第八章 残された者達 パート4
レン達が帰還した、という報告を受けて、一番喜んだ人物は誰よりもリン女王であっただろう。聞けば、ミク女王を殺したのはレンだという。あたしの召使は、今回もあたしが望む成果を上げてくれたらしい、と考え、そして一人微笑みを見せてからリンは立ちあがった。それまで帰還をして来る王立軍の様子を私室から眺めていたのだが、そろそろ謁見室にレン達が現れる頃合いだろうと考えたのである。さて、どうしようか、とリンは謁見室へと歩みを進めながら考えた。戦の勝利となればそれなりの報酬を与えなければならない。第一の功績はレン、これは間違いがないだろう。では、第二は軍を良くまとめて戦ったロックバード伯爵だろうか、それとも敵将ネルを討ち取ったメイコだろうか、と考えて、リンは僅かに眉をひそめた。メイコが反逆者であるアキテーヌ伯爵の娘であることを思い出したのである。本来ならば王家に対する反逆は一族郎党処刑するという慣習があるが、それでも戦争でメイコが戦果をあげたことは紛れもない事実である。メイコを処刑する訳にはいかないか、とリンは考えながら、謁見室への扉を開く女官の姿を一瞥した。そのまま、謁見室へと入室する。既にロックバード伯爵以下、レンとメイコの三人はその場所に集合していた。跪き、リンの登場を待っていたのである。
「この度の戦、良く戦ってくれたわ。」
玉座に腰を落とし、座り心地を確かめるように軽く座りなおした後に、リンは跪く三人に向かってそう告げた。
「お褒めのお言葉、誠に恐縮でございます。」
代表して返答した人物はロックバード伯爵である。手短に会見を済ませよう、と考えたリンは続けて報奨についての話題に移ることにした。
「第一の功績はミク女王を討ち取ったレンとします。」
リンがそう告げた時、面を上げたレンの表情を見て、リンは不可思議な気分に陥った。レンの表情が明らかに曇っていたからである。あんな表情をリンは今まで見たことがなかったし、それに本来なら第一の功績はそうそう獲得出来る報奨ではない。それに対して、喜びの色を見せないばかりか、寧ろ苦痛ににじんだ表情をレンは見せたのである。そのレンに対してリンは一言述べようかと考えて、止めた。これから先当面はレンがあたしの元を離れることはないだろう。その理由について訊ねる時間はいくらでもある、と考えたのである。そこで、リンは報奨の話を続けることにした。
「第二の功績は軍を良くまとめて戦ったロックバード伯爵とします。」
「光栄に存じます。」
ロックバード伯爵は、少し興奮した調子でそう答えた。そう、この反応。本来ならレンからも少し上気した、喜色に満ちた返答を期待できたはずなのに。リンはそう考え、そして第三の功績は誰にしようか、と思案した。通例、戦の功績は第三者まで告げることが黄の国の風習であったのである。本来ならばメイコがその功績にふさわしいが、メイコに功績を与える訳にはいかない。どうするかと考えて、リンはこの場にはいないが、レンと共に緑の国の王宮へと突撃したという赤騎士団副隊長アレクの名前を思い出し、そしてこう告げた。
「第三の功績は赤騎士団副隊長アレクとします。」
リンがそう告げた時、ロックバード伯爵が驚いたように目を見開いた。そして、こう言った。
「恐れながらリン女王陛下、仰せの通りアレクの活躍は目覚ましいものがありましたが、第三の功績でしたら敵将ネルを討ち取ったメイコがふさわしいかと考えます。」
「メイコに報奨はないわ。」
ロックバード伯爵の言葉に、リンは冷めた口調でそう告げた。
「それは一体・・。」
僅かに焦る様にロックバード伯爵はそう言った。ロックバード伯爵にしてみれば、リン女王の真意が理解できなかったのである。アレクに対して贔屓がある訳でもないだろうし、それに誰もが納得する功績を与えなければ軍組織自体が混乱する。第一の功績は確かにレンだろう。しかし、それと同等の活躍をしたメイコに報奨がないとなれば、メイコ自身はもちろん、他の兵士達も奇妙に感じるはずだと考えたのである。そのロックバード伯爵を睨むように眉をひそめたリンは、続けてこう言った。
「アキテーヌ伯爵があたしに反逆したことは知らされていないの?」
その言葉は、ロックバード伯爵どころか、メイコにとっても初耳であった。一体、何が起こったのか。ロックバード伯爵がその内容を訊ねようと口を開くよりも前に、言葉を放ったのはメイコであった。
「一体、我が父がどのような反逆を・・?」
メイコにしては珍しく焦る様な口調でそう言った。その言葉に対して、強い調子でリン女王は言葉を返す。
「アキテーヌ伯爵は緑の国との戦争に反対したの。」
そこで一度言葉を区切ったリンは、続けてこう言った。
「だから、アキテーヌ伯爵は反逆罪として処刑したわ。」
リンがそう告げた瞬間、メイコはその美しい形をした唇を開いたまま、呆けた表情でリンの姿を見つめた。暫く、沈黙が続く。耳が痛くなる様な静寂の後に、メイコが跪いたまま、震える声でこう言った。
「こ、この度は、我が父の不作法、申し訳ありません。」
悔しさなのか、悲しみなのか。涙をこらえるようにそう告げるメイコの表情からその感情を推測することはリンには出来なかった。ただ、メイコの感情を避けるように冷たく、言葉を紡ぎだす。
「メイコ、本来なら貴方もアキテーヌ伯爵の反逆の罪を負わなければならないけれど、今回の戦の成果を持ってそれを帳消しにするわ。今後もあたしの為に尽くしなさい。」
「は、ご容赦、感謝いたします。」
途切れ途切れに、メイコはそう言った。もうこれ以上話すこともないか、と判断したリンは、玉座から立ちあがりながら跪く三人に向かってこう言った。
「会見は以上で終了にするわ。レンはこの後、あたしの私室に来なさい。」
リンはそう告げると、何事も無かったかのように謁見室から退出して行った。
謁見室からリン女王の姿が消えた瞬間、ロックバード伯爵の耳にすすり泣く声が耳に響いた。その音の方角を見ると、堪えていたものが決壊したのか、メイコが膝をついたまま、その両目から涙を溢れだしていたのである。メイコが泣く姿を見るのはこれが二度目か。強がっていても、それでも妙齢の女性であることには変わりはない。
「お父様、お父様。」
メイコが呟くようにそう言った。まだ、信じられないのか、幼女の様に呻くメイコの肩にロックバード伯爵は手を載せ、そしてこう告げた。
「すまぬ、メイコ。」
子に恵まれなかったロックバード伯爵にしてみれば、メイコは自身にとっても娘のような存在であった。その娘が悲しみ、泣き叫んでいるのに、自身が悲嘆にくれる訳にはいかぬ、という強がりを見せながら、ロックバード伯爵はメイコをようやく立たせると、謁見室から退出することにした。自力で歩くことも覚束ないのか、半ばロックバード伯爵にもたれかかる様にして歩くメイコを支えながら。その後ろを、レンが続く。謁見室の扉から廊下にでると、レンはロックバード伯爵に一つ礼をしてからリン女王の私室へと向かって歩き出した。まだ泣きやまぬメイコをこのままにしておくわけにもいかぬが、と考えたロックバード伯爵は、神妙な表情をしたガクポが廊下の隅で待機していることに気が付き、そしてこう声をかけた。
「待っていたのか。」
その言葉に、ガクポは一つ頷き、そしてこう答える。
「はい。」
アキテーヌ伯爵の末路を一番知っているのはこのガクポだろうが、さてどうしたものか。メイコに聞かせてもよい内容だろうとはとても思えず、ひとまずメイコを退出させるべきだろうと考え、ロックバード伯爵はメイコに向かってこう言った。
「メイコ、一人で歩けるか?」
「・・はい。」
小さく、メイコはそう言った。生まれたばかりの小鹿の様に弱々しい力でロックバード伯爵から離れたメイコは、それでも震える足でようやくという様子で地面に立つ。そのメイコに向かって、ロックバード伯爵はもう一言を加えた。
「自室で暫く休んでくれ。儂も用がすんだら、そちらに行く。」
その言葉に小さく頷いたメイコは、ややよろけるように階下へと向かって行った。やがてメイコの力の無い足音が消えると、ロックバード伯爵はガクポに向かってこう言った。
「詳しい話を聞かせて欲しい。」
「・・アキテーヌ伯爵の件でしょうか。」
ガクポもまた、力なくそう言った。
「そうだ。一体、何があった。」
その言葉に、諦めたようにガクポは口を開く。
「アキテーヌ伯爵の御命を頂戴したのは、私です。」
何かを決意したかのようにそう告げたガクポは、アキテーヌ伯爵が処刑された経緯を滔々と語り始めたのである。
一体、何の用だろう。
リン女王への私室へと向かいながら、レンはその様なことを考えた。暫く離れていたから、愚痴でも溜まっているのかもしれない、と考えながらレンは階段を一歩一歩踏みしめるように登ってゆく。未だにメイコ隊長がすすり泣いていた声がレンの鼓膜に残っているような気分に陥り、レンは一つ溜息をついた。リン女王があの場で冗談を言うとはとても思えない。だから、本当にアキテーヌ伯爵は処刑されたのだろう。僕の妹かも知れない女王は、僕の想像を超える速度で堕ちてゆく。少しの苦労はあっても幸せだった生活はカイト王の不倫をきっかけにして全てが崩れ去り、僕はミク女王を、メイコ隊長は実の親を、そしてリン女王は心を失った。もう、戻れない道へと踏み出しているのかも知れない、とレンは考えながら、リン女王の私室の扉をノックした。
「入っていいわ。」
ノックの音に反応して、リン女王の声が響く。その言葉に導かれる様に入室したレンの瞳に映ったリンは、久しぶりに見た嬉しそうな笑顔をレンに向けた。
「ありがとう、レン。ミク女王を殺してくれて。」
心底嬉しそうに、リン女王はそう言った。
「お褒めの言葉、恐縮です。」
レンは静かにそう告げる。この笑顔を見ることが僕の喜びだったはずなのに、今はどうしようもなく辛い。リン女王の笑顔の報酬として失ったものの大きさを改めて痛感し、レンは僅かに瞳を伏せた。
「大変だったでしょう。だから、今日は特別よ。」
笑顔のままで、リン女王はそう言った。何があるのだろう、と考えたレンの背後でもう一度ノックの音が響く。その音に反応するように思わず振り返ったレンが見たものはおやつの皿を片手にした女官の姿であった。そう言えばもう三時になるのか、と考えたレンに向かって、リン女王が更に言葉を告げる。
「今日のおやつはブリオッシュよ。特別にレンも食べていいわ。」
その言葉に合わせるように、女官がブリオッシュの準備を進めて行く。二人分なのだろう、普段よりも大きめのサイズで焼かれたブリオッシュを長机に置くと、女官は続けて紅茶の準備を始めた。どうやら、僕のいない間この女官がリン女王の世話をしていたらしい、慣れた手つきで準備を終えた女官は恭しく一礼をすると私室から退出して行った。
「食べましょう、レン。座っていいわ。」
リン女王はそう告げると、レンに目の前の椅子に座る様に指示を出した。その言葉に合わせて、レンは着席する。普段はリン女王が召しあがる姿を眺めているだけだから、こうして自分のおやつとして食べることに酷い違和感を覚えたが、リン女王はそのレンの様子を気にすることも無く、寧ろ普段よりも上機嫌にブリオッシュを口に含んでいた。レンも一口サイズにカットして口に運ぶ。粉砂糖が振りかかっていて甘いはずなのに、なぜか苦く感じる。本当なら、もっと美味しいはずなのに、とレンは考えながら、リン女王と会話のやりとりをした。リン女王はレンがいない間に王宮で何があったのかを全て伝えるつもりらしく、果ての無い会話をつれづれと話していたが、暫くしてこう言った。
「王宮も整理したし、随分過ごし易くなったわ。」
「整理、ですか?」
レンはそう答えて、不思議な気分に陥った。特に王宮内が整理された様子はない。普段から整理はされているはずだし、内装が変化した様子も無かったからである。しかし、整理の意味が通常の意味とは異なるとレンが気付いたのは次のリン女王の発言を受けてからのことになった。
「そうよ。アキテーヌ伯爵を始めとして、あたしに逆らうものは全員処刑したわ。おかげで誰もあたしに文句を言わなくなった。やっとあたしの自由にできるようになったの。」
無邪気に、リン女王はそう告げた。恐ろしいことをしている自覚など微塵も感じない。そのリンの態度に気が遠くなりかけたレンは、それは違う、間違っている、と感じながらも、こう告げることが精一杯であった。
「・・それは、宜しゅうございました。」
リンは、もう戻ってこないのか。僕の妹かもしれない女性は、悪魔に心を奪われてしまったのか。レンはそう考えて、奈落へと降下してゆくような気分を味わった。
ハルジオン43 【小説版 悪ノ娘・白ノ娘】
みのり「お待たせしました、第四十三弾です!」
満「まずはごめんなさい。言い訳からです。」
みのり「えっと、昨日は友人の結婚式があって、一日拘束されていたのです。」
満「朝から出て、自宅に戻ったのは11時過ぎだったからな。」
みのり「で、今朝は寝坊しました☆」
満「今月分のノルマを前倒しで金曜日までにやり切ったから、毎日遅かったんだ。疲れ果てていて今日は起きられなかった。」
みのり「おかげで今日は月末にも関わらずのんびり小説を書ける訳です。」
満「一つの教訓だな。営業である以上、ノルマさえ達成すれば自由に過ごせるんだから。」
みのり「来月は毎週土曜日休みたいね。」
満「営業成績が良ければな。」
みのり「・・まあ、期待しましょう。」
満「それでは、今日は夕方に外出予定がありますがそれ以外は執筆に集中できるので書きまくります。」
みのり「では次回投稿で♪」
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ゆるりー
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