「おねえちゃん、髪の毛やってぇー」
「めぇ姉めぇ姉、この服にはどっちのスカートがいいかなぁ?」
「お姉様、お、お口にグロス塗ってもよろしいですか?」
――つまらない。
せっかくの休日だというのに、俺は腐っていた。
理由はたったひとつ。
『彼女を妹たちに占領されているから』。
「はいはい、ちょっと待ってね今やるから」
「うーん、私は右の方が好きだなぁ」
「うん、とりあえず鼻血拭いてからにしてね」
リン曰く、今日は『ガールズデー』らしい。
「だっていっつもカイ兄がめぇ姉のこと占領してるじゃん。たまにはあたし達だってめぇ姉と遊びたい!」
鼻息を荒くしたリンに続いて、ミクも同調する。
「ミク、久しぶりにおねえちゃんと遊びに行きたいな、だめ?」
可愛い妹の小首を傾げてのだめ?に俺が太刀打ちできるはずもなく。
「あんまり独占欲が強いと嫌われますよ、カイトさん」
ちくしょう、ルカにだけは言われたくない。何だよそのどや顔。
思い返せば確かに最近は俺が彼女を独占していた。
レコーディングとPV撮影もずっと一緒だったし、休日も彼女の横をがっちりキープ、もちろん夜だって…(おっと、この先は自重しよう)
俺としては毎日毎時間毎分毎秒彼女といっしょに居たいから全然足りないくらいなんだけど、可愛い妹たちからクレームが出てしまっては仕方ない。
俺は涙を呑み、断腸の思いで彼女を1日諦めることにした。
―― そして今に至る。
「わぁ、ありがとうおねえちゃん!」
「どういたしまして、可愛いわよ」
「めぇ姉、これだと首元が寂しいかなぁ」
「じゃあ私のストール貸してあげる。部屋から持っておいで」
「お、お姉様、失礼しますね。ああ…形のよい唇…食べてしまいたいくらいです…」
「後半は脳内だけにしときなさい」
リビングで楽しそうにお出かけの準備をしている彼女+妹達。
「わぁ、可愛い!このやり方今度教えてね!」
「結構簡単なのよ、三つ編みしてからアップにするだけだから」
「ふんふん、三つ編みにしてから…こう…」
「…楽しそうだなー」
「ありがとめぇ姉、これ借りるー」
「あ、よく似合う。あんまり使ってないからよかったらあげるわ」
「マジで?やったぁ!」
「俺も行きたいなー」
「お姉様、こういうメイクもよくお似合いです、興奮しちゃう」
「ありがと。はい交代、目つぶって」
「そんなお姉様…皆の前で…!結構大胆…なんですね…」
「荷物持ちでいいから連れてってくれないかなー」
「…カイ兄」
「えっなに?お兄ちゃんに用事?何か用事?」
「うるさい」
末の妹に一撃でのされた俺は、その後も妹達の姿を見ていることしか出来なかった。
いってきまーす、と楽しそうに玄関を出て行く4人の背中。
ちら、と一瞬だけ彼女と目があったような気がしたんだけど、それも俺の望んだ幻覚かもしれない。
一気に静かになったリビングのソファにぐったりと寝そべっていると、ぱこん、と何かに殴られた。
「いたっ」
見上げると、呆れ顔のレンが俺を見下ろしている。手には丸めた楽譜を持っていた。
「…いい加減諦めろよカイト兄。見苦しいぞ」
「だってぇ…」
「泣くなうざいから」
思春期の弟の口調が最近マスターに似てきたことに不安を覚える。ちくしょう、あんな口の悪い男の真似をしてたらロクな大人にならないぞ。
「…レン、俺達もボーイズデーしようか」
「…なんだよ、そのいかがわしいタイトル」
「兄弟の親睦を深めるべく、お買い物行こうお買い物」
「…とか言って、メイコ姉たちの跡つけようってんだろ?」
「どき」
「却下。俺明日から新曲のレコーディングだから無理」
レンは食卓においてあるバナナを一房ちぎり、リビングを出て行く。
「カイト兄、メイコ姉離れしろよ、ガキじゃないんだから」
「お、お兄ちゃんになんて捨て台詞吐くんだお前は!」
レンを見送り、俺は再びソファに沈む。
普段ならこの時間は彼女がお昼ご飯の支度をしてくれている時間だ。
それにまとわりつくのが俺の日課で、「あーもう、しつこい!」と叱るのが彼女の日課で…。
『あんまり独占欲が強いと嫌われますよ、カイトさん』
突如蘇ったルカの声に、ぶんぶんと首を振る。
そんなバカな。俺と彼女は世間が羨む相思相愛カップルのはずだ。この間のPV撮影の時だって、彼女は恥ずかしそうに「私も幸せなんだよ」と言ってくれた。
あの時の彼女の破滅的な可愛さといったらもう東京ドーム37個分の広さだ。…とマスターに言ったら「意味がまったくわからん」と一蹴されたんだけど。
(…でも、もしかして、めーちゃん俺のことウザいって思ってるのかな?)
毎日毎日くっついて襲い掛かって愛を囁くのは俺としては最上級の愛情表現なんだけど…せ、世間的に見たらウザいのかな…。
一度思いついてしまった不安は黒い染みになり、なかなか消えてくれない。
めーちゃん。俺のこと嫌いになったのかな。
俺、めーちゃんに嫌われちゃったらどうやって歌えばいいんだろう…。
「――カイト」
「め、めーちゃん!」
突然振ってきた愛しい声。ソファの枕元には彼女が立っていた。
「か、帰ってきてくれたんだね!うわぁん、寂しかったよー」
「触らないでくれる?」
「…え?」
いつものように彼女に抱きつこうとした俺を、冷たい声が制止する。今のは、聞き間違いでなければ彼女の声だ。
「め、めーちゃん?」
「もう別れましょ」
「え、え、な、なに言って…」
「あんたにはうんざりなの。ウザいしキモいし、顔も見たくない」
「め、めーちゃん、嘘でしょ?冗談だよね?リンとかルカに言えって言われたんでしょ?」
「嘘じゃない。もう別れて。私マスターと一緒に暮らす」
「う、嘘だ…」
「さよなら」
くる、と彼女が背を向ける。すたすたと俺から遠ざかっていく、愛しい背中。
待って。待ってめーちゃん。
俺悪いところ直す。全部直す。ウザいこともキモいとこも全部直す。めーちゃん好みの男になるから。
行かないで。行かないで行かないで行かないで。
「…めーちゃんっ!!!」
――自分の絶叫で、目が覚めた。
…どうやらぐるぐると後ろ向きなことを考えている内に、俺はいつの間にか眠ってしまったらしい。
なんつー夢。最悪だ。
起き上がった自分の心臓がどくどくと脈打っているのが分かる。額には汗が浮かんで、やたらと喉が渇いていた。
「…あれ?」
自分の体に、いつのまにか毛布が掛かっている。
寝る前にはこんなのなかったはずなのに。レンが気付いて掛けてくれたのかな。…いや、あいつがそんなに気が利くわけは…
「…何叫んでんの、あんたは」
「…え?」
また、愛しい声。
しかし今度は夢じゃない。だって今起きたばかりなのだ。
辺りを見回すと、恥ずかしそうに頬を染めた彼女がキッチンから顔を覗かせていた。
(どうしてここに?いつ帰ってきたの?妹たちは?)
いろんな質問が頭を駆け巡ったけど、それを言葉にする前に、体が勝手に動いた。
ソファを飛び越して、彼女の体を真っ先に抱きしめに行く。
驚いたような悲鳴が上がったけど、自重できなかった。
「ちょ、ちょっとカイト!なにっ…!!」
「…ごめん、めーちゃん」
「…えっ…?」
「…しばらく、このままでいさせて」
「…カイト?」
「……」
ぎゅう、と彼女の柔らかい体を抱きしめる。この胸に、彼女がいるんだと実感したくて。
戸惑いながらも抱きしめ返してくれた彼女の指先に、不覚にも涙が出そうになった。
「…じゃあ、ミクたちはまだ帰ってないんだ?」
「うん、今頃カラオケじゃないかな」
俺が一瞬だと思っていたうたた寝は、どうやら3時間近く経過していたらしい。彼女の作ってくれたホットケーキを食べながら、話を聞く。
妹たちとお買い物をした後、「夕飯の支度があるから」と彼女だけ帰ってきたらしい。「散々文句言われたわ」と笑っていた。
「帰ってきたらあんた寝てるし、ご飯食べた形跡もないし…。起きた時お腹空くかなって思ってホットケーキ作ってたら突然絶叫するんだもん。びっくりした」
「…ごめん」
「…謝らなくていいわよ。怖い夢でも見たんでしょ?」
ぽんぽん、と正面の席から彼女が俺の頭を撫でる。こういう時、俺はやっぱり弟なんだなと思ってしまう。
「…楽しかった?」
「え?」
「いやあのほら、いつもと違った、ガールズデー」
恥ずかしくって逸らした話題が我ながら女々しくて、げんなりしてしまう。
けれど、ああ、と彼女は微笑んだ。
「楽しかったけど、落ち着かないわね。あんたとレンがご飯食べてるか不安だし」
「…めーちゃん」
「今度は皆で出かけましょ。ね」
今の俺にそんな笑顔。卑怯だよめーちゃん。
さっきも抱きしめたのに、また抱きしめたくなってしまう。
…いいかな、いいよね?俺恋人だもんね?弟である以前に恋人だもんね?
「めーちゃっ…!」
「メイコ姉、お帰り」
「ただいま。レン、ホットケーキ食べる?」
「ううん、腹減ってないから大丈夫」
彼女の体まであと一歩、というところで、レンが顔を出した。
おのれ、レンめ!いいところだったのに!
俺の般若のような表情に気がつかず、2人は会話を続ける。
「…メイコ姉、今いい?」
「なぁに?」
「…新曲で悩んでるところがあるんだ、ちょっと相談乗ってくれないかな」
レンは恥ずかしそうに頬を染め、俯く。
少し涙目になっている可愛らしいその様に、俺も一瞬滾りそうになったが、ハッと我に返る。なんだこいつ。何を企んでんだ。
すると案の定、姉心を刺激された顔の彼女が、嬉しそうに立ち上がる。
「うん、いいわよ」
「あ、じゃあ俺の部屋来て」
「分かった」
え、まじですか。まじですかめーちゃん。
俺、今これからまさに大人の時間を始めようとしてたのに。
情けない顔で彼女を見つめる。すると、祈りが通じたのか、彼女が俺を振り返った。
「あ、カイト」
「はいっ、なんですかっ!」
がたん、と音を立てて椅子から立ち上がる。
期待を込めた眼差しを送ると、彼女はにっこりと微笑んだ。
「食べ終わったらお皿洗っといてね」
「…了解」
がっかりと肩を落とし、部屋を出て行く2人の背中を見送っていると、くるりとレンが振り返る。
何かを呟いて、俺に向かって勝ち誇った顔で舌を出した。
…呟かれた言葉はおそらく、『ザマアミロ』。
…あの隠れシスコン野郎!
――…ああ、神様。
俺の最大のライバルは、妹弟なのかもしれません。
【カイメイ】おねえちゃんは、誰のもの?
台詞メイン。
勢いだけで書いたので、小説なりそこないクオリティ。
最近自分の書くカイトがちっともきもやかでもうざやかでもなかったので、ものすごいアホなカイトを書きたかった。
とにかくきもく。
とにかくうざく。
バカイトの本領を発揮できていれば本望ですw
いつか夢の「兄さんは不憫な子」タグがつく日を夢見てww
3/28追記
ちょwタグ早速wwありがとうございますww
『ふびん』がひらがななのは仕様ですよね??笑
ちょっと改訂。
会話と心情文以外でのめーちゃんの呼び方を【彼女】にしました。
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