7-3.

 初めてのデートは、ものすごく楽しかった。
 私は乾かした制服を着て、海斗さんと駅の近くのお店を見て回った。
 海斗さんに申し訳なくなってしまうくらい、何着も洋服を買ってもらった。さすがの海斗さんでも下着売場だけは「ちょっと、外で待たせて」って言ったけれど、その他はずっと海斗さんと一緒で離れなかった。
 晩ご飯は、海斗さんの家で二人で作ることにした。海斗さんが「外で食べるより、未来の手作りの方がいい」と言ってくれたからだ。
 買ってもらった洋服を家に置いて――早速、私は制服から買ってきた洋服に着替えた――夕方頃になってから、二人で近くのスーパーに買い物に行った。買ってきた食材を二人で切って、煮込んで、ご飯を炊いて、食事をする。いつもは独りで静かにやっていたことが、海斗さんが隣りにいてくれるだけでこんなに楽しくて幸せなことになるなんて思ってなかった。愛が泊まりにきたときも楽しかったけれど、海斗さんとはちょっと比べられない。
 ものすごく幸せだった。
 幸せすぎて、おかしくなっちゃうんじゃないかと思った。
 ――だから。


 だから、それを信じられなかった。


 ピピピピピ……。
 その電子音に、私達は我に返った。いくら誰も見てないからって、口移しでシチューを食べるのは確かにちょっとやり過ぎだったかも。
「ケータイ、未来の?」
 照れたのをごまかすように、海斗さんが尋ねてくる。
 私は首を横に振った。
「忘れたんですか? 私、ケータイ持って来てないですよ。だから、海斗さんのですよ」
 私も恥ずかしさをごまかすようにそう言ってから辺りを探すと、ベッドの上で海斗さんのケータイが鳴っていた。なかなか鳴りやまないから、メールじゃなくて電話だと思う。
「誰から……んん?」
 ケータイを手に取り、着信相手を見て海斗さんが不思議そうな顔をした。なんでこの人から電話が来るんだ? って思ってるみたいだった。
「はい……はい、はい。そうです」
 誰と話してるのかはわからないけど、海斗さんの態度はなんだがおかしかった。……なんていうか、知り合いに無理して他人行儀な態度をとってるみたいな、そんな感じ。
「え? まさか、そんな……冗談、でしょう?」
 私はスプーンを置いて、静かに海斗さんの電話が終わるのを待った。なんだが、嫌な予感がする。
 しばらく相手の話をずっと聞いて、海斗さんは静かに電話の相手に問いかけた。
「どうしても、ですか?」
 返事は、恐らくすぐ返ってきた。海斗さんは顔をしかめて、黙り込む。
「……わかりました。あとで連絡します」
 しばらくしてから一言そうつぶやくと、海斗さんは電話を切った。その顔は今までに見たことがないほど、苦悩にゆがんでいた。イライラしてる、と言ってもいい。
「……海斗さん?」
「……」
 ケータイをベッドに放り投げて、海斗さんは髪の毛をかき上げた。私の方を見てくれない。私と視線を合わせてくれない。
「……ごめん」
 しばらくして、海斗さんはやっとのことでそう言った。
「なにが、ですか?」
「俺の親父が、死んだらしい」
「え……?」
 一瞬、海斗さんの言った意味がわからなかった。海斗さんのお父さんが……亡くなった?
 急にそんなこと言われても、あんまりピンとこない。でも、海斗さんもそうだろう。呆然としてしまってもしょうがないのかもしれない。
 でも、ちょっと待って。それで、なんで海斗さんが私に謝るの?
「俺は……俺は、家業を継がなきゃならない」
「それが――」
「親父が死んだ今、俺にはもう自分の時間なんてない。俺は、今すぐにそうしなきゃいけない」
 海斗さんは苦渋の表情のまま、うつむいて、静かに私に告げた。
「実家に帰らなきゃならなくなった。大学も退学することになる。ここにはもう……俺はいられなくなってしまった」
 海斗さんがもう一度「ごめん」とつぶやくのを、私は信じられない気持ちで見つめていた。海斗さんのそんな言葉は聞きたくなかった。冗談だと言って欲しかった。けれど、海斗さんのその沈黙が、くつがえしようのない真実なんだと、なによりも雄弁に語っていた。
「じゃ、じゃあ……私は?」
 海斗さんがここにいられないんなら、私だっていられなくなる。海斗さんは、海斗さんの実家に。それなら私は、私は……?
「……ごめん」
 その言葉は、私にとっては死刑判決も同然だった。血の気が引いて、体が震える。
 イヤよ。
 そんなこと、イヤだよ。
 海斗さんと一緒にいたい。ずっと、ずっとだ。これからどうなるかを考えれば考えるほど、その願いは絶望的な思いなんだってことを思い知らされるみたいだった。
「未来っ、ちょっと待って」
 気づいたら、私は立ち上がって後ずさるように玄関を目指していた。
「イヤ、イヤ……」
 自分で自分を痛いほどに抱き締める。でも、それでも身体の震えは収まらない。
 もう、海斗さんとは一緒にいられなくなる。
 海斗さんは、私の知らないところに行ってしまう。
 海斗さんに見捨てられる。
 そんなの、耐えられない。
「未来……未来っ、待って。聞いてくれッ!」
 やっと立ち上がり始めた海斗さんを尻目に、私は海斗さんの家を逃げ出してしまった。

ライセンス

  • 非営利目的に限ります

ロミオとシンデレラ 36 ※2次創作

第三十六話。


一応、ラストの四十三話まで書き終わりました。
でも、3パターン書いた最終話をどれにするかまだ決めてません。
今、友人に読んでもらって、その感想を聞いてからどれにするか決めようと思ってます。
うーん、どれにしようかな……。

閲覧数:363

投稿日:2013/12/07 13:12:35

文字数:2,167文字

カテゴリ:小説

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