14. 双子の恋 前編・リン
青の国の太陽が、今日も金色に輝きながら上ってくる。朝、真っ白な太陽を迎えた青の国は、この朝も心地よい風が吹いていた。
気温の上がる前の、涼しい海の音と共に、さわさわと玄関や道を掃く箒の音が響く。
リンたちの宿泊している宿も、のんびりと人が動き出した。
メイコも風と潮騒の心地よさに惹かれて、ずいぶん早くに目が覚めた。
昨晩の宴はずいぶんと盛り上がり夜遅くまで続いたのだが、不思議と疲れは残っていない。
「仕事なのに、なぜだろう……不思議ね」
宿のテラスから浜辺へと降りる。本日の予定は午後からの植樹祭だ。カイト皇子の成人の儀式として、海の見える里に、カイト皇子と祝いにあつまった客人たちが、木の苗を植えるのだ。
穏やかな風と、まだ勢いの穏やかな太陽に照らされながら、メイコはサンダルで砂を蹴りながら歩く。波がときおり足元にせまるのを、ぎりぎりのところでよけて行く。
視線の先に、濃い色の長髪長身の男が見えた。
いつもの風変わりな白い衣をはためかせながら、じっと海に向き合っている。
「ガクせんせ」
メイコが声をかけると、ガクがメイコを振り向いた。その時、ほんの少し波が強く引き、勢いをつけて押し寄せた。
「……む」
「あら、ごめんなさいね」
ガクの足元を、海の波が洗って去っていった。
「いや。これもまた、心地よいものだ」
ぬれてしまったぞうりを脱ぎ、ガクははだしになって歩き出す。
「そうかもね」
メイコも、サンダルを脱いで素足になった。足元の砂を波が洗い、ひやりとした水が肌をくすぐっていく。
「……黄の国にはない海だものね」
「うむ」
黄の国の海岸は、切り立った崖となり海に切れ落ちているか、砂浜にしても直線的な海岸を形成しているおかげで、高く巻く波が強く押し寄せるような海だ。港を作ることは出来るが、穏やかに向き合えるほどのんきな海ではない。
波の音が時を刻み、太陽がだんたんと力を付けていく。
「リン王女は、お疲れのようね」
普段なら、リンはとっくに起きだしてくる時間なのだが、今朝に限ってリンの部屋は静まり返ったままだ。
「国を離れているのだ。こういう時こそ、ゆっくり休むことは必要であろう」
レンは、ガクやメイコよりも早く起きたようだが、めずらしいことに、ぼんやりと海を見つめていた。
「リン様はまだ起きていらっしゃらないようだから、レンものんびりするといいわ」
声をかけたメイコに、レンはうなずいたものの、いつもの覇気は見られない。
「……リン殿もレン殿も、なんと申すか……大変であろうな」
メイコが、はっとガクを見る。今、レン『殿』とガクは言ったか。
「リン殿は、王であろうとして、頑固でまっすぐである。レン殿は、そんなリンどのにまっすぐ過ぎる。メイコ殿も大変であろうな」
ガクが、ふわりと口元を笑ませた。いささかメイコは驚く。
「あら。ガク先生も、そういう気をまわすことができるのね?」
無表情でぶっきらぼうに話すガクが、思わぬ柔らかな語り口を向けたのも驚きであるが、ガクがメイコにも『殿』と敬称をつけたことを、メイコは、上手く誤魔化されたのかしらと勘ぐる。
「……お気遣いありがとう。小さなころから、あの主従は今のままよ。レンはリン様にまっすぐ。リン様は……ちょっといろいろあって、ね」
「そうなのか」
疑いを持ったことをメイコは誤魔化しにかかった。
ガクはうなずき、くるりときびすを返す。だいぶ浜を歩いてきてしまったので、ここらで引き返そうというのだ。小さくなってしまった宿に向かって、ゆっくりと引き返し始める。さくさくと砂が鳴る。波が先ほどより足元に満ちてきている。
「では、あの二人……初めてなのだな」
え、とメイコがガクを見る。ガクが、メイコを見つめていた。
「外国に来たことに加えて、お互い以外の、外の世界を見るのが、初めてなのだな」
メイコは、今度こそガクに対する認識を改めた。
「この人は、……あのホルスト卿に雇われたのだった」
ホルストは、黄の国でも海に接した他国にさらされる領地を持つ。文字どおり海千山千と他国や自国の状況にもまれている領主であり、その分、人を見る力と政治力は卓越している。若いリン王女を何かとうるさく思っているホルストが、今回初めて外国に政務で赴くリンにつけたのが、この得体の知れない医師なのだ。何かにつけてずれた言動を繰り返すガクであるが、その洞察力を侮ってはいけない。
メイコは目の覚める思いだった。自分は何年も二人を見てきたが、今回たった数十日生活を共にしたガクが、自分よりも早く二人の異変に気づいている。ガクの目は、間違いなくリンとレンに向けられている。かなり深く、しかも的確に。その意図は未だ不明であるが。
「メイコ殿」
ガクが、メイコを呼ぶ。その目は、まっすぐにメイコに向いていた。深い夜の海の色をしていた。
「リン殿を、気をつけて見ていて下され。同じ女性だからこそ気づくこともあろう。私は、レン殿に気をつけておこう」
太陽が強くなっていく。
* *
眩しい光を感じ、リンは目を覚ました。
空気が熱を持っている。一瞬船の中にいるのだと感じたリンは、地面が揺れないことに気づいた。
「あたし……青の国に来たのだったわ」
そして、昨夜の光景がゆっくりと脳裏によみがえってきた。月の光の中で、カイト皇子が微笑んでいだ。
会うまでは、お飾りの皇子と侮っていたが、実際に会ってみると、その魅力に納得した。
寝台からゆっくりとおりる。素足に木の床の感触が心地よい。窓辺に歩み寄り、窓を開けると、視界いっぱいに眩しい青の色と海の響きが飛び込んできた。
新鮮な風を受けて、リンの黄色の髪がなびく。
少し遅いけれども、良い朝だ。
「……よし」
リンは、メイコの部屋に耳をすませる。メイコはすでに起きているようだ。こちらの窓の開いた様子を聞いて、部屋を出る音を聞いた。
「リン様。おはようございます」
リンは、身なりを整えてメイコを迎えた。
この朝、リンは一度もレンのことを考えなかった。そのことに、リン自身が気づくことはついになかった。
メイコとともに、いつもより遅めの朝食をとりながら、リンはメイコに自らの考えを伝えた。
「メイコ。今日は、わたくし、勝負に出ようと思います」
メイコが、いつになく息んでいるリンを見やる。
「今日は、カイトさま、ミク様、そして青の国の民が大勢わたくしを見てくる」
リンは、力強く笑った。
「全員、わたくしに惹きつけようと思います。メイコ。わたくしの考えを聞いてくださる?」
いつになく透明でまっすぐな瞳は、まるで今日の海のようにきらきらと輝いていた。頬はばら色に染まり、息と鼓動が早い。
「リン様、」
それは、誰に対する恋なのですか。
その質問を、メイコは発するタイミングを失った。リンがまるで堰を切ったように話し出したからだ。いつになく懸命に話すリンの様子を伺いながら、危ういと言ったガクの懸念がやがて確かなものになるまで、そう時間は掛からなかった。
つづく!
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