この世界には人間や一般的な動植物の他に、魔物という生き物が生息している。魔物は魔力のせいで人や動植物が突然変異した成れの果てとも、実は世界が誕生したその頃から存在しているのだとも言われる謎の多い生物だ。
 そんな彼らの姿形は千差万別で、四つ足で歩き回る物もあれば、その場から一切動かず地に根を下ろしている物もある。しかしこんな差異著しい中にも同族と思われる複数のグループ構成が確認されており、動植物の分化と類似した歴史を辿り今の多種多様な形態を手に入れたのは確かなようであった。
 魔物にも草食・肉食・雑食の別があり、食物連鎖が存在する。また彼らの繁殖場所及び活動可能地域も様々で、温帯で繁殖し成長した後に熱帯へと移動する物がいるかと思えば、極寒の地でしか生きられない物もいた。同種と考えられる魔物でも、生息する地域の環境により微妙に身体の発達等が違うことはよくある話で、群れを成す個体や、単独行動を好む個体は特に有名だ。この辺りも動物と酷似した生態と言えるだろう。
 そして人間と魔物は、微妙な均衡と距離を保ちながら共存を続けていた。時に互いのテリトリーへ侵入し争いになる場面もあったが、それはごく稀で、滅多なことがない限り進んで襲ってくる不埒者は登場しなかった。各々は分を弁え、暗黙の内に定められた境界内で繁栄を続けてきたのだ。数百年前までは、まさか世界がここまで変容してしまうなど誰にも予想出来なかったことだろう。
 世界史で『彗星の愛撫』と特別に呼称されている一年がある。その年にこれまでにない頻度と規模で流星が流れたことが由来だったが、世界各地で異常気象が多発し、魔物の大量発生や絶滅の報も相次いだため、人々は更に何か良からぬことが起こるのではと不安を膨らませながら日々を送っていたという。そしてその予感は当たってしまった。程なく世界を引き裂かんとする異様な大地の裂け目が見つかり、時を同じくして奇怪な生物が地上を跋扈し始めたのだ。
 それは俗にカオスシードと呼ばれる正体不明の生き物だった。今より数百年ほど前――『彗星の愛撫』後に突如この世界へ出現した奴等は、魔物と比べ段違いに強く、厄介な存在だった。
 奴等が姿を現せばすぐに分かる。全身から発される鼻を衝く強烈な腐臭は、本体から百メートル以上離れていても嗅ぎ分けることが出来るほどだ。またその呼気には毒が混じり、みだりに吸い込めば身体の弱い者なら即死、通常の人間でも数週間は寝込むと言われている。奴等と渡り合うには、魔術で構築した見えない障壁で毒を防ぎつつ攻撃する戦法が必須で、どうしても術士頼りとならざるを得ない事情が生まれるのも致し方なかった。
 魔物とカオスシードの違いは、いくつかある。まず魔物はざっと数え上げただけでも数百を越える種類があり、更に生息地域によって個体差があったりする。加えて温暖な地域に暮らす魔物は豪雪地帯では適応出来ないなど、どちらかといえば人間や動植物に近い構造を有していると言えるだろう。
 しかしカオスシードは、そんな既存の生き物どれにも当てはまらない独自の進化を遂げていた。
 奴等に個体差というものはなく、皆一律に同じ姿をしている。全長は大体八メートルから十二メートルほどで、その見た目は鎌首をもたげた蛇とよく似ていた。ただし奴等に鱗はなく、灰褐色の滑らかな表皮もつるりとして体毛等は生えていない。胴回りは一番太い部分で、大人四人がかりでどうにか囲めるかというくらいだ。また先端部の顔と思しき箇所には、牙のように鋭く湾曲した上下二対の突起が付いており、その中央部にある円状の口は獲物を捕食する際や威嚇時に開く。そうして十数本の吻を触手の如く自在に繰り出し対象へと突き刺すのだ。
 それ以外の特性としては、どの地域にも満遍なく現れることから、気温や湿度など外部の影響をほとんど受けないものと思われた。そのせいもあるのかどうか、奴等には剣や槍などの物理的な攻撃は全く効果がない。唯一効くのが魔術だったが、ただ効果があるというだけで弱点を突いているとは言い難いものがあった。
 更にカオスシードには、より恐ろしい仮説が付随している。亡骸を「塔」が持ち帰り解剖した結果、その体内から何やら折り畳まれた翅のような器官が発見されたのだ。つまりこれまで散々人々を苦しめてきた奴等はまだ幼体であり、いずれ成体に変わる可能性を有しているという絶望的な事実が判明したことになる。そのきっかけやメカニズムはまだ分かっておらず、幸いにもこれまで成体と見られるカオスシードは発見されていなかったが、早急な対応策が望まれているのは言うまでもない。
 そして決定的な相違が奴等の食性だ。奴等は草食でも肉食でもなく魔食……要するに魔力を糧に生きている。世界には無機物から大気に到るまで魔力に溢れているが、巨体を維持し動かすのに自然摂取だけではとても足りない。そのため必然的に魔力が濃縮されたもの――有機物を捕食することが必要になってくる。またその中でも特に魔力保有率の高い生物が奴等の獲物となった。
 すなわち人間及び魔物が標的として選ばれたのだ。
 こうして世界の均衡は脆くも崩れ去った。これまで食物連鎖の頂点は人間と魔物で二分していたのだが、更に上へカオスシードが居座ることとなったのだ。そして本能的なものなのだろう、魔物は共に覇者として君臨していた人間を積極的に襲うようになった。食物連鎖の上位で生き残るため、そして種の存続を図るために、片棒を蹴落とす決断を下したのだ。
 無論人間も黙って指を銜えているわけにはいかなかった。しかし元凶を叩かなければ問題は解決しない。魔物との抗争よりも、カオスシードをどうにかして撲滅することが急務と判断した術士たちは、『魔王の顎門』と名付けられた大地の裂け目へ旅立った。此処からカオスシードが出現しているのではないかと、「塔」幹部の意見が一致したためだ。
 そうして何人もの術士たちが裂け目内部への索敵を試みたが、内部を透視出来る者は誰一人としていなかった。それほど深い裂け目だということであり、想像を絶する得体の知れない力が働いたということだ。断言出来るのはそれくらいで、術士たちは大した収穫もなく引き上げてくるより他に仕方なかった。
 それでも観測自体は怠らず続けた結果、更に信じられない事実が明らかとなった。『魔王の顎門』は、まるで生きているかのように少しずつその範囲を広げていたのだ。今では一番長い所で三百キロメートルを越えるまでに成長しているという。いずれこの地上の全てを呑み込んでしまうのではないかと、今や誰もが恐れ危惧していた。
 しかしながら術士にそれを押し止めるだけの力はない。何百何千と数を増やした所で結果は同じ。出来ることは、せいぜいが人々を襲う魔物やカオスシードを倒すことぐらいだ。そしてこれがとどのつまりは俺たちに下される任務であり、「塔」に所属する術士の仕事だった。
 その際に重要になってくるのがタイプだ。ランクも勿論重要だが、編成を決めるにおいてはランクよりむしろタイプが重視されることの方が圧倒的に多い。何しろ魔力の方向付けが、そのまま戦闘中の役割に直結するからだ。
 ただし基本的に丙ランク以下は戦闘行動に参加することがない。余程切羽詰った事情がある場合は丙ランクの起用も止むを得ないという雰囲気があるものの、大抵彼らの仕事は塔内の雑用や、街の人々から「塔」に持ち込まれた軽い依頼をこなすことだった。
 それはともかくとして肝心の戦闘行動だが、Aタイプは攻撃型だ。魔物やカオスシードに、練り上げた魔力を目に見える形へ昇華し放出する役どころで、個々術士により火炎や雷撃など得意分野がある。また甲ランクに限り、対象がカオスシード以外であれば単独での出動が許可されていた。他のランク及びタイプは例外なく数人以上のチームを組む必要があるために、甲・Aタイプは絶対数の少なさも相俟って特殊な存在と捉えられているのが実状だった。兄が正にその典型で、聞いた話によると大掛かりな任務を除く全ての仕事を一人でこなしていたというのだから呆れてしまう。これではもう一つの職責を果たす機会など滅多になかったんじゃないだろうか。
 Aタイプに課せられる特別な職責。それはチームリーダーとしての役割だ。甲ランクがいた場合は勿論のこと、いない場合は乙ランクが指揮を執る。他のタイプが指揮を執ることはまずなかった。それ故、チームには乙以上のAタイプが必ず一人は含まれる。先日任務で出た際も、俺以外にAタイプの者がいなかったため、必然的に俺がワントップで当たることになったのだ。にも関わらず怪我を負ってしまったのだから、情けなくもなろうというもので、俺が治療を受けに行かなかったのにはそういう心情も関係していた。
 そんなことはさておきBタイプだが、彼らは後方支援及び索敵、陽動が主な仕事で、攻撃はそこまで得意ではない。出来ないことはないが、Aタイプと比べて威力が落ちるのは否めなかった。甲・Bタイプの攻撃が、丙・Aタイプと乙・Aタイプの中間程度と考えれば、そこまで期待出来るものでないことは明白だ。
 しかし彼らには攻撃よりも重要な役目があった。それが障壁を張ることで、カオスシード攻略の時は彼らの存在が欠かせない。ちなみにMEIKOもこのタイプで、何度か一緒のチームとなった際、他のBタイプの者と共に見事な障壁を築き上げてみせた。障壁にはチーム全体を包むドーム型や、個人に施す小規模なものなど色々あるようだが、専門でない俺にその真髄を直接見ることは叶わない。ただ空気の流れが変わることだけは確かで、上手い術士ほどそれが自然に為し得るようだった。
 そしてCタイプは――
「あ……」
 ノックもそこそこにドアを開けた俺へと、小さな彼女は振り向きざまに声を上げた。そして俺が挨拶するより前に、とてとてと駆け寄ってくる。本人としては精一杯急いでいるつもりなのだろうが、小股で必死に足を動かしている様は何だか小動物みたいで微笑ましい。
「やぁ、久し振り。“先生”に君の実験台になれと言われてきたんだ」
 主に年齢で七不思議の一つに数えられているあの人は、“先生”と呼ばれることを極端に嫌がる。おそらくそこまで年を食っていないと言いたいのだろう。なので面と向かい口にすることはないが、こうして影で意趣返しでもしなければやっていられない。例え耳に入ってしまったが最後、死ぬより辛い拷問にかけられるとしてもだ。
 俺の台詞にただでさえ大きな瞳を丸くした彼女は、慌てたように俺の全身をさっと眺め渡した後、可愛らしい両拳をぐっと握った。さくらんぼを連想させるきらきらした瞳が真っ直ぐこちらを見上げ、桜貝のような唇からは見た目と裏腹に凛と響く声が零れ出す。
「またどこか怪我されたんですか……!?私で宜しければ、全力で治療させて頂きます!!」
 そして俺が何か言うよりも早く意識を集中し始めた。普段からほんのり赤味がかっている頬は緊張で引き締まり、寝癖なのかお洒落なのか頭頂部にぴょこんと立った髪の束が、彼女の身体を取り巻いているのであろう魔力の渦の影響を受けゆらりと揺れる。
 そのまま彼女が魔力の方向付けを為し終え、それを定着させる文句を唱えようとする前に、俺は言葉を滑り込ませた。
「……冗談だよ。君の練習に付き合ってほしいと頼まれたんだ。生憎今は五体満足で病気一つしてないから、身体を提供することは出来ないが」
「あ……そうだったんですか。すみません、私ったら早とちりで……」
 そうしてすぐに高濃度の魔力を解いた彼女は恥ずかしそうに俯いた。彼女はその実力だけ見れば甲ランクでも問題ない。しかし乙ランクで留まっているのは、ひとえにこの“速断癖”があるからだ。これではいくら力があっても、なかなか術士としては使い辛いだろう。実際前回出動した時には、魔力を暴走させて大変なことになったのだ。
「でも私、Cタイプですから――。付き合うと言ってもKAITOさんと同じような練習は出来ないと思いますけど……」
「ああ。それでも構わないよ。他のタイプの特徴を知るのも重要なことだしな。だから少し見学させてもらっていいかな?」
 そう穏やかに告げ、俺は彼女を安心させるために笑って見せた。それ以外の方法を、生憎と世渡り下手な俺は知らない。
 Cタイプは医療魔術を専門とする役職で、このタイプに限っては、戦闘行動中におけるランクごとの役割が徹底されていた。まず丙ランクは痛覚を遮断したり止血したりなど、応急処置的なことしか許されていない。それ以上は乙ランクの仕事で、骨折や靱帯断裂、また毒の中和や神経衰弱の緩和といった一通りの医療魔術をこなすことが出来る。臓器損傷レベルになってくると甲ランクの出番で、彼らは蘇生以外のあらゆる医術を修得しているという。
 ただし甲ランクにも治せないものはあり、それが先天的な病気だった。基本的に病気は治すのが難しく、時間がかかる上に確実とはとても言えない。加えて先天性のものともなれば、患者の組織に分かち難く結びついている場合が多く、進行を遅らせることは出来ても完治させるのは不可能とまで評されていた。そのため病気に関しては魔術でなく、薬剤での地道な療法が今の所の主流となっている。


(②に続く)

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい

夢の痕~siciliano 5-①

字数制限で分けました。
ご了承下さいm(_)m

今回は物の見事に文章ばかりです。
会話もありますが、説明が多いので読み辛いかと思います…。
どうか御覧頂く際は、お気を付け下さいませ><

それから…ここに書くことではないのかもしれませんが。
今回、初めて“カオスシード”の描写が出てきます。
基本的な世界観を守っていれば自由で構いませんということでしたので、本当に自由に色々と描写してしまいましたけれど、よろしかったのでしょうか…。
御覧下さったコラボの関係者の方で、何か不都合があるようでしたら、お手数ですが一言メッセージを頂ければ幸いです。
今後も色々とフリーダムな描写や設定が出てきますが…これは駄目だというものがありましたらお報せ下さいm(_)m

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閲覧数:241

投稿日:2012/11/10 01:38:43

文字数:5,464文字

カテゴリ:小説

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  • 藍流

    藍流

    ご意見・ご感想

    お久しぶりです。
    諸々多忙で、今更ながらに拝見させていただきました;

    >カオスシード描写
    アリです、むしろGJです(*´∀`*)b
    こうきますか~……いや面白い。
    世界観の掘り下げも、設定好き的に大変美味しいですw
    ビバ・フリーダム(←

    戦闘時の分担が描かれて、戦闘シーンのイメージが具体的に浮かぶようになりました~
    この先も楽しみです。
    どうぞ御自分のペースで、じっくり書いていってくださいませ~^^

    2012/11/21 16:51:50

    • Lilium

      Lilium

      こんばんは。
      返事が遅れて申し訳ありませんm(_)m
      ニコッとタウンでもお世話になっていますので、こちらはあまりお久し振りという感じがしなかったりしますw
      メッセージ、ありがとうございます!


      アリですか…良かったです><;
      最初に“カオスシード”という言葉を見た時、ふっと頭に浮かんだのがあの姿でした。
      ですので、もうあれ以外に考えられず、そのまま押し切ってしまいました。
      世界観の方も、固有名詞まで勝手に作ってしまい…。
      “シェアワールド”の懐の深さに感謝です!
      ただ、一番の心配の種がまだ出てきていなかったりします^^;
      巡音ルカの立ち位置が本当に微妙な所なのですが、そういう人に限って物語の中核にいるもので、どうしたものかと…。
      多分どうにもならず、今回のように後から是非を問うことになるかと思いますけれど、どうかご了承下さいませ><;


      早速風邪を引き、亀のペースが揺るがぬものとなりましたw
      それでも思いがけず時間ができ、風邪の方も治って参りましたので、見直しをゆっくり進めていくつもりです。
      この時期は色々忙しいかと思いますが、藍流さんもどうかお体ご自愛下さいませ。

      2012/12/06 00:46:11

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