――――――――――#3
エルメルト攻響旅団基地は、元々は普通科陸軍の駐屯基地だった。
音響技術が発展を極めた時、突如として「VOCALOID」は魔術や宗教や自然科学に続く新たな自然法則の体系となり、世界の姿を一変させた。
「第3次インテリジェンステクノロジーレボリューション」、「THE 3rd ITR」。
しかし、他の古き学問がそうであったように、「VOCALOID」も過去の知識をカビと苔が繚乱する書庫にぶち込んでFuck’n!という訳には行かなかった。
むしろ魔術や宗教を実装し、科学をも模倣して、トライアングルをスクエアにすると言う荒業で、世界の混沌の共犯者となった。
エルメルト攻響旅団基地は、時代のポールシフトと共に変遷した、存在自体が教科書のような遺産だった。
遺産。一応は現役である。しかし「VOCALOID」、戦闘用の「VOCALOID」攻響兵であっても、地政学という古き学問の束縛から逃れられなかった。
理論上、「VOCALOID」は距離を無視してあらゆる戦場に飛んでいける筈だが、軍事学の常識と実際は、今でも非常に役に立つ。
つまり、前線から遠のいて寂れてしまったのだ。
その原因が、「VOCALOID」初音ミク。彼女は、この地で敵対者を平定して、第7機動攻響旅団の司令に昇進した。
そして前線には出ず、クリフトニア共和国内の出動命令も滅多に受ける事はない。
「VOCALOID」初音ミクには別名があった。「新人潰しの初音ミク」と。
――――――――――
「――という噂を聞いたんですが、本当DEATHか?」
「素晴らしい。実はレンさんにどうやって説明しようか迷っていたんですが、自前のコミュスキルで解決していただけたなら大変助かります」
「まさかの全肯定!?」
「流石は期待の新人と呼ばれるレン君ですね。一番重要な部分を理解していただいてるなら、あとは訓練のスケジュールを」
「ちょっと待ってもらえますか」
鏡音レン(仮名)は、途中で話を遮った。この話、場合によっては無しにしてエルグラスに帰って復興したいのかもしれない。
「お断りします!」
「はい!?」
「今レンさんに帰られたら、エルメルト攻響旅団基地には「VOCALOID」が1人足りないことになってしまいます!」
「いや、もうかなり足りてないですよね!?定員10人なのに、初音ミクと亞北ネルと弱音ハクしかいないって、聞きましたよ!?」
「ならば話は早い!お願いです後生ですから!7人足りないのと6人足りないのとでは中央からの皮肉の数が2割程度違うんですよ!」
「わかりません!ゴリ押しでなし崩しの流れですよね、これ!」
「そんな事いうんだったら、もうサインしてくださいよ!」
「絶対に嫌です!!!その書類の日付、僕がここに到着する前ですよね!?」
「いいじゃないですか!!!もう鏡音レン名義の通帳も作って、銀行に無理言って日付も書き換えてもらってるんですよ!!」
「生々しい!!!!危ない橋渡りすぎだろ、通帳勝手に作ったり銀行に日付変えさせるって、明らか犯罪ですよね!?」
「ちっ、ならば。秘密を知られたからには――」
「OK。話し合いましょう」
話している相手は、弱音ハク。歴とした「VOCALOID」である。
亞北ネル曰く、もうあいつと話したら逃げられないから、今のうちに帰れ、と。
確かに物凄いヤンデレキャラと思える先走り方である。流れるような無茶振りの初音ミクと、滑らかに愚痴を混ぜる弱音ハク。そして、世間では天才ハッカーとして通用した
亞北ネル。
『知ってるかレン坊。地獄に底なしっつってな。下には下、ゲフンゴフン、上には上がいるんだ。あまり思い上がらない事だな』
ネルさんは遠い目で、僕にそう語ってくれた。それは退院した日の、昼下がりの事だった。
――――――――――
司令室のドアをノックすると、向こうから「どうぞ」と声がした。
「ああ、何でもありません。エルグラスは聞いてたよりひどいらしいですね」
入ると、司令の初音ミクが、ガラケーで喋っている。顎でソファーを指された。
背後のドアの戸を拳で2、3回叩く。目を向けたミクにティーカップを持つジェスチャーを示すと、指を3本立てた。
司令室のティーセットを使って、勝手に淹れる。ゴールデンルールの手間を掛けて整えた後も、話は長引いた。
「はあはあ、しかしスマートフォンはOSが脆弱でね、うちでは反対する意見が多いですね」
ミクがこちらに何故か視線を向けてくる。
――――――――――こっち見んな。
――――――――――反対してるのあなたでしょう。
――――――――――やりすごせよ。普及品のセキュリティーと同水準であれば使いたくないっていってやれ。
「軍用だと、暗号処理やアクセス制御が小さい筐体の処理速度で間に合うのかとか、そういう事を言ってましたので」
受け売りをまるで得意げに述べるのは天才的である。
「ええ、攻響旅団としては裁量もございますので、――え、亞北ネル?いえ、あ、まあははは」
あーこれ猫村司令だ。そこにネルいるだろうとか言われたに違いない。だから嫌なんだ。もうセキュリティー絡みで話振るの猫村司令くらいしかいないって分かれアホ。
「あ、いえ。こちらこそ。また機会があれば飲みに行きましょう。ええ、2人も来ますよ」
やめてくれ。主に私が潰される。
――――――――――
「……さあ、使い物になるかどうかわかりませんが」
急に小声になった。やべえこれ鏡音の話だ。
「…………………………………………………………………………、……………………………………………………」
聞き耳を立てる気はないが、恐らくは例の名声の話を蒸し返されているのだろう。攻響兵としては最強だが「VOCALOID」としては最悪、という。
「はい。はい。……それでは」
一瞬、ガラケーの液晶を眺めて、眺めたその動きがものすごく重い雰囲気を醸した。
「鏡音なんか、アタリだぞあれ。あいつで無理なら、もう「VOCALOID」なんか出来ないな」
――――――――――!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!
すげえプレッシャー。まあ馴れないが、言わないと駄目だ。
「お前は何のために戦うんだ、初音ミク!あの日この私に偉そうに説教しといて、自分は分かりませんとか甘えた事いうなよ!」
「……」
――――――――――。
「紅茶が冷める。例の「VOCALION」の詳細が上がってきた。まずは飲め」
小脇に抱えてたファイルを置いて、カップに注いでやった。白湯で温めなおす間に、ミクは投げやりに足を組んで相対に座っていた。
――――――――――
30分後。ミクの表情は殺伐として殺気だっていた。
「あの「VOCALION」を動かしていた奴は、「VOCALOID」ではないという事か!」
「ま、そういう事だな」
奴と言うのは、鏡音に吹っ飛ばされた「VOCALION」のパイロットだ。「VOCALION」には色々と形式があるが、例の奴が乗ってたのはワークスペース型という
、汎用性が高いタイプだ。
「「VOCALION」エンジン以外には、インターフェイス系は民生用のノートブックとちょっと高めのオーディオ一式、後はそれなりの6点シートベルトとかだな」
「噂に聞く量産型か?」
「ま、「VOCALOID」にしては安上がりだが、コスパとしてはどうかな」
「ふむ」
「回収した「VOCALION」の筐体は、そこそこ金がかかってそうな造りだ。外装が炭素繊維で、被弾しなければ立体映像技術を応用したステルスが可能だと、技術部が
言っていた」
「そんな情報は回ってきてないぞ!」
「そりゃそうだろう。ウチが最初だ。大体、新規の技術で防衛網を掻い潜らなければ、どうやって第7攻響旅団を襲撃するんだ」
「確かに……」
エルメルト攻響旅団基地は、前線から遠く離れている。ここを直接攻撃する為には、少なくとも通常の3倍程度は航続距離のある爆撃機を片道で使うしかない。
「エルグラスも同じパターンの可能性があるな」
「ふむ……。しかし、どこの勢力だ?」
「分からん。パイロットはかなり錯乱していて、取調べどころでもないしな」
亞北ネルはわざと視線を逸らして言った。
「World Of War、な。LEONはどうした?」
「……死んだ」
次の瞬間、ネルはミクをソファーから引き剥がして、床に叩きつけていた。
「そんな話、隠しているから、信用されないんだ!!」
「お手柔らかに頼みますよ、亞北軍曹……」
――――――――――キュイィィイィ。
――――――――――
二人は同時に、飛び退った。
――――――――――ああ、ハクだ。
――――――――――次はないわよ、ネル。
――――――――――なんだ今の殺気は……。
「とりあえず、中央に報告して、例の奴も持ってって貰うように取り計らって貰う」
「そうしてくれる。また神威が首を突っ込んできても困るから」
「早急に手配する。動きがあればまた報告する」
ファイルを手に取ると、ネルはドアの方に向いた。
「本当に、今度こそ最後のチャンスだぞ。お前は前線からも追い出された」
「別に。私は正しい事をしただけよ」
「倒さなくてもいい敵を倒して、戦いを巻き起こした。茶番を舞えなかった、それがお前の罪だ」
ドアを開け放して、飛び出るように廊下に出た。
確かに、戦争としては正しい姿だった。だが、誰の目から見ても、やりすぎたのだ。初音ミクは。
――――――――――
機動攻響兵「VOCALOID」 1章#1
機動攻響兵「VOCALOID」の序章はこちら→http://piapro.jp/t/bxyG
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BPM=200→152→200
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BPM:164
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忘れない君だけが
贈ってくれた言葉が...emergency reload / 鏡音レン 歌詞
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