レンに手伝ってもらった作詞の仕事は思いのほか捗り、更に思いのほかいい出来栄えになって、依頼者にはたいそう喜ばれた。これで少年達のユニットはヒット間違いなし!なんて気の早い台詞まで出ていたから、きっと相当に気に入ったのだろう。 こっちは締め切りを守れたことに安堵するので精一杯、ヒットだとか考える余裕なんてない。 ふうとため息をついて次の仕事に取り掛かろうかとテーブルの上の白紙と向かい合うと、その手元をカイトが覗き込んできた。 手にアイスは…珍しくない。
「カイト、あんた、アイスを手放して大丈夫なの」
「いや別に中毒じゃないから」
「ふうん。でも明日アイス買いに行こうよ。しかもハーゲンダッツ。店にある種類、全コンプリートしようぜ」
仕事が終わったささやかなお祝いということで。 …ハーゲンダッツを買うとなるとやっぱり酒だとか双子の好きなものだとかも買ったほうがいいだろうな。 いまいち酒の良し悪しがわからないので、買い物にはメイコも連れて行こう。アルコールが燃料と自称しているだけあって、酒の選び方が尋常でなく細かいから、きっと私でも美味しく飲めるような最高の酒を選び出してくれるだろう。
「…うん」
しかし。 アイスの話をしているというのに、カイトは何故か浮かない顔のままだった。 流石にいぶかしんだ私の隣にそっと腰掛け、「僕は欠陥ボーカロイドかもしれない」などと呟いた。
「………、何を言い出すの。 そんな事ぁないわよ。シーマスに点検してもらったけど、欠陥なんて一言も…」
「…わかってる。 けれど、駄目かも」
「…何が」
「常磐に隠し事をしている」
海の色をした瞳が、真っ直ぐに私の瞳を見返す。どこまでも澄んだその色に、隠し事をしているような疚しさは欠片も見当たらない。 何を言い出すのかと笑いかけて、その真剣さに息がつまった。 気道の途中で勢いを失った呼気をゆっくりと排出し、ようやく搾り出した小さな声で返事をする。
「…隠し事は、宣言するようなモンじゃないでしょう」
「そうだね。…その点では、僕もまだ、アンドロイドみたいだ」
「なら、言えば? 最後まで」
「………。言いたくないんだよ、最後までは。 不思議なことに」
言葉のまま、カイトは困ったような苦笑を浮かべた。 ―――所有者…つまり形だけなら「マスター」ということになった私に、普通なら、アンドロイドは隠し事などしないだろう。 いや違う、そもそもアンドロイドには「隠す」必要などないのだ。 隠し事というのは人間が様々な理由からする行為で、隠し事によって生まれる利益を必要としない…寧ろそんな選択肢がそもそも頭の中に無いアンドロイドには隠し事をする「理由」などない。 はずだ。 …理屈は。
「隠し事をするボーカロイドは要らない?」
どこか哀しげに聞こえる声色に、間髪要れず「ばぁか」と返す。
「要る要らないじゃないでしょ。 “友人”なんだから。 嘘だってつくだろうし隠し事だってするでしょう。 あんたのことだから、きっと、私のために」
「―――…」
「けれど、辛いんでしょう。だから宣言したんでしょう。 …だったら話しなさい、“友人”が私のために苦しい思いするのは嫌だから」
全て言った後であまりの臭い台詞に軽く絶望を覚えた。恥ずかしすぎる。シーマスあたりに聞かれたらもう生きていけない。 真っ赤に染まった顔を見てカイトはようやく明るい笑顔を浮かべ、そしてきゅうと唇を引き結んで、机の上に置かれた白紙の上に一枚の新聞記事を重ねた。
内容は、近々某ドームで開かれるチャリティーコンサートの詳細だ。 出演者のリストには、注目されている新人歌手、バンドグループ、海外からのゲストなどの名前が連なっていた。 そして大きな写真付きで説明されている出演者の一人は―――
「………、初音、ミク」
―――ボーカロイドが表舞台にたつ切欠となった、VOCALOIDシリーズの、最初にして最大の奇跡。 アンドロイドが全面撤廃された後も、国が許したボーカロイドの一体として今尚音楽業界の頂点に立つ歌姫。 モノクロの写真からでもその存在感は圧倒的だった。
その「初音ミク」が、コンサートに出演する。 普段マスターによって配備された頑強な警護によって守られている初音ミクも、多くの人間が集まるコンサートでは、どうなるのか―――
新聞記事から目を離し、カイトを見つめる。 同じボーカロイドを守りたい思いと、私を危険に晒したくない思いとがせめぎあい、彼により人らしい複雑な表情をさせていた。 隠し事をしたのは。そしてそれを宣言したのは、そういうことだったのか。
「…悪いわね、気ィ使わせて」
「………やっぱり、行くんだ?」
「例えば何もせずにいて、初音ミクが壊されたとして。 …カイトはまぁた今みたいな顔するだろうし?」
勘弁して欲しい。 ただでさえ哀しげな顔には弱いのに、それが更に影を含んだら私は何をしていいのかわからなくなってしまう。 その滑稽なこと! 機械仕掛けのボーカロイドを相手にどうやったら元気付けられるかなんて右往左往する姿を見たら、きっと一般の人なら眉を潜めて一歩引くことだろう。
昔はわからなかったこと。 今、初めてわかったこと。 積み重ねてきたものが嘘じゃないと知っているから、今の感覚に従おう。
「…今度こそあの黒ずくめ野郎の好きにはさせない」
To Be Next .
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ご意見・ご感想
雨鳴
その他
まさに(笑)
2009/08/19 15:05:58
ヘルケロ
ご意見・ご感想
その通りですねw
若草殿が万が一「カイト、ここからじゃ間に合わない。とにかく一瞬でもひるませるためにそのアイスを投げろ!」って命令しても
もうその時にはカイトは食べ終えたハーゲンダッツの容器を切なそうに見ているんでしょうね(笑
2009/08/19 14:15:11
雨鳴
その他
こんにちは、雨鳴です。
読んでいただいてありがとうございます!
私はボーカロイド好きなせいか今までミクがいなかったことにずっとアレレな気分でいました(汗)
ようやく出せそうなフラグたてられてほっとしています。
カイトは犯人にアイス投げる前に胃に投げ込んでる気が…!
2009/08/19 09:47:08
ヘルケロ
ご意見・ご感想
とうとうミクさんの登場ですね^^
そして、もともとぼーかろいどをあまり知らない所為かミクがいないことに何の違和感も感じない私^^;
カイトさん、黒ずくめにバーゲンダッツなげちゃいなさい!
2009/08/19 05:16:02