時計塔の町
船から降りたリンとレンを迎えたのは、青い短髪の青年。胸に手を当てて恭しく挨拶をする。
「御来訪お待ちしておりました、リン王女。……彼は?」
「御苦労です、カイト。彼は、ひと月程前から私の召使になったレンよ」
リンに紹介され、レンは一礼する。船を降りる前に、カイトが自治領をまとめる人物である事、いつ王女が来訪するかは知らせていないので、他の住人の歓迎は無い事。この二つを教えてもらっていた。
もちろん会議の日程は知らせてある。騒ぎ立てる必要もないと、リンが判断した為だった。
「船から見えたのは、あれだったんですね。あんなに高い建物は初めて見ました」
歴史を感じさせる時計塔を見上げて、レンは感心して言った。王都の城も大きいが、高さだけを見ればこちらの方がはるかに大きい。
「最上階からの景色は最高ね、天気がいい日は二国が見えるから」
ウミネコ話のお返しにと、自慢げに話すリン。
「お褒めにあずかり、光栄です」
二人の会話を聞いたカイトは、自治領について語り始めた。
巨大な時計塔が名物の青の自治領。黄と緑、お互いの王都は陸路なら北南で一直線の道のりを、時計塔を見る為だけに、わざわざこの島を経由する観光客も多い。
普段は一般開放されているが、二国会議で使用する為、しばらく時計塔は関係者以外立ち入り禁止になっている。
「三百以上前から、この時計塔は存在しております。以前この国を治めていた王は……」
「カイト」
歴史を語り始めようとしたカイトの言葉を遮ったのはリン。笑いをこらえながら言った。
「そろそろ素の話し方にしてくれる?」
おどけて肩をすくめて、カイトは返す。
「おや? お気に召しませんか」
「何か気持ち悪い」
リンとカイトの会話にレンは首を傾げた。兄妹がふざけて遊んでいるようだ。昔からの知り合いか、友人なのだろうか。
眉根を寄せているレンを見て、言って無かったねとリンが訳を話した。
「カイトは私にとってお兄ちゃんみたいな人で、小さい時から良く遊んでもらったの」
「そう言う訳だ。リンが世話になっているな、レン」
よろしくと握手を求められ、素直に応じる。
この国の偉い人はみんな、こんな風に身分に関係なく接する人なのだろうか、そうでなくては上の地位に行けないのか。確かに親しみを感じないより遥かに良いが。
今まで出会った人々を思い出して、レンはそんな事を考えていた。
時計塔前の広場では、吟遊詩人や大道芸人などが多く集まる。それも名物の一つだと、カイトは行き交う人が多い道を歩きながら、自治領に初めて来たレンに話した。何度か来ているリンは話を完全に聞き流していた。
「久々にミクの歌を聞けるな」
「緑の国の歌姫のね」
カイトとリンの何気ない会話に、どうしてミクがここに来ているのかレンは考え始めた。最近考え事をする事が妙に多い。
歌姫と言う事は、それを仕事にしているのか。しかしあの日出会った時、そんな風には見えなかった。あの雰囲気は上流階級特有のものだ、しかも王族に近い。リンの傍にいたおかげで、その微妙な違いが分かる。
お付きの人がいて、今の自分とリンと似た関係に見えた。もしかして、緑の……。
「レン! 前見て前!」
リンの慌てる声が聞こえた時には、屋台の立て看板に正面から激突していた。
「あれでよく召使が務まるな……」
気が付いたら先を歩き、派手な音を立てて通行人の注目を集めるレンを見て、カイトは大丈夫なのかと呟いた。
「……仕事は優秀よ。ブリオッシュは誰が作った物よりも美味しいし」
誤解をされたら困る。レンの名誉の為にもリンは庇った。
屋台の主人に丁寧に謝罪し、立て看板を元の位置を直してから、レンは戻って来た。
広場に着くと歌が聞こえてきた、無口な恋人と過ごす大切な日々を歌詞にした歌。それが終わると同時に喧騒が戻り、人々は去っていく。
先ほどまで人々の注目を浴びて歌っていた二人の人物に、リンは走り寄って行った。
「ミク、ハク。久しぶり!」
久々に会えた喜びで、会話に盛り上がる三人。レンとカイトは完全に置いて行かれた形になった。
「やれやれ、俺達は後回しか。女の子の会話は長いからな」
カイトはレンに同意を求めるが、聞こえていないのか、呆けた顔をして三人を凝視して動かない。
「どうしたんだ」
返事は無い。船から降りて来た時は、歳の割にしっかりした印象だったのに、明らかに様子がおかしい。
たまにはそんな時もあるか。そう納得し、カイトはレンと共にしばらくその場に立っていた。
会話が一段落し、離れた場所で待機している二人を手招きし、ミクは開口一番
「やっぱり、また会えたわね。レン」
あの時と同じ笑顔で言われ、レンは混乱していた。何からすればいいのか解らない。まず再会を喜ぶべきなのか、緑の国の関係者であることを聞くべきなのか、リンの召使として挨拶をするべきなのか。周りの景色も音も、全く頭に入らない。
「知り合いなの?」
意外な言葉に驚き、レンとミクを交互に見て、リンはどちらともなく聞いた。何があったのか気になる。
「前にちょっとね」
「町で会った事があります」
含みを持たせてミクが短く答え、直後にハクが追加した。
「あの、ミクさん」
ようやく心を決めたレンは、半分確信を込めて聞いた。
「緑の国の代表って、ミクさんですか? 王族かそれに近い生まれでしょうか?」
「そう、私は緑の国の王女。経験を積めと、父の代理として来たのよ」
落ち着いてから言おうとしていたのに、レンの方から言われるとはミクには予想外だった。
「ねえ、レン。ミクと何があったの?」
今度こそ聞き出したいと、リンは同じ質問をもう一度ぶつけた。隠し事をされると、余計に気になるのは人の性だ。
「召使になる前に一度会った事があるだけです」
顔を赤く染めて、早口にレンは答えた。言える訳がない。一国の王女がスリに投げ技を決めたなんて。
恋をした事よりも、そちらを隠したかった。
「ふーん。まあいいけどね」
レンはミクの事が好きなのだろう。ニヤけながら、リンは投げやりに言った。
「明日の会議が終わってからの話になるんだが」
カイトが全員に向かって尋ねた。注目が集まった事を確かめて続ける。
「アイスを出すから、みんなの好きな種類を教えてくれないか?」
保存ができず作るのにも時間がかかる為、早めに聞いておいて給仕係に知らせておかなくてはいけない。
リンはオレンジ、ミクはミント、ハクはイチゴと見事に違う種類を注文し、それを聞いたカイトは、アイスの王道はバニラだろうと主張し始め、それをきっかけにそれぞれの好みについての激論となってしまった。
食べ物の好み程、熱く不毛なやり取りは無い。蚊帳の外に置かれたレンは、少し待てば終わるだろうと完全に他人事としてそれを見ていた。
「レン! レンの好きな物って何!?」
「そうだ! まだ聞いてないぞ!」
これで決めるとリンとカイトは勢いよく振り向き、ミクとハクもレンの答えを期待して見ている。
「僕が好きな物ですか……」
一息置いて、
「いもけんぴが好きですね」
子犬を思わせる笑顔で答えた。
一瞬だが長く感じる静寂。レン以外の四人は、広場の喧騒がやけに大きく聞こえた。
「それはアイスじゃない!」と一斉に叫ぶのは、その直後だった。
二国会議は、黄と緑は今までと変わらない関係を保つとして終了し、最終日を迎えた。
ミクはカイトに、どうしても伝えたい事があると、時計塔の最上階のバルコニーに連れ出されていた。
海を見渡せるバルコニーは自治領の中でも人気が高く、特に若い恋人や夫婦から絶大な支持がある。そんな場所に真剣な顔つきで連れて来られれば、何を言われるか予想は付く。
カイトが自分に向けていた好意は、友人としてだけでなく、恋愛感情も入っていると解ったのはつい最近だ。
カイトはミクの目を真っ直ぐ見て 嘘偽りなく言った。
「ミク、君の事が好きだ。身分違いだと言うのは充分解っている」
「……貴方の気持ちは嬉しいわ、カイト。でも」
一度言葉を切り、頭を下げる。
「ごめんなさい。その気持ちは受け取れない」
何となくそんな気はしていたのか、カイトは一瞬落胆したものの、晴れ晴れとした笑顔で返事を受け止めた。
「そうか……。まだ時間はあるよな? せめて、一緒に景色だけでも見ていってくれないか?」
「ハク、ミクがどこにいるか知らない?」
リンは時計塔内に用意された部屋を出て、ミクが使っていた部屋を訪ねて、一人残っていたハクに聞いた。
「最上階に行くと言っていました。一緒に行きましょうか」
時計を見てハクは答える。船の準備もそろそろ終わっている頃だ。ミクを迎えに行かなければならない。
「そうだね、行こう」
「レン君はどうしました?」
「使った部屋を綺麗にしてから帰るって、掃除中」
手伝うと申し出たが、一人でもすぐ終わる、その間皆と話をしてきたら良いと言われ、心遣いに感謝してミクの部屋を訪ねていた。レンの真意を知る由もない。
リンは王女としては優秀だが、私生活は少々ズボラな一面があった。
大切な書類などはきちんと整理整頓されて保管しているが、私室は汚くは無いが何となく散らかっていた。
昨日など、跳ねた髪を整えずそのままにして会議に出席しようとしていた。リン曰く
「跳ね癖があって、毎日直すのが面倒くさい」
らしい。普段ヘアピンを付けているのはそれが理由だった。身だしなみについてはルカからきつく言われているので、いつもはきちんとしている。
手伝うと言ってくれた気持ちは非常に嬉しいが、リンが手を出すとかえって時間がかかるなんて言えない。皆に挨拶をして来たら良いと言ったのも紛れもない本心である。そんな訳で、リンを部屋から送り出していた。
リンとハクは時計塔の中を進み、階段を上り最上階の部屋へ行くと、扉が片方だけ開いていた。そのまま入ろうとして、向こう側に見えた二人の人影に気づき、慌てて身を隠した。
「あれ、ミクとカイトだよね?」
覗き見をしながら、リンが小声でハクに確認する。一人だと非常に悪い事をしている気分になるだろうが、誰かが一緒にいると楽しく思えるから不思議だ。
レンの気持ちを考えると、非常に複雑だが。
「間違いありません」
「何か良い雰囲気じゃない?」
ハクは無言で頷く。バルコニーに並んで景色を眺めている二人は、人目を避けて会いに来た恋人同士に見える。
「ハクから見て、カイトはどう?」
「ミク様が幸せであれば、相手が誰であろうと構いません」
「言い切ったね。ハクは好きな人いないの?」
「今は仕事が恋人です」
「……本当にそう言う人、初めて見たよ」
掃除を終えてリンを探していたレンは、扉に身を隠して覗き見をしているリンとハクを見つけ、心底呆れて声をかけた。
「……二人して何をやっているんですか」
「レン、隠れて。見つかるでしょ」
「そうです。邪魔をしてはいけません」
変に息の合った二人に圧倒され、従わざるを得なかった。
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