第一章 ミルドガルド2010 パート17
ミルドガルドには現代日本と同様に、四月の終わりから五月の頭にかけて一週間程度の連休期間が存在していた。メイが迷いの森の探索を目的として指定した日はその春の連休の初日のことである。カイルが運転する車の後部座席に腰かけたリーンは、隣に座るハクリと一緒に流れる景色を眺めながらその時間を過ごしていた。結局、あれから歴史研究会らしい活動をしたかというと、特には行ってはいない。ただなんとなく、ミルドガルド市民革命付近の歴史を調べ上げる程度の活動を行っただけである。時折、思い出したかのように部室に姿を現すメイはレン以外の人物に興味がない様子で、どこからか怪しげな本を持ち出して来てはそれを読破していくという行為を続けていたのである。明らかにネタ本だろう、というような内容であってもメイにとっては貴重な資料らしく、無我夢中で読み込んで行く姿はリーンであっても多少の感動を覚えたのではあるが。
「そろそろ着くぞ。」
カイルがそう言ったのは、セントパウロ大学を出発してから二時間近くが経過したころであった。既に周りは広い草原地帯となっている。この辺りまでは人家も進出していないらしく、前方に見える広大な森の姿を見て、リーンは何故か背筋がぞくりと冷える様な感覚を味わった。自然が人間と相いれなかった時代から変わらぬままの姿を持つその森は、リーンにとっては余りにも巨大すぎた。そのせいで、自分自身がまるで小さな存在に見えたのである。
「流石、高名な迷いの森ね。これは楽しみだわ。」
助手席に腰を落としているメイが不敵な口調でそう言った。やがて車のスピードが緩やかになり、国道を外れた野原の一角にカイルが車を止めた。その後一番に飛び出したのはメイである。続いて、リーン。外に出ると、爽やかな風がリーンの金髪をふわりと撫でた。気持ちいい、と感じながらリーンは軽く身体を伸ばす。長時間座席に座っていたせいで、体中が固まっているような感覚を覚えていたのである。良く晴れた連休の初日にハイキングに訪れた人間はどうやらリーン以外にもいる様子で、即席の駐車場となった野原には今リーン達が乗車した車の他に数台、様々なメーカーの車が停められていた。
「じゃあ、早速探検と行きましょう。」
最後に車から出てきたカイルが施錠を終えたことを確認すると、メイは全員に向かってそう言った。森の中は一応遊歩道らしき設備も用意されているらしい。人の手が入っているという事実を認識したメイは明らかに不機嫌に顔を歪めたが、今更帰るとも言えないのだろう、無理に自身を振るい起こす様によし、と気合を入れると、森の中へと足を踏み入れていった。その後に、カイルが、そしてハクリが続き、最後にリーンが足を踏み入れた。鳥がさえずり、鬱蒼と茂った木の葉から零れた、丁度良く弱められた日差しが心地よい。それに、都会に比べて空気も澄んでいる。たまにはこう言うイベントもいいな、とリーンは考えながら、リーンは大きく深呼吸をしてみた。柔らかな、心地の良い湿り気を帯びた空気がリーンの肺を満たしてゆく。
その時だった。
『こっちだよ。』
聞き覚えのある声が、リーンの耳に届いた。誰だろう、と考えてリーンは周囲を見渡す。ハクリではない。ハクリはメイとカイルの後ろを、リーンに振り返ることもなく歩いている。気のせいか、とリーンは考えて、ハクリに遅れないように歩こうとした時、もう一度その声が響いた。先程よりも、大きく、はっきりと。
『違うよ。こっちだよ。』
今度は声の位置を特定出来る程度に明確にリーンの耳に響いた。思わずリーンはその方角を見つめる。何もない、遊歩道の外れにある、一本の樹しか見えない。だが、リーンはまるで夢遊病者の様にその樹に近付いて行った。ぼんやりと、第六感が危険を告げている。だが、リーンはその感覚に逆らって、その樹に向かって手を伸ばした。そしてその手が固く節ばった樹皮に触れた瞬間、リーンは立ちくらみの様な感覚を覚えたのである。
『俺がミク女王の事を愛しているのは、紛れもない事実です。』
『ロックバード伯爵、三万の軍を率いて緑の国を滅ぼしなさい。』
『レン、ミク女王を殺して。』
『リン女王が悲嘆される原因は、全て僕が排除します。』
『ガクポ、アキテーヌ伯爵を処刑しなさい!』
『黄の国の将来をお考えください!』
『今日のおやつはブリオッシュよ。特別にレンも食べていいわ。』
『なら、国庫を増やせばいいじゃない。』
『青の国が、黄の国へと攻めて参ります。』
『カイト王が、あたしを裏切ったの。』
『レン、勝てるよね?あたしを裏切ったカイト王を、倒してくれるよね?』
『国民が反乱を起こしました。我々は既に、敗北致しました。』
『パンがなければ、ブリオッシュを食べればいいのに。』
『本当は僕たち、双子なんだ。』
『お兄様、待って!お願い、一緒に逃げて・・!』
唐突に、そして一度に頭に全ての情報を叩きこまれた感覚に陥り、リーンは思わず瞳を閉じて頭を両手で押さえ込んだ。叫び、悲嘆、別れ。全てのマイナス方向を向く感情を一度に感じることが出来うるのならば、或いはこの様な感覚を味わうことになるのかもしれない。一体何が起こったのだろうと考えながらリーンは瞳を開いて、そして息を飲んだ。まるで知らない場所に自身が立ちすくんでいたのである。先程まで一緒に歩いていたハクリの姿は勿論、メイの姿もカイルの姿も見えない。それどころか、先程自身の足で歩んでいた遊歩道の形すら確認することが出来なかったのである。代わりにリーンの目の前にあるのは、齢千年は軽く超えているだろう、巨大な樹木を持つ千年樹であった。その麓には、可憐に咲き誇るハルジオンの姿が見える。夢を見ているのだろうか、とリーンが考えた時、もう一度声が響いた。先程と同じ声だった。
『リーン、君の力が必要なんだ。』
思い出した。この声は。あたしの召使。いいえ、あたしのお兄様?
今度は先程の比ではなかった。千年樹が明るく輝いたとリーンが認識した直後に、足元が崩れる様な、大型の地震に遭遇したかのような巨大な揺れを感じ、そしてリーンの意識は遥か彼方に霧散するように消えて行った。
『最後に、言い残すことは?』
『あら、おやつの時間だわ。』
消えゆく意識の中で、自身の片割れが不敵にそう呟いたことを最後に、リーンの意識は虚空に浮く木の葉のように流れて、流れて、徐々にその形を不確かな物に変化させてゆき、少しずつ縮小させて・・そして完全に途絶えた。
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