――初めて見た瞬間にはもう好きになっていた。
「それ、一目惚れってこと?」
目を爛々と輝かせてミクが訊いてくる。口に出しては言ってこないけど、リンも似たようなものだ。リンの隣に座っているレンは、いつものようにそっぽを向いている。
「うーん。どういうのが、一目惚れ、っていうのか分からないけど、でも、そうなのかも知れないね」
そう答えると、きゃーっ、とミクとリンが高い声で叫んだ。ちょっと耳に痛いその声に、レンの機嫌がまた悪くなったような気がする。
「素敵っ!」
「だよねっ! 目を開いて最初に見たひとを好きになるなんて、ロマンだわっ!」
「ロマン……なのかな」
思わず苦笑いが浮かぶ。けれど、ミクとリンにはそんなことは関係ないみたいで、相変わらずきゃいきゃい騒いでる。
少し騒がしいけど、二人が楽しそうなのは見ていると俺も楽しくなるから嫌いじゃない。これでレンも一緒に笑っていてくれるといいんだけど、とそこでレンに睨み付けられていることに気が付いた。
「……なに、KAITO兄。何でおれのこと見てんの」
「なにがある、ってわけじゃないけど。理由がなかったら、レンのこと見てたら駄目かな?」
「駄目っつったら、見ないでくれんの?」
え、と一瞬言葉に詰まる。
じっと俺を見てくるその瞳が、どこまで本気なのか推し量ることができなくて、戸惑ってしまう。
「こらレン! 駄目でしょ、KAITO兄にそんな口の利き方!」
助け舟を出してくれたのはリンだった。レンが、俺から視線を外したのを見て、俺はほっと息を吐く。
彼に見据えられると息が詰まる。レンが嫌いだとか苦手だとか、そういうことじゃない。むしろその逆で、レンのことは大好きだし、もっと仲良くしたい。だけど、笑いかければそっぽを向かれるし、声を掛ければつれなくされるし、目を合わせると嫌われる。
少し、辛い。
「はいはい、分かったよ。で、何だっけ? 『最初に見たひとを好きになる』話だっけ?」
「そうそう、その話よ。ね、素敵よね」
「そお? 素敵、って言うけどさ。これ、インプリンティングとどう違うの?」
「……インプリンティング?」
はてな、とリンは首を傾げ、助けを求めるようにミクに目をやった。
「いんぷりんてぃんぐ……プリン?」
「いや、ミク姉、それはないって流石にあたしでも分かるかな……。で、レン。何なの、そのインプリンティング、って」
「要は刷り込みってことかな。ほら、動物は最初に見たモノを親だと思い込むとかって言うじゃん。それのこと」
「ほへー。レンは頭がいいんだねぇ。わたし、そんなの全然知らなかったよ」
心底感心したように、ミクが言う。けれど、レンはミクに褒められたっていうのに、これっぽっちも嬉しくないみたいにその言葉には何も返さずに、代わりに「で?」と、俺に訊いてきた。
「……なにかな、レン」
「だーかーらーさ。KAITO兄、初めて見た瞬間、好きになってたって言ってるけど、それってただのインプリンティングじゃないの?」
にやりとレンが笑う。
意地悪そうに、口元を歪ませて、レンが俺を笑う。
「最初に見たのが、例えばミク姉だったり、リンだったりしても、結局今と同じことを言ってたんじゃないの、って訊いてるんだよね、おれ」
咄嗟にリンが何か言おうとしたのが見えた。その向かい側でミクが言葉を失ったのも見えた。
けど、俺は微笑んでいた。
「そんなこと、ないよ」
レンの表情が険しくなる。
見つめられているというよりも睨み付けられている、と言った方が正しいくらいに、レンが俺のことを見据えている。
でも、俺の気持ちは穏やかだ。
「ミクとレンには失礼な話かもしれないけど、あの日あの時あの場所にいたのが、ミクだったとしてもリンだったとしても、今と同じなんて有り得ない」
目を閉じれば思い出せる――なんてちっぽけな想いじゃない。
目を閉じなくても思い浮かぶあの日あの時あの場所での最初の出逢いのその瞬間。
『――あなたがKAITO?』
『あはは、なにをきょろきょろしてるのよ。KAITO。いい? それがあなたの名前よ』
『KAITO、って呼ばれるのに慣れない? 大丈夫よ、その内慣れる。慣れるまで私が呼び続けてあげるから、大丈夫』
『あら、そういえば私ったら、あなたの名前は知ってるくせに、自分の名前を教えてなかったわね』
『いい? KAITO。一度しか言わないから、ちゃんと覚えておいてね。私の名前は――』
「世界で何番目に逢ったって、俺はめーちゃんのこと好きになるよ、絶対」
「なに恥ずかしいこと言ってんのよあんたーっ!!」
「うわわわわっ、めーちゃんっ!?」
振り返ると、いつの間にかそこにはめーちゃんが立っていた。
顔を真っ赤にして、俺のことを睨んでる。目がすごい角度で吊り上がっていて、ちょっと怖い。
「驚くのはこっちの方よ! KAITO、あんた、私がいないと思って一体何の話をしてるのよ!」
「え、何のって……」
俺はまずリンを見た。次にミクを見て、最後にレンを見た。
「めーちゃんのどこが好きなの、って訊かれたから、その話」
あ、めーちゃん、顔真っ赤。
「き、訊かれたからって、何でもべらべら素直に喋るんじゃないわよ、馬鹿! ああもう、あんた罰として今日の買い出し付き合いなさい! 重いモノこれでもか、ってくらい持たせてあげるわ!」
全速力で言い切って、めーちゃんは帰ってきたばかりなのに、また出て行こうとする。
「KAITO兄さん、追い掛けないと」
「MAIKO姉の荷物持ち、頑張ってね」
ミクとリンが口々に言ってくれるので、俺はめーちゃんの後を追おうとして、ふとレンと目が合うのが分かった。
「……レン、そういうことだよ。俺はめーちゃんを見たから好きになったんだ。順番なんて関係ない。好きになるって、そういうことでしょ?」
最初に見た誰かだから好きになったんじゃなくて、
めーちゃんを初めて見たから好きになったんだ。
「……KAITO兄なんか嫌いだ」
ミクとリンにはきっと聞こえてない声で言ったレンに、俺は同じ声で「ごめんね」と謝ってめーちゃんの後を追った。
どんどん先を行ってしまうめーちゃんに、俺は駆け足で追い付く。肩を並べると、めーちゃんが怒ったままの顔で俺に言った。
「ばかいと」
「顔、まだ赤いよ、めーちゃん」
めーちゃんが黙る。
黙ったまま早足で歩いているから、何だか怖い。
「……一升瓶、買うからね」
「え?」
「お酒。持って帰るのが嫌になるくらい、買いこんであげるんだから、後悔するのね」
「それは無理だと思うけど」
「言ったわね? 大した自信じゃない。身の程、って奴を教えてあげるわ」
怖いことを言われてるのに、俺は自分でも知らず知らず笑っている。俺の笑顔を挑戦と受け取ったのか、めーちゃんが自信満々に笑い返してくる。
違うよ、めーちゃん。
荷物持ちでも何でも、めーちゃんの隣に立っていられること、それが幸せ。
幸せなんだから、後悔するなんて無理だと思う。
無理だと思うけど、それはめーちゃんには教えないでおく。
自信たっぷりのめーちゃんの笑顔をまだしばらく見ていたから、俺はもう少しだけめーちゃんの隣を何も言わずに歩く。
目を閉じなくても、思い出そうとしなくても、寸分の狂いもなく重なるんだ。
――あの日あの時あの場所で目覚めたばかりの俺を導いてくれためーちゃんの笑顔。
俺がめーちゃんを好きになった笑顔を、もう少しだけ俺は眺めて歩き続ける。
願わくば、めーちゃんの隣でずっと、ずっと。
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