第六章 遊覧会 パート6

 「アク殿、どちらまで向かわれる。」
 リン達と離れ、一番巨大な王族専用の別荘から抜け出したガクポは、前をひたすらに歩むアクの背中に向けてそう声をかけた。近場で会話をするのかと考えていたが、アクは湖の湖畔までひたすらに歩くと、そこで方角を変えて湖畔に沿って歩き出したのである。僅かに波立つ湖の波の音を耳にしながら、ガクポはその言葉で歩みを一度止めたアクが言葉を放つのを待った。
 「お墓。」
 長いツインテールを湖から吹きこむ風に揺らしながら、振り返ったアクがそう言った。
 「お墓、ですか?」
 「お父さんの。」
 それに対して、アクは短く答える。そしてそれ以上は告げる必要がないだろう、とばかりに再び前を向いたアクは先程と変わらぬペースで足を動かし始めた。その背中に遅れないように僅かに歩調を速めたガクポは続けてこう述べた。
 「お父上・・ピエール殿の墓がここにあるのですか?」
 「そう。」
 その事実はガクポにとっても初めて聞く内容であった。そして、過去の戦いを思い起こす。酷い戦いだった。もう十年も前、ミルドガルド山地に跋扈していた山賊団討伐に駆り出されたガクポとピエールはその当時兵を率いていた青の国の先代国王と共に山賊団が根城としている、当時デビルマウンテンと呼ばれていた山賊団の根城へと攻め込んだのである。しかし、総勢一万の兵力を誇っていた山賊団の為に青の国の正規軍は完膚なまでに叩きのめされた。そして青の国正規軍はそれこそ蜘蛛の子を散らす様に逃げ出したが、その事実は最後まで傭兵団には伝えられないままだったのである。ガクポ達が気付いた時には既に傭兵団は山賊どもに周囲を囲まれている状態であった。その後、決死の覚悟でガクポ達は山賊団から文字通り血路を開いて逃亡したが、その被害は無視できるものではなかった。当時傭兵団の隊長を務めていたピエールの戦死である。その混乱の中でピエールの遺体を発見出来る訳もなく、その後ガクポは傭兵団を離れて一人流浪することになった。すぐにアクの元に戻れば良かったのかもしれない。しかし、ピエールを守れなかったという痛恨の念が今までパール湖にまで足を歩ませなかったのである。
 「ピエール殿の遺骨を発見されたのか?」
 ひとしきり過去を振り返った後に、ガクポはアクに向かってそう言った。
 「遺品を集めて埋めた。お父さんのことは青の国の使者が教えてくれた。」
 アクにしては珍しく長めの言葉を放つと、湖畔を更に奥地へと歩いて行った。徐々にガクポにも見覚えのある地形が広がって来る。あの場所、湖に注ぎ込む川の傍にピエールのアジトがあったはずだ。そうして川とぶつかると、アクは方角を川沿いにとり、再び森の奥へと歩んで行った。その奥に見える木造の建物。王族の別荘に比べればはるかに見劣りするが、ちょっとした要塞としても使用できる、森そのものをカモフラージュして造られている建造物がピエールのアジトであった。かなりの期間手入れが施されずに朽ちるに任せたままになっている木製の柵に囲まれた一角、門に相当する部分にアクは向かい、そして扉を開いた。奥には平屋建ての屋敷が展開しているが、目の前に広がるのはかつて草木で彩られていた前庭である。傭兵には似つかわしくなく美を好んだピエールの性格を良く表す庭園であった。その庭園の端には簡単な十字架が一つ建てられている。
 「もしものことがあればガクポを頼れと言われた。」
 十字架の前に立ったアクはそう言うと、膝をつき、両手を組んで握りしめた。そのまま瞳を閉じて口を閉ざす。それに合わせてガクポも黙祷を捧げる。ピエールに対してこうして祈りをささげる行為はそう言えば初めてだったな、とガクポは考え、数分の後に瞳を開いた。
 「済まぬ。」
 ガクポが瞳を開けると、再び立ちあがっていたアクと視線が合った。
 「何が?」
 なぜ謝ったのか理解できない、という様子でアクがそう答える。
 「私は今まで、アク殿を見捨てていた。」
 「構わない。その代わり、カイトが私を育ててくれた。」
 淡々と、アクはそう告げる。
 「カイト王が?」
 「そう。お父さんが死んだと聞かされたのは五年も経ってから。青の国の使者としてここに来たのはカイト。」
 視線を僅かに逸らせながら、アクはそう答えた。
 「カイト王が直々に来られたというのか?」
 一体なぜ、という疑問を感じながら、ガクポはそう答えた。
 「そう。」
 「なぜ、カイト王が?」
 「分からない。でも、お父さんのことは知っていると言った。」
 「それから、どうなされたのです。」
 「青の国の王宮に連れて行かれた。私はカイトの為に強くなった。」
 「そうか。」
 ガクポはそう言って瞳を伏せた。その話が真実なら、五年もの間、アクは一人でこの人気のない森の中で過ごしていたことになる。当時はまだ十にも満たなかっただろう少女が、たった一人で。その苦労を思い起こし、もう一度ガクポは後悔したのである。しかし、次にアクが無感動に放ったその言葉は、ガクポの後悔をも吹き飛ばす程に重たい一撃となってガクポの耳に届いた。
 「だから、私は青の国の前国王を暗殺した。カイトがそれを望んだから。」
 「今、なんと。」
 夏にも関わらず、悪寒を感じたガクポは目を見開いてアクの紫がかった黒眼をやや呆けながら眺めた。その瞳に対して、やはり何も感情が沸かなかった様子のアクは一言、こう述べた。
 「それが去年のこと。」

 晩餐会が開かれたのは日も陰りだし、五月蝿く喚いていた蝉達がようやく静まり始めた頃のことであった。レンの進言通りに黄色のドレスに身を包んだリンが晩餐会会場として用意された、リン達が宿泊している別荘の三階奥に用意されている宴会場に姿を現すと、諸侯から感嘆の声が上がった。黄金の髪にサファイアですら霞む様な蒼い瞳を持つリン女王は大陸一と評価されても過言ではないほどの美貌を誇っている。このまま健全に成長すればミルドガルド大陸の全ての男性が羨望する女性になるだろうことは容易に想像が出来るのだ。その貴族連中に向かって、リンは社交辞令の為に笑顔で応じた。胴を包むコルセットが多少窮屈ではあったが、今更慣れきっていることなので気にせずにリンは会場の中央へと歩き出した。長めのドレスが床に僅かに触れ、小さく衣擦れの音を発生させる。傍に控える人物は軍務大臣のロックバード伯爵であった。無骨な中年男性であるロックバード伯爵にタキシードは良く似合い、その体格の良さと相まって周囲を威圧するような雰囲気を彼は撒き散らしていた。
 「リン女王、良くお似合いですわ。」
 リン女王に向かってそう告げたのはミク女王である。リンと同じように自身の髪の色と合わせたのだろう、昼間から着用している薄緑色のドレスのスカートの端を両手で摘まんで、ミク女王は色香の漂う会釈をリンに向かってしてみせた。それに対して、リンは可愛らしく一礼を返す。
 「ありがとう、ミク女王。貴女もとても似合っているわ。」
 「お褒め頂き、ありがとうございます。」
 ミクはそう言って自然な笑顔をリンに向かって返した。シャンデリアの明かりが煌めき、蝋燭が燃える香りが晩餐会会場を包む。立食パーティの形式で開催されているから、人の行き来きは自由だ。緑の国の音楽隊が奏でる弦楽器とピアノの心地の良い響きの中、ミク女王が立ち去った後にリンの元に現れたのは各国の高級官僚や貴族たちであった。十名ほど続いた形式ばかりの挨拶にリンがそろそろ辟易をし始めたころ、晩餐会の会場の一角が僅かにざわめきだしていることにリンは黄が付いた。
 「ミク女王はどちらに行かれた?」
 名も知らない貴族が上げたその声に反応して、リンは周囲を見渡す。その行為はすぐに全員に波及して、誰彼が顔を見合わせ、そして首をかしげた。少し離れた場所で、カイト王が困りましたね、と言わんばかりに肩をすくめた姿が妙にリンの記憶に印象付いた。

 その晩餐会会場から少し離れた場所、月明かりだけが頼りの暗い道を歩いている一人の少年がいた。レンである。レンはジョセフィーヌを厩舎に預けた後も忙しく晩餐会の準備の為に駆けまわることになり、ようやくその労務から解放された時刻が今から一時間ほど前。王侯貴族しか参加の許されていない晩餐会に平民であるレンが出席を許される訳もなく、晩餐会が終わるまでの間は自由時間が約束されたのである。このまま私室に引っ込んでひと寝入りすることも考えたが、せっかく訪れたパール湖である。一度湖畔に立ってゆっくりと観察してみたいと考えたのであった。夜の闇に紛れて見通すことは難しいだろうとは考えたが、かといって他に丁度いい時間が確保できている訳でもない。やはり、今しかないと考えて、レンは別荘群を背に、森に囲まれた湖までの道を僅かに早足で歩くことにしたのである。そして、唐突に視界が開けた。漆黒のタールで染め上げたようなその湖の中央に月が投影されている。満月が二つ、一つは中天に、一つは湖に。揺れる湖に映る月を眺めながら、レンは一歩足を踏み出した。それまでの固い土の感触が柔らかい砂浜の感触へと変化する。砂を切るような擦れた音を発生させながら、レンはざくざくと湖畔に向かって歩いて行った。その時、レンの耳に優しい女性の声が届いた。
 「どなた?」
 誰かがいるとは想定していなかったレンは思わず高鳴った心臓音を自覚しながらその声の方角を見つめた。レンの真正面から僅かに右にずれた場所、そこに二人の女性がいることに気が付いたのはその直後である。月光に反射して煌めく髪は緑色。一人は長い髪をツインテールに、もう一人は短めに揃えた髪が特徴であった。
 「も、申し訳ありません。」
 誰がそこにいるのか皆目見当が付かなかったが、いずれにせよ高貴な身分のお方かも知れないと考えて、レンは緊張しながらそう答えた。このまま進むべきかをレンが悩んでいると、ツインテールの髪を持つ女性がこう言った。
 「構わないわ。もう話は終わったし。ね、グミ。」
 ツインテールの女性が隣に控える、長いローブをまとい、短めに髪を切りそろえた女性に向かってそう言った。
 「ええ。相変わらず妙案はございませんが。」
 グミと呼ばれた女性はそう答えて、苦笑するような吐息を漏らした。一体誰だろう、という好奇心が勝ってレンはもう一歩足を踏み出す。
 「綺麗なブロンドの髪ね。」
 レンがツインテールの女性に向かって歩いてゆくと、その女性はもう一度優しい声でそう告げた。
 「ありがとうございます。」
 レンはそう言いながら、ようやく薄明かりの中で現れたその女性の表情を見て、思わず息を飲んだ。深い森よりも美しい緑色の長く、ツインテールにした髪を湖から吹く風になびかせたままのその少女は、卵型の小さい顔と、白磁の様に肌理の細かい肌を持っていた。そしてなにより、声と同じように優しげな、それなのに意志の強さを感じさせる瞳。
 「どうしたの?」
 女性に見惚れるなんてこと、本当にあるんだ。その女性が不思議そうな声質でレンに訊ねて来た時にようやく彼女に見惚れていたことに気が付いたレンは、思わず頬を染めて足元の砂浜を眺めた。心臓が緊張の為に高鳴っていることが嫌でも分かる。こんな時、どんな言葉を言えばいいのか皆目見当が付かなかった。美しいです、とか綺麗です、という言葉を伝えればいいのかも知れなかったが、それを言うにはレンは幼すぎた。まだ経験値の少ない少年に今の心理をうまく伝える言葉がある訳もなく、ただ意味不明な恥ずかしさに覆われて下を俯くばかり。その様子に微かに笑ったその女性は、続いてこう尋ねて来た。
 「あなた、名前は?」
 「は、はい、レンと申します。」
 言葉が掠れているのはそれだけ緊張しているせいだ。どうしよう、初対面のはずなのにまともに彼女の顔を見ることが出来ない。そんなレンの態度に興味を持ったのか、ツインテールの女性はもう一度言葉を紡いだ。
 「どの国から来たの?」
 「黄の国です。」
 「なら、リン女王の従者様かしら。」
 「そうです。」
 正確には召使という立場だったが、その様な些細な訂正を求める程の余裕は今のレンには無かった。ただ、ようやく決心して面を上げるだけが精一杯。妖精の様に煌めく彼女の表情を見ているだけで呼吸をすることを忘れそうになり、レンは一つ大きく空気を吸い込んだ。その女性はしかし、少しだけ戸惑った様子でレンの顔を見ると、呟くようにこう言った。
 「金髪蒼眼・・。」
 「どう、されましたか?」
 金髪蒼眼。確かにレンの身体的特徴ではあったが、一体どうして彼女がこんな反応をしたのかを理解できずに、レンはまじまじと彼女の戸惑い交じりの瞳を見つめ返した。そして、彼女がもう一度口を開こうとした時、レンの背後から別の女性の声がかかった。この声は聞き覚えがある。昼にレンを厩舎へと案内してくれたミク女王の女官、ハクである。
 「ミクさま、こちらにおいでだったのですね。」
 ここまで走って来たのだろう。息を切らせているのか、ハクの声は少し途切れ途切れにその声はレンの元に届いた。それに対して、ツインテールの女性が悪戯を見つかった幼女の様に微笑み、そして口を開く。
 「あら、もう見つかってしまったのね。」
 「一体、何をなさっていたのです。晩餐会の会場で少し騒ぎになっています。」
 少し怒る様にハクはそう言った。
 「ならすぐに戻るわ。グミ、続きは晩餐会の後に。」
 「畏まりました。」
 グミはそう言って頷くと、ツインテールの女性に続いて歩き出した。その途中、ツインテールの女性はレンの脇を通過しようとして、何かを思い出したように立ち止った。ローズの香水だろう、彼女に良く似合う心地の良い香りを感じながら、レンはもう一度心臓の鼓動が速くなることを自覚した。そして、最後に彼女はこう告げた。
 「またね、レン。」
 優しい夜風の様にレンの耳に届いたその言葉を残して、彼女はレンから立ち去って行った。暫くは三人が歩く足音がレンの鼓膜を撫で続けていたが、その音が完全に消え去り、再び夏の虫の涼しげな音が響き渡る様になってから、レンはようやく我に返り、そして立ちつくしたままでこんなことを考えた。
 彼女が、ミク女王。なんて美しい人だったのだろう。
 レンが女性に対して初めて抱いた熱い想いの源泉がどこにあるのか分からず、レンは暫くの間、湖に映る月の姿を眺め続けていた。

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい

ハルジオン21 【小説版 悪ノ娘・白ノ娘】

みのり「第二十一弾です!」
満「カイトの腹黒さ絶賛爆発中だな。」
みのり「だよね!でもそれよりもレン君が可愛くて!初恋だよね、ドキドキするよね!」
満「お前、ショタの要素があったのか・・?」
みのり「だって年下の男の子って可愛いじゃない?特にレン君みたいに美形だと。」
満「・・ショックだ・・。」
みのり「もう、別に恋愛感情じゃないってば!あたしは満だけだよ。」
満「べ、別にそう言う訳じゃ・・。」
みのり「出た、満のツンデレ発言。」
満「男のツンデレなんて萌えないだろ。」
みのり「そう言う満も可愛いけど。」
満「馬鹿、お前には敵わないよ。」
みのり「嬉しい♪」
満「で、アクのキャラ設定だが。」
みのり「わ、いいところなのに話題変えないでよ。もっと褒めて♪」
満「いや、今天の声が響いたから。」
みのり「ほえ?」
満「レイジが『やれやれ、またバカップル発動か。』って呟いてた。」
みのり「レイジさんのラブコメ度の許容範囲を越えたのかしら。」
満「どうもそうらしい。」
みのり「じゃあ、仕方ないからアクの話をしましょ。えっと、以前述べたとおりキャラ設定はXai様のイラストだけど、性格はどこから引っ張ってきたの?」
満「大体分かるんじゃないか?話し方で。綾○レイの系列から引っ張ってきている。」
みのり「け、系列?」
満「レイジが勝手に名付けた系列だ。他の人には多分通用しないが、『涼○ハルヒの憂鬱』の長○有希や『ゼロ○使い魔』のタ○サなどにも共通する性格だ。この二人、噂では綾波○イを元にして書かれていると言われている。詳細はレイジは詳しくないけど。」
みのり「そうなんだ。エ○ァンゲリオンの影響力ってすごいね。」
満「オタじゃない人にも話題が通じるからな。」
みのり「そうだね。では、続きは次回で!明日も休みだから今日は深夜まで頑張って貰いましょう☆それでは!」

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投稿日:2010/03/22 05:03:38

文字数:5,957文字

カテゴリ:小説

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