変わりゆくもの
目の前の敵兵が傾いで視界が開ける。手近の一群をかろうじて斬り捨てたトニオは、がっくりと膝を付いて項垂れた。息は上がり、鼓動が耳を打つ。双剣の一本は半ばで折れ、もう一本には亀裂が走っていた。
ここまでか……と自身の限界を悟り、重い頭を持ち上げる。周囲は血の海だ。王宮兵士と革命軍兵士、そして赤い鎧の兵士が倒れている。未だ庭園のどこかで戦いの音が聞こえるが、決着が付くのも時間の問題だろう。
荒い息を繰り返しながら、トニオは傷だらけの体を引きずって移動する。大の字に倒れる兵士の傍らに着いた時、咳と共に血を吐き出した。口元を赤く染めて、トニオは巨漢の兵へ声をかける。
「アル、生きてるか?」
トニオに負けず劣らず、アルも満身創痍だった。額には大きな一文字の傷が走り、鎧を更に鮮やかにする血は本人か敵兵のものか判別が付かない。斧槍を手にしたまま目を閉じている。
「生きているなら返事をしろ。近衛兵副隊長」
厳しく言われたアルは瞼を開き、半眼でトニオに言い返す。
「うるせえ……。ちっとは、寝かせろ……」
話せるだけの力は残っているらしい。お互い死を待つだけの身だが、最後に会話を交わす事は出来そうだ。
「なあ、アル。この国をどう思っていた?」
近衛兵隊長の威厳を捨て、トニオは友人へ語りかける。身分も性格も違うが、アルとは不思議と馬が合った。三年前の大火災をきっかけにレン王子直属で働く事になり、名誉ある近衛兵の隊長と副隊長に任命された。
貴族の端くれとして、トニオは以前から保守な国の内情を痛感していた。上層連中は平民を見下し、低い身分の人間が抜擢されるのが気に入らず、己の権威を守るだけに固執する。それが黄の国を淀ませているとも知らずに。
「この国か……」
アルは言葉を区切り、王宮と空を仰いで答える。
「大嫌いだ」
はっきりした物言いが耳に届き、トニオは苦笑して返した。
「気が合うな、俺もだ」
責務で割り切れない事を王子に押し付け、甘い汁を吸う愚かな貴族達。傲慢な彼らが治める国を好きにはなれなかった。
「何でレン王子が……、十四の子供が全部背負わなくちゃならなかったんだ……。おかしいじゃねぇか」
アルは国の歪みを指摘する。黄の国が新しい時代を迎えている事に、上級貴族達は最後まで気が付かなかった。彼らは保守を優先して、本来支えるべき王子と反目した。国の為、と言う尤もらしい理由で。
旧態依然が全て悪ではない。しかし世界と人は変わっていく。速度の違いがあれども移ろい、適度に新しい風を入れなければ置き去りにされる。
「だが、殿下は受け入れていた。理不尽を認めた上で、国を変えようと尽力した」
並々ならぬ意思だとトニオは告げる。年齢の幼さ。権力を持った大人達。高くて厚い壁に立ち塞がれても、不可能だと馬鹿にされて笑われようと、王子は理想を捨てなかった。
渦巻く謀略欺瞞に晒され、己だけでなく近しい者が心無い謗りを受けても尚、レン王子は前へ進む事を諦めない。時に打ちのめされて挫けても、最後には悲しさや辛さに負けずに立ち上がる。
そんな真っ直ぐさを持つ少年にトニオとアルは心服した。黄の国を愛するレン王子を支えようと誓ったのだ。
「変わるよな? 黄の国は」
レン王子がして来た事は無駄じゃなかった。万感が込められたアルの質問に対し、トニオはきっぱり言い切る。
「変わるさ。この戦いを節目にして」
「そうか……」
回答を聞いたアルは笑みを浮かべる。無駄ではないと分かっただけで充分だった。
「トニオ。近衛兵としてレン王子に仕えた事は、俺の誇りだ」
満足した笑顔を見せて目を閉じる。アルはそれっきり何の言葉も発しなかった。
「アル? おい、アル」
トニオが呼びかけたが、巨漢の兵士はもう動かない。一人残った近衛兵隊長は、笑顔で眠った副隊長へ言葉を送る。
「先に逝くなよ、体力馬鹿が」
残された時間は僅か。先に倒れた仲間達の許へ旅立つのも近い。トニオは周囲を眺め、戦場に横たわる赤い鎧の兵士の名前を呼ぶ。
「メイト。ルキ。グミヤ。テッド。アル……」
揃いも揃って歳上を敬わない連中だ。最年長の自分を置いて先に逝くとは。
視界が霞む。戦いの音が遠い。息も絶え絶えにトニオは呟く。
「殿下……。貴方の意に反した行為を、お許し下さい」
折れた剣が地面に転がる。膝をついていた近衛兵は横向きに倒れ、二度と起き上がる事は無かった。
風切り音を伴って棍が突き出され、何も無い空間を貫く。回避が一瞬遅れれば額を直撃していたに違いない。メイコは連撃を避ける為に後ろへ下がって棍の間合いから逃れる。これまでの攻防で守りを崩せないと理解していたリリィは、メイコを追い詰めずに腕を引いた。
「腹立つ位強いね。こんな人が師匠なら、レン様の剣の腕前も納得だよ」
ほう、とメイコは眉を上げる。自分とレン王子が師弟関係だったのをリリィは知っているようだ。弟子の成長を見る事は叶わなかったが、六年の間に頭角を現した事は容易に想像出来た。
皆を守る為に強くなりたい。ひたむきに剣の稽古を重ねていた彼は現在、どれ程の実力を持っているのだろう。
元近衛兵隊長と互角の戦いをするリリィも相当なものである。本気のメイコに真っ向から挑み、ここまで渡り合った者は王宮を去ってから初めてだった。
とにかく速い。鎧で覆われていない箇所を的確に狙って棍を繰り出し、間合いを詰めれば拳や蹴りが飛んでくる。振るった剣は棍で巧みに捌かれた。
攻撃をしのがれ続けるメイコだが、決して翻弄されてはいなかった。リリィの攻撃は手数が多い反面、鎧の上から痛打を与える程の威力は無い。鋭い技をしっかり受け止めれば防げるのだ。
メイコは敏捷さを捉えきれず、リリィは防御を破れず、一騎打ちは膠着状態が続いていた。
「教えて下さい。レン王子は本当に、国民やミク王女が呼ぶような『悪ノ王子』なのですか?」
油断なく相手を見据えてメイコは訊ねる。王子の所業と噂はミク王女や革命軍の仲間等から散々聞かされたが、レン王子と直に接している人間から話を聞きたかった。
「私は幼い頃の王子を知っていますが、理不尽を許せない、素直で優しい子でした」
嫉妬から戦争を起こし、意に反する者や逆らう者達を処刑する。レン王子は自身が怒りを抱く行為をしている。もし彼が一国民だったら、革命軍を率いていたのは間違いなくメイコでは無かった。
「王子は変わってしまったのですか?」
メイコの問い。棍を隙なく構えたまま目を逸らさず、リリィは素っ気なく事実を答える。
「あたしは三年前からのレン様しか知らない」
それ以前は王宮にいなかったと説明し、穏やかな口調で続けた。
「表向きは変わってるのかもしれないけど、多分気質は変わってないよ。誰かの為に体張って、何でも一人で抱え込んで、この国を良くしようと誰よりも頑張ってる」
回廊にリリィの声だけが通る。先程まで武器を打ち合う音が響いていたのが嘘のようだ。朗々とした語りがメイコの耳に届く。
「家臣やそこで寝てるお姫様がレン様を認めていれば、黄の国は正しく繁栄してたよ。今頃緑の国も変わってたかもね」
お姫様、と呼ぶのは嫌味だろう。リリィがミク王女あるいは緑の国を快く思っていないのをメイコは察した。
黄と緑の軋轢は現在でも尾を引いている。革命軍内でも東側と西側の兵が衝突し、あわや乱闘になりかけた事も数度あった。戦後十年で関係が変化したとはいえ、両国の確執は消えていない。
「ああ。そうか」
緑の国が欲しいだけ。所詮政略に過ぎないとミク王女は非難していたが、レン王子が緑の王女に求婚したのはきっと別の理由だ。
二人が結婚すれば、黄と緑は国境を越えて結ばれる。それはどちらかが大陸を支配すると言う事ではなく、東西が共栄して生きていくと言う意味。リリィの見解を合わせて考えるのなら、おそらくレン王子は両国の平和を望んでいる。政略には変わりないが、少なくとも国や民を思っての事。嫉妬で青の国に侵略したのが事実なら、ミク王女への思いに偽りは無いだろう。本人から聞かなければ推測の域は出ないが。
レン王子が悪と呼ばれてしまっているのは、黄の国を愛しているからこそ。王子への違和感にようやく納得がいった。
「『悪ノ王子』は虚構だよ」
リリィは床を踏み鳴らして突進し、メイコの側頭部を狙って棍を振るう。当たれば衝撃で鼓膜が破れて気絶する一撃だ。しかし左腕の鎧がそれを防御する。
攻撃を無効化されたリリィは即座に棍を引き、左手を滑らせて中央部を両手で握る。そのまま棍を縦に反回転させた。
メイコは体を逸らして避ける。即座に体勢を直し、刃を横にして眼前に剣を立てた。瞬間、澄んだ音が響く。リリィが喉元目掛けて突きを入れ、刀身と棍がぶつかったのだ。
疾風の三連撃を防いだメイコは反撃に移る。棍の先端を弾き飛ばし、剣を振り上げた。
横へ跳ぼうとしていたリリィは、ふとメイコの背後を見て動きを止める。僅かに気を取られた隙に剣が振り下ろされた。避けるのは間に合わない。
「っ!」
咄嗟に棍をかざす。武器の材質やメイコとの力の差を考えれば褒められない防御方法だったが、他に手は無かった。
刃が止められる。だが棍は斬り折られ、通り抜けた剣先が軍服に触れた。
「危なっ!」
リリィの口から焦りの声が上がる。一瞬稼いだ時間で剣をかわせた。斬られたのは軍服の裾のみ。武器を真っ二つにされる代わりに無傷で済んだ。
目の前には剣を振り下ろした状態のメイコ。その後ろから迫る緑の影。ミクが短剣を構えて突進して来る姿をリリィの目は映した。
「またかぁ!」
リリィは素早く身をかわす。纏めていた髪の根元を刃先が掠めた。解けた金髪が翻る。
「あんたら緑は不意打ちと騙し打ちしか能が無いのか!」
二つになった棍を両手に持ったまま、リリィは後ろへ跳んでメイコとミクから距離を取る。
一人と二人に分かれて、三人はそれぞれの武器を構えて対峙した。
「降伏すれば命は助けてあげるわ。貴女は悪ノ王子に命じられて戦っていただけでしょう?」
ミクは悪態に応じず話しかける。哀れみの表情で問う緑の王女に、リリィは嘲りで返した。
「はっ。流石は皆の為に戦う正義の王女様。何でも都合良く考えて、自分を綺麗に見せかける為の努力を惜しまない」
痛烈な皮肉にミクの顔が引きつり、傍らのメイコは目を瞬かせる。リリィの言葉は、王子の命令で残っているのではないと同時に伝えていた。
「潮時かな」
リリィは呟き、ミクを睨んで冷静な口調で告げる。
「忠告してあげるよ、緑のお姫様。あんたの父親は碌でもない事考えてる。黄の国の家臣に密偵行為をさせて、機密情報を手に入れたりしてね」
「お父様がそんな事をする訳が無いわ。大体、何が目的で?」
取り付く島もなくミクは言い返す。しかしリリィは冷静に見解を述べた。
「黄の国を緑の属国にして、大陸を統一したいんじゃない? 西側のウィリデ王は東側の侵略にご執心だし」
ミクは信じられないものを見る目をリリィに向ける。不審が宿る視線を涼しい顔で受け流し、リリィは辛辣な言葉を放つ。
「あんたが王女としてするべきは、自国の現実と暗部を認識して、排他意識を変える事だよ。隣国の内乱に首突っ込んで、正義の味方ごっこをする事じゃない」
正面のメイコとミクに分からないよう体を引きながら、緑の王女へ更に忠告を送った。
「さっさと国に帰って兄王子を手伝う事だね。それがあんたの言う『皆の為』だ」
言い終えるか否かの瞬間、右手の棍を投げ付ける。飛来する棍を避けて隙が生まれたメイコとミクには目もくれず、リリィは敵に背中を向けて駆け出した。近くの窓を体当たりで破るや否や、躊躇いなく外へ身を躍らせる。
地上まで二階以上の高さはある。驚いたメイコが壊れた窓へ走り寄った時には、脱兎の如く疾走するリリィが見えた。飛び下りた直後によくあんなに動けるものだと感心する。遠ざかる姿を目で追うのが精々だ。
「逃げ、た……?」
恐々と外を覗いたミクが呟き、メイコは外を眺めたまま同意する。壊れた窓から改めて見下ろすと庇が目に入り、リリィは一度そこを足場に使って地面に降り立った事が窺い知れた。
肩の力を抜いたメイコは息を吐く。レン王子が逃げてくれるように、逃げる可能性を少しでも高められるようにと、尤もらしい口実で時間を稼いでいたが、それはもう限界だ。
リリィが足止めを目的にしていたのはすぐに分かった。だから兵達を下がらせ、あえて一騎打ちに持ち込んだのだ。
レン王子は既に脱出済み。淡い期待を抱いてはいるが、捕らえれば処刑しなくてはならない覚悟も決めている。
メイコは再び外を眺める。リリィの姿は消えていた。
ずっと、王子を守ってくれていたのね。
ありがとう。と声を出さずに礼を言う。リリィに感謝しているのをミクに悟られぬように。
後方から足音が聞こえる。庭園の戦いに決着が着いたのか、革命軍の兵士達がこちらへやって来ていた。
蒲公英が紡ぐ物語 第51話
レンの剣術はメイコ、体術はリリィ直伝です
ミニ外伝 命名
レン「やっと一段落ついたし、お互いに名乗りと行こう。俺は黄の国王子レン・ルシヴァニア。皆の名前を教えて欲しい」
「テッド」
「ルキ」
「グミヤ」
「……」
レン「……? 茶髪のお兄さん、名前は?」
「無ぇよ」
レン「えっ?」
「俺には名前が無い。あったとしても知らないんだ」
レン「じゃあ何て呼べばいいんだ? 名前が無いと俺が困る」
「名無しのままでもいいじゃないか。お前とかそこのとか、適当に呼べば良い」
レン「却下。それは名前じゃない。……名前が無いのなら、俺が考えてもいいかな?」
「……それで良い」
レン「なら……。そうだな、メイト」
「メイト?」
レン「そう。俺の剣の師匠とその父親の名前を合わせた。どうかな?」
「メイト……。俺はこれからそう名乗ればいいのか?」
レン「うん。今から名無しの誰かじゃ無い。メイトだ」
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裏方くろ子
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