……結果から言えば、俺の計画は失敗に終わった。
想像を遥かに超えた恐ろしさに俺はすぐにビビって、ミクに抱き付かれる所か。
自分がミクに抱き付く羽目になった。
一体何度蝋燭を頭上に掲げそうになった事か!
驚いたのはミクの度胸だ。
ミクは怖がる所か普通に楽しんでいる節があり、
俺は城を出るまで非常に情けない気分だった。


 
「なんか自分で言い出したのにごめんな……」
 
「そんなっ!大丈夫ですよ。それにそんなマスターも可愛かったですし!」


 
そう言ってミクは慰めてくれたが、実際には慰めにもならない。
可愛いは男にとって褒め言葉ではないし、
俺は自分の予想外な程のチキンぶりに落ち込む他なかったのだから。
一気にテンションの下がった俺を見て、
ミクは仕切り直す様に慌てて目の前のモノに指をさして言った。


 
「ま、マスター。元気を出して、とりあえずアレにでも乗りましょう!」


 
俺は未だに上がらないテンションのまま暗い顔で、ミクの指さす方向を見る。
そしてそれを確認した俺はすぐにミクを見て、
また目の前のモノを見て、またミクを見た。


 
「……ミク、アレに乗るのか……?」
 
「はい!」
 


軽快な音楽を奏でながら、メルヘンな世界を振りまいて回るソレ。
 
……それはどう見たって、メリーゴーランドだった。
俺はガックリとうなだれてミクを見る。
散々俺の苦手な絶叫系に連れ回した挙げ句、
自分で言い出したとはいえホラーキャッスルでチキンぶりを見せて傷ついた俺に、
すぐさまメリーゴーランドという羞恥プレイを強要するミク。
 

天使の様な笑顔を浮かべる彼女は、
しかし今の俺にはどう見ても小悪魔にしか見えなかった。

 
俺は渋々ミクの言葉に頷いてメリーゴーランドへと向かう。
そして中に入ろうと一歩を踏み出した時、すれ違った青年と一瞬目が合った。
その青年の目に浮かんだ同情のまなざしに、
俺は友情が芽生えるのを感じずにはいられなかった。


そうして俺達はメリーゴーランドの後も、ずっと遊び通した。
恐らく絶叫系は半分以上を制覇したし、その他のアトラクションも乗った。
途中でパレードも見たし、
遊園地のマスコットキャラのネズミと一緒に写真を撮ったりもした。
ミクはずっと楽しそうに笑っていたし、俺も笑っていた。
気付けば辺りは暗くなっていて、閉園時間も迫っていた。
それに気付いた俺は、ミクを連れてある所に向かう。



「マスター、何処に行くんですか?」
 


ミクはついて来ながら、不思議そうに尋ねた。
俺はそれに答えず、ただひたすらにある場所に向かう。


 
「アレ……?もしかして……」
 
「そのもしかしてだ」


 
ミクの気がついた声に俺は答える様に言った。
俺がミクを連れてきたかった場所の正体。
それは……。


 
「連れてきたかったのって観覧車だったんですか?」
 
「あぁ、此所なら高いしな。夜景が綺麗に見える」


 
俺はそう言ってミクの手を引くと、ゆっくりと動く観覧車のゴンドラに乗り込んだ。
少しずつ上がっていくゴンドラ。
向かい合って座る俺達は、何故か無言のまま俯く。
会話のないままゴンドラが4分の1まで来た頃。
俺は沈黙に耐え切れず話題を振った。


 
「今日遊園地に来てどうだった?」


 
俺がそう聞くと、窓の外を見つめていたミクがこっちを向いて答えた。


 
「楽しかったです。
 こんなに沢山笑ったのは初めてで……来て良かったです」
 


ミクはそう言って笑った。
俺もその言葉に満足して笑う。
それでこそ此所に来た甲斐があったというものだ。
ふとミクは窓ガラスに手を置くと、また窓の外を見つめてポツリと呟いた。
 


「このまま時間が止まれば良いのに……」


 
……胸が、詰まった。
その言葉は、きっとミクの本音だった。
そしてそれは口には出さないが俺の本音でも……。
 
お互いが言いたくても言えなかった、どうしようもない想い。
後数時間後には迎える、記憶の消去という形での逃れようのない別れ。
未だに受け入れたくない想いはきっとミクにもあって、
だからこそ今そんな言葉がこぼれた。
俺は何か言おうとして、それは大きな音にかき消された。


 
「わぁ……綺麗……」
 


ミクが感嘆の言葉を漏らして、ジッと音の正体を見つめる。
俺はそれにため息をつくと、言いかけた言葉を引っ込めて窓の外を見た。
そこには爆音を響かせながら、大輪の花が咲いていた。
夜空に浮かんでは消えていく花火。
きっとこれが閉園時間まで残り2時間となった頃に始まる最後のイベントだろう。
そっと手の中のパンフレットを見ながら思う。
徐々に頂上へと近付いていくゴンドラ。
その間も花火は爆音を響かせながら夜空に咲き続けている。
俺は途中窓の外から少し目を離してミクを見た。
ミクは俺に気付かず、食い入る様に花火を見つめている。
その横顔は自分の知っている明るいミクとは違った表情をしていて、俺は内心驚いた。
もうすぐ消えゆく記憶と消えゆく花火とを重ねているのか……。
その表情は酷く切なげだ。
俺はそれがたまらなくて、ミクの名前は訳も分からず呼んだ。
ミクは俺の声に気付いて振り返った。


 
「なんですかマスタ……」


 
振り返りながら紡いだその言葉は、
しかし最後まで言われる事なく途切れた。
夜空に響き渡る花火の爆音。
……別に狙った訳ではないし、
その瞬間に花火が上がったのもただの偶然だ。

 
けれど。
 

俺は確かに自分達の乗ったゴンドラが頂上についた瞬間に、
丁度良く打ち上がり大きく咲いた花火の下。
向かい側に座るミクを軽く押し倒す様な形でキスをしていた。
短く重ねた唇を離して、俺は囁く様に言った。


 
「ごめん……」
 
「……なんで、謝るんですか?」
 
「いや、だって……」


 
俺はその質問に答えられなかった。
衝動的にした事ではあったが、しかし軽いノリでした事ではなかった。
けれどそれを上手く伝える言葉を俺は知らなかった。


 
「ごめん……さっきした事は忘れてくれ」
 


こんな事を言いたかった訳じゃないが、
答える言葉を持っていない俺はそういう事しか言えなかった。
けれどそんな俺にミクは言った。


 
「嫌です」
 
「え?」
 
「私、絶対に忘れません。いきなりした事も許してあげないです」
 
「ご、ごめん……」
 


ミクのキッパリとした拒絶に、俺は罪悪感を感じずにはいられなかった。
俺は身を小さくして謝る。
そんな俺を余所に、ミクは呟いた。


 
「……不意打ちなんてズルイです」
 
「え……?」
 


俺は耳に入ったその言葉に、思わず聞き返す。
するとミクは顔を真っ赤にして怒った様に答えた。
 


「不意打ちなんてズルイですっ!」
 
「み、ミク?」


 
俺はミクの剣幕に圧倒されて、思わずミクから離れた。
けれどミクは俺の手を掴んで、言葉を繋ぐ。


 
「こっちにだって心の準備ってものがあるんですよマスター!」
 
「だからごめんって……」
 
「嫌です!もう一回ちゃんとしてくれなきゃ許しません!」
 
「え……?」
 


今日何度目の聞き返しだろうか。
俺は目を丸くしてミクを見つめる。
ミクはそれに少したじろいで、小さく俯いて言った。


 
「……別に嫌だった訳じゃないです……ただ……」


 
ミクはそこで言葉を切る。
花火は今もうるさいぐらいに上がって夜空を彩っていた。
ミクは仕切り直す様に言葉を変えて言う。


 
「ねぇマスター。もう一度……ちゃんとキスして下さい」


 
恥ずかしさに瞳を潤ませ、ミクは続ける。


 
「マスターとの……大切な想い出にしたいから」
 
「ミク……」
 


俺の手を掴む手はいつの間にか弱々しくなり、ゴンドラは静かに下っていく。
俺は馬鹿だな、って笑ってミクの頭を撫でた。
泣きそうな顔のミクは数時間後を連想させた。
だから俺はそんな風に笑って言った。
 


「馬鹿だな。これからだって想い出は作れるだろう?」
 
「マスター……」
 
ミクは驚いた顔をして、それから下手な笑みを浮かべる。
 
「そうですよね。これからもありますよね」
 
「あぁ」
 


そうして自然に唇を重ねる。
イベントの最後を告げる一際大きな花火の中でもう一度したキスは、
決して少女漫画の様にロマンチックではないだろうけど、
それでも俺達にとっては何より想い出に残る瞬間だった。
観覧車のゴンドラを出た俺達は、自然と手を繋いで園内を歩いていた。
そろそろ閉園時間が迫っている。
俺は隣りに寄り添うミクを見て言った。


 
「なぁミク。もうすぐ閉園するみたいだし、そろそろ帰るか?」
 
「そうですね。沢山周りましたし、
 ちょっと疲れちゃいましたし……帰りましょうかマスター」
 


ミクの了承得た俺は頷くと、そのまま一直線に出口へと向かう。
そうして俺達は遊園地を出ると、そのまま帰路につくのだった。
 
 
 
 
 
―ミクの初期化リセットまで
 残り、2時間……。

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Song of happiness - 第12話【最終日 中編2】

閲覧数:99

投稿日:2011/03/15 11:28:30

文字数:3,796文字

カテゴリ:小説

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