57.教会の少女

 リンの目の前に、白い髪の女が居た。
 そして、たくさんの子供たちが、リンをぐるりと囲んでいた。

 リンの目の前には、温かな葉野菜と根野菜を煮込んだスープ、そして穀物と豆の粥がある。
 食事が乗っているのは、質素な長四角のテーブルだった。しかし、大きい。長四角の卓が二つ並べられ、十五人の子供たちが、食事についている。
 工芸の街ヨワネは、ハクと教会の子供たち九人を出発点として、ずいぶんと復興した。
 九人の子供たちのうち、ナユやノルンなどその当時十二歳ほどの年長組であった子供たちは、すでに独立してヨワネの旧職人街に、それぞれの店を構えている。
 今では、他の地域の子供たちが、ヨワネにやってくるようになった。
『布と染織の町ヨワネにハクあり』と謳われ、ミクの葬儀で送る言葉を述べたハクは彼らの憧れの的となっていた。
「ヨワネの技を、受け継いでほしい」
 と、ハクも出来る限り希望者を受け入れた。当時5歳から10歳程度であった最初の仲間の年少組たちも、今ではすっかり成長し、ハクを助けてくれる。
 そんないきさつで、ヨワネの丘の上の教会は、いつもにぎやかであった。
 そして今日はさらにその賑やかさに輪をかけて、突然現れたリンに皆大騒ぎであった。

「礼拝堂で倒れていたんだよ!」
「俺が発見したんだよ!俺が!」
「何言ってるの! ハクさんも一緒だったじゃない!」
 リンは、この朝、教会の礼拝堂でたおれている所を発見された。
 ハクが抱え上げ、子供たちがのぞきこむと、リンはのろりと目を開けたが、自分の名前を告げたきりで、そのあとは口を開こうとはしなかった。

「ハクさん! 応援に来たよ!」

 肩のあたりで切りそろえた髪を揺らしながら、十七歳くらいの少女が、食堂の扉を開けて飛び込んできた。
「ナユちゃん。ありがとう。助かる」
 頬を上気させた少女の髪は、黒に近い緑色だ。五年前、十二歳だった彼女はハクから刺繍を習い始め、今は工芸の町ヨワネで、糸屋を開いている。
「リンちゃん、だっけ。服を持ってきた。こんな感じでどうかな」
「ナユちゃん。リンはナユちゃんより年上」
「え、そうなの! 十五歳くらいに見えたわ! 」

 五年前、親たちの集団自決から遁れた子供たちの中でも、最年長だったナユは真っ先に独立して旧職人街に店を構えた。ハクいわく「糸を愛する女」で、その手先の器用さと染色のセンスはハク自身も認めるほどだ。五年前、自決してしまったヨワネの職人達の埋葬を手伝い、それぞれの墓に絵を描いて図案を覚えたナユは、刺繍の腕前も徐々に上げており、今では糸染めの技とともに周辺の町にも名を知られつつある。ヨワネ復興の期待の星であった。
 一番小さかったリュイでさえ、もう十歳だ。ほかの町からも、ハクやヨワネの布の技術を手に入れようと、職人を目指す子供たちがやってくる。五年前、小さかった子供たちは、新しくヨワネにやってきた子供たちにヨワネの生活を教えながら、ハクにヨワネの町に伝わる刺繍の技を習う日々である。

 ヨワネを、もう一度、工芸の町に。
 黄の国に対する意地のため、技術を天に持って行ってしまった親たちに代わって、自分たちがヨワネを復活させる。
 ハクが掲げた言葉通り、子供たちはハクから刺繍の技を習い、染織などの技は生き残った別の町の職人のもとへ出かけて習い、ヨワネを、もとの布と糸の町に戻そうと、前進していた。

「ねえ! どこから来たの!」
 子供たちがリンに声をかけるが、リンはただ首を振るばかりだ。
「リンちゃんっていうの? リンちゃんも職人になるの?」
「なに職人になるの? 糸? 織物? 刺繍?」
「……」
 何も言わないリンに、興味津々であった子供たちも怪訝な顔をする。
 服を持ってきたナユがハクを見た。
 ハクはうなずく。
「うん。リンは、私の、知り合い」
 とりあえず事情がありそうな様子に、ハクはその場を収めるため、そう答える。ハクと五年の付き合いであるリュイが声を上げた。
「そう! じゃあ、あたしも最近作ったものを見せてあげるよ!」
 回り始めた関係に、ハクとナユがほっと顔を見合わせる。
「お願いね、リュイ」
「うん!」
 ほかの子供たちも、やや安心した様子で、食事を始める。やがていつものように賑やかなおしゃべりが始まった。
 ハクは、じっと、リンを眺める。
「このリンは……あまりにも、あの王女に似ている」
 五年前、青の国で出会った、王女に。初めての同じ立場の友達であった、レンを救った王女。そして、レンに命じてミクを殺させた女……。

「ねえ、リン。本当に、貴女、どこから来たの……?」
 その問いに対しても、ただ幼さの残る黄の髪の少女は、首を振るばかりであった。
 ハクは、スープを食べるように促す。
 リンが、そっと食べ物を口に運ぶ。
「そうだ。黄の国の人だと聞いたから、あたし、こんなのを持ってきたよ」
 ナユが、服の入った袋とは別に、小さなかごをリンの前に置いた。
「ちょうど、黄の国の綿花の……あ、糸の原料屋さんが向いの宿屋に来ていてね。宿の人が、歓迎の意味をこめて焼いていたから。……緑の国の作り方だから、口に合うといいんだけど」
 白い布をとりのけると、黄金色に焼けたブリオッシュがあらわれた。
「……黄の国の朝ごはんは、ブリオッシュなんでしょう?」
 リンが目を見開くのを、ハクとナユはそっと見守っていた。
 やがて、リンの手が、ブリオッシュをひとつ手に取り、口に運んだ。
 唇がわずかにひらかれる。
「……おいしい」
 リンの瞳から、滴が一つ、頬を滑って流れ落ちた。
 その様子を、ハクも、ブリオッシュを持ってきたナユも、じっと見守っていた。


つづく!

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい

悪ノ娘と呼ばれた娘【悪ノ二次・小説】 57.教会の少女

ハク。ヨワネハクの底力。

強そうでもろい主人公の過去はこちら↓
悪ノ娘と呼ばれた娘【悪ノ娘・悪ノ召使二次・小説】 1.リン王女
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歌詞引用・親作品 悪ノシリーズ
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投稿日:2011/03/19 01:30:02

文字数:2,375文字

カテゴリ:小説

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