最初は、どちらも言葉を発さなかったが、カイトは意を決した様にメイコに言葉を向ける。
「めーちゃん、俺から頼むのも変だけど…だけど、言わせて貰うね。ミクに会ってやってほしい。
俺がいくら声をかけても、何を言っても、ミクはずっと顔を俯かせたまま…歌の練習も、ままならない状態だ…」
―「ミク」。
久しく聞いてなかったその言葉にビクッと戦慄する私・・・。
けれど、カイトはそんな私の怯えを見逃さない様に言葉を続ける。
「…めーちゃん、君も分かってるんだろ?このままじゃどうにもならないし、ミクは勿論、メイコ…君自身も辛いことも…」
「…あんたから『メイコ』って呼ばれるのもずいぶんと久しぶりね」
「メイコ…」
「でも、…でもっ、私はもうどんな顔をしてあの子に接すれば良いのか分からないのっ。
…それだけ、私はあの子に酷い事を言ってしまったんだもの…先輩だからとか、姉だからとか、そんなちっぽけなプライドから生まれた劣等感や妬みで、私はミクを…傷つけた…」
「………」
「…カイトは、普段はヘタレている癖に、いざと言う時はそうやってどっしりと構えられるから羨ましいわ。私も、あんたみたいだったら…ミクがまだ小さかった時みたく、ずっと『良いお姉ちゃん』のままでいられたのかな…?」
私の弱音に、カイトは「ヘタレは余計だよ」と苦笑を浮かべる。そんな所も、あんたらしいわよね…。
「でも…、」
苦笑いの表情から一転、カイトは自嘲にも似た笑みを浮かべながら言葉を続ける。
「…ヘタレって言うのは、否めない。俺も、メイコと同じ様な気持ちになる事あるから…」
カイトの言葉に驚きを隠せないメイコ。
何故なら、普段の彼は自分にも、勿論ミクにも優しいのだ。立派に「兄」の役割を果たしている。
それは、付き合いが一番長いメイコがよく知っている事だったからだ。
「ミクは、俺にとってたった一人の妹、大切な家族……それは変わらない。
…だけど、俺の歌を聴いた人達に『やっぱりミクのが良いな』、とか、言われると『俺のが先輩で、お兄ちゃんなのにっ・・・』って、プライドとか、劣等感とかのが勝ちゃってさ。
自分の中にこんな汚い感情がある事に自己嫌悪に何度も陥った事もある…今だって、そんな感情になる時もあるよ」
「……カイト」
「…でも、でもねっ。ミクを目の前にして、あの笑顔を向けられたらそんな気持ちも吹っ飛ぶっ!…訳ではないけど、あの子が頑張ってる事を褒めてやれるんだ。
あの子は、俺達を見て大きくなったんだから…俺達の歌っている姿を見て、歌う事を好きになっていってくれたんだからね」
「………」
「それに、俺がこのパソコンにやってきたばかりの頃はメイコへの劣等感もそれなりにあったよ。
俺は余り売れなくて、『出来損ない』って言われたりもしたしね。でも、そうやって荒んでいた時にメイコが俺に言ってくれた言葉があるから、俺はミクのお兄ちゃんでいられるんだよ……覚えてない?」
「…!」
カイトの言葉に誘発される様に呼び起されるメイコの記憶。
…そうだ。あれは、私達がまだ子供の頃の姿をしていた時の事……、「!」
思い出した!
カイトは目元を柔らかくし、穏やかに微笑みながら優しい声音でその言葉を口にする…昔、メイコが自分に掛けてくれた言葉を・・・・・・。
「『笑っている時も、悲しい時も、辛い時も、嬉しい時も…どれも自分の感情。自分自身なのよ。
だから、自分の醜い気持ちと向き合うのは辛い事かもしれないけれど、その気持ちも自分である事を忘れてはいけないの。自分と向き合って歌うことを続けていれば、その歌声は深みを増して、鮮やかに色付いて響くのよ』…ってね」
メイコは、カイトが紡いだ言葉……昔の自分が紡いだであろう言葉の中に……ミクの様に、ただ純粋に歌が好きで、歌える事が嬉しくて堪らなかった時の子供の頃の自分を、
……「MEIKO」を見た。
…そうだ、私は、確かにカイトにそう言った。
随分と昔の事で、自分が評価されていた余裕があったからこそ言えた言葉なのかもしれない…。
だけど、間違いなくそれは私の言葉だ…。
…なのに、なんで……、
「『なんで、忘れてしまっていたんだろう?』」
「っ?!」
自分の思っていた事を言い当てられて驚くメイコを余所に、カイトは「全く…」と言いたそうな感じで少し呆れた様に、だが…可笑しそう笑った。
「そう、顔に書いてあったよ」
「…私、本当に情けないわ。昔の事とは言え、自分が言った言葉を忘れるし、挙句の果てにそれ言った本人が自分の気持ちを否定して妹に八つ当たりしたんだから…ホント、馬鹿だわ…」
「そうかな…?」
「………」
俯く私に、カイトはフォロー等ではなく、本心から紡いでいる様な声音で言う。
「…あのさ、これは俺の今までの経験から得た持論みたいな物だけどさ。
『パソコンにインストールされたソフトの一つ、それがVOCALOID』…って言うけど、
俺達は『人間の様にその歌声が成長できる様に』作られた訳じゃない?
だから、人間みたくどんなに大切な事でも忘れてしまう事もあるんだろうし、それに…忘れたなら思い出せば良い。
『どれだけ忘れてしまったって、その度に、何度だって思い出せば良い』……そう思うんだ」
「……」
「っはは。…偉そうな事いったけれど、この言葉も元々はメイコの言葉の影響だけどね。
…まぁ、メイコの場合はミクと同じ女性型だから余計に対抗意識が強まっちゃったのもあるのかもしれないけれど…それでも、ミクは『歌姫』である前に俺は勿論、メイコにとっても『たった一人の妹』でしょ?
きっと…ミクにとっても自分が『歌姫』である前に俺を『たった一人のお兄ちゃん』として見てくれている様に、
メイコを、『たった一人のお姉ちゃん』として見てくれている……」
「…!!」
頭の中を駆け巡る、ミクとの思い出…声…笑顔。
そうだ、この世界に生まれ落ちた時からあの子は、私を「お姉ちゃん」と呼んでくれた。
思い出される、幼い頃のミク。
まだこの世界に『赤』と『青』の「音色」しかなかった世界に生まれて来てくれた、
小さくて、可愛い『緑』……。
『……だぁれ?』
『初めましてね、ミク。私はメイコ、この青いマフラーをしているのはカイトよ』
『…めいこ……かいと……?』
そう言えば…あの時のミクは、本当に何も知らない、あどけない子供で、私達をゆっくり指さしながら名前を言っていたっけ…。
『そうだよ。今日から君は、俺達の家族だよ』
『か…ぞ……、く…?』
どこかまだきょとん、としているミクに何だか可笑しくなって笑ってしまうメイコとカイト。
尚もきょとんとしているミクをメイコは抱き上げると、慈しむ様にその頭を優しく撫でながら母性に満ちた声音で彼女の耳元に優しく、囁く様に教えてやるのだった。
ミクにとっての、自分達の存在を……
『そう…。今日からカイトはミクの「お兄ちゃん」で、私がミクの「お姉ちゃん」っ。
よろしくね、ミク……私達の、可愛い妹』
『お…にいちゃん……おねえ、ちゃん…ミクの、おにいちゃん…おねえちゃん……』
言葉の意味がまだ理解出来ずとも、肌から、耳から伝わってくるメイコの温もりと優しさに安心感を覚え、笑顔になるミクは小さな手でぎゅっ…とメイコの服を握る様に抱きつく。
そんなミクを見て、メイコも目元を細めて優しく微笑みながら、自分の妹を抱きしめ返す・・・。
カイトも、そんな二人の……恋人と妹のやり取りを優しく見守ると、ミクを抱くメイコごと抱きしめた。
穏やかで、優しい時間…自分の妹の誕生を、心から祝福していた時間……あの時の事を、今でも鮮明に思い出せる。
メイコは、一度目を閉じ、自分の拳をぎゅっと握ると深く息を吸い込み、また吐く動作をする。
カイトが見守る中、たっぷりと数秒間が経過すると、意を決した様にドアへと向かう。
「……カイト、ありがとう」
「どういたしまして。しっかりね、『お姉ちゃん』」
「分かっているわよ、『お兄ちゃん』」
メイコはドアを開け、数日振りに部屋の外へと出る。向かうは、緑の妹の元へだった。
中々ミクは見つからなかった・・・。
一度戻って、カイトに居場所を聞きに引き返そうとも思ったが、それでは意味が無いと自身を叱咤する様に首を振るとメイコは再びミクを探し出す。
探して、探して、漸く辿り着いたそこにミクはいた……。
昔、三人でよく一緒に来ていた満天の星空を一望できる草原……ここにも、もう随分と来ていなかった…。
ミクは孤独な世界の中で、己の身を守るかの様に縮こって座り、星を見上げていた。
妹の後ろ姿を見ながら、尚も恐怖が自分の行動を躊躇わせるがメイコはそんな自分をまた叱咤する。
―『拒絶されるかもしれない…』
けれど、動かなければ何も始まらない。
メイコは一歩を踏み出す。静寂に満ちた草原に、草を踏みしめるカサリとしたメイコの足音が響く。
「…!…驚いた、お兄ちゃん……?どうしたの、こんなとこまっ………え?」
ミクは一瞬、驚いた様にするも、カイトまたが自分を案じてやってきてくれたのだと思い込んだ。
だが、そこにいたのは予想外の人物だった事に、その顔に先程以上の驚愕の色を隠せなかった。
「………ミク」
「お姉ちゃん……」
メイコはざっざっと、素早い足取りで妹の元へ向かう。今度は、迷いのない足取りで。
ミクは急な展開についていけずにいるも、反射的に逃げようとした。
だが、メイコの方が動いたのが早かったので、走りかけていた彼女の細い腕はすぐにつかまれた。
「…ミク、こないだの事、謝って済むなんで思っない…ミクは、私の事を心配してくれていたのに私は、ミクに勝手に劣等感を抱いて、酷い事を言った……」
「………」
「…でも、私はもう逃げない。ミクからも、自分のどんな気持ちからも……それら全部ひっくるめて、私…『MEIKO』って言う存在だから…ミクにとってはもうそんな存在でなくっても……、
私は、変わらずにずっと……ミクの『お姉ちゃん』だからっ」
「……!!」
「そして、これもずっと変わらないわ。ミクにもう『お姉ちゃん』と認めて貰えなくても…ミクは、私にとって『たった一人の、可愛い妹』だから……」
「…お姉ちゃん……」
嗚咽が混じった言葉でミクはメイコを呼ぶ。
「……ミク」
ミクはその大きな瞳から涙を零しながら、メイコにその表情を向ける。
メイコはミクを抱きしめると優しくその背中をさすり、頭を撫でる。
もう昔の様に抱き上げてやる事は出来やれないが、ミクに伝わるメイコの温もりと優しさは変わらないままだった。
「おねえちゃ…ん…!…っく、おねえ…ちゃ……ん……!」
「ごめんね……ごめんねっ、ミクッ……!」
ミクは、泣きながら嗚咽交じりに、何度も私の事を「おねえちゃん」って、呼んでくれた。
気付いたら私も泣いていた……。
傍でずっと見守っていてくれていたらしいカイトは、そんな私達を……ミクが生まれてきたばかりの、あの時の様に抱きしめてくれた……。
久しぶりに三人で見上げる星空は、泣き腫らした目にも綺麗に映った。
「あのね、ミク……私は、これからもあなたのお姉ちゃんでいても良い?」
正直、怖かった。仲直りをしても、以前の様にいられないんじゃないかって……。
でも、次の瞬間その心配は杞憂に終わった。
しかも、思わず吹き出しそうになっちゃったのよね……。
だって、ミクはその可愛い顔に似合わない、呆れ返った感じで「はぁ?」とか言うんだもの。
「…何言ってるの?私の…、『ミクのお姉ちゃん』は、お姉ちゃんだけだよっ」
私と同じ、泣き腫らした目で、けれど笑顔でそう言ってくれた。
そんなこの子の笑顔が、とても眩しかった。
ずっと変わらない…この笑顔に、…この子の存在に、何度も救われたっけ……。
「俺は?俺は?」
カイトのこんな所も、本っっ当に相変わらずよね。
でも、昔と違うのはミクが腕を組んで、まるで悩んで、考え込む様な表情を作る様になった事かしら。
「ん~…?……さぁ、お兄ちゃんはどうでしょう?」
「わぁーっ!ミク、ひどいーっ!お兄ちゃんは悲しいです!!」と喚くカイト。
「……えへへっ。なんてね、嘘だよ。『ミクのお兄ちゃん』も、お兄ちゃんだけだよ」
ミクもカイトのあしらい方を覚えて来た事に、内心で笑ってしまったのは秘密だ。
そんなじゃれ合いをする二人を余所に、私は歌いだす。
昔、マスターが三人で歌える様にと作ってくれた歌を…、私の「色」…『赤』の「音」に、『青』と『緑』も合わさって心地よい『音色』になり、ハーモニーを奏でていく……。
……最初は、何の「音」も、「色」もない真っ白なキャンバスの様な世界だった。
けれど、私という『赤』の「音」に、『青』、『緑』と言う音が、「色」が…キャンバスを…私の世界を一緒に彩っていってくれた……。
まだ一人だった時、最初の色を彩る時も絵筆で怖々と線を引く様に、その後は小さな子供の手に絵具を付けていく様に、感覚や感情で無造作にそのキャンバスは彩られていった。
時に楽しげに、時に悲しげに、時に寂しげに、時に嬉しげに……でも、どんな「音」も、どんな「色」も、真っ白だった私の世界を…、キャンバスを、一緒に彩る欠かせない「音色」になっていた……。
まだ制作途中の、これからも様々な色で彩られていくであろうそのキャンバスには、絵なんて無い。
ただ様々な色を塗りたくり、重ねていっただけのキャンバス。
そこには悲しげな色や、嫉妬の色もあるけれど、不思議と嫌な色はしていなかった。
どんな色も、全部ひっくるめて良い色合いを出していた。
―それが、私の世界。私のキャンバス。
『My World is White Canvas? No, My World is Colorful Canvas.』
【END】
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S 潜った海中 静寂に包まれていた
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衣泉
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