第一章 ミルドガルド2010 パート3
「きっと、レンには秘密があると思うの。」
翌日、昼過ぎからルータオの中心街へと向かったリーンは、隣を歩くハクリに向かってそう声をかけた。ミルドガルド共和国沿海地方の中で最大の都市であるルータオには休日に多くの人間が押し寄せる。その中心部は二か所存在していた。一つは観光地として整備されている、修道院から運河に至るまでのアーケード街であり、もう一つは迫りくる山の麓に存在するルータオ駅周辺地区であった。特にルータオ駅周辺は十年前にゴールデンシティまでを一時間で結ぶ新幹線が完成してから急激な発展を見せ、並行して走る在来線と会わせて多くの人間を毎日のように吐きだしているのである。その目玉は駅に併設している、ルータオでは一番の高層ビルであるルータオヒルズであった。一通りの買い物はこのビルだけで済ませてしまうことが出来る上に、映画館と劇場まで館内には存在している。よもや百貨店という言葉では不足しており、正確にはミルドガルド西部地区一番のショッピングモールという表現が一番的確かも知れない。
「レンといえば、市民革命の指導者ね。」
押し寄せる大波のような人ごみを上手く避けながら、ハクリはリーンに向かってそう言った。滑るような明るい光沢を放つ床は今や人の足に紛れて視認することすら難しい。その人々は休日の娯楽を求めて或いは映画館へ、あるいは劇場へ、あるいは明日のファッションを求めて硝子張りのショーウィンドウを覗きこむ。ファッションバックを取り扱う店員の一人が、ショーウィンドウの前で立ち止まる若い女性を店内に呼び込もうと、その女性に向かって一つ愛想笑いを見せた。
「そうよ。でも、市民革命後にレンの姿は消えてしまったの。まるっきり、痕跡すら残さずに。」
リーンはそう言いながら、ミルドガルド各地でチェーン展開をしているカフェへと足を踏み入れた。両手にぶら下げた買い物袋がいい加減に重たい。少し腰を落として休みたいと考えたのである。
「考えてみれば、不思議な話ね。」
リーンの後に続いてカフェに侵入したハクリがそう言った。カフェは予想通り混雑している。セルフ式で手ごろな値段でコーヒーが飲めることはありがたいが、その為に犠牲にするものはカフェ本来の機能、即ちゆったりとした優雅な雰囲気というところだろうか。
「あたしはこう思うの。これはきっと何かの陰謀が働いたって。」
どうやらコーヒーを注文するまでには五人分程度をレジの前で待たなければならないらしい。ショッピングモールの、殺伐とした白い蛍光灯に飾られた通路部分とは異なり、暖色系の電球で統一された店内を見渡せばほぼ満員に近い状態である。うまく二人分の席が確保できればいいけれど、とリーンは思わず考えた。
「陰謀?」
不思議そうな表情で、ハクリはそう答えた。幸いにもレジの回転は速く、みるみる内にリーンの順番が訪れる。
「そうよ。」
そう言いながらホットコーヒーを注文したリーンは、続けて何を飲む?とばかりにハクリに目配せをした。
「あたしもホットコーヒーを。」
続けて、背が高めの男性店員に向かってハクリはそう告げる。
「畏まりました。」
丁寧なお辞儀をする余裕もないのだろう。妙に急ぐように店員はレジカウンターの背後に向かうと、事前に温めておいたらしいコーヒーカップを壁際の戸棚から取り出して、そして機械式のコーヒーメーカーの注入口にカップを置いてから、注入ボタンを押した。直後に、温かな湯気と共に褐色の液体がコーヒーカップに注ぎ込まれてゆく。その動作を二度繰り返した店員は、それでもコーヒーをこぼさないように極力の注意を払いながらカウンターへと戻って来ると、両手に持ったコーヒーカップ二つをトレイの上に載せた。
「合計で四百リリルです。」
財布を見ると、丁度二百リリル(作者註:一リリル≒一円。ミルドガルドの貨幣単位)がある。ハクリも小銭を持っていた様子で、二人合わせて指定された金額を提示すると、店員はそれと同時にトレイをリーンに向かって差し出した。両手に抱えた荷物を一時的に片手で確保する。一度に右腕にかかる負荷が倍になり、リーンは少しだけ顔をしかめたが、そのまま無言でトレイを片手に掴むと店内の奥にある客席を見渡した。
「リーン、あたしが持とうか?」
不安そうな声でハクリがそう訊ねた。
「ん、大丈夫。」
正直に言えばすぐにトレイをどこかに置きたかったが、今はハクリも買い物の荷物で手一杯の状態だ。それよりもすぐに席を捜した方がいい、とリーンは考えたのである。あの席、空いているわ、とリーンは直後に考え、そしてコーヒーをこぼさないように注意しながら席へと向かって行った。途中で重荷に耐えかねた腕が震えて、コーヒーがトレイの上に零れて、トレイの上に置かれた紙ナプキンが黒色に染まる。
「零れちゃった。」
運よく空いていた二人用のテーブルの上にトレイを無事に着地させたリーンは、僅かに舌を出しながらハクリに向かってそう言った。
「いいわ、少しくらい。」
ハクリはリーンがトレイそのものを途中で落さなかったことに安心した様子でそう言うと、リーンに続いて椅子に腰を落とした。春らしい、暖かい色合いを持つワンピースを着用しているハクリの姿はどこからどう見ても良家のお嬢様にしか見えない。一方リーンはホットパンツに白のシャツという、少し露出度の高い服装になっていた。
「でね、さっきの話の続きだけど。」
コーヒーにミルクと砂糖を投入して、それをアルミ製のスプーンでかき混ぜながら、リーンはハクリに向かってそう言った。
「陰謀説?」
ハクリはそう言いながら、形の良い、化粧もしていないのに健康的にふっくらとした紅に包まれた唇に、褐色の液体を付けた。ハクリはコーヒーをブラックのままで飲む。それはそれで大人っぽいな、とリーンはつい考えてしまうのだが、ハクリに言わせれば、どうもコーヒーに砂糖を入れることが苦手なのだそうだ。
「そうよ。きっとレンは何らかの事情があって歴史から抹殺されたのよ。」
リーンはそう言いながら、十分に砂糖が溶けたコーヒーを口につけた。ほんのりと甘くておいしい。疲れた体には甘いものが一番だと改めて感じる。
「でも、レンは市民革命の功労者よ。どうして抹殺されなければならないのかしら。」
「そうよね。」
そう答えてから、リーンは少し考えるようにコーヒーカップをテーブルの上に戻し、暫く両腕を組みながら思考を巡らせた。そして言葉を紡ぐ。
「初代大統領のメイコとの政争に敗れた、とかはどうかしら?」
「そうかもね。」
ふふ、とハクリは柔らかい笑顔を見せた。悪気を感じさせない、ハクリの温かい笑顔を見つめることはリーンの好きな行為の一つである。
「きっと、答えはセントパウロ大学にあると思うんだ。」
「楽しみね、リーン。」
ハクリは笑顔のままでそう答えた。リーンよりも高校時代の成績が良かったハクリは当然とばかりにセントパウロ大学文系学部のなかで一番の偏差値を誇る法学部への進学を決めていたのである。ハクリの実力ならもっと上の大学を狙うこともできただろうが、敢えてそれをしなかったのはリーンに対する友情が先行していたことは間違いのない事実であった。そういえば、とリーンは考える。そして、感じたことをそのまま口に出した。
「あたし達のご先祖様も、二百年ほど前に出会ったのよね。」
「そうだと聞いているわ。」
静かな口調で、ハクリはそう答えた。
「丁度市民革命の頃ね。どうしてルータオに移り住んで来たのかしら。」
「そうね。」
リーンの疑問に対して、今度はハクリが思考するように、白魚の様に透き通った指を軽く握りながらその指を口元に当てた。そして、こう答える。
「市民革命のころからルータオの海運が発達していったというから、或いは地方から出稼ぎに来たのかしら。」
「そうなのかな。」
それはそれで夢がないな、とリーンはつい考えてしまう。例えば実はご先祖様は市民革命の闘士で、戦いの後人知れずルータオに移り住んだ、というストーリーならリーンの想像力を多いに掻き立てることになるのだが、いずれにせよ二人のご先祖様がルータオに移り住んできたことを示す書物は現存していない。一般の庶民に家系図が存在するわけもあるまいし、仕方ないことなのかな、とリーンは考えた。
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