかと思ったのに」
「父はその手のものは好きでしょうね。私は商人と言っても、まだ父の後をついて回っているだけですから」
「でも、何れは後をお継ぎになるのでしょ?」
「…さあ、どうでしょうか」
 曖昧な笑みを浮かべて、答えをはぐらかす。
 父が自分を連れて回るのは、何故か良家の子女たちに受けが良いからだ。後を継ぐのは多分、妹の方だろうと思いつつも、敢えてそれを口には出さない。出すことではない。
 そして同じような目的で、今こうして、黄の国で最も位の高い人と紅茶を飲んでいる。その事自体は構わない、俺も彼女と会えるのは嬉しいから。でも、好意を如実に示されれば示されるほど、どうしたら良いのかと戸惑ってしまうのも事実だ。
「カイトさんがその気になれば、黄の国の宝を一つだけならお見せする事が出来るのに、欲の無い方ね」
「…今は、リン王女がお持ちなのですか?」
「いいえ、でもすぐ傍にありますから」
 そう言ってちらりと私室のドアの方に視線を向ける。その視線の後を追えば、一人の少年が立っている。リン王女とそっくりな顔をした、召使の服を身に着けている少年。
 秘された双子の王子。
 リン王女は、俺にそれを隠そうとはしていない。話の折々にそれを示しているようだった。その意図を完全に読み取る事は出来ないが、それを好意の証のように思っているのだろう。
 そんな些細な秘密の共有を喜ぶ少女を可愛らしいとは思うけれど、この国の現状を思えば、それだけでもいられない。
「リン王女は、六つ宝が欲しいとはお思いにならないんですか?」
「そうねえ、下賤な緑の国の者が宝を持つよりは、わたくしが持った方がいいとは思うけど…」
「……」
「でも、青の国を敵に回そうとするほど、無謀でも無いつもりよ。何より、カイトさんの生まれた国ですものね」
 何の悪気も無くそう言い切る彼女が悲しい。
「緑の国は下賤、ですか?」
「あら、そうじゃなくて?黄の国と青の国のはみ出し者が寄せ集まって出来た国なんですもの」
「でもだからこそ、二つの国の文化を取り入れ、豊かに発展しているのだとは思えませんか?」
「それも所詮は規律のなっていない、乱れた国の豊かさでしょう?」
 見下した眼差しで、あげつらう。一度も緑の国に赴いたことの無い彼女が、何故そんな風に言い切れてしまうのか、その現実がやりきれない。
 どうしてこうなってしまったのだろう。
「王女、私は常に父について三国を巡っていますが、決してそのようなことはありませんよ。緑の国は、活気に満ち溢れた、素晴らしい国です。何より、王女が好まれて買う品々の中にも緑の国のものは沢山あるのですから」
「……まあ、カイトさんがそう言うなら、それでも構わないわ。どちらにしろ、それほど宝が欲しい訳でもないし」
 少し拗ねた様な顔で、そう言うリン王女に、笑みを浮かべる。完全に納得した訳では無いのだろうが、それでも俺の言葉に耳を傾けるだけの余地を残してくれただけ有り難い。
「わたくしには、この黄の国がありますものね」
「ええ」
 にっこりと笑う少女に、頷き返しながらも、内心ではこの国は後、どれほど保つだろうかと考えていた。確かに、彼女が国を動かすようになってから中心部は随分と賑やかになってきた。逆に末端は少しずつ冷えていく。
 年々重くなる税金、それに反して国から与えられる物は少なく、黄の国の郊外の村ではその日食べていくのがやっとという所も多い。彼女はその現状を知っているのだろうか?城の外に殆ど出たことのない王女様。自分が絞り上げている税金が無尽蔵に出てくる訳では無いと言う事を、彼女は。
「カイトさん?」
「…え?」
「どうかなさいました?気分でも悪いのかしら?」
 どうやら物思いに耽っているうちに彼女が話しかけたことに気づかなかったらしい。心配そうな顔で覗き込まれる。
「あ、いえ…。何でもありません、少し旅の疲れが出たのでしょう」
「そうね、まだ到着して間もなかったのに、随分付き合わせてしまったもの。大丈夫?」
「……その気遣いを、国民にも向けてくださればいいのに」
「何を言っているの?何処にそんな必要があるの?」
 思わず漏れた本音に、彼女は心底解からないという風に言葉を返す。その事がつらい。何よりも、自分は当事者ではなく、あくまで通り過ぎていくだけの存在だ。其処まで口出しして良いことなのかも解からない。
 ただ、他者に与える優しさを知っているのに、それを国民に向けられないで居ることが悲しい。彼女を何がそんな風にしてしまったのかは解からないが、そのことが腹立たしい。
「…いえ、何でもありません。そろそろ部屋で休ませていただいてもいいでしょうか」
「そうね、レン、部屋まで送ってさしあげて」
「いいえ、一人で大丈夫です。それでは、失礼いたします、リン王女」
 椅子から立ち上がり、一礼する。
 それから彼女の私室を出て行く。ドアの脇に立っている少年に微笑みかけ、部屋を出た。この城の中も、もう随分見慣れたものになった。黄の国の中心部で商売をする間は、大体いつもこの城に泊まるから、自然とそうなるのも無理は無いのだろうが。
 宛がわれた部屋に向かいながら、漏れそうになる溜息を必死で押さえ込んだ。


 部屋に着き、ベッドに寝転ぶと、大きく息を吐いた。
 実際、疲れて居たのも事実だ。この城に挨拶に来てからすぐに王女に引っ張られ、話し相手をさせられた。それが決して嫌な訳ではないけれど、気を使ってしまうのも事実だ。
 目を瞑って今日の失言を悔やむ。
 父に知られたら、何と言われるか解かったものではない。もちろん、今日の会話を報告する訳でもないし、リン王女もわざわざ父に告げたりはしないだろうが。
 コンコン、とドアがノックされて身を起こす。
 父か、それとも最近着いて来るようになった妹だろうか。
「はい?」
「失礼します、リン王女の使いで…」
「…ああ、いいよ、入って」
 声を聞いて誰だか解かった。ドアを開いて入ってきたのは、予想に違わず、金色の髪の召使の少年だった。
「薬湯をお持ちしました。気分も落ち着くでしょうし、どうぞ」
「ありがとう」
 その気遣いが嬉しい。礼を言うと、彼は慌てて首を振った。
「いいえ、僕はなにも。リン王女のご指示ですから!」
「うん、リン王女にも後でお礼を言うよ。でも君にもお礼を言ったらおかしい?」
「僕は、召使ですから」
「召使だと、お礼を言ったら駄目なのかい?」
「召使にそんな必要は無いと言っているんです。僕らは使われるだけの存在、家畜と同じです」
 その言葉に眉をひそめる。
「どうして君はそんな風に言うんだい?君は人間で、家畜じゃない。リン王女だって、君をそんな風には思ってないだろう?」
「それは…」
「それに、俺は助けられれば家畜にだって礼を言うよ。それはおかしいことかい?」
「…いえ」
 彼の持ってきた薬湯を受け取って、俺よりも低い位置にある彼の目と視線を合わせる。
「ありがとう、レンくん。俺は、お礼の言葉は素直に受け取ってくれた方が嬉しい」
「はい。どういたしまして」
 その言葉を聞いて俺が笑うと、レンくんも笑みを浮かべた。こうして笑い合える方が、やっぱり俺は嬉しい。
「リン王女は……」
「…はい」
「いや、なんでもない。ごめんね」
 何を言おうとしたのか、と自分で思う。
 君の前では、彼女はもっと普通の女の子として振舞えているのだろうか、なんて。
 俺の前で、頑張って背伸びをしている彼女はもちろん、可愛いけれど。王女として目の前に居る少女に、矢張り俺もその姿勢を崩せない。俺はきっと、彼と話すようにもっと気安く彼女と話したいのだろう。許される訳もないのに、そんなことを思ってしまう。
 俺は、何処までなら踏み込むことを許されるのだろう。
 部屋を出て行った彼を見送ってから、自分の至らなさが無性に腹立たしかった。



 黄の国の郊外の町。
 長閑な田畑が広がる風景。
 そればかりが全てではないにしても、この景色を見ていると、自然と気分が和む。
 そんな一面似たような景色の中で、一際目立つ赤い影が見えた。その影にゆっくりと近づく。
「メイコ、久しぶり」
「あら、カイト、久しぶりね。また仕入れに来たの?」
「うん、今父さんがメイコのお父さんと話してる」
 メイコの家は父が契約している農家の一つだ。鮮度の良い作物を仕入れて、青の国や緑の国で高く売る。メイコの家の野菜は父が契約している農家の中でも取り分け高く売れた。
「ふーん、で、あんたはまたあの王女様のお守りをしてきたの?」
「お守りって…」
「実際そうでしょ。噂はこっちにまで来てるわよ。あの王女様、あんたにべた惚れらしいじゃない。王女様だけじゃないわね、あちこちに王族や貴族のお嬢さんたちがこぞってあんたにぞっこんだってもっぱらの噂よ」
 そのメイコの言葉を聞いて、気分が暗くなる。
 俺が望んでいることじゃない、なんて言ったって意味の無いことだ。解かっているけれど、気分は暗くなる。
「俺の何処がいいんだか」
「顔じゃない?」
「えー…」
 それは流石にあんまりだ。でもだからって何処が良いかなんて、俺には解からないけれど。
「あんたは誰にでも優しいからね。この辺のやつらの中じゃ軟弱にしか見えないけど、貴族のお嬢さんにしてみればそういうところが良いんじゃないの?」
「軟弱って…」
 思わず溜息を吐いて苦笑いを浮かべる。メイコのそういう、はっきり物を言うところは好きだし、怒る気にもなれない。
「で、あんた、本命はいないの?」
「…いないよ」
「まさか、今まで誰も好きになったことが無いとは言わないわよね?」
「流石に、この年でそれはないよ」
 もう二十歳も過ぎてるのに初恋もまだでは、笑えない。と言っても、初恋はもう随分と昔の話だ。
「ふーん、気になるわね、あんたが好きになった子って誰?」
「そんなこと知りたいの?」
「そりゃ、気になるじゃない、三国一のモテ男の好きになる子っていうのが、どんな子か」
「…メイコだよ」
「え?」
 俺の言葉に、メイコがぽかんとした顔をする。多分、意味が頭の中に伝わってないんだな、と思って笑みを浮かべる。
「俺の初恋、メイコだよ。まあ、随分前の話だけど」
「嘘」
「本当。メイコはね、俺の憧れだったから」
 真っ直ぐで、強くて、優しくて、まぶしい太陽みたいな存在だった。いや、それは今でも変わらない。みんなの中心で、笑顔を振りまく存在。憧れが、淡い初恋になって、でも自分の立場を理解した頃から、諦めた。
 諦められる程度の想いだったと言えばそれまでだけれど、それでも確かに、俺にとってはメイコが初恋だったんだろうと思う。
「だから、俺はメイコが好きだったんだよ」
「…だから、あんたはモテるのよね」
「え?」
「何でもないわ」
 確かに言った言葉を聞き取ったけれど、その言葉の意味が解からない。ただ、メイコは話す気が無ければ絶対に話さないから、問い詰めようとは思わないけれど。
「…最近はどう?」
「うちは、うん、まだ大丈夫。あんたのお父さんが高くうちのもの買ってくれてるから。ただ、他の所は大変みたい。次の冬が越せるかどうか…」
「そう…」
 やっぱり、黄の国はこのままでは駄目だろう。末端から腐敗していくか、もしくは民衆がついてこなくなって、何れ国を追われるか。
「全く、あの我侭王女にも困ったもんだわ」
「メイコ」
「何よ、ほんとのことじゃない」
 嗜めようとすれば睨み付けられた。
 気の強さで言えば、メイコとリン王女はどちらも負けていない。気は合いそうにないけれど。
「あの子だって、ちゃんと優しさを持ってるよ」
「だったらそれをあたしたちにも向けて欲しいわね」
「……」
「別に、あんたを落ち込ますために言ってる訳じゃないんだから、そんな顔しないでよ。カイトが悪いわけじゃないんだし」
 それでも、彼女に何か言える位置に居るのに、俺の言葉だったら、もしかしたら彼女は受け入れて、考え直してくれるかも知れないと、そう思うのに、それでも言わない俺に、何も責任が無いと言えるんだろうか。
 最近は、こんなことを考えてばかりだ。
 何をしていても、何処に居ても、自分の至らなさに虚しくなって、誰と居ても、孤独感が拭えない。そしてそんな自分が嫌でたまらなかった。

 ぐいっ、といきなり強く腕を引かれた。
「兄さん、お父さんが呼んでるわ」
「ルカ」
「その人と話してないで、行きましょう」
 妹のルカがメイコに強い視線を投げかける。決して好意的ではない視線。
「ルカ!」
「……わたしは、ライバルに向ける優しさなんて持っていませんから」
 そうかろうじて聞き取れる声で呟き、そのまま俺の腕を引いて歩き出す。俺は溜息を吐いて逆らわずに後を着いていく。
「ルカは、俺の大事な妹だよ」
 血は、繋がっていなくても。
「…知っています」
 そう答えた言葉は、吐き捨てるような苦々しさを伴っていた。
 みんな、俺のことなんて嫌いになればいいのに。

ライセンス

  • 非営利目的に限ります

【悪ノ派生小説】比翼ノ鳥 第一話【カイミクメイン】

第一話はカイト視点です。
が、書けば書くほどカイトが鬱々としてどうしたものかと。
やっぱりカイトのモテっぷりがおかしい。

閲覧数:995

投稿日:2009/03/08 18:49:54

文字数:5,794文字

カテゴリ:小説

  • コメント2

  • 関連動画0

  • 甘音

    甘音

    その他

    メッセージありがとうございます。

    はい、長編です。長い話を書くのがすきなので。
    楽しみにしてくださる方が居るとやる気が出ます。頑張ります!

    2009/03/04 23:39:15

  • 時給310円

    時給310円

    ご意見・ご感想

    カイミクと聞いてw

    なるほど、これは壮大な長編になりそうな予感。
    次を楽しみにしている人間が、少なくとも一人は居るようなので、頑張って下さい。

    2009/03/04 22:01:17

ブクマつながり

もっと見る

クリップボードにコピーしました