モンスターには総じて、コアと呼ばれる弱点がある。
モンスターの心臓にして唯一の弱点。人の握り拳程の大きさをした、真っ赤なルビーのようなそれ。
体内の奥深くに埋め込まれたそれを破壊しない限り、モンスターは全身を砕こうが頭部を切り飛ばそうが、確実に再生してしまう。
故に、モンスターを狩る傭兵達は皆、各々の武器を用いて一撃でモンスターのコアを破壊する術を、身につけなければいけないことになる…
その声は、夜明けの海岸を吹き渡る風に似ていた。
「蒼天の月 朧の刃 紅玉 碧玉 星の名を冠す者よ」
ぶわり、と、まるで生き物のようにミクさんの髪が大きく翻る。
既に、周囲に人影はない。他の人と一緒に逃げるように言われた僕は、その言いつけを破って、少し離れた所で彼女を見守っていた。
ミクさんの武器は、「音」だ。
今、ミクさんが発している「呪文」
朝、叩き起された「機械音」
そして昨日、ミクさんが男達を拘束した「音の結界」
彼女の持つ二股に分かれた樫の杖。その無骨な杖を媒介に、彼女の放つ音は、その届く限りの全てに効力を及ぼす―――!
「白き月の命において、我が前の災いを打ち滅ぼせ! ヴァルキュリー・ゲイレルル!」
一際高らかに歌いあげる。瞬間、ミクさんの掲げた杖の先から、真っ白な閃光が迸った。
稲妻よりも早く、無音のままに飛びだしたそれは、一瞬後には馬に乗った純白の戦乙女の姿を作る。
ヴァルキュリー。死を運ぶ戦乙女。戦場においては戦士に勝利か敗北を告げ、死した魂をオーディンの元へ運ぶという凶悪なる戦場の乙女。
くるりとミクさんが杖を回す。その動きに合わせて、顕現した戦乙女は、蹄の音も高らかにモンスターに飛びかかった。
ナメクジのような触手を数十本も生やしたタコのような、醜悪でおぞましいモンスターに、乙女の掲げた槍の切っ先が深々と突き刺さる。
ぐじゅり、と言う粘膜を突き破る濡れた音。
同時、モンスターの声なき絶叫が大気を震わせた。
「――――――!!!!!!!!!!!!」
「ゲイレルル!」
鞭打つようなミクさんの声。戦乙女は、一瞬のためらいも見せずに、突き刺した槍を自分の手首までずっぽりと差しこんでいく。
「―――!!――――!!!」
のたうちまわるモンスターが、その振り回される触手が次々と地面を叩く。まるで地震のように激しい震動に立っていられなくて倒れ込んだ僕は、それでもミクさんとモンスターから目が離せなかった。
ぐ、と足を踏ん張って、杖を構え続けるミクさん。その肩が細かく震え、モンスターと戦乙女を見る瞳には鋭すぎる視線が突き刺さっている。殺気だった瞳。
恐ろしいはずのそれが、何故だかとても美しかった。
気高かった。
ごくり、と唾を飲む。
戦乙女は、暴れ続けるモンスターの触手を片手の盾でガードすると、体の半分以上まで食いこませた槍を、力任せに真横へと薙いだ。
モンスターの体が弾け飛ぶ。
そこかしこに飛び散る真っ黒な、粘液とも体液ともつかない液体。
その中に、一つ、キラリと輝いた赤い何かがあった。
人の握り拳程の玉。
大振りのルビーにも見える、人の心臓にも見える不気味な赤い玉。
コアだ、と僕は気付く。目で見るのはこれが初めてだった。
そのモンスターの命とも言える玉を、戦乙女は返す槍で無造作に叩き割る。
パリィィン…!!
薄いガラスが砕け散るような音とともに、残っていたモンスターの体も、飛び散った液体も霧のように蒸発して消える。
戦乙女は、ミクさんの手元まで戻ると、一度深く頭を垂れて、光の粒となった。
…終わった…?今一つ実感がわかない。
未だ地に倒れたままの僕に、ミクさんが駆け寄って来る。
その瞳は、見慣れた穏やかな色を宿していた。
「鏡音くん、大丈夫!?怪我してない!?逃げなさいって言ったのに…!」
焦った顔で僕を助け起こしながら、体のあちこちを点検し始めるミクさん。
その手つきをくすぐったく思いながら、僕は体中を支配していた緊張の糸が、ようやく切れるのを感じた。
「ミクー!」
僕の体に何の異常もないことをミクさんが確認し終えた頃、メイコさんが通りの向こう側から駆けてきた。
人の消えていた大通りには、既に人が戻り始めている。質屋の周りにあった店にも、持ち主らしい人達が戻ってきていて、皆口々にミクさんに「ありがとう」と笑っていた。中には食べ物や何かをミクさんに渡している人もいる。
そんな、ちょっとした混雑の中を縫うようにしてやってきたメイコさんは、僕とミクさんが傷一つないことを見て取ると、ホッとしたように笑顔を浮かべた。
「お疲れ様、ミク!」
「ううん、こっちこそありがとう、メイコ。メイコが他の人達を避難させてくれたから、私も普通に戦えたんだから」
ミクさんの言葉に、メイコさんは照れたように「そんなことない」と頬を染める。でも、ミクさんの言う通りだった。
店の奥から突然飛び出してきたモンスター。それと向かい合いながら戦いあぐねていたミクさんの迷いを断ち切るように、突然響いてきたメイコさんの声。
「ボーっとしてないで早く逃げなさい!モンスターよ!!」
お店の方から一直線に駆けてきたらしいメイコさんは、近くにいた人達を手当たり次第に離れさせながら、殊更に焦ったように「逃げなさい!」を繰り返す。
その声に誘導されて見る見るうちに人がいなくなっていき、ミクさんは心底安心した表情を浮かべて、僕に「メイコと一緒に逃げていて」と言ったのだった。
「それよりも、レンくんの指輪はどうしたの?」
「「あ」」
2人揃って声をあげると、メイコさんは呆れたように肩を下げた。
「もう、何やってるのよ」
「あはは…よし、行こう、鏡音くん」
「は、はい!」
2人で頷き合いながらも、ミクさんは少し緊張したよう様子を隠さない。僕も同じだった。
モンスターは、行く予定だった質屋から飛び出してきた。モンスターは人を襲うのだ。そうだとすれば…
慎重な足取りで、ドアが吹き飛んだ店の中を覗き込む。窓のない建物は真っ暗だ。
一応、という感じでミクさんがこんこん、とドアの枠をノックすると、2人で一歩足を踏み入れる。暗闇に浮かびあがる、大小様々な陰。至る所にモノが放置してあるようだった。
「…足元にも色々あるみたいだから、気をつけてね」
「はい」
品物を踏みつけないように気をつけながら、一歩一歩店の中を進んでいく。天井を見上げると、叩き割られた照明の基礎部分が残っていた。多分、営業中はこれを点灯させているのだろう。
カウンターまで辿りつく。ミクさんは、杖を握りしめたまま、奥に向かって呼びかけた。
「ごめんくださーい!」
応答なし。ミクさんの杖を握る手に力が入る。もう一度、今度は前よりも声を張ろうとミクさんが息を吸い込んだ所で、
「はいはい。おや、あれはどこかに行ってしまったんですかねぇ」
何とも暢気な声が聞こえてきて、僕達はずっこけた。
ぼう、と、火のついたランプがゆらゆらと店の奥から現れる。それを掲げ持っている人は、ミクさんと彼女の杖を見ると、あぁ、と声を上げた。
「傭兵さんでしたか。成程、あれはあなたが退治してくださったんですね。お手数お掛けしました」
にこにこと笑うその人は、黒の短髪に黒縁めがねをかけた大人しそうな人だった。
優しげな瞳を細めてミクさんと僕を交互に見た彼は、ランプをカウンターに置くとにっこりと笑う。
「御用件を、承りましょう」
何故か、隣に立つミクさんが、緊張したように体を固くした。
<NEXT>
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ご意見・ご感想
しるる
ご意見・ご感想
バトルパート
ミクの強さを示すために重要なパートですよねw
神話の世界のお話は……雰囲気で感じ取っていきます←
2012/06/24 02:42:45
とうの。
>しるるさん
ミクの本領はまだまだこれからです…と煽ってみたりして^^
神話世界は小ネタ程度に突っ込んで行こうと思いますので、雰囲気でなんとなく楽しそう!とか思って頂けますと嬉しいです
2012/06/24 22:15:57
Turndog~ターンドッグ~
ご意見・ご感想
すげぇ!
少なくとも表現の仕方では確実に負けたっ!!
ヴィジョンが鮮やかに浮かんできましたよ…!!
ミクさんが鮮やかすぎる…!!
…はっ!!メモしなくては(だからテク盗るな
呪文の冒頭文がかっこよすぎ…
ああいう発想できないからなぁ…。羨ましい…
ああもう受験さえなかったら教えを乞うている暇があるのにっ。
2012/06/11 23:38:44
とうの。
>Turndogさん
そこまで褒め殺しにされては調子に乗るしかな(ry
嘘ですごめんなさい…
というか受験生だったのですね…!
これからが大変な時ですが頑張ってくださいませ><
私は今年、受験じゃなくて就活なのですがorz
次話をお楽しみに!
2012/06/12 16:10:01