「わぁ、おねえちゃん、綺麗!!」
振り返ると、いつの間にか控え室の入り口にミクとリンが来ていた。
きらきらと輝かせた目で素直に褒められると、嬉しいより前に恥ずかしくなってしまう。
「…ありがと」
赤い胸当てに、赤い腰巻。
アクセサリーは本物の宝石をあしらった特注品で、肩の辺りがいつもより露出が多い。
「すっごい凝った衣装だね、マスター、めぇ姉だからってお金掛けすぎじゃない?」
「…衣装っていうより、最早コスプレね」
「大丈夫だよ、普段の服もコスプレみたいだもん!」
「ミク姉、フォローになってないよ」
「えー?そうー?」
今回のPV撮影は、ディズニーの『ホール・ニュー・ワールド』。
曲をもらった時は「何でまた」と思ったけど、どうやらマスターが久しぶりに『アラジン』を見て感動したかららしい。
本家に忠実に、というのがマスターの指示だ。
PVも『アラジン』を意識した内容になっているらしいので、相手役の衣装もとんでもないことになっているんだろう。
相手役が誰かといえば、――カイト。
レコーディング自体はもう終わっている。2人で歌うのはとても久しぶりだった。
ヘッドフォンに響くカイトとのハーモニーが気持ちよくって、ずっと幸せな気持ちだった。
優しい歌声に、うっかり惚れ直しそうになってしまったりして。
…というのはもちろん本人には内緒だけど。
はしゃぐ妹たちにヘアメイクを直してもらっていると、コンコン、と控えめなノックの音が響く。
姿を現したのはルカだった。確か、ルカはカイトの準備を手伝っていたはずだ。
「失礼しますお姉様、カイトさんの準備が…」
そう言いかけたルカと目が合う。一瞬の間があって、いつもはクールで冷静な顔立ちがあっという間に崩れた。
「…amazing!」
ルカの体が90°後ろに反り返る。
興奮すると英語になる上にオーバーアクションになるので、普段とのギャップが激しいのがルカの長所でもあり短所でもある。
「わぁ、ルカちゃんイナバウアー!」
「ルカ姉、日本語でおk」
「素敵です美しいです麗しいですお姉様!美の極みです!!ジャスミンも真っ青です!!!」
「うん、ありがと。とりあえずよだれ拭いて」
差し出したハンカチを受け取るも、ルカはお構いなしで私の衣装やら顔やらをぺたぺたと触る。よっぽどお気に召したらしい。
毎回毎回思うけど、黙ってれば相当な美人なのに残念な子だ。
「ルカ姉、なんか用なんじゃないの?」
「あ、そうでした、すっかり忘れてたけどカイトさんの準備が整いました」
そう言いながらルカは後ろから私の肩を抱きしめている。若干耳元で息が上がってるのは気のせいだと思いたい。
「わぁ、おにいちゃんどんな感じ?」
「正直男のヘアメイクなんかどうでもいいんですが、一応アラジンっぽくしておきました」
「カイ兄変な服似合うからなぁ。楽しみだね?めぇ姉」
「…そうね」
なんて答えてよいのか分からず、曖昧に笑っておく。
実は、ちょっと緊張しているのだ。
『本家に忠実に』ということは、二人でくっついて見つめあって歌う、ということだ。
レコーディングの時からずっとどきどきしていたのに。
…私の心臓、持つかしら?
セットの入り口にはレンが待っていた。
おそらくマスターからの指示を受けているのだろう、インカムをつけて何事かを話していたが、私たちを見つけると軽く手を挙げた。
「お待たせー、カイ兄は?」
「もう中でスタンバってるよ、こっち」
くるりと背を向けようとしたレンを、ミクが掴んで引き止める。
「レンくんレンくん、おねえちゃんどう?」
「…まぁ、いいんじゃない、コスプレみたいで」
「綺麗でしょー?」
「…まぁ、うん」
「綺麗なら綺麗って言わないと女の子には伝わらないですよ」
「ルカ姉は無駄に言い過ぎなんだよ」
「ヘタレー」
「ヘタレー」
「…あー、もう!綺麗だよ!綺麗すぎて目のやり場に困ってるよ!!」
顔を赤くしたレンがやけくそ気味に叫んで、ぷいっと横を向いた。
思春期真っ只中の弟はからかうとすぐムキになるが、そこがまた可愛い。
そんなこと本人に言ったらまた怒られてしまいそうだから、胸にしまっておこう。
「すごい…」
スタジオのセットは想像以上だった。
マスターを呼びにいくという妹弟と別れた私は一人、そのセットの中を歩く。
宮殿のバルコニーを再現したそれは異国情緒に溢れていて、まさにアラビアンナイトの世界。ひょい、とその登場人物が現れてもおかしくないほど精巧に作られていた。
背景もとてもリアルだ。星に彩られた天井はとても広く、本当に魔法の絨毯があればちょっとした星空散歩が楽しめるだろう。
「…めーちゃん?」
セットの中を見て回っていると、突然私に呼びかける声がする。
耳に馴染んだその声。そもそもその呼び名で私を呼ぶのは、一人しかいない。
バルコニーの奥から、ぼんやりと白いシルエットが浮かんで、声の主が姿を現した。
「…カイト」
アラビア風の真っ白な王子様の衣装に、揃いの大きな帽子。
まさしくアラジンだった。
どうでもいいとか言っていた割に、ルカがきちんとスタイリングしてくれたのだろう。リンの言う通り、よく似合っていた。
めーちゃん、と呼びかけたあと、カイトはじっと私を見つめて黙り込む。
カイトの格好に気を取られて忘れてた。
そういえば私も今、相当な格好をしているんだった。むき出しの肩を守るように、腕で隠す。
「…あんまり見ないで、恥ずかしいから」
「恥ずかしくないよ。綺麗すぎて、全力で惚れ直しちゃうくらいだ」
『愛しい』という感情を隠さないカイトの視線。
嬉しい。恥ずかしい。幸せ。見ないで。好き。
矛盾したいくつもの気持ちを抱えて、私はうつむく。
逸らした視線の意味に気が付かれませんように、なんて、可愛くないことを私は祈る。
「…俺ね、めーちゃんとこの歌歌えてすごく幸せなんだ」
「え?」
予想外の言葉に不思議そうな声を上げると、カイトが微笑む。
「だって、これ、運命の二人が恋に落ちる歌でしょう?」
「……」
「ほら、俺たちにぴったり」
そんな風に、私のこと見ないで。
想いが溢れてしまうから。
伸ばされる、カイトの手。
ためらいながらも、そっと私の頬に触れた指先にそっと自分の温度を重ねる。
「……」
「…綺麗だよ、本当にお姫様みたいだ」
ゆっくりと、まるで磁力が働いているように、顔が近付く。
そこからはもう、必然のようだった。
男にしては長い睫が伏せられていく様を見てから、私も目を閉じる。
カイト。私も同じなんだよ。カイトとこの歌を歌えて、幸せなの。
――そして、唇まで数ミリ、と言った瞬間。
『めぇ姉ー!カイ兄ー!どこぉ!?』
『マスターが呼んでるよー』
スタジオのスピーカーからリンとレンの声が大音量で響いた。
驚いてびくんと体を竦ませると、残念そうにカイトが呟く。
「…あーあ、タイムアップ」
「…ふふっ」
拗ねたような口調が子供みたいで、つい笑ってしまう。
めーちゃん、と呼びかけられて顔を上げると、頬に優しくキスをされた。
「…続きは今夜ね?」
「…ばか」
きっとアラジンとジャスミンも、こんな風にわくわくしながらお城を抜け出したんだろう。
悪戯っぽく笑う恋人に手を取られ、私は皆の元へと駆け出した。
―― 一緒に連れてって。
魔法の絨毯なんかなくても、カイトとならどこにだって行けるから。
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ご意見・ご感想
rei
ご意見・ご感想
うっはwwめーちゃん、可愛いです!そして・・・ルカのキャラがwwルカのキャラって、よく分かんなかったんですけど、なんとなく、変人ということが分かりましたw
2010/07/23 21:13:35
キョン子
メッセージありがとうございます!
ジャスミンめーちゃんは俺のジャスティス!
変人wめーちゃんを溺愛するルカが可愛いなぁと思っていただけだったんですが、何だかおかしな方向に走っていってしまいましたw
2010/07/24 00:06:33
wanita
ご意見・ご感想
おおお!可愛い~!!素敵です! アラビアンナイトな二人がもうはっきり浮かんで、惚れました☆
2010/05/07 23:41:44
キョン子
おお、惚れていただけるなんてとっても光栄です!!
カイメイのホールニューワールドは可愛すぎて聞いているだけで幸せになりますよね…!
絶対に見つめあって歌っているんですよ!!←妄想
wanitaさんの小説も後ほど拝見しに行かせて頂きます☆
コメントありがとうございました!!
2010/05/08 01:25:17