第二章 ミルドガルド1805 パート13

 「とりあえず、何があったのかを説明しなければならないわね。」
 ウェッジがさりげなくハクの隣の席に腰掛けたことを確認してから、ルカはその様に言葉を切り出した。確かウェッジはリンの正体を知らないはずだけど、と考えながら、慎重な口調でハクに向かってこう訊ねた。
 「ハク、ウェッジはマリーのことは知っているのかしら。」
 それに対して、ハクは未だ火照った表情のままで首を横に振る。先ほどの上目遣いが相当に恥ずかしかったのだろう。ルカはそう考えたが、それに対して敢えて無視すると、ウェッジに向かって諭すような口調でこう言った。
 「ウェッジ、四年前、ハクがマリーを殺しかけたことがあるの。ご存知かしら?」
 そのルカの言葉に、ウェッジはきょとんとした表情で瞳を瞬かせた。唐突にそう言われても理解は出来ないだろう。あの時、後日その話を聞かされたルカは背筋が凍るような思いを味わったのである。ミルドガルド帝国から逃れることだけに神経を集中させていたルカにすれば、まさかこの場所に緑の国の関係者が存在しているとは思いもよらなかったのである。だが、ハクはその事件をきっかけに今のリンにとって最も大切な理解者になった。同じ効果がウェッジに起こることはないだろうが、ハクが許した人物をウェッジが攻撃するとも思えない。ルカはそう考えて、それでも一つ深呼吸をすると、ウェッジに向かってこう言った。
 「マリーと言う名前は偽名よ。本当の名はリン。元黄の国の女王リンよ。」
 その言葉にウェッジは息を飲み込み、信じられないという表情でハクに向かって視線を送る。ハクはそれに対して、補足するようにこう言った。
 「本当よ、ウェッジ。」
 「どうして、隠していたのです。マリーがリンだと。奴も俺たちの仇であるはずなのに。」
 怒りを通り越して既に呆れ切った様子でウェッジはそう言った。
 「ごめんなさい。騙すつもりじゃなかったの。」
 ハクは僅かに伏せ目がちにそう言った。その表情にウェッジは戸惑った様子で何事かを呻いている。いいわハク、その表情完璧よ、とルカはそう考え、そしてウェッジに向かってこう言った。
 「ハクはリンを許してくれたわ。勿論、貴方には納得できないことかも知れないけれど。」
 ルカのその言葉に、ウェッジはまだ混乱を見せている様子で、ハクに向かって確かめるようにこう言った。
 「許したと言うのは本当なのですか、ハク。」
 その言葉にハクは小さく頷き、そしてはっきりとした意志のある口調でこう言った。
 「ミクさまなら、きっとそうなされると思って。」
 それに、レンが止めてくれてから。ハクはそう考えながらウェッジの男らしい、力強い瞳を見つめ返した。ハクの細雪のような白い髪がウェッジの虹彩に写る。その視線にウェッジはようやく折れたと言う様子で溜息をつくと、続けてこう言った。
 「ハクがそう言うのなら。」
 まずは第一関門クリアーね、とウェッジの言葉を受けてルカはそう考えた。この後はどう話を展開してゆくか。ハクが行くと言えばウェッジは勝手に付いて来るだろうが、果たしてハクが快く頷いてくれるものか。だけど、本来ありえない未来からの訪問者に私は出会っている。しかもリンと瓜二つ。リーンはグリーンシティ郊外の迷いの森を散策中に時間移動に巻き込まれたと主張している。不老魔法を駆使し続けてきたおかげで常人とは比較にならない程度に長い人生を過ごしてきたルカであっても、未来からの訪問者と出会ったこともなければ、その様な噂話も聞いたことがない。そしてここにハクがいる。迷いの森、本来なら緑色の髪を持つ人間しか生まれえぬあの場所で生まれた、おそらく唯一の白髪の人間。本人はまるで自覚していないが、ハクは魔術の才能がある。それも私とは比較にならない程度に強力な才能を持っている。その才能を開花させるアイテム。それも既にここにある。はっきりとこの目で見たわけではないが、溢れんばかりの魔力を常時放出しているあの宝具。あれはハクのためにある魔術具であるはずだ。そこまで思考を整理させた所で、ルカはハクに向かってこう言った。
 「ハク、これからのことを話す前に、貴女が持っている王家のクリスタルをここに持ってきて貰えないかしら。」
 ルカのその言葉に、ハクは僅かに首を傾げたが、それ以上は言葉を述べずに、素直に頷くと椅子から立ち上がり、ルカの私室から退出していった。ハクとリン、そしてリーン。この三人が揃った時、おそらくゲートが開く。ミルドガルド三国が成立した時以来数百年の間封印された迷いの森の封印が解ける。それがミルドガルドに何をもたらすのか。少なくとも、歴史を変える出来事が起こることは間違いが無かった。ミルドガルド戦役以来数百年ぶりにあの女と顔を合わせなければならないと考えると少しばかり気が重いが、それも仕方が無い。ハクが退出してから静かになった部屋でその様にルカが考察を深めていると、再び扉がノックされた。
 「入って。」
 ハクが戻ってきたのか、とルカは考えたが、現れたのは金髪蒼目の少女である。リンとリーンであった。リンの姿を目に収めた瞬間、ウェッジが嫌そうに表情を歪めかけたが、それ以上にリンと同時に現れたリーンの姿に目を奪われたらしい。驚いた表情でウェッジはこう呻いた。
 「マリー殿が、二人?」
 その言葉に、ルカはもう一度説明しなければならないわね、と考えた。一体後何人に説明しなければならないのだろうか、と考えると僅かばかり倦怠感がルカを包む。
 「マリー、帰っていたのね。」
 続けて、やさしい声がリンの後ろから響いた。ハクである。片手には王家のクリスタルを手にしている。
 「全員揃ったし、とりあえずこれからのことを話すわ。狭いけれど、皆座って頂戴。」
 ルカがそう告げると、各々が空いている椅子に腰掛ける。最後に入室してきたハクが私室の扉を丁寧に閉じて施錠したことを確認したルカは、本日二度目になるリーンについての説明をウェッジに始めた。ウェッジにしてみれば今日知った事実が多すぎるのだろう。暫くの間瞳を白黒させていたが、ルカの説明が終わる頃にはまるで達観したかのような表情を見せて、そして深い溜息を漏らした。
 「ミルドガルドにはまだ不可思議なことが多すぎますね。」
 そうね、とルカが頷き、これからの話を行おうとしたとき、唐突にリンが口を開いた。
 「ハク、ルカ、あたし知りたいことがあるの。迷いの森について。」
 「どうしたの、リン。」
 ルカが代表してそう答えると、リンは強く頷き、そしてこう言った。
 「リーンがレンの声を迷いの森で聞いたと言うの。」
 「レンの声を?」
 ルカがそう訊ねながらリーンに視線を送ると、今度はリーンが僅かに頷き、そしてこう言った。
 「あたし聴いたの。『リーン、君の力が必要なんだ。』って。多分、レンの声だと思うの。」
 レンがリーンをこの時代に引き寄せた?ルカはそう考えながら僅かに首を傾げた。レンはもうこの世には存在していないはずだ。或いは霊魂となって今もリンを見守っているのだろうか。
 「あたし、レンに逢いたい。逢える可能性が僅かでもあるなら、それに賭けてみたいの。」
 続けて、リンがそう言った。レンの声に関しては疑問がまだ残ってはいるが、いずれにせよリンは自分自身の結論を既に出しているらしい。ならば話は早い、とルカは考え、今度はハクに向かってこう言った。
 「ハク、王家のクリスタルを貸して頂戴。」
 ハクは小さく頷くと、ルカに向かって王家のクリスタルを差し出した。そのクリスタルはまるで夜空に輝く恒星のように淡い光を放っている。注意して観察しなければ気づかない程度にささやかな光だった。だが、その光はルカがクリスタルを受け取った瞬間に機嫌を損ねたかのように失われ、ただの造形美だけが深いクリスタルへと変貌した。どうやら私はクリスタルには選ばれなかったみたいね、とルカは考えながら、王家のクリスタルを注意深く観察し始めた。緑の国に代々伝わるクリスタルであることは間違いが無い。でもまさか、このクリスタルの継承者が直系の王族ではなく、ビレッジに戻り庶民となった王家の分流から生まれるとは予想すらしていなかっただろうけれど。ルカがそう考えながらクリスタルから不意に視線をそらすと、驚いた様子で瞳を瞬かせているリーンの姿に気がついた。
 「どうしたの?」
 ルカがリーンに向かってそう声を掛けると、リーンが慌てた様子でこう言った。
 「ハクリの家にあるクリスタルにそっくりだったから。」
 「ハクリ?」
 リンが誰のことを言っているのか、という様子でそう訊ねる。
 「あたしの親友よ。ハクさんにそっくりなの。」
 リーンがそう言うと、ハクもまた意外そうな表情で首を傾げた。ということはハクとはちゃんと子孫を残すということか。あの男も最後にハクと結ばれるのでしょうね。今は見るも無残な状況だけど。ルカは思わずそう考えて、あの男、即ちウェッジの借りてきた猫のように情けない表情をあきれた様子で眺めた。

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい

小説版 South North Story  31

みのり「第三十一弾です!」
満「ウェッジで落とすと話がまとまりやすくていいな。」
みのり「ウェッジの苦悩は続きます。。」
満「ま、そういうキャラも必要だから。」
みのり「そ、そうだね・・?では次回もよろしくお願いします!」

閲覧数:378

投稿日:2010/08/29 17:57:28

文字数:3,748文字

カテゴリ:小説

  • コメント3

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  • ソウハ

    ソウハ

    ご意見・ご感想

    こんばんはー。
    またまたウェッジさんが……。
    でもこういうキャラもありですね。
    更新お疲れ様です。
    続き、楽しみにしてます。来週のテストに向けて勉強しながら。
    体にはお気をつけてくださいね。それではっ。

    2010/09/01 19:17:25

    • レイジ

      レイジ

      メッセージありがとうございます!そんでもってごめんなさい。
      平日はなかなか返事できなくて・・。

      テスト頑張ってくださいね!

      では、続きもよろしくお願いします!

      2010/09/05 11:09:19

  • 紗央

    紗央

    ご意見・ご感想

    ウェッジさんは相変わらず残念でwww
    ルカさんすごいです(笑
    紗央も近くでみたいです^^!

    次回も楽しみにしてますー^^
    FIGHTですー!

    2010/08/31 13:56:39

    • レイジ

      レイジ

      コメ二つもありがとうー!!

      そんでもって返事遅れてすまん。。

      きっと実物見たら大爆笑するだろうな・・俺なら・・。

      今週も頑張るぜ!
      よろしく!

      2010/09/05 11:07:39

  • lilum

    lilum

    ご意見・ご感想

    どうもです。

    前作の伏線を回収しながらの展開に続きが気になって仕方無いです☆
    先週は毎日終電だったなんて大変でしたね…。それでもきちんと更新されているレイジさんを、心から尊敬します! お体に気を付けて、無理せず過ごして下さいね。
    次回も楽しみにしてます♪ それでは(^-^)/

    PS.ウェッジさんがとうとう落ち担当要員に決定、という事実に吹きましたwww

    2010/08/30 23:12:07

    • レイジ

      レイジ

      返事遅れてごめん!
      今週も終電ばっかりでコメする余裕なかったです・・orz
      (それでもツイッターはやるw)

      結構前作のうちに付箋張っておいたんですよね?。
      今後の展開もよろしくどうぞ!

      ウェッジ・・作者的には動かしやすい、可哀相な子に・・。

      それでは今週もよろです!

      2010/09/05 11:05:46

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