「よおし、と。これで終わり」。
引越し用の箱にテープを貼って、デフォ子さんは入口のルナさんに、手を挙げて挨拶した。
「おつかれ様。作業、終わった?」
ルナさんが聞く。
「うん。なんとか。引越し屋さんにも、連絡しといたし」
彼女は手をパンパンとはたきながら、立ち上がった。
ここは、デザイナー支援施設、ニコニコ・デザイナーズ・ビレッジ(通称・ニコビレ)にある、デフォ子さんの事務所。
この施設を卒業することになって、荷物のまとめも、今、済んだ。
「ひと息入れましょう」
「うん、そうしよう」
ひと足早く、この施設を卒業したルナさんは、きょう、ひさびさにここに戻ってきている。
卒業、といっても勿論、彼女は社会人。3年間の入居を終えて、別の場所に事務所を構えたのだ。
デフォ子さんも、彼女同様、ここを出て行く。
2人は、ニコビレの中のティールームに向かった。
●不思議な感じがしたから
2人がティールームに入っていくと、入口の近くの席に座っていた女の人が、こちらを見ている。
「あ!紙魚子さん」
ルナさんの声に、にっこりと笑うメガネの女性。兎論 紙魚子さんだった。
「こんにちは」
ルナさんの卒業と入れ替わるように、この施設に入ってきたのが彼女だ。
彼女たちは、知り合いなのだった。
「どうですか?このニコビレ。もう、慣れたかな?」
「ええ、やっと。少しずつです」
2人のやりとりを、ボーっとした顔で、デフォ子さんが眺めている。
「あ、紹介しましょう。こちら、イラストレーターの唄音ウタさん。私と同じで、こんどここを卒業されるのよ」
「はじめまして。兎論紙魚子(うろん・しみこ)です」
我に返ったように、目を見開くデフォ子さん。
「あ、どうもよろしく。唄音ウタです。デフォ子と呼んでください」
あだ名と本名の、関連がつかめずに、紙魚子さんは目を丸くしたが、ニッコリとうなずいた。
ボーっとした感じのデフォ子さんと、やはり地味目の感じで落ち着いた紙魚子さん。
2人はなんとなく、握手を交わし、しばらくお互いを見つめ合っている。
なんだか、気恥ずかしくなったのは、傍で見ているルナさんだ。
「あれ、なに。どうしたの、2人とも…」
「あ、いや。何だろうね。なんか、不思議な感じがしたからサ」
ふと我に返って、ブッキラボウに、デフォ子さんは言った。
●3年間、いろいろあったね
3人が立って話をしていると、ティールームに入ってきた男の人が、声をかけた。
「お、唄音さん。準備は済んだの?」
「あ、ズン村長。済みましたよ!」
デフォ子さんは、会釈をして答えた。
入ってきたのは、ニコビレの館長(通称・村長)の風祭順さん、あだ名・ズンさんだ。
ズン村長は、笑って、ちょっとため息をついて言った。
「そうか。君もいよいよ、ここを卒業だな。頑張ったね」
そして、ニヤニヤ笑いながら加えた。
「3年間、“いろいろ”あったけどな」
ルナさんは、それを聞いて、可笑しくてたまらなかったが、なんとか笑いをこらえて、神妙な顔をした。
師弟の、ひとつの別れのシーンなのだ。
「ええ、3年間、ありがとうございました」
ケロッとした、さわやかな顔で、デフォ子さんは答えた。
●おしゃれな街だね!
村長は、続けた。
「ようやっと、君の新しい事務所の場所も決まったそうだね」
デフォ子さんは、うなずいた。
「はい。今までに比べると小さい部屋なんですけど…」
そう言って、コピーした手書きの地図を取り出し、ズン村長に渡した。
「場所の割には、家賃も手ごろで。ホラ、北青山なんです」
「ほう、おしゃれな街だね。港区の北青山?」
「でしょう。ルナさんの知り合いの、ファッション・ブティックが入っていた穴場物件が、空いたんです」
「そうか」
渡された地図を見ながら、ズン村長はつぶやいた。
「お、ここ、すぐ近くに“ハミングス”があるところだね」
ルナさんが、うなずいた。
「そうなんですよ。雑貨メーカーの“ハミングス”の、ちょうど隣なんですよね」
「うん、ルカさんがいるところの、隣なんです」
デフォ子さんも、うなずいた。
立ち話を続ける3人を見ながら、紙魚子さんはまた自分のいた席に戻って、残りのコーヒーを飲んだ。
「ふぅん。これが、ニコビレの人、いえ、ニコビレにいた人たち…。面白そうね」(・-・*)
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ご意見・ご感想
enarin
ご意見・ご感想
今晩は♪ 今回はニコビレ卒業のシーンですね!
そうですよね、”3年”って、これまでたくさんの出会いと別れの期限として使われてきた数字ですよね。学業でも会社でも。
石の上にも3年って諺の通り、切り目の数字なんですね。世の中では”3年修行しても芽が出ないヤツは、その道ではあきらめた方がいい”なんて厳しい話も聞いたことがあります。
私は高校3年の時の卒業では、卒業式終了の瞬間に、長渕剛さんの”乾杯”を放送係が放送でかけ、見事に先生、生徒、入り乱れての泣きと抱擁の卒業式になりました。放送係、”してやったり”の、”したり顔”だったでしょうね、おそらくw
ニコビレでの3年で十分に経験とセンスを身につけた面々ですから、事務所に移っても快進撃を続けると思います。
そして紙魚子さんの不思議さがこれからどうでるか、楽しみです!
ではでは~♪
P.S 今日はとにかく寒くて1日大雨の最悪の天気でした。遂に根負けして、ガスファンヒーターを出して、扇風機をしまいました。なんか凄い交換作業だと思いました。
暑い→いきなり寒い
ですから。なんたる季節の変わり目…
明日は4日×二人分の大量の洗濯物に追われます…。
2013/10/20 21:20:19
tamaonion
enarinさん、メッセージを有難うございます!
>”3年”って、これまでたくさんの出会いと別れの期限として使われてきた数字ですよね。学業でも会社でも。
石の上にも3年って諺の通り、切り目の数字なんですね。
ですねえ。3、っていう数は2とか4のように割り切れないし、三角形とかバランス的にもいいですよね。
逆に、3すくみなんていうのもありますが。
学校が3年、という以外にも、いろいろ有りそうですよね、探してみると。
>私は高校3年の時の卒業では、卒業式終了の瞬間に、長渕剛さんの”乾杯”を放送係が放送でかけ、見事に先生、生徒、入り乱れての泣きと抱擁の卒業式になりました。放送係、”してやったり”の、”したり顔”だったでしょうね、おそらくw
おお、何という演出(笑)。ドラマチックな体験でいいですね。
昔はヤンキーさんが先生を待ち伏せして...なんていうニュースもありましたが、そういう良いシチュエーションもあるんですねえ。
何かそれで、ストーリーを作ってみては??
>P.S 今日はとにかく寒くて1日大雨の最悪の天気でした。遂に根負けして、ガスファンヒーターを出して、扇風機をしまいました。なんか凄い交換作業だと思いました。
ホントです。台風が去って、まあ冬に直行、とはならなくて良かったですが。
どうもいま地球の気候、妙ですよねえ。
健康には、気をつけていきましょう。
また感想を聞かせてくださいね。
では、また。
2013/10/22 22:27:22