こいつはたまに、ものすごく馬鹿だ。
「あんなことで泣かないでよ」私はKAITOの背中をばしんとはたいた。目元を赤くした情けない顔を伏せたまま、私の顔をちらりと窺う。
「だって…マスターがめーちゃんにあんなこというから」
「あのくらいの冗談、いつものことじゃないの」
「僕は…冗談でも、めーちゃんを悪くいうのは許さない」真顔でこういうことをいう。 KAITOの目があまりに真剣で、私は思わず目を逸らす。冗談が通じないタイプではないと思うのだけれど、たまにこんなことを言いだすから、少し困る。
「それがマスターでも」
私を見つめる、真っ直ぐな目。真っ直ぐな言葉。それは確かにKAITOのいいところなのだけれど。
私の歌った曲を動画に仕立てて、某動画サイトに投稿してから一週間ほど経っただろうか。今日はマスターとKAITOと三人で、いつものようにだらだらとランキング動画などを見ていた。
「んー…なかなか伸びないもんだな」
マスターの曲の再生数があまり伸びなかったり、ランキングに入らなかったり、そんなのはいつものことで。それでも好きだと言ってくれる人はいるし、マスター自身が作りたいだけなので、懲りずに曲を作って投稿している。これまでに比べれば、今回の曲は伸びている方だと思う。
「かっこいいと思うんですけどね、めーちゃんの声とすごくよく合ってて」
「自信作なんだけどなー」
「まあ、伸びる伸びないなんて運なんですし、あんまり気にしない方がいいんじゃないですか」そう笑って見せても、マスターはどうも浮かない顔のままだ。今回の曲は自信作なだけあって、落胆も大きいのかもしれない。
「俺もミクとか使えば、もっと伸びるのかねえ」
マスターは時々、こういうことを言う。マスターの持っているVOCALOIDは私MEIKOとKAITOだけ。最近は新しいVOCALOIDも増えてきているし、相変わらずミクは圧倒的な人気を誇っている。私たちはちょっと地味かもしれない。それでもファンはいてくれるし、なによりもマスター自身が私たちを気に入ってくれていて、あえて使ってくれていることを、私たちは知っている。だから、これは単なる愚痴、冗談なのだ。人気のVOCALOIDを使えば人気が出るというわけではないことは、マスターも分かっている。それは誰かが悪いわけではないし、正解なんてないのだから。それでも、反響の少なさが寂しくて、何かのせいにしてみたくなるのだ。だからこういうときは、そんな気は無いくせに、とからかってあげればそれで終わる、のだが。
「なんでそんなこと言うんですか」
「ちょっとKAITO」
「まるでめーちゃんのせいみたいに」KAITOの声は低く、なにより目が怖かった。
「KAITO!」
「そんなことは言ってないだろ」
「めーちゃんだから伸びないって言っているように聞こえましたよ」
「だから…」
「マスターが」私はKAITOの口をふさいで、さらにマフラーを締め上げる。これ以上言わせてはいけない気がした。
「すみません、私はちゃんと分かってますから…こいつも、たぶん」
「ああ」そっぽを向いたマスターの感情は読み取れない。
「今日は、もう失礼しますね」KAITOを引っ張って、私はあてがわれている部屋に逃げ込んだ。
「あんたばかでしょ」KAITOは黙って俯いている。
「なんでマスターにあんなこというの。マスターだって誰のせいでもないことくらい分かっているわよ。それに、マスターが他のVOCALOIDを使う気が無いこと、あんただって知っているでしょう」
「……でも」声が震えている。前髪の隙間から見えた目には、涙が浮かんでいる。
「ちょっと、こんなことで泣かないでよ」
「だって…マスターがあんなこというから」ぽたりと涙が落ちる。
「あのくらいの冗談、いつものことでしょ」私は笑う。
「僕は…冗談でも、めーちゃんを悪くいうのは許さない」KAITOの手が私の肩をつかむ。涙でうるんだ真っ直ぐな目は真剣だ。
「…それがマスターでも、許せないんだ」
「でも言っていいことと悪いことがあるでしょ」私が止めなかったら、こいつはマスターにどんな口を聞いていたか。
「……ごめん」少し頭が冷えたようだ。私の肩をつかむ手の力が少し緩む。
「明日、マスターに謝りに行きましょ」KAITOの頭をそっと撫でる。
「……うん」叱られた子どもみたいな顔で、KAITOは頷いた。私は両手でKAITOの髪をわしゃわしゃと掻きまわす。そして耳元に囁いた。
「でも、ありがとね」
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