青い空に、乾いた風。平べったい空の下を、はぐれ雲が散散りに浮かんでいる。
エアバギーの後部座席に乗って、景色が流れていくのを眺めていた。レザーの向こう側から熱を奪っていく感触で、故郷とは違う風の色を知る。
――遠くへ来てしまったのだな。そして。
「お兄さん、あれが軍の街だ!」
エアバギーを走らせるメカ屋が叫んだ。舗装された道の先に、疎らから密になっていく建物の群れ、平たく言えば市街地が見える。
「こんなど田舎じゃあ、戦争も関係ねえって思ってたけど!町がいきなり吹っ飛ぶんだってな!他人事じゃないねえ!」
戦争の話は、答え辛い。
「俺も軍にとられんのかなあ!志願する奴がいなくなったら!」
「わかんないな」
「なんて!」
「わかんねえよ!」
「そっか!」
――――――――――
気候が乾燥してるせいか、深刻な話もさっぱりしている。
ほどなく、検問所に着いた。メカ屋が身分証を見せて、後部座席の少年も身分証を検められた。査証を見た兵士が少し動揺した。
「お前、エルグラスから来たのか」
詰め所に緊張が走る。一緒に差し出した書類をしげしげと眺めて、メットとゴーグルを外して顔も体格も慎重に確認した。メカ屋が不安げな様子をしているのが分かる。
「おい、今朝の連絡、こいつじゃないか」
詰め所の中から怒鳴り声がした。げぇ、と後ろで声がした。やばい奴に関わったと思ってるに違いない。
「通れ。ご苦労」
最後にもう一度、素早く目を通して、兵士は一式を少年に突き返した。手際よく書類をしまうと、メットとゴーグルをして後部座席に収まる。
「次!」
煽るように、兵士が怒鳴る。メカ屋は慌てて急発進した。
「おい、いきなりなんだありゃあ!エルグラスってどこだよ!」
「荒地になっちまった!」
軍の正門に着くまで5分くらい、ずっと無言だった。
――――――――――
クリフトニア共和国軍の第7機動攻響旅団は、地方都市エルメルトに本拠地を置く戦略級部隊である。攻響旅団と言えば、機動攻響兵「VOCALOID」が百万人くらいいるイメージが一般的だが、全くそんな事は無いからと、旅立ってから道中でも、着くまでに何度も念を押された。ちょっと詳しい人にいわせれば、5000人くらいの普通の兵士と10人くらいの機動攻響兵を合わせて攻響旅団なのだそうだ。要は、一人で圧倒的な力を持つ機動攻響兵と同じ作戦をする為の軍で、基本的には陸軍らしい。
飛ぶ奴で竜騎攻響兵とかいうのもあるらしいが、一般には両方とも歌で敵を倒す兵士=「VOCALOID」と認知されている。
色々と聞かされたが必ず言われたのは、「VOCALOID」には絶対なれねえから!という一言だった。
そして、「VOCALOID」と一緒に戦うくらいなら、まだ最前線に志願した方がマ
シ、だとも。
「あんたさ」
エアバギーを停めて少年を下ろすと、メカ屋が口を利いた。顔を向けると、旅団の建物を真っ直ぐに見据えている。
「もしかして、「VOCALOID」やんの?」
「ああ」
格好つけてたメカ屋が、思いっきり仰け反った。
――――――――――
「……そうか。だが、偉くなってもこのエアバギーはかえさねえからな!」
「代金は貰っただろ?」
故障したエアバギーを修理してもらったのだが、生憎路銀が足りず、買い取って貰う話になったのだ。最新型なのに吹っかけられたのは知っていたので、言い値のまま、代わりにここまで送らせたのだ。
「僕にはもういらないモノだ。道を聞く手間も省けたし、バギーは好きじゃない」
「いや、エルメルトは結構広いぜ?まあボカロやるなら金有り余るんだろうけど」
「なんで僕が「VOCALOID」やると思った?」
このメカ屋、かなり勘が鋭そうだ。答えによっては、ちょっと用がある。
「……「VOCALOID」やる奴は、口がかてえんだ」
「へえ。今度から気をつける」
「俺は、カイトってんだ。ちょっと遠いが、役に立てるなら呼んでくれ。出張費はまけ
とくぜ」
「エアバギーを売ったのに、用は無いよ」
「エンジン付いてる奴ならなんでもござれだ。ただし、カワサキだけはかんべんな!」
「カワサキか……」
「ああ、カワサキだけはな……」
カワサキか……。エルグラスでも一ヶ月に1回は見かけたが、持ち主がわからない。物によっては、運勢や寿命が左右されるらしい。
「ま、考えておくよ。じゃあな、カイト」
「おい、兄さんの名前まだ聞いて無いぜ!」
「僕の名前?」
ふと、身分証を取り出して見た。カイトが不思議そうな顔で見ている。
「……僕にはもういらないモノだ」
少年はカイトの顔を見て、少し笑った。
「ま、考えておくよ。カワサキ以外のな」
「面白い兄さんだ!年齢は6兆歳か?」
「どうみても年下年下」
青い髪の男カイトは、20台後半のベテランメカニックと言う風情で、赤い髪の女と一緒にメカ屋をやっている。夫婦なのだろうか、お似合いだと思った。
少年は金髪で、背はカイトの顎に届くくらい。成人してる風には見えない。
――――――――――
ふと、風が吹いた。カイトが空を見上げる。
「今日の風は、少し硬いようだ」
「カイトさん、耳がいいね」
「まあな」
カイトはエンジンを吹かし、バギーがスラスターの浮力で埃を巻き上げた。
「頑張ってくれよ、兄さん」
そう言うと、ウインクして走り去っていった。
「「VOCALOID」やる奴は口が堅い、か」
どうやら、恐ろしい所に迷い込んでしまったのかもしれない。だが、もう引き返す故郷などある筈も無い。
正門。秋空の下で、コンクリート作りの塀を割ったゲートは普通に開いていた。警備に詰め所を指され、手続きする。少年の名前は、――――――――――、だった。
機動攻響兵「VOCALOID」 序章
ボカロ小説に初めて挑戦します。
とりあえず一戦闘こなして終わる所までを目標にしています。
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