「……お魚さんは、いなくなった王子様だったの?」
やがて、リンは静かにそう訊きました。
「そうだよ。君のおかげで魔法が解けたんだ」
言いながら、レンはちらっとルカの方を見ました。ルカは何も言わず、ひとつうなずきました。
「じゃあ、お城に帰るの?」
淋しそうな声で、リンは尋ねました。レンはリンの手を握ると、こう言いました。
「君もいっしょに来るんだよ」
リンを置いて行くつもりなど、レンにはありませんでした。ここに残していったら、それこそ、何をされるかわからないのです。
「え?」
リンは予想していなかたのか、驚きの声をあげました。レンはリンに向かって、言葉を続けました。
「僕といっしょに来てくれ。君が僕を置いて行きたくないって言ったように、僕も君を置いて行きたくないんだ」
リンはレンを見て、それから下を向いてしまいました。しばらくそのままリンは黙っていましたが、やがて、消え入るような声で、こう尋ねました。
「本当にいいの? だって、わたしは……わたしのお母さんは……」
リンは口ごもりました。生まれのことを気にしているんだなと、レンは思いました。
「君の生まれがどうかなんてことは、大事なことじゃない。大事なのは、君が僕を救ってくれたということなんだ。そのことについて、誰にも文句なんて言わせないよ。だから、いっしょに来てくれ」
レンはきっぱりとそう断言すると、兄の方を見ました。
「いいよね、兄上」
「お前の恩人なら、当然のことだ。それにお嬢さん……こんなことを言うのはなんだが、レンにここに残られると、色々な意味で非常に困る。助けると思って、来てくれないか」
リンはためらっている様子で、まだ視線を伏せています。レンはリンの手を握ったまま、顔を近づけました。
「あの……もしかして、魚の方が良かった、とか?」
「え?」
リンはあっけに取られた表情で、顔をあげました。正面から、目と目があいます。そして次の瞬間、リンはにっこり笑いました。
「お魚でも人間でも、大事なお友達であることは変わらないわ」
レンはうれしいのとがっかりしたのと、その両方の気持ちを感じました。
「……来てくれる?」
「ええ」
リンがうなずいてくれたので、レンはほっとしました。これで、リンをここから連れ出すことができるのです。
「あ……でも、お父さん。どうしよう」
リンは困った表情で、そう言いました。
「リンはどうしたいの?」
「お城に行くのなら、行くって言っておきたい。何も言わずにいきなりいなくなるのは嫌なの。でも……」
奥様が怖いんだな、とレンは思いました。
「僕がついてる。もう君をいじめさせたりしない」
レンが力強くそう言うと、リンは安心したようでした。カイトが怪訝そうな表情になります。
「レン、いったい、どういうことだ?」
「リンはここの奥様に、ひどい仕打ちを受けていたんだ」
言ってから、レンはちらっとリンを見ました。リンは視線を伏せています。レンは細かい話を今するのはやめ、カイトの従者を呼んで、この家の主人を連れて来るように言いました。一方、ルカは「じゃ、私は失礼するわね」と言って、消えてしまいました。
ほどなく、リンの父がやってきました。父だけでなく、奥様とお嬢様も一緒です。三人は、リンを見て驚いた表情になりました。リンはというと、奥様とお嬢様を見たことで萎縮したのか、その場に立ち尽くしています。
「……リン」
レンはリンの手を握って、リンの父の前に立ちました。リンが顔をあげ、父親を見ます。やがて父親がはっとした表情になりました。
「まさか、リンなのか?」
「……うん。お父さん、わたし」
リンは静かにうなずきました。奥様とお嬢様が、さっきよりももっと驚いた表情になります。二人とも、舞踏会に来ていた少女がリンだとは気づいていなかったのでした。
「ちょっと! なんであんたなんかがそんなドレス着て、王子様と踊ったのよ! いったいどんなずるい手を使ったの!? さすがはお父様をたぶらかした泥棒猫の娘だわ!」
言いながら、お嬢様は手を振り上げて、リンをぶとうとしました。ですがその前に、レンがお嬢様の手をつかみました。
「リンに乱暴するのは僕が許さない」
「誰よあなた!」
お嬢様が叫びました。レンが答えようとするよりも早く、カイトが口を開きました。
「私の弟だ」
お嬢様も奥様もリンの父も、いっせいにカイトを見ました。カイトが言葉を続けます。
「魔法をかけられて、六年の間ずっと行方知れずとなっていた私の弟だ。そこの娘が魔法を解いて、弟を助けてくれた」
カイトの言葉を聞いたお嬢様はいきり立ちましたが、レンが手首をつかんでいるので動けません。お嬢様は、悔しそうにリンをにらみました。
「おかしいわ! どうしてそんな真似ができたのよ! ありえない、ありえないったらありえないわ! いやしい生まれのあんたなんかに、そんなことできるはずないでしょ! きっと嘘をついているのよ!」
「……我が弟の言葉だ。お前はそれを信じられないというのか? そして、弟とその恩人を愚弄するつもりだというのか?」
厳しい声でそう言って、カイトはお嬢様を鋭い視線で見据えました。瞬間、お嬢様は黙り込みました。ようやく、自分のしていたことを理解したようです。この国の王子であるカイトに、楯突いていたのだということを。
お嬢様は大人しくなりましたが、母親と二人、不満気な視線をリンに向けています。リンは居心地悪そうにしていましたが、レンが軽く背を押したので、もう一度父親に向き合いました。
「お父さん。あの……わたし……」
「……何も言わなくていい。リン、すまなかった。お前を守ってやれなくて」
リンの父はそう言うと、リンの手を握りました。
「……ううん、もういいの。あのね……わたし、王子様といっしょに、お城に行くことになったから。王子様はわたしといっしょにいたいって言ってくれているし、わたしも王子様といっしょにいたいの。だからお父さん、もしわたしに会いたくなったら……」
そこまで言って、リンはあやぶむようにレンを見ました。リンの言いたいことを察したレンは、言葉を引き継ぎました。
「いつでも城に来ればいい」
レンはリンを守ってくれなかったリンの父には、あまりいい感情を抱いていませんでした。でも、リンが親子の縁を切りたくないというのなら、その気持ちを尊重してやりたかったのです。
「……ありがとうございます。……本当に、本当にありがとうございます」
リンの父は涙ぐみながら、レンに向かって何度も頭を下げました。奥様とお嬢様は相変わらず不服そうにこちらを見ていましたが、レンがにらむと、視線をそらしました。
「お前たち、そろそろ行くぞ」
カイトが、レンとリンに声をかけました。レンはリンに「行こう」と声をかけると、手をつないで、その場を離れました。お屋敷の人たちはもう何も言わず、三人を見送るだけでした。
屋敷の門のところには、カイトが乗ってきた馬車が待たせてありました。三人は馬車に乗り込んで、城へと向かいました。
城に着くと、カイトが先に知らせをやっていたので、王様とお妃様が、飛び出してきて、いなくなっていた息子を出迎えたのでした。
レンは王様とお妃様に、リンが自分を救ってくれたことを説明し、今度は自分がリンの助けになりたいのだと言いました。すると二人はすぐに「そうしなさい」と言ってくれました。
それから数年が経過して、お城では盛大な結婚式が行われました。誰と誰の結婚式だったのか、それは言わなくても、もう、おわかりでしょう。
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ご意見・ご感想
まくま
ご意見・ご感想
こんばんは。fu_anです。
リンちゃんが最後に幸せになれて本当に良かったです!
個人的にはカイトが舞踏会のその後にちゃんとお妃を探せたかも気になります。
素敵なお話をどうもありがとうございました!!
2013/04/02 23:35:33
目白皐月
こんにちは、fu_anさん。メッセージありがとうございます。
昔話はやっぱりハッピーエンドのものがいいと思います。そうじゃないのもありますけどね。
カイトですが、この作品のカイトはしっかりしているので、ちゃんと自分にふさわしい相手を見つけられると思いますよ。
2013/04/03 00:06:49
和壬
ご意見・ご感想
こんばんは。のーかです。
目白皐月さんの作品は、全て読ませて頂きました。
ロミオとシンデレラも、熊の王女様も、金色の魚も、面白かったです。
ありがとうございました。
2013/04/02 22:10:35
目白皐月
初めまして、のーかさん。目白皐月です。
全部ですか? 量があるので大変だったでしょう?
面白かったと言ってもらえてうれしいです。
これからも創作は続けますので、新作も読んでくれるとうれしいです。
2013/04/03 00:05:13