――――――――――#6

 通信が切れる。戦闘を許可する、という事は撃てという意味だ。

 右斜め、方角で南西やや南よりの、ゾディアックラインのはす向かいに、車両の陰に転がり込んだテトを見つけた。旅団の戦闘服を着ているのは、誰か警戒していた兵士から奪い取ったのだろう。

 KAGAMINEREN――――――――――重音テトさんですね。投降しなければ撃ちます。
 KASANETETO――――――――――やば。見つかっちった?
 KAGAMINEREN――――――――――やっぱりいましたね。5秒待ちます。さもなくば。

 と言っている間に、Lat式ミクのスカートからサブマシンガン2丁を取り出す。一瞬、テトがジープの縁から覗くのが見える。

 KASANETETO――――――――――しまったな。5秒待つとか、5秒ほしいのはそっちじゃないか。
 KAGAMINEREN――――――――――僕は新人ですから、ハンデがあって当然でしょ?
 KASANETETO――――――――――あんまり若さを見せ付けないでくれる。イッちゃいそう。
 KAGAMINEREN――――――――――。

 えげつない下ネタで面食らうと同時に、頭が冷静に働いた。奴は動く。

 正面に掲げたサブマシンガンを、躊躇無くぶっ放す。「VOCALION」用の70mm口径サブマシンガンは形状こそ歩兵用のそれと同じだが、1丁の重量は2.5kgの弾が120発入るので0.3~0.5トンになる。

 KASANETETO――――――――――う、うわっ!

 ガチな鉄アレイ並みの弾で機銃掃射を食らって、テトはなりふり構わず飛び上がる。これも普通の兵では無理な離れ業で、ほぼ垂直に10mくらい飛び上がる。

 KASANETETO――――――――――ひかげにあしをかさねて、ひなのすだつひよりをおもう。
 KAGAMINEREN――――――――――させるかぁ!

 あらかじめコンソールで入力していたシーケンスプログラムを起動した。Lat式はサブマシンガンを持った両手をX字に交差し、最低限のステップで勢いをつけて、跳び上がる。月面宙返りをしながら、鉄壁のスカートから無数の――――実際には256発の――――マイクロミサイルが遠心力で飛び出す。

 KASANETETO――――――――――ちっ。めんどくせぇ。
 KAGAMINEREN――――――――――これで、決める!

 コンソールが256発分のロックオンの進捗状況を表示する。1割程度は捕捉不可能で自動的に不発弾となって落下するが、80%と少し、つまり200発強が重音テトをターゲットとして照準を定める。

 KASANETETO――――――――――ウチん所のマイクロミサイルと全然違う。

 レンにはもう軽口を叩き返す余裕は無い。自律弾頭がLat式を避けて走り出す間に、着地してからの手を考えなければならない。

 重音テトは考えた。あれを手早く捌かなければ、恐らくはLat式ともう一点何処かから撃って来る筈だ。連携が出来ない初音ミクならまだアタリな方だが、奴は一応は基地司令の筈なので、出て来る訳が無い。どうせネルかハクだが、あいつらの空気読みスキルは敵に回すともう最悪である。

 詩のテーマは「地上の鳥」。ずばり飛ぶのである。マイクロミサイル相手に空中戦とか正気の沙汰ではないが、地上でターキーショットされるのに比べたらまだマシだ。遠距離から嫌がらせみたいな砲撃をやりすごしたいなら防壁を張ればいいが、ここは敵地のど真ん中、本拠地で旅団基地で攻響兵所属という、究極のアウェーである。馬鹿みたいに防壁張ってたら戦術核級の攻響兵アタック決められて終了する。

 KASANETETO――――――――――rrrrrrrrrrrr……

 パッシブソナーの要領で、音響を発して反響で弾頭の位置を群で捕捉する。ローギアで高度を上げずフラフラしてる奴と、トップギアで斜め上に直進する奴とおおまかに2種類の動きをしている。

 KASANETETO――――――――――なにそれこわい。

 地面に向かって急降下する。一秒前にいた空間を5、6発ほど通り過ぎていく。最初から直撃狙いとか、素敵過ぎるセンスだ。テトは、考える暇もなくグレートコードを唱えた。

 KASANETETO――――――――――Magician of Light.

 汎用性が高すぎて使いにくいコードであると、専らの評判である。本当は効率の高いLine of Chariotoを使いたかったが、0.1秒の差が死に繋がる今において、攻撃力だのなんだのと贅沢を言っている状況ではない。

 KASANETETO――――――――――右に炎、左に風。鳳凰よ永遠に舞え。

 「VOCALION」の使うコードは、最初の詩あるいはグレートコードに矛盾しない限り、いくらでも詩を重ねることが出来る。とはいえ、弾丸飛び交う戦闘中に都合のいい内容を冷静に紡ぐのは至難の業で、テトでも安定するのは5個までである。初音ミクはかつての決戦で22個のグレートコードを全てコンプリートしたと言われるが、どういう戦況だったのかは未だに知られていない。ここ数年の事なのに、機密扱いなのか記録が無いのかさえ、全く分からない。

 とにかく合計で3片である。かなりレンジの近いリリックで繋げてしまったので、マイクロミサイルをどうにかして、雷撃戦のタイミングを見計らいたい所だ。右手が炎に包まれる。火傷はしないが、神経が熱さに悲鳴を上げている。

 KASANETETO――――――――――火よ、風の翼となれ。風よ、燃える隼となれ。

 軽く気を失いそうになりながら、詩を紡ぐ。前の詩と趣旨が被ると吸収されるので、有効な詩の数は増えない。攻響兵はこれをミスってよく自滅するが、テトとて例外ではない。

 右手の炎がテトの背後を旋回して、左手の烈風と合流する。翼と言うよりは紅い針となった炎が、次々と地面に飛んでいく。マイクロミサイルが10基程度、墜落するか鈍い炸裂音を張り上げた。

 テト自身は地面スレスレまで降下して、Lat式とは反対側に飛んでいく。修羅場と化したLat式の前面に目を引かれて、テトを見失ってくれればいいが。そうはいかない。

 AKITANERU――――――――――よお。久しぶり。
 KASANETETO――――――――――はじめまして?と言えば信じる?
 AKITANERU――――――――――もちろん。私は無垢で純真なんでね。

 スピードを上げると、すぐ後ろを兆弾の列が追ってきた。正面には大した建物はなさそうなので真っ直ぐ飛んだが、正面から撃たれたら撃墜されていた。やはりアウェーというか、万全の体制を敷いた基地に単機特攻は不利すぎる。

 上空。後方。忘れそうになるが、まだマイクロミサイルが浮かんでいる。ローギアの弾頭がまだのんびりしてるのをみると、推進剤はまだ余裕があるようだ。Lat式が放ってから、30秒経つ頃だ。ローギアであれなら、遥か空に飛び上がった弾頭は自由落下分の余裕がある事になる。

 KASANETETO――――――――――イカロスの翼よ、太陽の祝福を受けよ。

 3つのコードが一瞬で効力を失う。地面に半ば投げ出されながら、テトは反転して後ろ向きのスライディングを決めた。

 AKITANERU――――――――――Emperor of Sord.
 KASANETETO――――――――――Line of Charioto.

 ネルが防戦最強のグレートコードを張る。やられた。けれども。

 「花火を撃ち上げるのはおたくらの専売特許じゃないんだよ!」

 1km先。テトがねんどろいどの残骸と共に潜伏してた場所から、大量の飛翔体が飛び上がった。敵国でテロを行うテロリストに供給したと言われるイベレーターにヒントを得て、ねんどろいどのパーツを売った金でマイクロミサイルもどきのイベレーターミサイルを大量に作って置いたのだ。

 AKITANERU――――――――――レン!ハク!ミク!あのアンノウン、町に落とさせるな!くそがぁ!

 同時に、マイクロミサイルが迷い無くテトの方向に直行する。やっべ薮蛇、とテトは後悔する間もない。本当は心理戦仕掛けて隙を突きたかったのに、最悪な展開を招いてしまった。破棄の代わりに、基地をうろうろしてるテトを目標にして当たらなくても市街地に流れ弾を落さないという、とても合理的な判断をされたようだ。

 KASANETETO――――――――――そらにえがけ、ほしのくつわをたどって

 無理やり跳んだ。直線にしか飛べないので軌道修正は不可能だが、まあ戦場で弾をよけるコツと言えば迷わないの一点だ。これで無理なら撃破されるしかない。

 KASANETETO――――――――――私の勝ち。

 虚勢を張ってみたが、返事は返ってこない。当然だ、精度の悪いミサイルが50発。1分程度で着弾するが、『思った以上に基地には命中する』ようだ。どっちみち、テトは当分相手にされないらしい。

 「さてと、『対象』を探しますか」

 既に一通り、基地の中は偵察していた。お姫様がいそうなのはこの一帯だと目星をつけたが、気配が金太郎飴というか、全然分からない。常識で考えれば独房入りか、病棟入りである。

 迎撃でこの雰囲気だと、あまり惨い仕打ちはされていないだろう。単機「VOCALION」で撃ち落されたなら、多分恐怖で精神的にきてる可能性が高いから、病棟に入れられてると考える方が見込みがある。

 「ま、その程度の温さでないと、この辺では基地作れないだろうねえ」

 激戦区以外では、軍隊は友軍といえども嫌われるのが常である。エルメルトは平和だから、そこにある基地も手を抜くというか、苛烈な雰囲気はそうそう維持できない。

 背後から轟音が響く。さっと建物の影に身を潜め、壁伝いに屋根へ飛び上がる。この基地は本部の近辺に基幹の機能を集中させているから、それなりに効率はいいが侵入者を排除する能力が低い。屋根に上がれば自由自在に行き来できるし、警戒システムがあったとしても、あのイベレーターミサイルに気をとられてテトを警戒する所ではない。

 「ま、ディスカバードアタックを決めに行きますか」

 ディスカバードアタック。チェスで自軍の駒を動かして後ろの駒に射線を譲り、相手の駒を取る戦術である。この場合、イベレーターミサイルが花形となる。

 「ぶちかませーっ、と」

 イベレーターミサイルをエルメトルが対応する間、テトはクイーン狙いとなる。序盤の盛り上がりは終わり、当分は地味な展開が続くと予想された。

ライセンス

  • 非営利目的に限ります

機動攻響兵「VOCALOID」 3章#6

やっとまともなバトルシーンと思ったら心理戦混ざってきた。これでもシリーズ始まって一番盛り上がってますの筈。

閲覧数:104

投稿日:2012/12/06 03:42:01

文字数:4,416文字

カテゴリ:小説

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