「おはようござます!」
元気に、一人目の経過観察者の部屋に乗り込んだミクさん。
「おはようミクさん。よく来たね」
今日も楽しそうで元気になるよ、と言われて嬉しくなりました。
ベッドに寝ているクライアントは相変わらずしんどそうですが、ミクさんを見る目ははっきりとした輝きに落ち着いています。
「調子はどうですか?」
キーボードをセッティングしながら尋ねると、優しい目で微笑みました。
「前より良くなったよ。今まで、歌う事すらままならなかったけどミクさんが来てから、前より自分の声が出せるようになったんだ」
「そうですか。嬉しいです!」
「こんなところまで、歌いに来てくれるなんて、ミクさんは優しいね」
返事をしながらリハビリ用のプログラムを開いたり、様子を書類にメモしたりしていると、ふいにクライアントがいいました。
「そうですか?」
ミクさんはあまり自分の話はしません。
ベテランの人とは違って、ほとんど、リハビリ用のプログラムを演奏することにだけ注力していて、真面目でつまらないと言われることもありました。無機質で、愛想が足りないと自覚しています。
「呼ばれたから来ていますし、私は受け持っているだけですから。
私ではなく、プログラムが良いんですよ。ほら、医療用に考えられていますし」
「そうかな。それでも、ミクさんで良かったよ」
〜♪
淡々と伴奏を始めたミクさんに、クライアントはそれ以上は言いませんでした。
受け持つ時間が限られているからです。
メニューをこなしながら
ミクさんは考えました。
これまで。お局さんの近くでただ歌うとき……
褒められても、「まぁ、外には出れないしな」や
「お金出すまでじゃないわね」が必ずついていました。
釘を刺す為の形式上の言葉だから、褒められると余計に惨めだったのです。
しかし、こうやって外回りしていると、勝手に押し付けられる感情にとらわれず、
ただミクさんとして接してもらえるのでとても嬉しくなりました。
(透明で悲しいの!なんて言ってもいない。いつだって私は此処に居る……)
「初音ミクでしょう?」
プログラムの後、片付けているとクライアントが言いました。
「え…」
突然の事にミクさんは目を丸くします。
「そうやって、二つに結んでいると、ますます確信したよ」
確信した、そう言ってどこか嬉しそうにするのです。
「あぁ……!髪、ほどいてなかった!!」
顔が熱くなり、パニックのまま俯くミクさん。
咄嗟に、違うともそうだとも言い出せず、声が震えます。
(……私――――)
脳裏に過ったのはさっき追いかけて来た人達。モニターの前の初音ミク。小さい頃の自分。
初音ミクが流行る程、自分と比べられる事が重圧になって、歌う事が出来なくなって……
「時間なので、失礼します!」
勢いよく外に出て、次の訪問先に向かいます。
(――――別に悲しんでいた訳じゃない。怒っていた訳でもない)
勝手に世界が回って、勝手に時間が進んで、気持ちを決めつけられて、その中で正義が回っている。
私が何も言っていない。何も語って無いのに。まるで先にダメージをコントロールしておくみたいに。
隠すみたいに。
「はぁ。何を悩んでいるんだろう」
髪を結ぶのも、歌うのも、全部自分が決める事で、自分の為のはずなのに。
たったそれだけが、それだけが、周囲に認識されるのが怖い。
『ミクさんの歌――――』
(皆は何を確信しているというの?)
私の、歌……
。。。。。。
「こんなのやったって、わかんないんだからさぁ!」
2軒目の家で、少女の大声が聞こえてきました。
そーっと開いているドアを覗くと、まだ幼い少女が走って出て来るところでした。
「もう、歌えるようになんてならないよ」
――――実は世界では今、原因不明の病が流行しています。
ある日突然、歌えなくなってしまうのです。歌も理解出来なくなっていきます。
たったそれだけでした。
だけど、それだけでもあらゆる音が騒音へと変わります。
「ごめんね、そうだよね、痛いよね、辛いよね、透明になったみたいで、嫌だろうね」
少女は嘆き、お母さんが宥めています。
「痛くない! 辛くない!」
少女が真逆の事を言うので、お母さんは更に困りました。
「おはようございます」
インターホンを押しながら、ミクさんは少女を見ました。
ドア越しに少女がミクさんを見上げました。
「おはよ」
嫌そうに目を逸らす少女にミクさんはとりあえず微笑みます。
少女は黙ったまま動きません。
(そうだよね……音楽は、もっと、内側から湧き出るものだった筈なのに)
「すみません、この子また我儘を」
しきりに頭を下げながらお母さんが2階の部屋に通してくれたので、ミクさんは少女と部屋に向かいました。
「リンちゃん、今日の調子はどうですか?」
「何度来たって、わからないよ、出来ないと思う……」
少女はまだ小学生くらいで、リンちゃんと言いました。
授業中に急に歌えなくなってしまい、自分の発音に自信が無くなったので、閉じこもりがちになり、殆ど誰とも話さなくなってしまったそうです。
ミクさんはなんとなくその感情に心当たりがありました。
私が髪を結べないように、歌えないように……
(きっと、本当は出来る)
キーボードを広げながら、ミクさんは決心します。
「見て、リンちゃん」
「え?」
虚ろな目がしぶしぶミクさんを見ます。
「初音ミク……?」
そこには、ツインテールになったミクさんがいました。
「そう。初音ミク、だよー」
あははは、とミクさんは苦笑いしました。
さっき咄嗟に髪を結び直したのです。
本当はまだ少し自信が無くて、怖い気持ちでしたが、それでも自分なりに寄り添おうと思っての事でした。
「ほんとに、初音ミク!? あのDIVAの?すごい、すごい!」
リンちゃんが予想外の食いつきを見せたので、ミクさんはあわてて、しーっと口止めしました。
「こ、この姿、久しぶりで……とりあえずリンちゃんに特別だから」
落ち着かずにきょろきょろしている姿は新鮮で、リンちゃんは目を丸くします。
しかしなんだか面白そうに見えたのでしょうか。
「わかった」
と目を輝かせて同意しました。
「それで、ね、今からお外に出てみない?」
【小説】壊れた世界。5
社畜ミクさん(㍶ミクさん的な)とレン君の小説https://piapro.jp/t/i8C6の続き。
別の小説を書いてたんですが尺が長すぎるのでこっちにも台本代わりに置こうと思います
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