◆第三章 ―白(ハク)―


それは、テアトールから見て南の小国のさらに小さな村――モントルークスでのことだった。
 うっそうと茂った森の中。林業を主とした産業構造を持つこの国に数多くある村のひとつ。村人、否、この国の国民は、ほとんどが緑色の髪をした人々だった。男と女を比べると女性のほうが多い。7:3.いや、6:4ぐらいだろうか。その国民の7割が林野の中に住んでいるからだろう、肌は近隣諸国の人々よりもずっと白く透き通って見える。だがそれは病的な白さではなく、むしろ健康的な白さだった。そんなわけで、「美人の国」と歌われるこの国(インターリア)は、だからこそテアトールや黒の国(ガリシリア)といった大国にはさまれながらも今日までそこにあり続けたのである。

 一人の少女が歩いていた。年は16ぐらいだろうか。顔の作りこそ整っているが、そのくらい表情は彼女を年老いて見せた。
 大地は草に、空は葉に、幹は蔓によって緑一色となったとなった森の中で、少女は歩いていた。すべてが緑色のその場所で、異質なほど白い髪を持つ彼女は歩き続けていた。目指すところがあるように。ないように。彼女――ハク・コンプレインは歩いていた。
 村は共同体として無意識に同一を求めた。異質を排した。ハクを拒絶した。守ってくれるはずの両親は、白が14のときにハクを一人置いて街へ行った。逃げた。村人は、白のその境遇を知っていたから追い出そうとはしなかった。だが、かかわろうともしなかった。
 生きていて、ごめんなさい・・・。
 ――そんな弱音さえ口癖になるほどに、ハクは自分を自分として自信が持てず、弱音を吐くことで自己を認識していた。そうしかできなかった。それしか、生きる方法を知らなかった。
 自分しか知らない、太く、大きな木。絡みつく蔦さえ絡みつくのをあきらめるほどに太く、長く、強い千年樹。村の近くではない。そこそこ歩いたところにある、力強く、ひっそりと立つ木だった。
 見れば見るほど、神樹という言葉がぴったりとくる。ハクはその木の前で両膝を折り、指を組み祈る。
 村の人たちが、ハクを受け入れてくれますように――なんて、大それた望みはしない。ただ、ただ一人でいいから、友達がほしかった。つらいとき手を差し伸べてくれる友達がほしかった。それさえいれば、後は何にもいらなかった。それだけが、彼女の望みで、願いだった。
 習慣になった祈りを終えると、ハクは立ち上がった。風がさわさわと葉を揺らす。ぴーぴーと小鳥の鳴く声が聞こえる。木から漏れた樹液に虫が群がる。のどかな、平和な空間。その中で、ハクは歩き出す。今日の分の山菜をとりに行くためだった。ただ、そのときのハクの頭には、自殺という文字が甘美な響きで渦巻いていた。
 一分も歩いていない。後ろの千年樹がまだよく見えるほど近くで、ハクは彼女に出会った。否、「出会った」という表現は正しくない。「見つけた」というべきか。どちらにしろ、ハクはその少女が木にもたれかかって気を失って座っているのを見たのだった。
 きれい。
 ――と、最初にハクは思った。純粋な緑ではない、少し青を足したような色に輝く細く長い髪。頭の左右で結ばれている、すね辺りまで伸びた髪。きめ細かい白い肌。人形のような美しい顔。
 名前は知っている。ミク・グリーンリーク。同じ村の住人だ。だが話したことはない。話せるわけがなかった。自分と違って、彼女は村で一番愛されている人間だから。
 呆然と立ち尽くしていたハクは、しかしすぐにミクに近づく。手を伸ばして、途中でためらう。
 私なんかが・・・・・・あ、いや、そんなこと言ってる場合じゃない・・・!
 両手をミクの肩において、軽くゆすってみる。
 「う・・・ううん・・・。」
 ミクは吐息を漏らして薄く目を開けると、弱々しい顔で言った。
 「おなか・・・すいたぁ・・・・・・。」
 しばらくあっけに取られていたハクであったがハッと気がつくと肩から提げたバックからお昼ご飯にと思って作ったサンドイッチをミクに差し出す。
 「あ、ありがとぉっ」
 ミクはぱっと顔を明るくさせると、そのサンドイッチを受け取ってモフモフと食べ始めた。ハクは、そんな彼女を不思議そうに見ながら、水筒を取り出し、朝入れた紅茶を差し出す。ミクは、それに気づくと
 「もふもふ」
 と、口を動かしてそれを受け取った。
 「――っふう。ありがとうござi・・・ってあ、あれ?」
 紅茶で口の中のものを流し込むと、礼を言おうとしたミクは、ハクを見てあっと言う。
 「ハクちゃんだったのか。ごめんね。いやぁ、私もうおなかペコペコで――」
 ミクはそう、顔を赤くしながら笑って言った。
 「気がつかなかったっよ。」
 ミクが自分の名前を知っていることに驚きながらも、ハクはそれに答える。
 「い・・・いや、それは別に・・・」
 気がつかないのも無理はない。彼女のトレードマークとも言うべきその銀髪は肩ぐらいまでのセミロングで、そしてその髪もダークブラウンの大き目のスカーフによって隠されていた。無論、その髪を他人にさらさないためだった。それなのに、今の今まで気づかれなかったことに寂しさを感じた。
 あれ。なんでさびしいなんて思ったんだろう。
 それは、ハクが自らそうなること望み、そうしようとしてきたことなのに。
 「ごめんねー。」
 ミクはまだ謝っていた。口調こそ軽いが、心底申し訳なさそうに眉を八の字にしている。
 「ほんと、ごめんね。あーもう、なんで気づかなかったんだろうなぁ。ハクちゃん、こんなかわいいのに。」
「へ・・・・・・?」
 ミクの言ったその言葉に思わず気の抜けた声を漏らしてしまう。
 「か、かわいい?私が?」
「うん。そだよー。」
「そ。そんなこと・・・」
 そんなこと、思ったこともなかった」
 「えー?かわいいよぉ。だって、すっごい肌きれいだし。足も細いし、背も高いし、それに――」
 ミクはハクを見て、優しく笑いかけると言った。
 「それに、その白い髪もきれいだよね。」
「・・・・・・っ!!」
 無意識に目を見開き、舌を噛んだ。顔が苦痛にゆがむ。
 ――また、馬鹿にされる。
 直感的にハクはそう感じた。
 「・・・お、お世辞なんか、言わないで・・・!」
「やだなあ、お世辞じゃないよ。ほんとだよぅ」
 やっとのことで搾り出したその言葉も、すぐに返されてしまった。
 「きらきらしてて、すごいきれいだよ?」
「・・・・・・」
 ハクは何も言えない。
 ミクは黙って、そんなハクを見つめていた。優しい目で。ただ静かに。
 その間、ハクは泣きそうな顔で、ただ立っているしかなかった。
 どれくらいたっただろうか。ミクは笑みを漏らして
 「ハクちゃん、帰ろっか」
 そう言って立ち上がった。
 「・・・ってあ、山菜とってる途中だった。・・・あちゃぁ・・・。あれ?ハクちゃんも?じゃ、一緒に採ろっか」
「え、あ・・・うん・・・」
 ほとんど、ミクに引っ張られるように二人は歩き始めた。のんびりと歩いて、山菜を見つけたら採る。その繰り返しは、しばらく続いた。
 「・・・・・・あの、ミクさん?」
 しばらくしてハクは口を開いた。
 「やだ、ミクさんなんて呼ばないで。ちゃんってよんでよぉ!」
 「あ・・・ミ、ミク・・・・・・ちゃん?」
「うん?なーに?」
 ミクは嬉しそうに言った。
 「あの、ミク・・・ちゃんは、なんであそこに倒れてたの?村の皆が山菜を採るのは、もっと向こうのほうだったんじゃ・・・」
 ハクは、皆と会わないように山菜がよく採れるところからは離れたところで山菜をとっていた。それにハクがよく来たこの場所は村の人はほとんど来ないところだった。だからこそ、ハク以外の人が倒れていることに、ハクは驚いたのだった。
 「あー。えっとぉ・・・。それは・・・」
 ミクはえヘヘと恥ずかしそうに笑う。
 「その~、山菜を採ってたらね?すっごくきれいなちょうが飛んできて、あ、きれいっ。なんて追いかけてるうちにあの大きな木のところで見失って、そのとき朝御飯食べそびれたこと思い出して、そしたら急にヘロヘロになっちゃって」
 あの木のとこで寝てたの、とミクは言った。
 「行ったことのない場所だったから、ハクちゃんに会えて良かったよ。」
 そういって、フーンフーンと鼻歌を歌うミクを見ながらハクは下手くそな嘘だなぁ、と思う。でもそれは言わないでおいた。多分、それをしたのはハクのためだから。悪意でそんな嘘を言ったのではないことは、すぐに判った。ミクはそんなことはできない性格のようだ。
 「うおーし!」
 そう言って拳を天に突き上げたミクは、
 「いっぱいとるぞぉっ!!」
 そう言って走って行ってしまった。そして、少し離れたところで振り返ると、
 「ハクちゃん、はーやーくー!」
 ハクを呼ぶのだった.。

 「・・・ふぅ。なんかいっぱい採ったね―」
「うん。そうだね」
 二人は色々なところを回ってたくさんの山菜を採ってきた。日はすでに傾いて、空は赤みは帯びている。
 「あちゃ、もうこんな時間かぁ。いい加減帰んないとね。お母さんに怒られちゃうよ。反省、反省」
 ミクはそう言って、反省のポーズを取る。ハクは可笑しくて、つい笑ってしまった。
 「あー、ハクちゃん笑ったー。もう、ひどいなあ」
 ミクはそう言って、そして二人で笑いあった。
 「んじゃ、帰ろっか」
「うん」
 山道を二人で歩く。今日は楽しかったな、とハクは思う。そういえば、こんなに笑ったのはいつぶりだろう。思い出せないや・・・。
 村の近くで、二人は別れた。
 「じゃあ、またね」
 ミクはそう言って駆け出す。
 「ま、待って」
 ハクは思わず引き止める。ミクは立ち止まると振り向いて聞いた。
 「ん、なーに?」
「えっと・・・その、私と・・・・・・お友達になって・・・くれる?」
 ハクの言葉にミクはニコッと笑うと言った。
 「なーに言ってるの?もう、友達でしょ?」
 ミクはそう言っていえに帰っていった。

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい

悪の王国④

第三章、白―ハク―です。

曲で言うと、「白の娘」の最初のほうですね。

閲覧数:342

投稿日:2011/01/09 22:00:06

文字数:4,150文字

カテゴリ:小説

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    ご意見・ご感想

    早速読ませていただきました♪

    この可愛いミクは僕の発想になかった・・!
    他の人の悪ノシリーズ見ると色んな発見があって面白いですね♪

    続きも期待してます!
    がんばってください!

    2011/01/10 00:52:44

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