ケーキケーキケーキ(カイメイ小説)
投稿日:2012/11/16 21:00:02 | 文字数:2,947文字 | 閲覧数:1,285 | カテゴリ:小説
甘く柔らかなケーキよりも優しい恋。
早くもワンパタな…
めーちゃんは好きになった男の成長が何より嬉しい女性でいて欲しいのです。
何か特別なことがあったわけでもない。
何となく、目についたから。本当にそれだけ。
小さな白い箱を手に、メイコは自室に帰った。
箱からは微かにクリームとバターの柔らかな香りがもれている。
帰りしなに、ふと目に入ったケーキ店。
色とりどりの小さなケーキたちがショーケースに並んでいた。
元々、甘いものはそこまで好きなわけではなかった。
どちらかと言えば辛党な方だ。
それでもその日、何を迷ったのかその店に入ったのは、
少しばかり浮かれていたのかもしれない。
あまりにも可愛らしく箱の中に鎮座するケーキを眺めて、メイコは苦笑した。
自分の仕事がうまくいったとか、何かの記念日だとか。
そういったことも特になかった。
ごくごく普通の平日。天気も曇り。気温も低く風が冷たい。
それでもメイコの気分は晴れ晴れとしていた。
気を抜くと頬が緩むのを止められないほどに。
人に見られたら何と言われるだろうか。まったく締まらない。
何より、もうすぐ来るであろう来客にこそこんな顔は見せられないのだ。
気分を落ち着けようと、テレビの電源を入れる。
丁度映ったのは、お馴染みの情報番組だった。
今週公開の映画について見所を特集している。
波乱の末に結ばれた恋人同士が、結局は離れ離れになる悲恋の話だった。
よくあるストーリー。泣かせる要素てんこ盛りの常套映画。
あ、と思ったときには遅かった。
映画の解説の後ろでは主題歌が流れている。
耳馴染んだその歌声。
レポーターの解説などもう聞こえない。
恋人への愛しさと、離れる辛さを丁寧に歌い上げている。
しかも流れているのは、メイコも気に入っていたBメロの後半だ。
孤独と激情とに苦悩する男の叫びにも似た旋律。
穏やかだけど強い歌。メイコはこっそりと思う。
この歌は、絶対に彼でないと歌えないだろう、と。
こんなにも想いを募らせ、こんなにも切なく。
彼が歌の中で想うのは、一体誰であるのか。
くだらないと思いつつも、メイコは考えずにはいられなかった。
歌詞の世界、映画の世界。虚構であると言っても。
本当にそれだけなのだろうか。
この歌声に、歌い手個人の想いはひとつも溶けていないのだろうか。
ねえ、カイト。
この歌は、一体誰に向かっているの。
「めーちゃん!!」
思考を破って、大きな声が届いた。
それは紛れもなく自分の名前。
メイコは何が起こったのかわからず、ただ驚いて声の方を向いた。
「玄関、鍵開いてたよ。ダメだよ、危ないなあ」
「・・・カイト、あんた、いつ」
「いつって、今。ピンポンしようと思ったら隙間開いてたからさあ」
「え、嘘?」
「ホント、無用心すぎ。俺が来たから良かったけど。」
「ついさっき帰ってきたとこだったのよ、ちょっと駅まで行ってて」
メイコはそこでしまったと思った。
駅に出かけたことは言いたくなかったのだ。
「え、なら、見た?」
「・・・何を?」
「ポスター」
ちらりとカイトを見れば満面の笑みだ。
周りに花でも咲き出しそうな笑顔。これだ、これが嫌だったのに。
つられそうになってしまうから。
「映画のやつ!で、その横の俺のやつ。」
メイコが出かけたその先で、件の映画の特大ポスターが貼られていたのだ。
そしてその隣には、同じ大きさの主題歌宣伝ポスターもあった。
もちろんそっちは歌い手の写真で作られている。
しかもご丁寧にその歌を近くのスピーカーから流しっぱなしだ。
駅を使えば嫌でもあのポスターと歌とに触れる。
言うなれば、この町に住むほとんどの人がカイトに触れることになる。
体の奥からわきあがるふつふつとした喜び。
自分自身のことではないからこそのくすぐったいような幸福。
そんな恥ずかしいことを本人に知られたら、何を言われるかわからない。
メイコは努めて普段通りの顔をして、静かに言った。
「見たわよ。」
「えええ、リアクションうっす!!どう?どうどう?」
「どうって、その、良く撮れてたんじゃない?」
「かっこよかった?惚れ直しちゃった?」
「・・・言ってなさい。」
ええもちろん、などとは口が裂けても言えない。
けれどもメイコは思い出す。
彼のポスターと歌とを前にして感じたあの晴れやかな気持ち。
道行く人が振り返り、足を止めて彼の歌を聴いている。
それが本当に本当に誇らしかったのだ。
すれ違った人のささやきで「この歌良いよね」と聞こえれば
そうでしょうとも、と心の中で拳を握った。
ポスターの前で、少女たちが「かっこいい」と騒いでいれば
かっこいいだけだと思ってない?と少し笑った。
まったく、自分は何をしているのだろうか。
思い出すと恥ずかしさに汗が出る。いけない、このままではボロが出そうだ。
メイコは慌てて会話を変えた。
「あ、そうだ。ケーキあるんだけど食べる?」
「食べる!えー珍しいじゃん、ケーキなんて。」
「たまにはね」
箱からケーキをそっと取り出し、小さな皿に載せる。
華奢なフォークと、熱い紅茶を添えて、カイトの前に並べた。
ふわりと甘い香が漂う。本当にこういう匂いが似合う男だった。
ポスターで見せているクールさなど、ここには微塵もなかった。
整った顔をだらしなく緩めて、カイトはケーキに向かっている。
それを見てメイコは可愛いな、とうっかり思ってしまう。
こんな顔をして、あんなに深い情愛をどうして歌に載せられるのだろう。
どんな想いで、あの歌を。
1人のときに沸いた問いがまた浮かび上がってきた。
けれども本人に聞けるはずもなく、メイコはただ彼のケーキが減っていくのを見ていた。
「あの」
「え?」
「そんなに見つめられてると食べにくいんですが」
「ああ、ごめんごめん。」
「いる?」
「ううん、いい。食べて食べて。」
「見惚れてた?」
「ばーか」
「あ、ひどい。」
カイトはフォークを咥えて、こちらを睨む。
本当に子供のようだ。何も知らない可愛い子供。
でも子供じゃない、彼は男なのだ。
「あのポスターさあ」
カイトは話題を戻す。メイコはそれに身構えた。
下手なことを言わないように。少し緊張した。
けれども、その心配は意外な形で崩されることになる。
メイコも予想しない言葉が続いたのだ。
「めーちゃん見つめるつもりで撮ったんだよね」
「・・・は?」
「プロデューサーにね、愛しい恋人への視線が欲しいって言われたから」
「・・・・・・」
「そしたらもう、めーちゃんしかいないわけじゃん。」
メイコは言葉を失っていた。
確かに、恋人というくくりで言えば、彼のそれは自分だ。
だけど、だけど。
「でもそうするともうダメなんだよね、顔ゆるみっぱなしでさ」
それは虚構で、幻であるはずで。
「カメラマンさんにも笑われちゃった。結局撮影に一晩かかったんだよ。」
そこに、個人の想いなど。
「歌もねえ、めーちゃんのことを、」
言わないで。どうか。
それ以上言わないで。
メイコの必死の願いもむなしく。
彼女はそれからしばらく駅に近づくことができなかった。
作品へのコメント1
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ご意見・感想
初めまして!wantiaと申します。ピアプロでは好きな歌に物語をつけて遊んでいます。
「注目の作品」から飛んできました。
「ケーキケーキケーキ」!タイトルがなんともツボで☆
そして、この温かい展開に惚れました。私もめーちゃんと同じ「辛党」のお酒派なのですが、ケーキを食べてあやかりたいです☆
では、素敵物語をごちそうさまでした!2011/04/09 12:40:38 From wanita
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コメントのお返し
wantiaさん
ありがとうございます!
まどろっこしい遠回しな話にお付き合いいただけて、いやはやお粗末さまでございました…
辛党のめーちゃんと甘党のカイト、混じり合ってちょうどよいのかもしれないですね?
あったかいコメント本当にありがとうございました!!2011/04/09 19:13:31
蓮本
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