雨粒は 微塵の
青い空の かけら
新鮮な 君の目に
青い空は 降り注ぐ


浮かび去る 言葉は
降り続く 雨のよう
ずぶ濡れの 心は
灰色の 雨雲

下る坂道 靄の川
塔の上には 天の眼
薄く淡く 漂う
何かは 今日も囁く

旅立ちは いつでも静かに
訪れて ノイズの意識は  
君の空を 変えてく
君は夜を 愛する

暗い道を 通り抜け
たどり着く 井戸の底
渡れない谷と 越えられない海と
誰も たどり着けない
意識の果て


束の間の 思いは
砕け散る 雲の峰
囚われの 心は
凍りつく うたかた

渦巻く靄の 中からは
遠い昔の サインが
淡く白く 輝く
水はいま 流れ始め

きらめきは いつか失われ
錯覚の世界は 歪んで
君の生は 短く
君は 夜を逃れる

残された 今の時は
暗い空を 変えてく
覚醒の時へ 爽快な青へと
平凡な日常は 影の姿
雨の中の 意識の色

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい

雨上がりの青空

現在の日本では単なる「楽しいイベント」になってしまったように思いますが、ある種のイニシエーションの過程を象徴的に歌ってみました。

<ミクさんちょっとそこは…>
ボーカロイドによる曲作りの経験からすると、楽譜に現わされた曲というのは実は大枠の骨組みだけで、演奏はもちろん、ここに歌詞を載せて歌うことには音符だけでは出てこない発声方法や表現が様々現れてくるようです。このような発声や表現の例としては、歌唱や情感の表現方法として、美空ひばりさんの歌が参考になるかもしれません。
建築で例えれば楽譜に現わされた曲は柱だけの骨組みの建築物で、どうやら歌い手や演奏者は解釈に合わせて、そこに自分の創造する外装や内装やらを構築して表現しているようですし、そうした独自の表現をしても余程のことがない限り原曲そのものが損なわれることはありません。

絵画ではムンクの「叫び」や北斎などの版画で良くあるように原画の複製であっても手を加えるとパロディになってしまいますし、場合によっては作者に対する冒とくになってしまいます。詩や小説も同じです。絵画、映像作品、文学作品などと比べると、音楽というのはとても包容力のある自由度の大きい芸術表現ということかもしれません。

前回「きっと」を例に調声の方法についてコメントしました。さらに微妙な発音のニャンスを出すために各単語につき「歌唱スタイル」による強弱アクセントの調整もやっています。
Hをアクセント値が大、Mをアクセント値が中、Lはアクセント値が小を意味するとして、「きっと」の場合は「MMH」あるいは「LLM」といった感じです。「感じ」なのは曲の種類により調声の具合は変わるので、あくまで強弱アクセントは感性で適当なところを見つける必要があるからです。基本は「と」はアクセントが強く、これと比較して「きっ」は弱くなります。曲によっては意図的に逆のアクセントを持たせる場合もあるかもしれませんが、自然な発声としては上記のようになります。
ほかの例では「まったく」だと「LHHH」「LMMM」といったところでしょうか。「おんがく(音楽)」は、関東圏では「HLLL」、関西圏では「LLHL」でしょうか?

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投稿日:2022/10/15 09:17:20

文字数:388文字

カテゴリ:歌詞

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