それは、二月十三日。とあるイベントの前日である。

「はー、もうすぐバレンタインか」
「ってか、明日だけどね」
 先ほど授業終了のチャイムが鳴った。今は昼休み。待ちに待った昼食タイムである。
 いつもならメイコと二人で食べるんだけど、今日は違う。たまに、学園祭のときのメンバーで弁当を食べることがある。まぁ、女子だけなんだけどね。
「バレンタインね。あ、私も一緒にいいかな?」
「あ、初音先生。どうぞどうぞ」
 今ここにいるのは私とメイコ、グミちゃん、リンさん、そして初音先生である。初音先生は、よく生徒と一緒に弁当を食べることが多い。
「……そういえば、初音先生は誰かに渡すんですか?」
「ん? 私? 私は…神威先生と始音先生かな」
「「え!? なんで!?」」
「どうしたの、巡音さんと咲音さん? ……まぁ、一応……お詫びかな?」
「お詫びにチョコって、なんですか」
 いくらドジで普段から迷惑かけてるからって。詫びチョコ、語呂はいいな。
「リンさんはレン君に?」
「一応ね。家族で暮らしてるから、別に家で渡せばいいわけだし」
「好きな人は?」
「いるわけないじゃん」
 というか、リンさんはバレンタインをあんまり気にしていないように見える。
「私はとりあえずお兄ちゃんに」
「そういや兄妹だったね」
「本当は違うけどね。いつもいろいろお世話になってるし」
「本当にね」
 授業中起こしてもらったりとかね。いつも明るいグミちゃんの数少ない悩みに、『寝不足』がある。いつもしっかり寝ているらしい。でも寝不足はなおらないらしい。過眠症じゃないか、って神威先生は言ってたっけ。
「まぁ、教師にお礼の意味で渡す人もいるけどね。気をつけたほうがいいよ」
「え? なんでですか?」
「だいたい皆受けとらないから。神威先生とか、去年は大変だったみたいよ?」
「じゃあどこかに隠れてそうですね。……って、初音先生どうするんですか」
「私は職員室で渡すもん、同僚だからー」
「あ、ずるい」
 じゃあ私はどうやって渡せばいいんだろう。

「話は変わるけど、リンさんは学園祭のときってどうやって学園長に許可とったの?」
「いや、実際に許可とったのは初音先生なんだけど……私も知らない。何があったんですか?」
「え? うーんとね」



 時は遡り、九月二日のこと。
「学園長、失礼します」
 学園長は、書類を書いていたようだ。だが今は左手でペン回しをしている。子供っぽい。見た目通りですね、と言うと駄々っ子のごとく拳の乱れ打ちが飛んでくるので、出かけた言葉をぐっと堪えた。
「初音先生か。何の用……って、その手に持ってるのは?」
「これですか? 駅前においしいケーキ屋がありまして」
「ケーキだと!?」
「え!? ……えーと、そこで買ったシュークリームをですね」
「しゅ、しゅーくりーむ!? それはなんなのだ!?」
 とんでもない食いつき方を見せる学園長。興味津々、っていうか、知らないの?
「えーと。洋菓子の一種でして、生地を中が空洞になるように焼いて、その空洞にカスタードクリームなどを詰めるのが標準的で……」
「長いなあ、一言でまとめると?」
「甘くて美味しいです」
「何、甘い!? ………食べたい」
 もう子供の反応だよ。
「学園長に、と思って買ってきたものですから……どうぞ」
「マジで!? いいの!?」
「はい」
「ありがとう!」
 そう言うと、学園長はシュークリームを一口、ぱくり。見た目は完全に少女である。いつもの雰囲気が、二パターン。今回は少女の雰囲気だね。
「うっま! 何これ何これ! めっちゃ美味しい!」
「……お気に召したようで何よりです」
 めちゃくちゃ嬉しそう。差し入れたもので喜んでもらえるのって、すごく嬉しいよね。
「えっと、これはどこで売っていたんだ?」
「これは駅前のケーキ屋ですけど、シュークリーム自体はその辺のコンビニとかでも買えますよ?」
「なんですと!? よし今度買いに行く、買い占めに行く」
 この人……本当に学園長なんだよな?
「それで学園長、お願いがあるのですが」
「うん、いいよ。許可しよう」
「いえ私まだ何も言ってませんよね!?」
「この、『しゅーくりーむ』とやらの礼だ。凄く美味しいな、これ」
「は、はぁ……」
「凄く美味しいな! これ!」
「なんで二回言ったんですか!?」
「大事なことだから! 知らないのか、甘いモノで世界は救われるんだぞ!」



「……ということだったのよ。時間を置いてから改めて劇の件は伝えたから、内容はきちんと目を通してもらって許可はもらったわ」
『『……』』
 予想の斜め上をいく真実だった。子供かい。『シュークリームをもらったから』って、凄く単純すぎるでしょ。いいのか、学園長がそんなんで。
 そういえばいつだったか、神威先生も言っていたな。「学園長はメロンパンのために開店前の購買に並ぶ」って。本当に甘いものが好きなんだな。
「まぁ、それはともかく。チョコを誰かに渡すなら、本当に大変だから覚悟しときなさいよ?」
 ……それはかくれんぼ的な意味でですかね?

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい

Plus memory【3】

2013/02/13 投稿

女子会兼、若干のバレンタイン要素の会ですね。
でも肝心のチョコ、出てきていない。食べたい。
改稿につき、ゆかりさんのくだりをちょっと変更しました。

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投稿日:2022/01/10 02:29:01

文字数:2,116文字

カテゴリ:小説

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