君は誰なんだ、と男は問う。
困惑した表情の男を見ながら、私も同じような表情をしているのだろうと予測する。

何なんだろう、この状況は。





>>02





互いにわけがわからないので、とりあえず家に上がらせてもらって自己紹介をした。
男の名は『カイト』。
髪の色と瞳の色は青か、紺碧。
年齢は20歳前後、180近い長身で、虫も殺せないだろうと思わせるような優男に見えるが、それなりに筋肉の付きは良さそうだ。
ただし、色白であることから、運動は苦手でどちらかと言えば内向的……だが、その温和そうな顔つきからして、人付き合いや世渡りは上手い。
経験に基づいたプロファイリングを終え、男が出してくれたお茶を啜る。

「それで、メイコさんは……どうされるんですか?」
「どうって……」

男声で名前を呼ばれるのは久方ぶりだと頭の片隅で思いつつ(父は私の名をあまり呼ばないのだ)、考えてみる。
さてどうしようか。
正直なところ、自分の家に戻る術が思い当たらない。
自分の家の扉を開けてすぐに夢かと思ったものの、どうやっても目は覚めない。
ならば、と一度家に戻ろうとしたのだが、振り返ったそこには自分の家の玄関がなく、見知らぬ道が広がっているだけで途方に暮れた。
家を出てすぐ迷子になるなど、そんなことはまずあり得ない。
もしもそれが真実ならば、やはりこれは夢だということだ。

そう、夢だ。
考えがまとまると、一気全身の力が抜ける。
夢の中でまでこんなに考えなければならないとは思わなかった。
無駄なことに労力を消費しないために、省エネモードに切り替える。

「そうだな、とりあえず考えることをやめようと思う」
「……は?」

きょとんとした表情で間の抜けた声を上げたカイトは、次の瞬間大声で笑い始めていた。
私としては大真面目に言ったつもりだったが、失礼な男だ。
眉根を寄せて睨みつけると、慌てた様子で口を両手で塞いでいる。
それでも震えてしまう肩を必死で抑えているカイトを見ているのは、感情を抑えようとしても苛々するものだった。
さすがにこれ以上は駄目だと思ったのか、こほんと咳払いをした彼は、無理やり真剣な表情を作る。

「ええと、行く当てがないなら部屋が余ってますので適当に使ってください。僕は仕事に行きます」

部屋の隅に置いていた鞄を指に引っかけるようにして部屋を出ていく後姿を眺めながら、テーブルに置いていた湯呑みを手にとってため息を吐き出した。

わかっている。
こんなことで解決などするわけがないし、考えることを放棄するのは現実逃避だ。
本当は気付いている。
これは夢ではないのだと。
だが、だからどうしたというのだろう。
父と離れるのは少し寂しいような気もするが、どちらにしても私の世界に対する評価は同じなのだ。
つまり、どこに行っても私は変わらない。
それで十分だった。
ただ、状況だけは冷静に分析して、戻れるならその方法を探すべきではあるだろう。

お茶を飲み干して、空の湯呑みを持って立ち上がる。
台所は、男の一人暮らしにしては随分綺麗なものだった。
湯呑みを洗って水切りに伏せながら、部屋の中に視線を巡らす。
小奇麗な部屋だが、そんな中で浮いているものがあった。
湯呑みを伏せる時に目についた、既に水切りに伏せられていたビーカー。
そういえば部屋の隅に置かれた棚の上にある花瓶、花が活けてあるが、あれはフラスコだ。

「……確かに花瓶よりは安いかもしれないが」

呆れながら廊下へ足を運ぶ。
呆れると言えば、あの男の甘さだ。
初対面の人間を家に上げ――あの混乱状態ならそれは致し方ないが――、その上、留守を任せるなど正気ではない。
盗む気など全くないが、あそこまで人をすぐに信用する人間も珍しいだろう。
そういう人間は、思いがけない損をする。
いつでも弱者であり、被害者であり、虐げられるのだ。

フローリングの床をひたひたと歩き、部屋を順に覗いていく。
まず、本が所狭しと並べられた部屋に入った。
個人図書室にでもなっているのか、レバーを回すと棚が動くような仕掛けが見て取れる。
並べられた本のタイトルは横文字のものが多い。
次の部屋は寝室のようだったが、開け放たれた窓からの風が、奥の机の上に積んであったらしい書類を部屋中にぶちまけていた。
…………見なかったことにしよう。
次の部屋は本棚が壁面を覆う書斎だった。
ここも自分には関係ないと最後の部屋へと進む。

「……なかなか悪趣味な男だな」

部屋が余っていると言っていたから、てっきり使っていない部屋があるのかと思っていたが、どうやら違っていたらしい。
最後の部屋は、わけのわからない金属片や機械で埋め尽くされており、床には見たことのある工具から用途のわからない道具まで様々なものが散乱していた。
一体私にどこを使えと言うのだろう。
実験機材が無造作に並んだテーブルから視線を逸らし、この部屋も見なかったことにしようと心に決めて身を翻す。

――ああ、そうだ。先ほどのプロファイルに『変人』と付け足しておくことにしよう。
そんな、カイトにとっては不名誉なことを考えつつ、私は最初に入った図書室らしき部屋へと向かった。





>>03

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい

ツギハギだらけの今 02

不思議がいっぱい。
可動式の本棚って、人がいないか確認しないと挟んじゃったりするんですよねー。

閲覧数:166

投稿日:2011/08/27 21:41:53

文字数:2,163文字

カテゴリ:小説

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