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 ちょっと前に、ちょっとした戦争があった。

 今では「メディソフィスティア僭主討伐戦争」と呼ばれる、歴史上は変哲の無い、ただの覇権争いである。

 前の時代区分では英雄だった文明が、血みどろの革命の結末で暴君として倒される、良くある話だった。

 けれども、やはり歴史上良くある話で、その後の分け前で勝利者側は相争った。

 敵が強かったので、味方は競って強くなった。その結果、強くなり過ぎた。

 みな、楽観的ではなかった。希望も持たず、ただ自分達の都合だけが全てになっている事を、薄々は感づいていた。

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 第7機動攻響旅団が拠点とするエルメルト攻響旅団基地。司令室では激戦が繰り広げられていた。

 「だからな、あざといLat式の方が使い易いんだよ!!!インターフェースのレスポンス早いし、火力も近距離から遠距離まで広いレンジで撃てるじゃねえか!」
 「所詮火力など無意味よ。動けば撃つ。撃てば動く。その為に「VOCALION」に必要なのは機動性でしょう?」
 「お前みたいに、なんでもかんでも歌ぶちかます奴の方が少数派だよ!普通科の連中を援護すんのも「VOCALION」の役割だって分かってるか!?」
 「普通科は迎撃ミサイル使えば良いじゃん。軍隊だし、自分の身は自分で守れるって言ってたじゃん」
 「だぁー!!!そんなんだからお前は司令にも前線にも向いてないって言われんだよ!!!」
 「Lat式は整備が大変だって言うじゃん。はちゅねSPで良いって」
 「整備大変なのは当たり前だよ!!!自動車並みに整備しなくても動くはちゅねSPと、軍用機は違うの!!!」
 「それに重音テトが侵入したなら、それこそ「VOCALION」って無意味じゃない?やっぱり肉体言語と歌で」
 「重音テトがいつまでも単騎で突っ込んでくるわけねえから!頼むから!Lat式を常時アイドリングにしてくれよ!」

 ようやく、第7機動攻響旅団司令の初音ミクが口を噤んだ。しかしここからが本編だと、亞北ネルは良く理解していた。

 「……ですが、ランニングコストの面で予算的な課題もありますし」

 横から嘴を突っ込んできたのは、クリフトニア共和国陸軍参謀本部から出向という身分の弱音ハクである。階級ではネルと対等だし旅団ではハクが先任だが、ハクは選り抜きのエリートでネルはヘッドハンティングされた中途採用組である。序列を全く無視しても、クリフトニア軍の段取りはハクの方がずっと把握している。

 「防衛計画上、亞北准将の提言はもっともですが。然しながら、最前線ではないエルメルトにおいて、例え戦略級「VOCALOID」に侵入されたからと言って、そうそうに年度予算をオーバーする運営計画の変更を行うは難しいと言わざるを得ませんね」
 「その政治家みたいな口の利き方やめろよ」

 むかつくが、ハクが言いたい事は良く分かったが、それでも政治家の真似をして食い下がってやった。

 「では、重音テトが1年程度何もしなかったら、どうなりますか?」
 「……くそ、てめえ!!!!」

 想像以上のカウンターを食らった。確かに、費用のかかるLat式を常時待機させて1年も出動実績が無いとなると、大変不味い話になる。

 「ねー♪ハクもそう思うよねー♪」
 「はい。私もLat式を常時アイドリングにするというプランは合理性があると思います。が」

 ハクはミクにはっきりきっちり釘を刺してから、ネルに向き直った。

 「相手は戦略級「VOCALOID」の重音テトです。クイーンが目の前に来たからと言って、ビショップを突き捨てる訳にも参りませんので」
 「ちっ。そのまま利きが死んでくれればいいがな」

 気障ったらしく、チェスで例えてきやがった。面倒臭すぎるので、こっちから話を切ってやった。どうせ、重音テトはその辺も計算して瀬踏みしてくるから、いきなり大技も使えないとかほざく気だ。

 「ああ!金の話が一番めんどくせえ!こんな貧乏所帯で命張るとか、普通科の連中が一番かわいそうだな!!!」

 そう言い捨てて、亞北ネルは突然席を立った。二人は止めもせず、溜息を吐いた。

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 ドアを思い切り叩きつけて、ネルは廊下に飛び出した。

 「……さて、言いたい事は言ったし♪」

 いくらなんでもヘッドハンティングで寝返って勝ち組についた亞北ネルである。どうせ予算的に無理だくらいは知っているし、まして重音テトが動かなければ浪費になるとか奴はそれ見越して動きかえる器量もあるとか、わざわざ聞かされなくても知っているとか、ハクも知っているとネルは知っている。

 「レンの奴でもからかいに行こうかな♪」

 しかし、重音テトの動向を問題にしてくるとは思わなかった。ハクの奴がそこをコメントしてくるとは、正直思わなかった。

 「結構、問題になってるんだろうなあ」

 迂闊に思念も発せられないので、知らず独り言が多くなる。思考よりも発音の方がペースは遅いので、他の「VOCALOID」には拾われないというメリットもある。当然、リアルで聞かれると死ぬが。

 「僕をからかうのがそんなに問題なんですか」
 「ああ。戦略上の重要な問題につながるな」

 はいナチュラルに会話したのでセーフ♪

 「もしかして「VOCALOID」は独り言が多いって噂、本当なんですか」
 「ああ、本当だ。そして秘密を知ったからには消えてもらおう」
 「そんなのどうでもいいじゃないですか……」

 金髪の坊やが呆れた顔で言い返す。確かにどうでもいいが、死んで頂きたい程に恥ずかしいのも事実だ。

 「お前もいつか分かる時が来る。遺言は3秒以内で済ませな」
 「うわー最期にカツ丼が食べたカッター」
 「お前は3秒以内に遺言を言い切ったので今日の所は許してやろう」
 「ありがとうございますこれでこころおきなくかつどんがたべれます」
 「やっぱりしね」
 「うわー」

 とりあえず、中央が対重音テトの指示を組むまでは、はちゅねSPで対応するしかないという結論にならざるを得ない。

 「そう言えば、重音テトが話しかけて来ましたよ」
 「おう鏡音レン貴様事によっては軍法会議物だけど、詳しく事情を聞かせてもらおうか」
 「いや、買い物行ったら普通にいましたけど」
 「マジで?」
 「もしかしてわーるどおb」
 「使わなくていい」

 くっそあいつ平然とエルメルト歩いてやがんのか。

 AKITANERU――――――――――【速報】あいつその辺いるらしい【緊急】

 「あー。こういう使い方も出来るんですね」
 「だがお前はしなくて正解だった。絶対に殺されてたぞ」
 「マジDeathか?」
 「ああ。死んでたな」

 まあ敵地でバレたら殺さざるを得ない状況で、わざわざ会話するとも思えないが。多少は脅しつけてもバチはあたらなかろう。

 「あ、テトさんに会ったら伝えといてって」
 「は?」
 「2200までに照準が範囲内にある場合、スナイプするって言えって言われましたけど」
 「おう。なんでお前それをすぐに報告しない?」
 「いや、意味が分からないし、間違ったらすぐに行動に移すとか言われたんで、意味わからなさ過ぎて」
 「そっか。うん、分かった」

 AKITANERU――――――――――おいババア。何陰湿なことしてくれてんの。
 KASANETETO――――――――――。
 AKITANERU――――――――――きいてんだろおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお

 物凄く面倒くさい話になった。あの捕虜、UTAUに返すか防衛しないと殺される。

 YOWANEHAKU――――――――――えっと。
 AKITANERU――――――――――防衛体制を強要されてるって分かるな!?Latを立ち上げとけよお前!!!!

 まだ午前である。この、明らかに急戦仕掛けられといて、正攻法で迎撃せざるを得ない状況。元工作員として名声を鳴らした亞北ネルとしては大変に不本意ではあるが。

 「何か合ったんですか?」
 「お前、18時に出撃だから、それまで寝とけ」
 「は?」
 「私は忙しい。訓練は中止、今日は実戦だ。おめでとう」
 「あ、はい」

 きょとんとした顔のレンを尻目に、ネルは走った。頭の中では、もうかなり複雑な段取りを組んでいた。

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ライセンス

  • 非営利目的に限ります

機動攻響兵「VOCALOID」 3章#1

単騎で乗り込んできた宿敵重音テトを、無傷のまま離脱を許した第7機動攻響旅団。司令の初音ミクと副官の亞北ネルは攻響兵器「VOCALION」の運用で激論を繰り広げるが……!

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投稿日:2012/11/12 01:37:40

文字数:3,494文字

カテゴリ:小説

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