【カイト】


 長雨の季節が終わり、日差しが夏の到来を告げている。
 久しぶりに来た黄の国の南部の村は、畑のあちこちに見える人影がせっせとその炎天下にも関わらず働いているのが見て取れた。
 みんな相変わらず働き者だ。
 その中で、親しい友人の姿を探す。
 彼女の姿なら、遠目でもすぐに解かる。

 赤い衣服を身に纏った彼女を見つけて近寄り、声を掛けた。
「精が出るね」
 振り向いたメイコは、ぐーっと伸びをして、こちらに笑いかけてくる。
「あんたも元気そうね」
「まあね」
 そう声を掛けられて、頷く。
 メイコは父親である村長に声を掛けて、休憩することを告げた。村長も俺が傍に居ることに気づいたのか、快く頷いてくれる。
 仕事を中断させたのは申し訳無いけれど、こうして話せるのは嬉しい。
「それにしても、相変わらず白い肌してるわね。ほら見なさいよ、あたしなんてこの炎天下の中畑仕事なんてしてるから真っ黒よ」
「それだけ一生懸命働いている証拠だね」
 苦笑いを浮かべながら、その真っ黒に日焼けした腕と、自分の腕を見比べる。本当に同じ人間の肌の色だろうか、と思うほどに色が違う。
「まあね」
「俺はどっちかっていうと、焼きたくても焼けないんだよね、赤くなるだけで」
「それはそれで嫌かも…」
 真夏の日差しは容赦なく肌を焼くけれど、黒くはならない。ただ赤くなってひりひりと後で痛い想いをする羽目になるから、焼かないし、夏でも長袖を着ていることが多い。
「それにしても、もう少し嬉しそうな顔してると思ったのに、意外と暗いわね」
「意外とって?」
 何が意外なんだろう、首を傾げて問いかけると、呆れたような顔をして答えられた。
「恋人出来たんでしょ?噂は聞いてるわよ」
「…うん」
 此処まで噂は広がっていたのか、と思うのと同時に、リン王女の顔が脳裏に浮かぶ。今、彼女はどうしているだろう。怒っているのだろうか、泣いているのだろうか。
「で、それなのに何でそんなに暗い訳?」
「リン王女に、会ってもらえなかった…」
「ああ、そういうことね」
 それだけで全てを了解したようで、メイコは頷く。
 出来れば会いたかった、会ってちゃんと話をして、俺の言葉をちゃんと聞いてもらいたい。いくらでも責めてくれていいから、それでも。
 最後には理解して欲しい。
 そう思うのは、贅沢だろうか。
「相変わらずの我が侭っぷりなのね」
 メイコのその言葉に、顔を上げて反論する。違う、そうじゃない。
 元々リン王女に良い感情を抱いていないのは解かっているけれど、それは違うと。
「俺が、今まで曖昧にしていた所為だよ」
「あんたは誰にでも優しすぎなのよ」
「誰にでもってことは、無いと思うけど…」
「そうかしら」
 誰にでもなんて、そんな事は無い。ただ優柔不断で、曖昧なだけ。そんなのは、きっと優しさではない。だから、結局は相手を傷つけることになる。
 リン王女にも、もっと早く、ちゃんと告げていれば良かった。こんな風に傷つける前に。
「俺は、全然優しく無いよ。だからいつも、人を傷つけてばかりだ」
「まあ良いけど、リン王女に甘いのは確かよね」
「うん…」
 それは自分でも自覚している。
 彼女がどれだけ、メイコや、この国の人々を苦しめているのか知っていても、それでも俺は、嫌いになることなんて出来ない。
 俺を慕ってくれる笑顔を、嫌いになる事なんて、出来る筈が無い。
「ほーら、暗い顔ばっかりしない!」
 バシン、と思い切り背中を叩かれて、痛みに顔を顰める。全く力加減の無いそれは、本当に痛い。
「痛いって、メイコ」
「で、あんたの心を射止めたっていうのは、一体どういう子なのかな、あたしに詳しく話して御覧なさい。良い子なの?」
「うん、凄く、良い子だよ」
 わざと話題を変えてくれたのだろう、有り難くそれに乗りながら、ミクのことを思い返す。それだけで、幸せな気持ちになれるから。
 彼女の笑った顔を、歌声を。
 くるくると変わる表情を思い返して、口元に笑みが浮かぶのを抑えることは出来なかった。
「もっと聞かせて、どういう切欠で会ったの?」
「緑の国の広場でね、歌ってたんだ…」
 彼女との出会いを、その経緯を、メイコは優しい顔で聞いてくれる。
 本当に良かったと、思ってくれているのだと感じて、尚更嬉しくなる。色々心配もかけていた自覚があるだけに、こうしてちゃんと笑って話せるのは嬉しかった。
 何よりも、こうして祝福してくれる人が居るのが、嬉しかった。



 夏場はあまりメイコの住む村にあまり長くは滞在しない。
 すぐに青の国に渡り、少し帳簿や荷物の整理をして、またすぐに緑の国に向かう。
 今回も、そうなる筈だった。
 すぐに緑の国に向かい、またミクに会えると思っていた。
 けれど。
「港が、閉鎖された?」
 青の国に戻ってきて一晩経った朝、父にそう告げられた。
「どういうことですか?何故…」
「黄の国が、緑の国に侵略を始めたらしい」
「……嘘、でしょう?」
 その言葉に、自分の耳を疑う。何かの間違いではないのかと。
「嘘ではない」
 けれど、父の表情は真剣で、それが嘘でも何でもないことを知るには、十分すぎる程で。
 それが真実であることが嫌というほど解かった。
「そのことを知ったガクポ陛下が全面的に港を閉鎖された。当面二国の争いが落ち着くまではどちらの国に渡ることも禁止だということだ」
「そんな…」
 ガンガンと頭の中に父の言葉が木霊する。
 黄の国が、緑の国に侵略?
 リン王女は一体何故、こんなことを。
 ミク。
 彼女のことが瞬時に頭に上り、ドクリと不安で心臓が跳ねた。全身に冷や汗が滲む。
 彼女は、大丈夫なのだろうか。
 避難はするだろう、それでも、無事で居られる保証など、何も無い。
 戦争が終わるまで、悠長に安全なこの場所で、黙って見ている事など出来るはずが無い。
 そのまま踵を返して家を出ようとすると、父に呼び止められた。
「待て、何処に行く」
「緑の国に。このまま、此処で全てが終わるまで待っていることなんて出来ません!」
「駄目だ」
 低く、きつい言葉が、俺を止める。
 けれど、それを大人しく聞く訳にはいかない。
「駄目だと言われても、俺は行きます」
 これ以上、父と話しても無駄だろう。そう思って家を出ようとしたところを、待ち構えて居たかのように使用人二人が出てきて腕を掴まれ、抑えられる。
「放してくれ!」
 叫んでもがいても、二人がかりで抑えられては身動きが出来ない。
「全く、此処最近は本当に私の言う事を聞かなくなったな」
「譲れない事があるだけです」
「どちらにしろ、港から出る船など無い。戦争の最中の国に行こうだなんて物好きは居ないだろう。出て行くだけ無駄だとは思うがな」
「やるだけやってから決めます。駄目なら、一人で海を渡っても良い」
 不安が、胸の奥から次々と湧き上がる。
 だからこそ、今すぐにでもミクに会いに行きたい、会って、彼女の顔を見て安心したい。
「馬鹿なことを言うな。何にしろ、お前は大事な預かりものだ。みすみす危険な場所に行くのを解かっていて見逃す訳が無いだろう」
「父さん!」
「カイトを倉庫へ連れて行け。あそこなら外から鍵がかかるし、他に出入り口は無い。大人しくそこで頭を冷やせ」
「父さんっ」
 腕を掴む二人を振り払おうとしても、結局無駄な抵抗にしかならない。
 引きずられるようにして倉庫まで連れて行かれて、中に放り込まれて、すぐに扉が閉められる。
 すぐに開けようとしたが、ガチャリと鍵をかける音がする方が先だった。
 倉庫は店の商品を保管している大事な場所だ、鍵も扉も頑丈に出来ている。扉を叩いて、外に呼びかけるが、返答は無い。
「…くそっ」
 こうしている間にも、黄の国は緑の国に攻め入っているのだろう。
 どうして、と。
 今は考えても仕方ない。
 こうなればリン王女を止めることも出来ないだろうし、俺は許してもらってすら居ない。会う事すら出来ないだろう。
 兎に角ミクに会いに行って、彼女の無事を確かめたい。会って確かめて、傍で守りたい。今はそればかりだというのに、それすら許されない、此処から身動きをとることすら出来ない。
 どうにかして抜け出せないだろうか、と周囲を見渡すが、窓は俺の身長の倍くらいの高さにあるし、其処まで行けたとしても、とても人が通れる幅は無い。他に出入り口らしい場所もなく、本当に唯一の出入り口はこの扉だけ。
 冷やりと悪寒がするのは、この倉庫が冷えているせいか、それとも、俺の不安によるものなのか。
 どちらにしても、どうにかして此処から出なければ何も出来ない。
 何度となく扉を叩いて外に呼びかけたが、返答は全く無い。外に見張りも居ないのだろうか。誰か通りかかっても、開けるなと父に厳命されていれば、開ける事も出来ないだろう。
 手から血が滲むほど、喉が嗄れるほど、何度も呼びかけたが結局何の成果も無く、時間は過ぎ、日が暮れた。
 流石に疲れて座り込んでいると、扉が開かれてはっと顔を上げる。
「明かりと、食事を持ってきました」
「ルカ…」
 火のついたランプと、暖かい湯気を立てた食事を持ってルカが中に入ってきた。扉の外には他にも気配を感じるから、多分今のうちに抜け出そうとしてもすぐに取り押さえられるだろう。
 それを、父さんが考えていない筈が無い。
 ランプの明かりで浮かび上がる表情は、心配そうな顔をしている。
「抜け出そうなんて、思わないで下さい。父さんも、店のみんなも、兄さんを心配しているから、出さないんです。…私も」
「……それでも、俺は」
 ミクに会いたい。
 今すぐにでも、会いに行きたい。
 心配をかけていると解かっている。戦争の只中に行けば、自分だって命の保証は無いのは承知の上だ。それでも、此処でじっとしているだけでは、不安で、どうにかなってしまいそうだ。
 もし、ミクに何かあったら。
 それを考えるだけで、不安が胸の内から湧き上がって、叫びだしたくなる。
「じっとしていて下さい。黄の国と緑の国の戦争が終わるまで。お願いです、兄さん」
 ルカの、その言葉に。
 心配そうな顔で、悲しそうな顔でそう言われて。
 心配をかけたくないという思いが、どうしても出てくるけれど、それでもミクを想う不安が消える訳もなく、相反する気持ちが鬩ぎ合って、何も言葉が出てこない。
「………」
「お願い、します」
 再度そう告げられて、扉を何度も叩いた所為で血の滲んだ俺の手を取る。
 自分の方が痛そうな顔をして。
「少し、待っていてください」
 そう言って、扉から出て行く。
 今なら鍵はかかっていない。それでも外には見張りが居るのだろう。その目をかいくぐっていくことは出来るだろうか。考えて、恐らく無理だろう、と思う。
 下手に抜け出そうとすれば、今度は閉じ込められるだけではすまないかも知れない。それは避けたい。
 暫くしてルカが包帯を持って戻ってきた。
 俺の両手に、包帯を巻く。
「止めてください、出て行こうとするのは……こんな風に、自分の手を傷つけるのは。戦争が終われば、すぐにでも緑の国に行けるように、私も協力します。だから…」
 泣きそうな声で告げられるその言葉に、俺はそれでも頷くことが出来ない。
 その気遣いも優しさも、嬉しいものだけれど。包帯が巻かれた手を握り締めて、それでも俺は、逸る気持ちを抑えられない。
「ごめん…」
 ようやくぽつりと俺が零した言葉に、ルカは一つ溜息を吐いて、それから扉の外に出て行った。またガチャリと鍵をかける音がする。
 外と遮断される音だ。
 ルカの気配が完全になくなるのを待って、そして溜息を吐いた。
 到底、食事をする気分にはならなかった。食欲なんて、出るはずも無い。
 何を、どうしたら良いのだろう。
 解からない。
 解からないまま、そして、時間が過ぎていくのをただただ、受け入れるしか無いのだろうか。
 戦争の、決着がつくまで。
 それまで、こうして、此処で、待っていなければいけないのだろうか。
「ミク…」
 考えれば考えるほど、悪い結果ばかりが頭の中に駆け巡る。
 こんな不安は、ミクの顔を見ればすぐに消えてなくなるのに。
 こうしてすぐにでも会いに行ける場所に居ない事が、もどかしくてたまらない。
 夜が更けて行くのを感じながら、自分の不安を何とか押し殺して、そして、只管此処から抜け出す方法ばかりを考えていた。

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい

【悪ノ派生小説】比翼ノ鳥 第二十五話【カイミクメイン】

もっと早く書きたいのに時間が無いという。
やる気はあるんですけどね、申し訳ないです。

んでもって、次はとうとうあの人の視点です!と煽ってみる。
誰か解かりますかねw

閲覧数:427

投稿日:2011/01/08 12:05:31

文字数:5,149文字

カテゴリ:小説

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    ご意見・ご感想

    こんにちは、読ませて頂きましたー。
    戦争、始まってしまいましたか。とうとうやってしまったか悪の娘、って感じですね。
    カイトの焦燥感が伝わってくる今回のお話だったように思います。と言うか、こんなシンプルな文章でよくこんなにリアルな心理描写できるな……毎度ながら甘音さんの不思議な表現力に感心です。その特殊能力ください。 ←

    「全く、此処最近は本当に私の言う事を聞かなくなったな」
    「譲れない事があるだけです」

    何気にこれって名言ですよね。映画のCMだったら絶対このシーン入ってきそうです。
    色々とお忙しいようですが、頑張って下さい! ちなみに「あの人」についてはサッパリ分かりません!w
    では、次回も楽しみにしてます。とりとめない感想失礼でしたー。

    2011/01/09 09:38:10

    • 甘音

      甘音

      いつも有難う御座います。
      とうとう悪ノ娘が進んでいきます。これからはどうしようもない感じで。
      そして特殊能力といわれてもよく解からないのであげられません(笑)特殊能力なんですかね。

      そして名言…?
      時給310円さんはいつも意図していないところを突っ込んでこられるので、どう反応して良いか解かりませんw
      まあ、そういう見方もあるんだなあとか、そういう風に見られるのかと思うと楽しいのですが。
      「あの人」については次回!
      早めに上げられたらなあ、という希望を抱きつつ、頑張ります。

      2011/01/10 12:01:34

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