【ガクポ】


「それは確かか?」
 青の王城の執務室。
 大臣の報告を受け、眉を顰めて、改めて問い返す。
「はい、間違いありません。黄の国の軍が緑の国に向けて出兵したとの報告が入っております。国内の税の値上げと、黄の国の近頃の不審な動きと合わせて考えても、緑の国に対する侵略行為であるのは間違いありません」
「あの王女、とうとう真の愚か者に成り下がったか」
 呟き、まだ幼い王女の姿を思い出す。
 近隣国であるため、何度か黄の国に赴いた事もあり、面識も無い訳では無いが、取り立てて情がある訳でも無い。
 緑の国に対しても同様で、海一つ隔てた青の国と、黄の国、緑の国は立ち位置が違うのだ。
 求められるのは冷静な判断と決断。
 地続きで隣合っていれば巻き添えを食らう可能性もあるから放置も出来ないが、海上で独立しているこの国にはそんな心配は無い。
「……青の商人はこの国に戻っているか?」
「はい、本日港に到着したとの報告が上がっています」
「わざと青の商人が国を出るのを待った、ということか。タイミングが良すぎる。…全く、色恋というものは人を狂わせるな」
 机に肘を突き、手に顎を乗せる。
 苦笑いを浮かべて、目を閉じる。
 原因は、恋する相手に恋人が出来たから、か。
 なんとも愚かしく、はた迷惑な理由だろう。
「港を閉鎖しろ。緑の国、黄の国との国交は二国の戦争が終わるまでは全面的に禁ずる。すぐにそのように手配しろ」
「はい、承知致しました。しかし…流民などは如何致しましょう。恐らく、相当数の避難民が流れてくるのは予想出来ます」
「追い返す訳にもいかんだろう。港の近くに広場があったな、其処に仮設のキャンプでも作らせろ。一時的にならそれで凌げるだろう。その後は、結果次第だ」
 国に帰りたいと言う者も、此処に残りたいと言う者も居るだろう。
 それもまた、二つの国の、その後次第とも言える。どちらが勝つか、負けるか。そして、その後も。
「現状では、黄の国が有利か」
「そうですね、軍隊の規模は圧倒的に黄の国に分があります」
「しかし、あの国の状況で出兵すれば、国民の反感はそろそろ限界に達するだろう。共倒れになるのが関の山だな」
「あの王女は、それを理解しては居ないでしょう」
「だろうな」
 理解していないからこそ、このような愚かな事をするのだ。
 目先の事に目が眩んで、周りも先も見えていない。
 何度か会った印象では、頭は悪くないかと思ったが、結局まだ子供で、施政者には向いていないのだろう。
 国民ではなく、自分のことしか考えていない。
 ただの平民ならばそれも良いだろうが、施政者としては致命的としか言いようが無い。
 今更何を言っても仕方の無い事だが。
 それでも、その事にあの従弟は心を痛めるのだろう。
 もう十年以上直接会っては居ないし、周囲に知れている訳でもないが、仮にも王族だ。動向は欠かさず報告させている。
 黄の国の王女があれを好いているのも、そして緑の国に恋人が出来た事も。
 報告と指示を終え、大臣が退出していくのを見送ってから、椅子の背凭れに体を預けて眼を閉じる。
 共に居たのは随分遠い昔。
 それでも、その頃の記憶は今でも鮮明に残っている。




「ガクポ兄様!」
 無邪気な笑顔で私を慕ってくれていた従弟。
 外見だけならむしろ少女と言った方が良いような、それほどに可愛らしく、美しい容姿をしていた。青い髪も、青い瞳もそしてその容姿すらも母親譲りなのだから、むしろ当然だろう。
 母子が二人共に居る姿は、溜息が出るほど美しかった。
 そんな少年が取り分け自分を慕ってくれるのが嬉しかった。
 他に年の近い子供が傍に居なかったというのもあるだろう、それでも。
「カイト、あまり走り回ると逸れてしまうだろう」
「あ、ごめんなさい」
 注意をすれば、しゅんと落ち込んだ様子を見せて。
 頭を撫でればまた嬉しそうに笑う。
 そんな彼の仕草の一つ一つが、愛しくてたまらなかった、あの頃。
 子供心にも、そんな従弟を守りたい、などと願った。
 そんな、ただ無邪気に互いを好きでいた頃。
「お前は三国の宝のことを知っているか?」
「宝?」
「そうだ、三つの国にそれぞれ二つの宝。その全てを手に入れた者は三国を全て手にすることが出来るという」
「ガクポ兄様は宝が欲しいのですか?」
 歴史の教師が話した、三国の宝の話。
 話を聞いても、どうにもピンと来なかったのを覚えている。
 だからカイトの問いかけにも首を振った。
「特に欲しいとは思わぬな。何れ私にはこの国が手に入るのだし」
 そして逆に問い返す。
 この従兄は、宝に興味があるのだろうか、と。
「カイトは宝が欲しいか?」
「ガクポ兄様なら三国を治めてもいいな、と思います。だって、ガクポ兄様ほど強くて優しい人を僕は知りませんから」
「それは嬉しいな、有難う、カイト」
 本当にそう思っているのだろうと思える、真っ直ぐな瞳で。
 それをただ純粋に嬉しいと思えた。
 ただ、それで満足していれば良かった。
 その頃の私は何も知らなかった。
 何故、カイトたち親子が王宮の奥深く、殆ど人と関わる事の無いような場所に閉じ込められていたのか。
 初めからそうだったから、疑問に思ったことさえ無かった。
 ただただ、王城という狭い世界で生きていた。


 その頃の自分の気持ちがどう変化したのか、自分でもよく解からない。
 ただ、其処に芽生えたのは、独占欲、なのだろう。
 この美しい子供を私だけのものにしたいという、独占欲。
 それが確かに形になったのは、父上から国の宝である短刀を頂いた時だった。何れこの国を治めるという事実が、目の前にある。
 いや、それだけではない。カイトだとて、私ならば三国を治めても良いと、そう言った。
 ならば実際にそうしても良いのではないか、三国を治めて、カイトにそれをやれば喜んでくれるのではないかと、そう考えて。
 その思いつきに、心は支配された。
 きっと喜んでくれるだろう、そうに違いないと。
 それ以外の考えなど、最早思いつくことすら無く。
 そして急ぎ足でカイトの元へと向かった。
「カイト!聞いてくれ、父上から頂いたのだ!」
 カイトに駆け寄り、美しい青色をした石で作られた短刀を見せた。
「兄様、それは?」
「これは我が国の宝の一つだ。もう一つはお前の母上が持っているそうだが」
「そうなのですか…それを、叔父様から頂いたのですね」
「ああ、正式に青の国の国王になるのだからと。美しい短刀だと思わないか?」
「はい」
 頷きながらも、カイトはそれほど喜んでくれているようには見えなかった。
 もっと一緒に喜んでくれると思っていたのに。
 まあ、良い。きっとただ驚いているだけなのだろう。
「きっと他の国の宝も美しいのだろうな…」
「兄様…?」
「カイト、私は三国の宝を全て手に入れよう!そして三つの国を手に入れてお前にやろう!」
「兄様、僕は…」
 瞬間、暗い顔になったカイトに、どうしてだろうと首を傾げる。
 カイトのためなら、三つの国の宝を手に入れることなど何でもないことだ。
「僕は国なんて要りません、ガクポ兄様といられれば、それで」
「それは私とてそうだ。お前以上に大切なものなど無い。だからこそ、三つの国を手に入れるのだ」
「兄様…」
 相変わらず、カイトの表情は暗いままだが、それもきっと、三国の宝を手に入れれば喜んで暮れるだろう。
 そうすれば何もかも全て上手く行く。
 そう信じて、疑いもしなかった。




 その後すぐ、カイトたち母子が城から姿を消した。
 何故か解からず、周囲の者に問いただしてもはっきりとした返答は得られず、暫くの間周りの全てに当り散らした。
 父上に呼び出され、カイトの一族の話を聞いても、納得など出来なかった。
 理解出来なかった。
 それでも、次第に自分の立場と、状況と、そして何をしようとしていたかを理解した。
 そして改めて考えれば、確かにあの時の自分の状態は普通では無かったのだろう。
 カイトを喜ばせたい、カイトのために何でもしたいと思いながら、一つの思いつきに囚われ、実際に望んでいることなど二の次になる。
 恐らくは、今の黄の国の王女もそれと似たような状態なのだろう。
 そうするしか無いと、そう思い込んでそれしか考えられなくなっている。
 それこそが、カイトの一族の業なのかも知れない。
 だからこそ、余程の事が無い限り再びカイトと会う事は無いだろう。もう一度会って、自分が同じような状態にならないと、言い切れる確証は何処にも無い。だから周囲の者も、私とカイトを合わせたがらない。
 あの頃はまだ子供だったから、夢見ているだけで済んだ。
 今はこの手にこの国を抱いている、権力を持っている。その状態でもう一度同じようになったなら、きっと今の黄の国と同じようになってしまうのだろう、過去に祖父がカイトの祖母以外の一族を皆殺しにしたように、ただ相手を手に入れるためだけに。
 黄の国の王女は愚かだと思う。
 元々施政者向きでも無かったのだろうが、一歩間違えば私も人事では済まなかっただろうと思えば、同情もする。
 だがそれだけだ。
 私はこの青の国の王で、この国の利益を最優先する。
 同情はしても、救おうとは思わない。
 口出ししたところで、聞き入れもしないだろう。
 止めるように説得したところで、聞く耳を持つことすら考えられないのは、過去の己の経験から解かっていることだ。
 ただ成り行きを見守り、この国の民を守る。
 それこそが、私の役目だ。
 自分の判断を、間違っているとは思わない。
 青の商人も、カイトも。そして二国と交易している他の商人たちもみんな、この国の民だ。それを守るために港を閉鎖し、国交を閉じ、戦争には関わらない。
 決して間違っては居ない。
 それでも、と心の底で思う。
 カイトは私を恨むだろうか、と。
 私が命令し、青の国の軍に緑の国の援護をしろと命じれば、少なくとも緑の国を守る事は出来るだろう。そうすれば、カイトの恋人も恐らくは無事で済むだろう。
 緑の国の国民の、救われる命も多いだろう。
 だが、そうして緑の国を救って、この青の国に何か利益があるだろうか。
 青の国の民の命を賭して、それ以上の利益が、この国に齎されるのか。
 それが見えない以上、こちらから動くのは得策ではない。
 むしろ潰しあってくれた方が、青の国の利益は大きくなる。心無い、と言われようがそれが現実だ。
 現実だが…それは、『正しい事』では決してないのだ。
 しかし、正義を振りかざしても国は立ち行かない、現実とはそういうものだ。
 カイトの恋人が、緑の国の王族であるというのも一因だ。生き残れば、それはそれで、また争いの火種になりかねない。
 この戦争の成り行きはある程度予想出来る。
 そして、双方の国の結末も。
 ふとそこで、三国の宝のことを思い出す。
 一応、それぞれの宝の今の持ち主を把握はしている。
 この争いで持ち主は移ろい、結果的にどうなるか。
 黄の国の王女も、其処に宝があるのを知っていて放置するようなことはしないだろう。
「………いっそ、会った方が良いのかも知れないな」
 あくまで予想ではあるが、もしかしたら、と思う。
 三国の宝は、本来の持ち主の元に集まろうとしているのかも知れない。ならば、それに一役買うのも構わないか、と思う。
 もう会う事も無いだろうと思っていたが、会ってみるのも、それで自分がどうなるのかも、確かめてみるのも良いかも知れない。
 どちらにしろ、動きは常に把握しておかなければならない。
 もし会いたいと言えば、家臣たちは反対するだろう。
 それでも、もう一度会えるのなら。
 そう考えて、口元に笑みが浮かぶのを、抑えることは出来なかった。

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい

【悪ノ派生小説】比翼ノ鳥 第二十六話【カイミクメイン】

とうとうガクポの登場です!
ということで、これで一応メインキャラ全員の視点を書いたことになりますね。
あとは転がるばかりの展開で、これから生臭くなってくると思いますが、書きたいシーンまであと少しなので、地道に頑張ります。

閲覧数:444

投稿日:2011/02/07 17:25:25

文字数:4,891文字

カテゴリ:小説

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    ご意見・ご感想

    おお~……なるほど、がくぽでしたか!
    確かに、考えてみればこの男も重要なポジションですもんね。いやはやこれは思わぬ伏兵だった……。

    というわけで、さっそく読ませて頂きました。
    大局的で計算高く、また私情に流されない冷徹さも兼ね備えた国王がくぽというキャラクターが、とても際立っていました。リンと対比することで、なおいっそう鮮明に見えて。甘音さんは本当にキャラ作りが上手いなぁと思います。
    カイトとの幼少時代を振り返り、その思い出も冷静に分析して現状を鑑みる。まさしく施政者ですね。かっこいいです。とても色狂いのヴェノマニア公と同一人物だとは思えな(ry
    最後にはあらゆることを計算した上で、敢えて動きましたね。果たして青の国の王が、これから始まる悲劇にどのような影響を及ぼすのか。物語の第三勢力として興味深いです。
    これは次回も楽しみに待たせて頂きます。完結まで注目しておりますので、がんばって下さい!
    では、また。

    2011/02/08 22:05:58

    • 甘音

      甘音

      >時給3310円さん
      重要なポジションです、王様ですから!
      まあ、あまり沢山出番はないですが、要所で活躍してくれたらと思いますw

      ガクポは本当に冷静な施政者、というイメージで書いておりますので、そういう風にとっていただけているようで嬉しいです。
      まあ、それもカイトと離れていた期間があってこそ、だとは思いますが。
      ヴェノマニア公はまあ…(笑)それ言ったらカイトだって悪徳のあの人と同一人物ってことに…多分そういうことは突っ込んではいけないのですねw
      でもまあ、色々分析して、考えてはいるものの、結局カイトに会いたいだけという気も…しないでもないなあ、どうだろう。
      まあ、子どもの頃と違い、自分を客観視できているので、ガクポは大丈夫でしょうが。
      次回も頑張ります。
      この先の展開を書くのは少し怖いのですが、それでも。

      2011/02/10 21:42:35

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