“今夜十時に、部屋に来てほしい”

 今日のおやつの時間、リリアンヌが食べ終わった皿を片付けている時、リリアンヌから羊皮紙の入った小瓶を手渡された。
 そして、僕アレンは今、リリアンヌの部屋の前にいる。こんな時間に呼び出されたのは、初めてだった。
 おそらく、他の人には聞かれたくない用事なのだろう。もしかしたら、とんでもない命令かもしれない。
 僕は少し覚悟しつつ、部屋の扉をノックする。
 コンコンコンッ
 「アっ、アレンか?」
 少し震えたリリアンヌの声が返ってきた。
 「はい、僕です」
 「う、うむ、入ってよいぞ!」
 「失礼します」
 リリアンヌの許可が出た事を確認し、僕は部屋の中に入った。
 「.....え?リリアンヌ様.....そのお召し物は.....」
 「?何かおかしいか?」
 僕はてっきり、リリアンヌはいつものドレスを着ているものだと思っていた。
 しかし実際は、リリアンヌはネグリジェ姿で、髪も降ろし、装飾品も付けてはいなかった。
 「い、いえ.....その、何か御命令があるのかと.....」
 「ああ、そうじゃ。.....こちらに来い」
 リリアンヌはそのまま、部屋の奥にあるベッドの前に立った。
 「リリアンヌ様.....僕は何をすれば?」
 「アレン.....お主にはわらわが寝つくまで、一緒にいてもらう!」
 「.....へ?」
 「っじゃ、じゃから、わらわが眠るまでそばにいるのじゃ!」
 「はあ.....」
 ある意味、とんでもない命令だった。つまり、リリアンヌを寝かし付ければいいのだろうか?
 「あの、なぜそのような御命令を?」
 一応、確認してみる。もし、真意を図り違えれば、僕の首が飛ぶ事態にもなりかねない。
 「う.....その、実は.....こ、怖いんじゃ」
 「え?」
 リリアンヌは何を言っているのだろう?
 国の頂点に立ち、その一言で多くの人を処刑台送りにし、誰からも恐れられているリリアンヌ。
 そんな怖いものなしだと思っていた彼女が、一体どうしたというのだ?
 「この部屋はかつて、お母様が使っていた部屋なのじゃ。お母様が亡くなってからは、わらわが使っているのじゃが、この部屋はとても広いうえに、月の光が全く入ってこんのじゃ」
 リリアンヌが少し震えた声で言う。
 なんとなく、分かった。
 リリアンヌは.....いや、僕らは、昔なかなか眠れない時、月の光を眺めていた。リリアンヌはその時の事を覚えてはいない。だが、きっと一人になった後も、眠れない時は月を眺めていたのだろう。
 それが、急に月の見えない部屋で一人で寝ることになり、心細くなったと。
 「い、いつもなら、我慢できるんじゃ!きょ、今日はこの天気じゃろ?」
 リリアンヌが取り繕うようにそう付け加えた。
 窓の外に目をやると、今にも雷が落ちてきそうな大雨だった。
 そういえば、今日は夜から嵐だとエルルカが言っていたっけ。
 おそらく、リリアンヌもそれを聞き、僕にこんなことを頼むに至ったというわけだ。
 すると、リリアンヌが急に顔を近づけてきた。
 「えっ?.....あの、リリアンヌ様?」
 「よいか?絶っっっ対ッ誰にも言うでないぞ‼️言ったら処刑じゃからな!?」
 「はっはい!もちろん‼️」
 びっくりした.....。これこそ口に出せば処刑沙汰だろうが、真っ赤な顔で涙目になっている彼女にすごまれても、まったく怖くなかった。
 僕がそんなことを考えている間に、リリアンヌはそそくさとベッドに入っていた。
 彼女の瞼はだいぶ重そうだ。
 .....というか、僕もかなり眠い。
 「.....本当なら、我慢しなければならぬ。お母様のようになるためにも。.....アレン、わらわは弱い女かの?」
 ふいに、リリアンヌはそう尋ねてきた。
 「お母様は、こんなわらわを弱い女だと思われるじゃろうか?」
 彼女の目からは、今にも涙が溢れだしそうだった。
 リリアンヌは、女王陛下であったお母様を尊敬している。いつか、お母様のようになるのだと言っていた。
 彼女はきっと、たくさん我慢している。他の人には気づかれなくても、国の統治者にしては足りないにしても。
 「そんなことはありません。きっとアンネ王妃も、普段強く生きようとしているリリアンヌ様を見ておられることでしょう」
 「本当かの.....?」
 「はい」
 だから、こんな日くらいは、二人で乗り越えようね。
 「リリアンヌ様、では、僕が手を握っております」
 「う、うむ.....」
 そう言って、彼女の手を優しく包む。
 “悪ノ娘”と呼ばれるリリアンヌの手は、とても温かかった。
 「絶対、離すでないぞ?」

 『絶対、離ちゃダメだからね!』

 ふと、そんなリリアンヌの声が聞こえた気がした。
 そうだ、昔にもこんなことがあったっけ.....

 『アレクシル~暗くて怖いよ~眠れないよ~』
 『じゃあ、僕が手を握っててあげるよ!こうすれば、怖くないでしょ?』
 『絶対、離しちゃダメだからね!』
 『うん!リリアンヌこそ離しちゃダメだよ?』
 『離すわけないでしょ!.....ふふっ本当に怖くなくなっちゃったわ!ありがとう、アレクシル!』
 『僕もだよ、リリアンヌ!』

 あの時も、僕らは手を繋いで寝たんだっけ.....。
 なんだか、ずいぶん昔の事のように感じられる。
 「.....怖くなくなってきた.....ありがとう、アレン.....」
 リリアンヌがそう、ぽつりと呟いた。
 そして、次第に深い眠りに落ちていった。
 「.....僕もです、リリアンヌ様」
 あの時と立場は変わってしまった。だけど、変わらないものだって、きっとある。
 これから先、どんな事があっても、

     僕は絶対に、君を守るよ。

 僕はそっと、心に誓った。



 朝早く、王宮の廊下を足早に通る人物がいた。
 その、黒いローブをなびかせながら。
 「アレン!アレン?ったく、どこ行っちゃったのよ.....」
 私は小さくため息をはいた。
 たいした用事があるわけではない。借りていた本を返すだけだ。
 だが、こういう事は早いに越したことはない。なにより、これから二人の弟子の教育のため、あの小屋へ行かなければならない。
 帰ってくるまで、この用事を忘れてはならない事を考えると、非常にめんどくさい。
 しかし、アレンはどこにも見当たらない。
 朝早くならば、自室にいるだろうと思っていたが、あてが外れたようだ。
 「うーん.....帰ってきてからにした方が良いかしら?」
 そんな独り言を呟いていると、リリアンヌの寝室が目に留まった。.....まさか、ねえ。
 コンコン
 部屋の扉をノックする。返事はない。
 まあ、いつもなら、まだ寝ているはずの時間だ。これくらいは想定内。
 「リリアンヌ様、失礼します」
 一応、そう述べた後で、私は部屋に入った。
 リリアンヌはやはり、ベッドの上で寝息をたてていた。.....だが、そこにもう一人。
 「.....は?」
 アレンが、リリアンヌの手を握りながら眠っていた。これは想定外。
 何でこんなことに.....いや、だいたいの予想はつく。大方、リリアンヌが無理矢理頼んだのだろう。
 私はアレンを叩き起こそうと、ベッドに近づいた。二人共、気持ち良さそうに眠っている。やはり、二人の顔はそっくりだ。
 その寝顔を見ながら、私は昔、この子達の母親であるアンネと交わした会話を思い返していた。

 『アンネ?そんな所で何してるのよ』
 アンネは双子の寝室をそっと覗くように、扉の前に立っていた。
 『ふふっ、エルルカも見てみて』
 そう言われ、私も扉の隙間から、中を覗く。
 リリアンヌとアレクシルが、互いの手を握って眠っていた。
 『今日は初めて、二人だけて寝かしてみたの。最初は怖がっていたようだけど、気づいたらこうして寝ていたのよ』
 『.....嬉しそうね、アンネ』
 『ええ、二人共とってもかわいいんだもの!』
 アンネは満面の笑みで、そう答えた。ずいぶんとまあ、子煩悩な母親になったものだ。
 たが、そんな親子三人を見ていると、非常に微笑ましかった。
 『これからも二人で協力して、いろいろな事を乗り越えていってほしいわ.....』
 『そうね.....』

 あの時のアンネの願いとは、少し変わってしまったけれど、二人はなんだかんだ仲良くやっている。きっとアンネも、そんな二人を見ているだろう。
 侍女がリリアンヌを起こしに来るまで、まだ少し時間がある。
 それまでは、この子達をこのまま寝かしておいてあげよう。
 私は部屋の窓枠に腰掛けた。
 空を見ると、一羽のコウモリが空高く飛んでいった。

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王女の怖いもの

こんな日もあったらいいな、と思って書きました。

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投稿日:2018/09/27 18:28:56

文字数:3,618文字

カテゴリ:小説

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