「貴女が好きです」
* * * * *
【 KAosの楽園 第3楽章-005 】
* * * * *
流れる涙が熱かった。胸が喉が締め付けられて、苦しくて。考える余裕なんて無く、思いは言葉に変換されて溢れ出る。
「ずっと、ずっと。貴女が笑ってくれると嬉しくて、ただ傍に居るだけで幸せで、触れてもらえるとどきどきして。触れたくて、抱き締めたくて、堪らなかった」
視界が潤んで何も見えない。胸苦しさに喘いで、両腕で我が身を抱き締める。
苦しくて、怖くて、砕け散りそう。
これはもう、≪VOCALOID≫が当たり前に抱く、マスターへの慕情じゃない。病んだ心が渇望する、狂気じみた執着でもない。行き過ぎた想い、赦されない願い。それでも、ただ、
「ごめんなさい。こんなこと、人間ではない俺には不相応で、間違ってるって思います。それでも、ごめんなさい、どうしても――貴女が、好きです。本当に、ただどうしようもなく、」
「カイト」
そっと呼び止められたと思うと、あたたかなものが唇に触れた。
再び目を見開けば水膜は流れ落ち、視界一杯に扇を描く睫毛が映る。何か言おうとしたけれど、口は柔らかく塞がれていた。
「――ありがとう。私も、カイトが、好きだよ。本当に、ただどうしようもなく」
「マス、っ」
潤んだ瞳で、はにかんだ笑みで、そんな事を言われて。
驚きと喜びのあまりに、一瞬回路が飛んだ。フリーズしかけてバランスを崩す身体を、慌てた様子で支えられる。
「ちょ、カイト?! どうしたの大丈夫っ?」
「だ、大丈夫です……吃驚した、爆発するかと思いました。はっ、『リア充爆発しろ』ってこういう事?」
「よくわかんないけど違うと思うよ」
サクっとツッコまれてマスターを見ると、目が合った途端に吹き出された。小刻みに肩を震わせながら、俺の胸に頭を預けて笑う。
「そっかー、爆発しそうになっちゃうなら、もう言えないなぁ。あ、キスも駄目?」
「えっちょっ、大丈夫です平気ですから言ってください、キスもっ」
あんまりな台詞に、うっかり本音がダダ漏れになる。全力で大慌ての俺を見て、マスターはまた笑い声を上げた。金の鈴が鳴り響くように。
「ちょ、マスター! 笑い事じゃないですよ、俺は真剣ですっ」
「あはははははっ! う、うん、わかるよ。真剣、~~~っ」
笑いすぎて声も出ないらしい。酷くないですかマスター、ここ笑うところですか?
情けなく眉尻を下げながら、身を苛んでいた重苦しさが綺麗に消えている事に気が付いた。マスターの笑い声に吹き飛ばされてしまったように、さっきまでの深刻な空気は微塵も残っていない。
マスターは触れてくれた時のまま、俺の目の前に身を寄せたまま。その背に、そぉっと腕を回してみた。恐る恐る、だけど確かめるように。
気の遠くなるような一瞬の果て、拒絶の声は上がらなかった。マスターは頬を染めて俺の顔を見上げ、胸に身を預けてくれた。
その瞳を濡らしていたのは、笑い続けるあまりに浮かんだ涙だったのか。それとも――。
うん、笑いすぎた所為だね。
息を切らしたマスターが漸く笑い止む頃には、俺はすっかり不貞腐れていた。深刻さが消えて呼吸が楽になったのは良いけど、本気で真剣に言ったんだから。
「はぁ、疲れた。ごめんねカイト、なんかツボっちゃって」
「……いいですけど、本当に平気ですからね」
「っ、またそういうっ、……あぁもう、可笑しい」
肩を震わせるマスターに、俺はますます不貞てしまう。
それが初めての気持ちだと、気付いたのは少ししてからだった。
《ヤンデレ》の兆しが怖くて、嫌われるのも怖くて、俺はずっと自分を抑えてきた。『無理してイイコにしなくていい』って言ってもらった事もあったけど、それを嬉しいと思いながら。不貞腐れる、拗ねる、そんな我侭は絶対に認められず、端から否定してきたのに。
自分の変化に驚いて、だけどもっと驚く事に、俺はそれを怖いと思わなかった。今までだったら《ヤンデレ》の兆しかと怯え、下手をすれば強制終了さえ引き起こしたはずの事を、不思議と恐れる気持ちは無かった。
そういえば、この気持ちの発端だって『我侭』だ。マスターに何かをねだるなんて、ましてあんなことを望むなんて、到底できなかった事なのに、それに気付かないくらい自然に受け止めていた。
クスクスとまだ小さく声を立てるマスターを、ぎゅうっと抱き締めてみる。腕の中の愛しいひとは身動ぎをして俺を見上げ、目を細めて抱き返してくれた。
――あぁ。
涌き上がるこの感情を何と呼ぼう。躰全てに何かが満ちて、切ないような痺れに震える。狂おしく、けれど安らいで。泣き出したいような、叫びたいような、堪らないこの幸福を、何と呼ぼう?
『愛しいひと』、と。そう思う事を、俺はもう抑えなくていいんだ。不相応で間違った事かもしれないけれど、他の誰がどう思おうと、マスターは赦してくれたから。
そう想う俺を受け入れて、マスターも、俺を好きだって言ってくれたから。
* * * * *
「あ、
「あの、すみません。ちょっと教えてもらいたいんですけど……」
例によって、図書館で。またあの男がマスターに声をかけようとするのを、俺はさらりと妨害した。
手には分厚い図鑑を持って、中を開いて指差して。本の中身に関する相談をしている体裁を繕えば、男はすごすごと離れていった。
「……諦めたみたいですね」
「かな? ありがとうカイト、ほんと助かるわ。あの人も変に近付いたりしないで、普通に必要な質問とかしてくれるんならいいんだけど」
「そうですね、それなら俺も多少は我慢するんですけど」
あくまでも『多少』だけど。……いや、ちょっとくらい、かな。……爪の先ほど?
内心でどんどん『我慢』のレベルが下がっていく俺を、隣でマスターが眺めている。顔には出してないつもりなんだけど、お見通しなのかな。だけどマスターは面白がる瞳で、だから俺も怯えたりはしなかった。
「それにしてもカイト、あの人が来るってよく分かったね。見てなかったよね?」
「≪VOCALOID≫ですから。この耳はその気になったらヒトの何倍もよく聞こえるし、聞き分けられるんですよ」
「そうなんだ。凄いねカイト、やっぱりハイテクだねぇ」
「何気に最先端の技術満載ですよ、俺達。ハード面もですけど、歌を理解する為に感情プログラムも最高レベルですし」
マスターに瞳を輝かせて感嘆の声を上げられると、胸いっぱいに誇らしさが満ちた。
俺は人間ではないけれど、けして人間には為れないけれど。それでも俺はこのひとの≪VOCALOID≫で、そして――
「――恋を識る事ができるほど、ですから」
言葉と共に浮かんだ笑みは、きっと俺が持ち得る最高のものだったと思う。息を呑んだマスターの頬が紅に染まって、そうして染み入るような微笑みを返してくれたから。
造られた存在だけれども、この想いは俺自身のものだから。それだけはほんとうだから、もう迷わずに胸を張れる。貴女が、認めてくれる限り。
<the 3rd mov-005:Closed / Next:the 4th mov-001>
KAosの楽園 第3楽章-005
・ヤンデレ思考なKAITO×オリジナルマスター(♀)
・アンドロイド設定(『ロボット、機械』的な扱い・描写あり)
・ストーリー連載、ややシリアス寄り?
↓後書きっぽいもの
↓
↓
* * * * *
第3楽章、終了です! やっと『カイマス』成立したよー!
なんか終わろうと思えばここで終わってもOKっぽいラストですね、これ。
でももうちょっと続くのです。お付き合いいただけると幸せです(*゜ー゜*)
しかしこれ、当たり前ですが來果の心情が書けなくて困りました;
なんとか第4楽章で補完できるかなぁ。それか番外編で來果サイド書くか?って需要はあるのかそれ。
もしどーーーしても書きたくなったら、最後の手段はブログにUPですねー。
*****
ブログで進捗報告してます。各話やキャラ設定なんかについても語り散らしてます
『kaitoful-bubble』→ http://kaitoful-bubble.blog.so-net.ne.jp/
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もっと見る※アンドロイド設定注意※
『KAosの楽園』の≪VOCALOID≫(アンドロイド)設定ネタSSです。
* * * * *
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藍流
“『KAITO』の全要素を盛り込んで”人格プログラムを組まれた僕、≪VOCALOID-KAITO/KA-P-01≫。
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だけどマスターは、僕の根幹に関わる不可欠な存在で。それを拒絶する事はあまりに過酷で、恐ろしか...KAosの楽園 第2楽章-001
藍流
※『序奏』(序章)がありますので、未読の方は先にそちらをご覧ください
→ http://piapro.jp/content/v6ksfv2oeaf4e8ua
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『KAITO』のイメージは無数に在る。例えば優しいお兄さんだったり、真面目な歌い手だったり、はたまたお調子者のネタキャラだったり...KAosの楽園 第1楽章-001
藍流
作ってもらった貸し出しカードは、僕の目には どんなものより価値あるものに映った。1mmの厚みもないような薄いカードだけれど、これは僕が此処へ来ても良いっていう――マスターに会いに来ても良いんだ、っていう、確かな『許可証』なんだから。
來果さんは館内の案内もしてくれて、僕は図書館にあるのが閲覧室だけじ...KAosの楽園 第2楽章-005
藍流
間違った方へ変わりそうな自分を、どうやったら止められるだろう。
例えば図書館で、短い会話を交わす時。図書館だから静かにしないといけないのと、仕事中だからか落ち着いた様子で話すので、來果さんは家にいる時とは別の顔を見せる。品の良い微笑を絶やさず、『穏やかなお姉さん』って感じだ。
だけど、短い会話の中で...KAosの楽園 第3楽章-003
藍流
來果さんがマスターになってくれて、僕に許してくれた沢山の事。
食事を作らせてくれる、家の事をやらせてくれる、……職場に、傍に、行かせてくれる。
普通じゃない、って自分で思う。いくら≪VOCALOID≫がマスターを慕うものだと言ったって、僕のこれは病的だ。だけど來果さんはちっとも気にしないで、笑って赦...KAosの楽園 第3楽章-002
藍流
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ご意見・ご感想
時給310円
ご意見・ご感想
お久しぶりになってしまいました、時給です。
良いお話ですね、なんかしみじみしました。これは僕には書けない文章だなぁ。
照れが先に立って書けないって事もあるんですが(男はこれだからダメっすねw)、それ以上に心理描写の細やかさが真似できない。
ああ、湧き上がるこの感情を何と呼ぼう、の下りなんか特に秀逸だと思いました。小説と言うより詩的で、文章以上の事が表現されてるように思います。
文体も滑らかで読みやすいです。シリアスなのに、所々に笑い所のある構成も良いですね。ホント心こもった文章って感じですなぁ。(´ー`
來果サイド! 読んでみたい気はしますが、悶絶必至となりそうですねw もし執筆されて、UPしたのに僕がコメしなかったら、悶死したんだと思って下さい ←
もう少し続くとのことで、次回を楽しみにさせて頂きます。
今回も面白かったです!
2010/10/21 18:52:13
藍流
>時給310円さん
こんにちは、また来ていただいてありがとうございます(*´∀`*)
今回に限らず、告白とかくっついてるシーンを書くのは私も照れます(まずここで「ラブシーン」と書くのがもう恥ずかしいw)
「湧き上がる?」の下りは自分でも気に入ってるので、褒めて頂いて嬉しいです!
シリアスなのに笑いどころ……実は今回に関しては、兄さんの功績だったりしますw
プロットの時点では、普通に告白して受け入れられてハッピーエンド、な感じだったんですが、本番で何故かいきなり爆発云々言い出されまして。
え、あれ?と思いつつ、最後までシリアスに決まらないのが「らしい」なぁと思い、そのまま採用しましたw
來果サイドは、極力本編でフォローを……と頑張ってみてます。
でももし全編を來果サイドから見たら、確かに悶絶しそうです(いろんな意味で)
楽しんでいただけて嬉しいです。次回もよろしくお願いします!
2010/10/21 23:25:31