第十一章 リグレットメッセージ パート7
さて、どうするか。
リンがハクに生誕祭への参加を約束してから三日程経過したのち、普段自身に課している起床時間通りに身体を起こしたルカは、起きざまにその様なことを考えた。リンの体調はもう十分に回復している。では、この後どうするか。目的のルータオには到達したが、修道院に世話になるということは予定外のことだった。リンの体調を考えれば仕方のない事態ではあったが、本来ならルータオのアパートメントに居を構えてほとぼりが冷めるのを待つ予定だったのである。何しろ、ルータオ修道院は巨大で、有名すぎる。何かのきっかけでカイト王が参拝に訪れないとも限らないし、と考えながらルカは寝巻からの着替えを済ませると、早速リンの私室へと向かうことにした。ルカ達が修道院へと転がり込んで以来、昼間はルカが、そして夜はハクがリンの看病をすることが自然な流れとなっている。だが、昨日のリンの様子を見る限りではもうハクの手を煩わせることもないだろう、とルカは考えた。それにしても、どうしてハクはここまで私達のことを気にかけてくれるのだろうか。修道女としての意地か。その割には、ハクの態度はどこかで訓練された様な上質さを醸し出していた。あるいは、どこぞの貴族の家の奉公人だったのではないか、と考えながらルカはリンの私室の扉を丁寧にノックした。直後に、入室を促すハクの声がルカの耳に届く。その声を合図に、ルカはリンの私室へと入室した。リンは既に起きていた様子で、ベッドから上半身を起こした状態でハクと会話をしていた様子だった。最近、この光景を良く見る。まるで昔から馴染みがあったかのようにリンとハクは仲が良くなっていたのである。あんなに楽しげなリンの姿を見るのは久しぶりね、とルカは考えながら、ハクに向かってこう言った。
「ハク殿、毎晩ありがとうございます。マリーも、すっかり元気になった様子ね。」
「ええ。これで一安心ですわ。」
ハクは笑顔でそう言った。笑顔が良く似合う女性ね、と考えながらルカはこう答える。
「では、この後は私がマリーの面倒を見ます。」
「ええ、宜しくお願い致します。」
ハクは笑顔のままでそう告げると、それまで着席していた丸椅子から立ち上がり、リンの私室から外に出ようとドアノブに手をかけた。そして別れ際に、リンに向かって一言添える。
「またね、マリー。」
その言葉に、リンは嬉しそうに微笑むと、こう答えた。
「うん。また、楽しいお話を聞かせてね。」
そのリンの言葉に力強く頷いたハクは、丁寧な手つきでリンの私室の扉を閉める。二人きりになると、ルカはそれまでハクが腰かけていた丸椅子に腰を落とし、そしてリンに向かってこう言った。
「大分回復したみたいね。」
「うん。」
素直に頷くリンの姿を見ながら、ルカはもう一度思案した。この後、どうするか。ルータオを越えて更に南方へ行くことも不可能ではないだろうが、もう積雪も相当の量になりつつある。それに、ここから先に大きな街は存在しない。行く当てもなく冬場を旅することは自殺行為だし、とルカは考える。それでも、ルータオ修道院に長くいる訳にもいかないのではないか、と考察しながらルカがリンに向ける言葉を考えていると、先にリンが口を開いた。
「ねえ、ルカ。」
何かを求める様な、上目づかいの瞳をしながら、リンはそう言った。
「どうしたの、リン。」
「この前ね、ハクからお祭りに誘われたの。ルータオの生誕祭。」
その言葉は、ルカにとっては意外な言葉だった。どちらかというと人との接触を拒む様な態度を取っていたリンが、誰かの誘いに応じるなんて。王宮から飛び出して、リンは成長したのだろうか。その為に払った犠牲は少なくないけれど。
「行きたいの?」
ルカがそう訊ねると、リンは不安そうな瞳で頷いた。そして、言葉を続ける。
「駄目、かな・・?」
卑怯ね、リン。ルカは思わずそう考えた。そんな瞳で求められて、無下に拒める程人格が出来た女ではない。そう考えて、ルカはリンに向かってこう言った。
「構わないわ。急いで旅に出る必要もないし。」
ルカがそう告げると、リンは心から嬉しそうな笑顔を見せた。自然に零れるような、年相応の少女の笑顔。いつの間にか、ハクとは友達になっていたのだろう。いずれこの修道院から飛び出すにしても、別れの際は辛いものになるかも知れない、とルカは考えた。いずれにせよ、冬場に余計な移動は避けるべきか、とルカは判断し、当面の間、少なくとも春が訪れるまではルータオ修道院にお世話になるか、という結論をルカは導き出すことになったのである。
奇妙なことに現代地球と同じく、ミルドガルド大陸に於いても十二月二十四日は特別な日として人々に認識されていた。即ち、地球と同じく世紀に誇る人物の誕生日であったのである。その人物の名を預言者イリアルという。神の子として生まれたとされるイリアルはミルドガルドに革命的な変革をもらたした。歴史上初めて魔術を実用化させた人物であり、そしてミルドガルドで初めての国家を設立させた人物でもある。彼の教えはいつしか宗教と化し、そして現在はイリアル教と名付けられて、修道院などを運営する母体となっているのである。但し、地球の歴史とは異なり教会組織は結局強大な権力を持つには至らず、あくまで人々の生活を支える補助的な組織としてミルドガルド大陸に存在していたことが地球とは大きく異なる点であっただろう。結果として宗教改革が発生せず、余計な血がミルドガルド大陸に流れなかった点は特筆すべき点かも知れなかったが。
その十二月二十四日が訪れた時、ルータオの街は祝祭ムードに満ちた朝を迎えることになった。初雪以来幾度か降った雪が無垢な銀世界を演出している。割合北方に位置するルータオは上質のパウダースノーが降り積もることで有名であり、その為に敢えて冬場を選んで旅行に来る物好きな人間も確かに存在する。まだ一般的にはなってはいないが、元々は狩人の冬場の移動手段であったスキーそのものをスポーツとして楽しむ人間が徐々に増加していたのであった。そのスキー客で賑わうルータオ中心部、開拓された運河沿いが今日の生誕祭のメイン会場に指定されていた。雪が積もりだした頃からルータオの町人が丹精込めて作り上げた、掌の大きさよりもやや大きめのかまくらに一つ一つ蝋燭を点灯させてゆく。闇に染まった空から降り積もる雪と、その雪を照らし上げる小さな蝋燭達。その幻想的な景色を求めて、遠方から訪れる旅人も多い。
その生誕祭が始まる少し前、リンとルカが一時的な居住を構えているルータオ修道院では普段よりも長めの礼拝が終わった後、修道女の全員が宿舎に併設されている食堂へと集められることになった。リンは体調が回復すると修道女見習いとしての生活を行う様になっていたのである。朝と晩の礼拝を行い、ルータオ修道院の掃除を行い、そして交替制で修道女の為の食事を作る。そのどれもがリンにとっては初めての経験であり、王族出身のリンはその分失敗も多かった。そのリンがそれでも日々の生活を無事に過ごせていたのはひとえにハクの力によるところが大きい。ハクは渾身丁寧にリンに掃除の仕方を、食事の作り方を指導していったのである。そのハクの料理の腕は幾多の女性が集うルータオ修道院でも群を抜いた実力を持っているらしい、とリンが気付いたのは修道女としての生活を始めてから一週間ほどが経過した頃であった。理由は単純である。ハクが料理当番のときは、修道女達が色めき立つのである。即ち、今日の料理は期待出来る、と言うことらしい。事実、王宮の食事よりも美味しいと感じる唯一の食事がハクの料理であったのだから、ミレアあたりが主張するミルドガルド大陸一の料理人、という評価もあながち間違ってはいないのかも知れない。
今日の生誕祭における、一年で最も重要な食事の一つを担当する修道女がハクであったことはだから特筆に値する事項とは残念ながら評価できない事態であったのである。寧ろハク以外の人間が調理の担当をしていたら暴動すら発生させていたかもしれない。そのハクが丹精込めて作り上げた料理を食堂に運んで来た時、リンは思わず感嘆の声を漏らした。
「ブリオッシュだ。」
ハクがリンの目の前に置いたその料理を見て、リンはハクに笑顔を向けながらそう言った。小麦の焼ける、心地の良い香りがリンの鼻孔をくすぐる。ブリオッシュなんて、暫くの間食べていない。思わずそう考えたのである。
「そうよ。ブリオッシュはお好き?」
ハクが目元を緩ませながらそう訊ねた。当然、答えは決まっている。
「大好きよ。」
「そう。ならお口に召すといいけれど。」
敢えて謙遜するハクの姿を見つめながら、リンは白く、整った綺麗な歯を見せながらこう答えた。
「大丈夫よ。ハクの作ったものは何でも美味しいわ。」
ハルジオン70 【小説版 悪ノ娘・白ノ娘】
みのり「第七十弾です!」
満「七十弾を越えるのは流石に想定外だった^^;」
みのり「もうちょい続くからね・・。シビアに見ても八十弾は行くかしら?」
満「そのくらいかな?」
みのり「で、今回さらりと登場したスキーについて。」
満「小樽から南、ニセコ辺りだととても上質なパウダースノーが振るので海外の方からも評価が高い、世界的にも有名なスキー場がある。そのことを評価したくて書いている。」
みのり「あと、歴史的な面でも。」
満「そう、今回調べて初めて知ったんだが、スキー自体は古代から存在していたらしい。スカンジナビアかどこかで壁画が残っているらしいね。文中にある様に、元々は狩人の移動手段であった様子だけど。」
みのり「で、スポーツとして整備されたのは19世紀の中ごろらしいわ。」
満「だから二百年くらい早いんだが・・気にしないでくれ。」
みのり「適当でごめんなさい☆では、次回分でお会いしましょう♪」
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