第三章 東京 パート7

 今日の夕食分と、明日の朝食分の食料を買い求めた藍原たちは、三人でスーパーの袋を分け合って持つとそのまま藍原の自宅へと向かうことになった。藍原の自宅はこのスーパーから程近い場所に位置している。徒歩一分程度でオートロック式のマンションに到着した藍原は、そのままエントランスを潜り抜けると五階にある自宅にリンとリーンを案内した。リンがカードキーを差し込んだだけで両扉に開かれた自動ドアや、上階へと向けて急上昇したエレベーターにいちいちその蒼い瞳を丸くしたことは言うまでもない。目的の階に到達すると、同じような扉が並ぶ廊下を歩み、エレベーターから三つ目の扉で立ち止まると、藍原は自宅の扉の鍵を開錠した。
 「どうぞ。」
 藍原はリンとリーンに対してそう告げると、一足早く自宅の中に戻った。普段通りに靴を脱いだときに、そういえばこの二人は靴を脱ぐ風習があるのだろうか、と藍原は考え、もう一言二人に添える。
 「私の国では靴は玄関先で脱ぐ風習があるの。」
 その言葉にはリーンも流石に不思議そうに瞳を瞬きさせた。やはり靴は脱がないものらしい、と藍原は考えながら二人に靴を脱ぐように促した。その言葉に素直に頷いたリンとリーンが靴下姿になったことを確認してから、藍原は室内へと二人を案内する。
 「へぇ、綺麗な部屋ね。」
 室内に案内されたとき、リーンは第一声にそのように声を上げた。若い女性らしく、室内は清潔に保たれ、部屋の装飾品も可愛らしいものが多い。ところどころで桃色を混ぜた室内に好感を抱きながら、リーンは野菜の詰まったレジ袋を手持ち無沙汰に少し揺らして見せた。
 「ありがとう。」
 藍原はリーンに対してそう答えると、自身が手にしたレジ袋をキッチンのそばにある小ぶりな台の上に乗せた。続けて、こう告げる。
 「二人ともありがとう。レジ袋、ここに置いて。いまから夕食の準備をするわ。」
 「調理場って、このスペースだけ?」
 レジ袋を置いたリンは、不思議そうな声で藍原に向かってそう声をかけた。その調理場はリンが想像しているよりもはるかに小さい。今日一日でまるで魔法の国へと迷い込んだような経験を思う存分味わっているが、その経験はまだ終わらないらしい。一体どこで薪をくべるのだろうか。それともまた不思議な、あたしの時代からは想像できない程度に発展している科学力で火を起こすのだろうか、とリンが考えていると、藍原が悪戯っぽい笑みを見せながら、ガスコンロの摘みを半回転させた。直後に起こった青白い火に対して驚きの声を上げたリンに向かって、藍原が楽しげな口調でこう答えた。
 「今はこんなに簡単に火を起こせるようになったのよ。」
 「薪をくべなくてもいいの?」
 不安そうな口調でリンはそう尋ねた。その言葉に対して優しく頷いた藍原は、続けてこう告げた。
 「それじゃ、夕食を作るわ。二人は奥の部屋で休んでいて。」
 「それなら、あたしも手伝うわ。皆で料理した方が楽しいし。」
 藍原の言葉に楽しげにそう答えたのはリンだった。リンとは対照的に、気まずそうに瞳をしかめたのはリーン。いままで料理はすべてハクリに任せていたせいで、自分自身は料理を全くと言っていい程できない。かといってこの状況で一人だけ料理に参加しないのもおかしいし、とリーンは考えてから、苦し紛れにこう答えた。
 「あたしも何か手伝うわ!」
 せいぜい野菜を洗うくらいしかできないけど、とは考えたが、それに対しては何も告げずに意気込んだリーンに対して藍原は優しい笑顔を見せて、そして二人に向かってこう告げた。
 「ありがとう。それなら、皆で夕食を作りましょう。」
 
 夕食のメニューは炊き立てのご飯に肉野菜炒めとキャベツの味噌汁という献立である。一人暮らし用の狭いテーブルの上に並べられた三人分の食事を見て、大勢で食事をするのはいつ以来だろう、と藍原は考えた。夏季休暇に入ってから大学でできた友人とも少し疎遠になっている。数週間ぶりだろうか、と藍原は考えながら、背が低めのテーブルにあわせるように座り込んだ。リンとリーンは床に直接座ることが珍しいのか、戸惑った様子で床に腰を落とす。リンとリーンはナイフとフォークが基本だと言っていたから、用意したのは一膳の箸と二組のナイフとフォークであった。
 「おいしそう。」
 リーンがそう答えると、リンも笑顔を見せて、そして普段の慣習となっている食前の祈りを捧げ始めた。それにあわせるようにリーンも両手を組み、藍原も軽く手を合わせる。そして、祈りの時間が終わると誰ともなしにこう言った。
 「いただきます!」
 楽しい食事であった。リンとリーンが初めて口にする味噌汁というスープはこれまで口にしたどのスープとも味が異なっていたが、香り高く、深い美味がある。スプーンで掬うのではなく、直接口につける飲み方はミルドガルドではお行儀が悪いとも言われそうだったが、藍原の飲み方を見ているとなぜか優雅な気分になるから不思議なものだった。それに、二つの棒切れを巧みに操作して食事を進める藍原の手つきにも驚かされる。それに対して、藍原は幼少のころからこの食べ方をしているから、と笑顔を見せた。ライスもミルドガルドで口にするような粗悪品ではなく、高級品を利用しているのだろう。噛めば甘みがあふれてくる米粒に感動しながら、リーンはほとんど会話をせずに食事を進めて言った。評価するなら、ハクリの手料理に匹敵する料理だと考えたのである。
 食事が済み、食器の片づけを終えると藍原はのんびりと床に腰掛けて、テレビのスイッチを入れた。中型の液晶画面が点灯した瞬間にリンはまたもや瞳を丸くして、驚く様子でリンはこう言った。
 「人が箱の中にいるの?」
 「テレビよ。遠くの映像がすぐに見られる機械。」
 それに対して、リーンがそう答えた。そういえば、自身もテレビをまともに見るのは一ヶ月ぶりだろうか。見ないなら見ないで何とでもなるな、とリーンは考えながら、テレビ画面に注目することにした。どうやら民放のニュース番組らしい。移されているのは硬い表情をした二人の中年男性であった。形ばかりの握手を交わしているが、この表情ではせっかくの友好表現も逆効果ではないだろうか。リーンがそう考えたとき、藍原はため息混じりにこう言った。
 「相変わらずね、日本は。」
 「国境紛争?」
 それに対して、リーンはそう答えた。リンはものめずらしそうにニュースに釘付けになっている。生まれて初めて見るテレビ報道に興味を持ったのだろう。
 「そんなところ。隣の国とね。」
 藍原がそう答えていると、テレビ画面が切り替わり、日本の周辺地図を投影し始めた。そのチェックマークは遥か南方の海上と、北方の四つの島に示されている。おそらく国境問題で揉めている二国間で、話し合いでの解決を求める同意でもしたのだろう。交渉が上手くいかなかったことは先ほどテレビ画面に映された二人の首相らしい人物の表情を見れば一目瞭然ではあったが。
 「玲奈の国は、今戦争をしているの?」
 リーンが不安そうにそう答えると、藍原は肩をすくめながらこう言った。
 「いいえ。でも、領土を守る気概は今の政府にはないみたい。」
 その答えに対して、リーンは不思議そうに瞬きをした。ミルドガルド共和国自身、近年大戦争は経験していないものの、仮想敵国に対する牽制を怠ってはいない。領土を守るのは政府の当然の責務ではないのだろうか、と考えたとき、リンが悲しそうな言葉でこう答えた。
 「あたしと、一緒。」
 「どうしたの、リン。」
 藍原が不安そうにそう答えた。それに対して、リンは小さく頷くとこう答えた。
 「あたしも、国を守る気なんてなかった。だから、祖国も、大切な人も、失った。沢山の人が、死んだ。」
 その言葉に、藍原は少し首をかしげた。そういえば、リンがかつて黄の国の女王であったことを藍原に伝えていない、と考えたリーンは、過去のリンの経歴を詳細に藍原に伝えていった。不足している部分はリン自身が埋め合わせてゆく。ミルドガルド三国時代。女王リンの暴走。緑の国の滅亡。青の国との大戦争。そして、敗北。ミルドガルド中世史の概略を素直に耳にしていた藍原は、その長い話が終わると重い吐息を漏らしながらこう答えた。
 「苦労したのね、リン。」
 「・・ええ。」
 藍原の言葉に、リンは小さく頷いた。暫くの間、沈黙が流れる。その沈黙を破ったのはリンだった。
 「玲奈の国の王様も、あたしみたいに祖国を滅ぼすのかしら。」
 リンが小さくそう呟いた時、藍原は小さなため息を漏らしながらこう答えた。
 「この人は王様ではないわ。一応、国の代表ではあるけど。」
 「王様がいないの?」
 驚いた様子でリンはそう答える。地球の西洋史で例えるなら絶対王政が開始されたばかりの時代に相当するだろう時代に身を置いているリンにすれば、国王がいて当然の事態なのだろう。藍原はそう考えながら、リンに向かってこう答えた。
 「王様と呼ぶべきお方はいらっしゃるわ。でも政治的な権力は持たれていない。実質的に政治を動かしているのは、首相と呼ばれる人。形式上、国民に選ばれた代表者よ。」
 「国民が代表を選ぶの?」
 リンは唖然とした様子でそう答えた。それに対して、リーンが言葉を付け加える。
 「今のミルドガルドも民主制を採用しているわ。玲奈の国と一緒。」
 「ミルドガルド帝国が滅びるの?」
 リンは到底信じられない、という様子でそう答えた。その言葉に対して、リーンはわずかに思考を巡らせた。ミルドガルド帝国は滅びる。間違いなく、それも近いうちに。そしてその主導者はメイコと・・これから出会うのだろうレン。果たしてその事実を伝えてもよいのだろうか、とリーンは考え、そして曖昧に頷いた。
 「いずれ、革命の時が来るわ。」
 言葉に詰まったリーンに代わり、藍原がそう答えた。そして、言葉を続ける。
 「あたしたちの過去の人たちも、民主主義が最高の政治体制だと信じて国王と戦ったの。そして多くの血が流れた。でも、それほどの価値が民主主義には本来あるって、あたしは信じている。過去の人たちの犠牲を、あたし達が無駄にしたくはないの。」
 既にテレビの画面は別のニュースを流し始めていた。沈黙の中、ただ笑顔を貼り付けたようなキャスターの無機質な声だけが響き渡る。その藍原の横顔を見つめながら、リーンは思わずこう考えた。
 玲奈は、メイ先輩と一緒なんだね。メイ先輩みたいに、民主主義の可能性を信じている・・。

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい

小説版 South_North_Story 47

みのり「皆さんごめんなさい。。。」
満「諸事情あって、数週間全くかけなかった。」
みのり「というか、サボってただけね。」
満「全くだ。皆さんにはご迷惑おかけしました。」
みのり「見捨てないでくださいね~汗。では、次回もよろしくお願いします!ちゃんと完結させますね♪」

閲覧数:207

投稿日:2010/11/14 15:04:01

文字数:4,345文字

カテゴリ:小説

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  • 零奈@受験生につき更新低下・・・

    はじめまして!零奈(レナ)といいます。
    「悪ノ娘 小説版」の頃からずっと追いかけて読んでいました。先日ピアプロに登録できたので、これからも感想を言いに来ると思います。
    私自身も二次創作で小説を書いているので、そっちにアドバイスくれると嬉しいです。

    これからも楽しみにしてます☆ ではではw

    2010/11/15 19:07:25

    • レイジ

      レイジ

      はじめまして!
      コメントありがとうございます!

      仕事が忙しくて平日と土曜はほとんど動けなくて。。
      お返事遅れて申し訳ありませんでした。

      時間があるときに零奈さんの作品も見にいきますね♪

      これからもよろしくお願いします!

      2010/11/21 09:50:49

  • ソウハ

    ソウハ

    ご意見・ご感想

    レイジさんお久しぶりですっ。
    そして更新お疲れ様です。
    ずっと楽しみにしてました(>▽<)
    楽しみにしてたら中間テストが早いという事実が(゜▽゜)
    ま、其処は置いといて。
    久しぶりにレイジさんの小説を読んで、また小説書けそうな気がします。
    それでは、次回の話も楽しみにしてます。
    頑張ってくださ~い。
    長文失礼しました。

    2010/11/14 19:56:30

    • レイジ

      レイジ

      お久しぶりです!

      早速コメントありがとうございます♪
      ソウハさんの執筆のお手伝いになれば幸いです☆
      がんばってくださいね!

      それからテストも・・^^;

      ではでは、次回もよろしくお願いします!

      2010/11/14 20:48:18

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