目の前にいる赤毛の少女はどうやら冗談で私に消えろと言っているわけではないらしい。
なぜ彼女がそんなことを言うのか、そんな理由は容易に察することができた。
「奈々に、近づかないでくれる?すごく目障りよ。今朝から奈々にずっとまとわりついて。貴方、なんなの?」
敵意をむき出しにして鋭い言葉を私に次々と投げかけてくる目の前にいる彼女は、今朝奈々に向かって手を振って声をかけ、私を見た瞬間硬直していた本人だったからだ。
きっと彼女は奈々をとても慕っているのだろう。
そして恐らく、日常的に奈々の傍にいる人物なのではないだろうか。
私は彼女の言葉に対して、何も返すことができなかった。
だってそうでしょう?
奈々と私は今朝初めて会って、休み時間には私が一方的に怒鳴り散らしたかと思えば放課後には上級生二人も連れカフェに一緒に行き友達になり。
そしてなにより佳絃さんに会うまでは誰もが地味だ近寄り難いだというような身なりとオーラでいたのだ。
佳絃さんと私の出会いを知らず、奈々と私との行動をずっと見ていたのだとしたら奈々と会うことで私が変わり奈々にこの先まとわりつこうと思っていると思われても不思議ではない。
それに誰だって自分が慕っている人間が学年中の人気投票で確実に一番下をとりそうな人間とたった一日で仲良くなり自分に構ってくれなくなれば嫌な気もするものだろう。
「黙ってないでなんかいったらどうなの!?キャバ嬢モドキ!」
な、キャバ…
これには流石に反論したくならざるを得なかった。
「何故そこでキャバ嬢なんて役職が出てくるの」
「普段あんな地味の権化みたいな格好をしていて、周りの人間を避けておいて、突然貴方のトレードマークといっても過言でないような眼鏡とおさげをやめたと思ったら奈々までならず岳斗さんと佳絃さんまでたらしこんで自分に惹きつけるような人間になり替わるんだもの。
今朝の地味の権化だった貴方とくらべたらキャバ嬢並の違いよ。今までの自分の事考えて身の程弁えたらどうなのよ。」
「キャバ嬢と今の外見の私を同じものとして捉える貴方の脳が心配だわ。ただおさげとメガネを取っただけでしょう?私メイクすらしてないのだけど。」
「あれだけ有名なメンツを一人で自分だけのものみたいに連れまわしているのだからそう思われてもしょうがない事でしょう?自分の利益が為だけに奈々たちと関わるのならやめてくれないかしら。」
「……利益?」
利益なんて皆あるものではないの?
”一緒にいて安心する”だの”ただ楽しいから”だの誰にだって…
「生徒会選挙」
ああ…まただ、似たようなことがあった気がする。
彼女の言っていることが、理解できない。
本日二度目のデジャヴに軽く思考がシャットアウトしかけた。
「奈々たちに自分をアピールして周りの株を上げようって魂胆でしょ?岳斗さんも佳絃さんも女生徒には人気があるし、佳絃さんの方は先生方や先輩方からの人望も厚い。貴方みたいな…」
「ん~?世良は、自分から”生徒会選挙に出たい”なんて一言も言ってないと思うけど」
横から彼女の言葉を遮るように奈々の声が聞こえた。
目の前にいる彼女と同時にそちらを向く。
赤髪の女生徒の顔が引きつった。長い金髪をなびかせ、奈々が私の隣に並んだ。
「世良は、僕の方から生徒会選挙に誘ったんだよ?
ねえ君さ、ずっと僕たちの事見てたなら知ってたよね?休み時間の時にも似たような話しをした気がするけど、なんで世良の事をそんな風に毛嫌ったりするのさ。見てて気分悪いよ。やめなよそういうの。」
「な、奈々…」
ショックを受けたような顔になり、彼女は悔しそうに唇を噛んだ。
そうして、私の方をキツく睨みつけた。
奈々はそんな彼女の姿が気に入らないようで眉間に若干皺を寄せた。
赤髪の女生徒の瞳は、ほんの僅かだけれど揺れていた。
「奈々、いきましょ。」
私は奈々の腕を引き、そのまま化粧室まで連れ込んだ。
女生徒はその間ずっと、私の事を睨んだまま動かなかった。
化粧室の扉を閉めて、奈々の方を向く。
「私が言うのもなんだとは思うけれど言い方がキツイと思うわ。彼女にもああいう物言いをしたのには、それなりの理由があるのよ。」
私がそういうと、奈々は思いきり顔をしかめた。
「それにしたって、気に入らない。茜はいつも人の事を毒づく癖はあるけど、世良に対してだけはものすごい敵意を感じるし。」
「茜って、彼女の名前?」
「うん。いつも僕に話しかけてきて、登下校とかお昼とかも一緒にいる気がする。」
「やっぱり、奈々は慕われているのね。いろんな人に。」
改めて、奈々は人気があるのだなと認識する。
当然と言えば当然だけれど。
「ねえ、世良。」
奈々が私の髪を撫で、そして私の瞳を覗き込んだ。
蠱惑的な、奈々の瞳が目の前に写る。
「世良は、キャバ嬢なんかには全然見えないからね。本当にすごく綺麗なだけだよ。」
ゆっくりと、静かに、奈々はそう私に言い聞かせた。
あまりに突然そんな事を言われて、私は思わず笑ってしまった。
「奈々、それじゃあまるであの子が私の容姿に妬いていたみたいじゃない。」
奈々は一瞬驚いたような表情を浮かべ、それから淡く目を細めたかと思うとニッコリと笑って私に抱きついた。
「ええー、あながち間違ってもないと思うけどね僕は。世良は本当に綺麗だよ!」
「お世辞でも奈々の言葉だから喜んで頂いておくわ」
「お、お世辞じゃないんだけどなぁ…」
とりあえず茜さんという人のことは私が自己解決するからと奈々には念を押し、軽く髪を整えて私たちは先輩二人が待つ席へと戻っていった。
「あれ、世良ちゃん。なんかまた可愛くなった?」
席に戻ってから岳斗さんに開口一番そんなことを言われた。
「え、特に何もしてないですし変わってないと思いますが。そもそも容姿は元々良い方ではないです」
「いやそんなことはまずないから。なんか表情が明るくなった気がするな」
真顔で私の言葉を否定した後、岳斗さんは私をまじまじと見てそう言った。
表情が明るくなったなんて言われたのは初めてで、なんとなく恥ずかしくなって下を向いてしまう。
そんな私を佳絃さんも岳斗さんに同意した様子で見つめていた。
「がく先輩残念でしたね~。さっき世良、僕の前で笑ってたんですよ?」
奈々がどこか自慢げに岳斗さんにそういうと、岳斗さんは羨ましそうに奈々を見た後私に視線を移した。
何故か…顔を上げられない。なんなのこの空気は。
気恥ずかしくてとても顔を上げられなかった。
奈々はこの状況がどこか楽しいようで口元がにやけていた。
「世良、なにそんなに恥ずかしがってるの。顔あげなよー」
この子、絶対に私の反応で遊んでるわ…!!
ああもう!私も私でなんで俯いてるのよぉぉぉおお!
でもやっぱりなんかこの空気、すごく恥ずかしい。なんで!?
どんどん熱くなっていく頬の熱。
ちらっと皆の表情を伺うと、奈々だけでなく岳斗さんまで若干にやけている。
佳絃さんは相変わらずどこか苦笑した表情でこちらを見ていた。
「うぅー…」
変なうめき声と共に再び深く俯いた私を見て奈々はもう我慢できないというように吹き出した。
「あははは!もうほんっと世良可愛い!!可愛すぎ!」
そういって奈々は何度も私の頭を撫でてきた。
何故こんなことになっているのか全然分からなかった。
あははじゃないわよー…
その後、奈々は用事があるらしく皆解散することとなった。
カフェを出て、四人で家路に着く。
みんな同じ方向だったらしい。
「そういえば世良ちゃんは通学中に見かけたことなかったなぁ」
岳斗さんが少し不思議そうにそういった。
「世良いつも今朝くらいの時間に出てるの?早くない?部活かなんかだったの?」
奈々も気になっているようだった。
「部活の朝練とかじゃないわ。部活は入っていないし、ただあのくらいの時間から学校に行っていれば人が少ないし、校門に先生が立っていることもないから。」
用は人が苦手だからという理由で早めに行っていただけなのだ。
皆一様になるほどと納得してくれたみたいだった。
「そういえば奈々、今日お前も随分早く家出てたよな。今日はそういう気分だったのか?」
「流石察しがよろしくて助かるよ、がく先輩。そのおかげで今日は運命的な出会いもしたしね」
奈々は嬉しそうに私の方をみて私の腕を絡めた。
私はそこで、ひとつ気になった事があったので岳斗さんと奈々に尋ねた。
「奈々と岳斗さんは元々知り合いだったの?」
カフェで茜さん私に毒を吐いていたときにも言っていたけれど
岳斗さんは女生徒から人気があるから知っている人物だった、という話し方とは奈々の話し方はちょっと違うように見えた。
二人はもっと親密な関係に思える。
「んーまあ簡単に言えば元、居候だな。」
岳斗さんが苦笑気味に答えた。
「居候?」
首をかしげる私に奈々が話した。
「がく先輩はもともとは遠いとこに住んでたんだけど高校に入る際にこっちに上京して来たんだよ。でもそのときになんか、がく先輩の不手際のせいで色々あって私の親が先輩の親と仲良しだったらしくてね、僕の家に去年半年くらい居候してたんだよ。」
「なるほどね…。」
一体どんな不手際があったのやらと少し気にはなったが聞かないことにした。
「世良と僕は家は近いみたいだけどなんで全然会わなかったんだろうね。」
「そりゃ世良ちゃんが人目を避けて行動してたからじゃないのか?」
岳斗さんと奈々のやりとりを改めて見てみる。
確かに二人とも、どこか家族のような雰囲気に見えた。
「二人とも、なんか家族みたいだね。」
佳絃さんが少し微笑みながら、私にだけ聞こえる声でそういった。
「そう、ですね。」
このとき私には二人の関係が羨ましかったのだろうか、それともどこか苦しそうに見えた二人の関係に、恐怖を覚えていたのだろうか。
ねぇ奈々、どうしてそんなに苦しみを押し殺すような瞳で笑うの?
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