「あ~レン、遅い~!!」

リビングの扉を開けるといきなり双子の姉に飛びつかれた。
勢い余って激しく頭を扉に打ちつけ、俺は彼女を巻きつけたまま、後ろにへたり込む。声にならないほど痛い。
「ゴン?ゴンっていった?あはははは!」
文句を言ってやろうと睨み付けたリンの顔はゆでだこのように真っ赤だ。一目見て完全に出来上がっているのが分かる。…大体想像はつくけど、誰だ未成年に酒を飲ませた奴は。
「レン~レン~だいすき~」
ごろごろ、とリンが胸に頭を摺り寄せる。こいつ、普段ツンデレなくせに酒が入ると甘えっ子になるのか。…他の男と飲むときは気をつけるように言い聞かせよう。弟として俺は心に誓った。


今日俺はマスターに呼ばれてレコーディングをしていた。
俺の曲にしては珍しくスローテンポなバラードで、ちょっと苦戦。マスターに励まされつつなんとか録り終え、こうして皆が待つ家に帰ってきたというわけなんだが、そうしたらこの惨状。ひどい話だ。

「レンくんおかえり~」
ニーハイの靴下をそこら辺に脱ぎ散らかしたミク姉がソファにしどけなく座り、リン同様真っ赤な顔をして手を振っている。
こたつには食べ終わった夕飯と(どうやら今日はチゲ鍋だったらしい。温め直して俺も後で食べよう)、ビール瓶だの氷結だのカロリだのワンカップだのが転がっている。

「……」
俺は思いっきり顔をしかめてリビングを見渡す。しかしここにはぐでんぐでんのリンとミク姉しかいない。この地獄絵図の犯人はどこだ。
そんなことを考えていると、後ろからがばっと柔らかい感触が後頭部を包む。
こ、この気配は!
「レーン、おっかえりー!遅かったねー」
「ちょ、メイコ姉!!」
メイコ姉が甘い声で俺を抱きしめる。ぐりぐりと柔らかいなにか(思春期なので自主規制させていただきます)で頭を撫でくり回され、当ててんのよってレベルの話じゃない。

「あーんもう可愛い可愛い可愛いーレンかわいいよぉー」
「め、メイコ姉!やめて!俺死んじゃう!」
「お姉ちゃんの胸の中でしねー★」
「しねー★じゃないよ!!」
「やぁだー、だってレンかわいいんだもんー」
酒にべらぼうに強いメイコ姉がべろんべろんになってる。しかもこの酔い方は3ヶ月に1回あるかないかの伝説の『酔いデレ』!酔いデレのターンじゃないか!
「可愛い可愛いー」
「おねえちゃんずるいよ~ミクもレンくんぎゅっとする~」
「リンも~」
「ちょまっ!!しなくていい!しなくていいから!」
「ぎゅー」
「ぎゅー!」
「いやぁぁぁぁ!!犯される!!!」


「うわ、何この羨ましい状態」
リビングの入り口から聞き覚えのある声。俺は情けない声を上げて救援を求めた。
「カイト兄!助けて!」
「え、助けたほうがいいの?」
「当たり前だ!いいから早く!」
「えー、俺ならその状態でアイス5個は軽いのに」
「うっさいバカイト!早く助けろ!」
ひどいなぁ、とカイト兄は笑って、ミク姉とリンを俺から剥がす。
「はいはーい、レン君が圧死しちゃうからやめようねー」
「あーおにいちゃんおかえりなさーい」
「おかえりなさーい」
ミク姉とリンは今度はカイト兄に抱きつく。うわ、リンがカイト兄に抱きつくとかマジ写メっときたい。そして酔いが醒めたら嫌がらせで見せてやりたい。
「はーいただいまー。うーん、俺の居ない間に更に酒を飲んだな」
「うん!飲みました!」
「飲みました!追加で3本!」
「はい、いいお返事。よく出来ました」
カイト兄が二人の頭を撫でると二人はえへへ、と得意げに笑う。いや笑ってる場合でも褒めてる場合でもないだろ。
「はいはい、めーちゃんも離してあげようね」
「やぁーだー、今日はレンと一緒に寝るもんー」
「それは絶対に許しません」
「なんでよー」
「俺以外の男と同じベッドなんて一生許しません」
「やぁだ、だってカイトすぐやらしいことするもん」
「それはします。しますけど許しません」
ちょおまえら俺の頭挟んでなんつー会話。自重してくれ。思春期なめんな。
「やらしいことってなぁにー?」
「なぁにー?」
おまえら参加するな空気を読め。
素面の俺だけ「家族で洋画見てたらラブシーンになっちゃった」並に気まずいじゃねぇか。
「ミクとリンも大人になったらわかるよ」
「えー」
「えー」
マスター!助けてマスター!この人たちダメだ!mixあとでいいからまた俺起動してマスター!
「じゃあレンも帰ってきたし、飲みなおすぞー!」
「おー!」
「おー!」
背後のメイコ姉が ザ ラ キ を と な え た 。
俺はメイコ姉に抱きしめられたままコタツに引きずり込まれ、再び宴会が始まる。地獄絵図という名の宴会が。


カイト兄の話曰く、今日はルカ姉が買ってきたワインと、がっくんの実家から送られてきた日本酒を合わせて飲む「大ちゃんぽん大会」が行われていたそうだ。タイトルだけでもロクでもねぇ。
当初はメイコ姉、カイト兄、ルカ姉、がっくんの4人で飲んでいたのだが、目を離した隙にミク姉とリンがワインに口をつけ始め、そうしたらもう収集がつかなくなったらしい。
「飲みやすかったんだよねぇ、ルカのワイン。だからいつのまにかミクとリンが出来上がってて」
「出来上がってて、じゃないよ。なにやってんのさ大人組は」
「すいません大人組も出来上がってました」
「……」
「で、めーちゃんがうちにストックしてたビールとか缶チューハイとか出し始めてからもうノンストップ」
「…どうしようもねー」
「そのうちにルカが潰れて、がっくんも潰れて、とりあえず二人をお隣に届けてきて帰ってきたら、レンがおっぱいに囲まれていた、と」
「やめろその言い方!」
大声を上げると、カイト兄がしぃ、と人差し指を口に当てる。
俺たちの横では女性陣3人が酔いつぶれてすやすやと眠っているのだ。カイト兄の右ではメイコ姉がこたつに突っ伏して。左ではミク姉がコタツに顔まで埋まって。リンは、俺の膝の上で。こたつに足をつっこみ、器用に体を折り曲げて眠っているその表情は幸せそうで、なんだかつねってやりたくなる。

「…今日はどうだった?」
メイコ姉の肩に自分のコートを掛けながらカイト兄が尋ねる。家族の誰かがマスターに呼ばれると、カイト兄は必ずこうして尋ねるのだ。「今日はどうだった?」と。うまく行った時もちょっとへこんでる時も、カイト兄への報告は慣例になっている。
「…ちょっと苦戦した。バラードだったんだ、今日」
「へぇ、珍しい。でもレンは高音が綺麗だし、向いてるかも」
「そうでもないんだよ、声張る歌い方じゃないから高音も伸びなくてさ」
「そうかなぁ」
「…そしたらマスターが、『お手本だ』って、カイト兄のバラードを流したんだ」
「へぇ」
「…やっぱりカイト兄ってバラード向いてるよね」
「そう?」
「うん、落ち着いた透明感のある声だし、低い声も綺麗に出るし…」
「……」
「俺はどっちかっていうとパワー系の歌が多かったし、ノリのいい曲の方が慣れてるから、『聞かせる曲』はやっぱり難しいって言うか…」
「……」
「…俺、今まで勢いでこなしてただけなのかなって。ちょっとへこんだ」
「……」
ぽんぽん、とカイト兄の掌が俺の頭を撫でる。普段なら子ども扱いすんなよ、と噛み付くところだが、今日は不思議とそんな気にならなかった。
俺も、多少酔ってるのかな。

「俺、レンの声好きだよ」
「……」
「リンが太陽なら、レンは月みたいなイメージ」
「……」
「きらきらしてるけど、優しい。いつまでも包まれてたい。そんな感じかなぁ」
「……」
「…その声でバラードなんか歌われちゃったら、…世の中のショタコンは卒倒だよ?」
「…ショタじゃないっつーに」
「あはは。でも、楽しみにしてる。俺、レンの声好きだもん」

大事なことなので2回言いました、とカイト兄は笑った。
バカイト、と俺も笑った。

「さ、明日もレコーディングだろ?そろそろ寝な」
「ん」
ミク起きて、とカイト兄がミク姉の肩を優しく叩く。
俺も、膝の上ですやすや眠っている姉の肩を同じように叩いた。いつもみたいに乱暴じゃなく、カイト兄みたいに。
「リン、起きろ。こんなとこで寝たら風邪引く」
「…ん~?な~に~?」
「起きろ。ほら、部屋戻るぞ」
「ん~…だっこ~…」
「仕方ねぇなぁ…」
伸ばされた両腕を掴み、ずるりとリンの体を引き上げる。お姫さま抱っこ、は、ごめん無理。なので、リンの腕を自分の肩に回し、立ち上がる。
「おやすみ、レン、リン」
「ん」
力の抜けきったリンの体を支えながら、俺はリビングの扉に手をかける。くる、と振り返ると、寝ぼけ眼で寝言を呟いているミク姉を優しい顔で見つめているカイト兄の姿。
「…カイト兄」
「んー?」
「…ありがと」
どういたしましてー、と間延びした声でカイト兄が笑う。


…ずるいよ、カイト兄。普段は変態なのに。
そんな頼りがいのある兄の顔、しないでよ。






おまけ。

「あ」
リンを隣のベッドに寝かせたあと、俺は忘れ物に気がついた。今日レコーディングした曲のデモテープ。しまった、今日聞きながら寝ようと思ってたのに。おそらくリビングに落としてきてしまったのだろう。
リンの毛布を肩までかけてやり、俺は音を立てないようにそっと部屋を出る。向かいの部屋からはミク姉の寝言がうにゃうにゃと聞こえ、つい笑いそうになってしまった。

まだ明かりが漏れているリビングにたどり着くと、中からはうにゃうにゃと寝ぼけたメイコ姉の声がした。
姉妹だなぁと笑いかけたが、どうやら様子がちがうことに気がつく。
何となくいやな予感がして、俺は扉を開ける前に聞き耳を立てた。
聞こえてきたのはカイト兄の、俺たちには聞かせない、メイコ姉専用の、甘い声だった。

(音声のみでお楽しみください…思春期の俺にはこれが限界ですごめんなさい)

「ほら、めーちゃん、起きて」
「んー…」
「風邪引いちゃうよ。部屋行こう?」
「んー…」
「ほら、めーちゃん」
「やぁ…くすぐったい…」
「…感じやすいね?今日のめーちゃん」
「やぁだ…はずかしい…」
「かわいい、めーちゃん」
「……」
「めーちゃんかわいい、めーちゃん大好き」
「……」
「めーちゃんは?俺のことキライ?」
「…んーん…」
「ちゃんと言葉にして?」
「……。…すき…」
「はい、よく出来ました。…ほら、じゃあベッド行こう?」
「…うん…。…かいと…」
「ん?」
「だっこ…して…」
「…あー、ベッドまで持たないかも、俺が」





ガラス越しに俺と目が合って、カイト兄は、人差し指を口に当てて、笑った。
前言撤回。

…やっぱりあいつ、単なる変態だ。

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい

【カイメイ】思春期の僕と、兄と姉

とにかくカイメイが好きすぎて勢いだけで書いたもの。
なぜかレン視点。
音楽的素養ゼロです。
キャラ崩壊も甚だしい。
ごめんなさい。


タグ追加ありがとうございます!!
2828して頂けるならば恐悦至極でございます。

閲覧数:3,288

投稿日:2009/12/30 11:09:48

文字数:4,561文字

カテゴリ:小説

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  • ムーミン

    ムーミン

    ご意見・ご感想

    これ、レン君の自称を"おれ"から"僕"に変えるだけでだいぶキャラが変わっちゃう気がする。

    すいません。
    初心者の癖にえらそうな口をきいてしまって。
    どうも悪い癖があるんです。

    この癖は小1からなのでご勘弁を。

    ご挨拶が遅れました、muminnと申します。

    僕個人としては、この作品のレン君は、ありですね。
    これからもがんばってください。

    2010/07/31 20:42:28

    • キョン子

      キョン子

      メッセージありがとうございます!
      そうですね、僕と俺でだいぶ変わってしまいますが…
      私の中でレン君はちょっと「背伸びをしてる思春期の男の子」なので、一人称は「俺」かなってなんとなく思います。タイトルは深く考えずつけました。
      ありと仰っていただけましたので、これからも頑張ります^^

      2010/08/03 01:55:09

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