碧い焔を撒き散らしながら、空を駆けてゆくロシアン。その背で振り落とされないよう、必死でしがみつくミクとルカ。

 眼下は真っ暗。空の星と月だけが煌々と輝くその深淵なる空間に、思わずため息をつくミク。


 「不謹慎かもしれないけど…綺麗だね…。」

 『人のいない地域はこんなものさ。人が現れたから、夜の星は姿を失うのだ。人が全て悪いわけではないが…な。』

 「皮肉ね…こんな悲劇で、星の本当の美しさに気付くなんて…。」

 『全くだ…。…おっ!!いたぞ、ミク、ルカ!!』


 ロシアンの言葉で、ミクとルカの間に緊張が走った。

 前方に青いマフラーを棚引かせ、それに似合わぬ黒き六翼と咆哮を撒き散らす魔獣―――カイトがいた。

 その時、ロシアンが何かに気付いた。


 『…む!?カイトの口を見ろ…!!』

 「!!…あれって…まさか!!?」


 カイトの口は紅く染まっていた。その爪もよく見れば、紅く染まっている。誰がどう見てもそれは―――血だった。


 「まさか―――誰かを傷つけ―――――」

 『いや、違うな!あれからはカイトの匂いがする。恐らく…自らの体を傷つけたのだろう。絶対に一般人を傷つけてはならないと、本能で分かっているのかもしれん…ほら、見ろ!!』


 見れば、地上に向かって突っ込もうとしたカイトが、いきなり急上昇し、そして自らの牙で腕の肉を引きちぎっている。鮮血が飛び散り、カイトの青いマフラーを紅く染める。それは、暴走する闘争本能を、最後に残った僅かな理性が抑える―――否制御本能だろうか。どちらにせよ、長く持ちそうにはなかった。


 「時間がない!!ミク、行ける!?」

 「OK!!ルカ姉!!」


 叫ぶと同時に、ミクの髪の色が鮮やかな桃色に変わる。ルカの透き通った桃色とはまた違う、力強さも持ち合わせた明るい桃色だ。

 気づいたカイトが荒れ狂った声を上げながら突っ込んでくる。

 その瞬間、目を見開いたミクが叫んだ。


 「カイト兄さん!!今助けてあげる!!『Sweet』っ…!!」



 ―――そばにいるよ―――



 『―――Uh……Uh……Uh………!!』



 緩やかに流れだす優しい旋律。月を背に、紡がれるメロディ。静かに静かに広がってゆき、星瞬く夜空を温かく染めてゆく。

 『moon』―――ミクに過去貢がれた幾万もの曲の一つだ―――。


 『…ア…アア…アアアアアアアアアアアアアアアオオオオオオオオオンン………!!』


 今までの荒れ狂った咆哮とは全く違う声。いつの間にか、動きを止めたカイトが天に向かって声を上げていた。そこにいたのはもはや怪物や魔獣の類ではなかった。癒しの詩に包まれ、代わりにカイトの体を包んでいた黒いオーラが消え去っていく。

 突然、黒い六翼が広がった―――いや、広がったのではない。羽根が散ったのだ。真っ黒な無数の羽根が飛び散り、虚空に消える。剥き出しになった金属の骨組みは、あっという間にカイトの体の中に消えていく。爪と牙が短くなり、肌の色が明るくなる。

 突然声が止み、カイトの体がぐらりと傾いだ。咄嗟にロシアンが尻尾で受け止めたその体は、いつものカイトの体に戻っていた。


 「カイト兄さん…!!」

 『何とか…落ち着いたようだな。』

 「良かった…!!」


 安堵する三人。その時、眼下が輝いた。メタルビーストの鎮静。それにより、全電力が回復し、灯りが灯ったのだ。


 「ミク、ロシアン。先に戻ってて。私は全家庭にお詫びの放送を入れてくるわ。」

 『うむ、わかった。早く帰れよ。』


 ミクとロシアンはボカロマンションへ、ルカはテレビ局に向かって走り出した。





 お詫びの放送を流し終わり、ルカが帰ってきた時には既にカイトは起き上がっていた。


 「!カイトさん…!!」

 「…ルカちゃん!」


 憔悴した様子のカイトに、思わず身を固くするルカ。そしてしばらく目を伏せて、いきなりカイトの目の前に跪いた。


 「!?る…ルカちゃん!?」

 「…ごめんなさい…!!私…私…!!」


 大粒の涙をこぼしながら、ひたすらに謝った。犯してしまった、『家族を傷つけた』という余りに大きな罪。激しい罪悪感に潰されそうになったルカの、心からの懺悔だった。

 次いでリンとレンも頭を垂れる。


 「あの…あたしたちも…。」

 「足手まといとか言っちゃって…ごめんカイト兄…。」


 必死に謝る三人を前に、慌てるカイト。


 「そ、そんなに謝らなくていいよ…。所詮僕が弱いのが悪いんだから―――」

 「カイト。それ、違うと思うわ。」


 カイトの言葉をいきなり遮ったのは、布団から起き上がったメイコだった。ルカが目を見開いて駆け寄る。


 「めーちゃん!体…もう大丈夫なの?」

 「リンとレンのおかげで何とかね…。それよりカイト。今のあたしの言葉の意味、分かる?」

 「い…いや…。」


 戸惑いながら首を振るカイトに、メイコはため息を一つついて話し出した。


 「あたしね…あんたの一番悪いとこって、弱いことじゃなくて容赦がありすぎる事だと思うのよね。…あんたは優しい。それはあたしたちも、町の人たちもよく知ってるわ。あたしだって、町長としての重い責任だのなんだのに疲れ切ったとき、あんたの優しさにどれほど救われたか分からない。その優しさは、あんたの最大の長所よ。」

 「…………。」


 黙って神妙な顔つきで話を聞くカイト。メイコはそのまま、話を続けた。


 「だけど戦いの時、あんたのその長所は最大の足枷になる。余りの優しさが、無意識のうちに力をセーブしちゃうんじゃないかしら?恐らく相手にぶつけるということを意識しなければ、脱力砲の純粋な威力はメイコバ―ストにだって負けないと思うわ。そう思わない?ロシアン?」

 『なぜ吾輩にいきなり振る!?』


 のんびりとくつろぎながら話を聞いていたロシアンが、訳がわからないといった顔で振り向いた。


 「あんた、初めてカイトに会ったときもろに脱力砲食らったでしょ?あの時カイトは誰かに当てるつもりなんかなかったはず…結構な威力があったんじゃない?」

 『ああ…そういえばそんなこともあったな。確かにあの時は、言葉に似合わぬ威力に驚いたこともあったな。』


 そう、ロシアンとカイトの出会い。それはカイトが、前方に誰もいないと思って放った脱力砲が、ロシアンに直撃してしまったことだった。


 「あんたは相手を意識しなければ十分強い。だけど相手に無償の優しさを与えちゃうから、結果容赦し過ぎちゃうんだと思う。…もちろんそれが全部悪いわけじゃないのよ?あたしたちの戦う目的は、相手を制することとこの町を守ること。相手を思いやる心を忘れて、この二つが叶えられるはずがない。だけど、守るためには絶対の勝利が求められる。時として、容赦を捨て去らなければならないこともある。そのことだけは…絶対に忘れんじゃないわよ。」


 重い、重いメイコの言葉。静かな、静かな諭すような言葉。強く、強くカイトの心に刻まれた言葉。その言葉を強く噛みしめたカイトは、じっと黙っていた。

 と、そこでいきなりメイコがにかっと笑った。


「ま!あんたはあんたらしくいればいーのよ!無理に容赦無くすよりは、ただ単に純粋に、自分の守るべきものを守ろうとしただけのほうが強くなれるかもだしね。気負わずに生きなさい。ほら!あんたのためにちょっといいもんがあるんだから!」


 そういって立ち上がったメイコは、冷蔵庫のほうに歩いていき、冷凍庫を空けて漁り始めた。しばらくして、小さめのビニール袋を持って戻ってきて、カイトに中身の品物を差し出した。

 それは、一本のアイス。しかしそれはアイス好きのカイトにも見慣れない種類で、それでいて以前よりずっとカイトが望んでいた種類だった。


 「こっ…これ…スイカバー…!!で…でもどうして!?昔僕がリクエストした時、即効却下してたはずじゃ…!!」

 「たまたまなんだけどね、あんたが懇意にしてる駄菓子会社から氷菓会社が独立したのよこないだ。で、どこからかカイトが以前からスイカバーを食べたがってるって情報手に入れたらしくて、試作品を作ってあたしに渡したのよ、『カイトさんにあげて感想を頂いてもらえますか』って。…ね?あんたの優しさは、町の人にも影響を与えてるのよ。ほら、食べてみなさいよ。」


 メイコに促され、おずおずと袋を開くカイト。スイカバーを取り出して、一かけらかじり取って口に含んだ。


 「……おいしい……。」


 小さくつぶやいたカイトの目から、一粒の涙が零れ落ちる。「優しさ」の涙が、カイトの頬を伝っていった。

 そんなカイトを、メイコ達は優しく見つめた。

 その時だ。


 「それじゃ、あたしらはこれで失礼すんぜ。」


 後ろから聞こえた声にはっとしたルカが振り向くと、そこではリリィとネルが話しながら帰り支度をしていた。


 「―――それで、ほんとに直せるんだろーな?あたしの鬼百合。」

 「あたしを誰だと思ってんの。『ヴォカロ町の天才美少女修理師』亞北ネル様とはあたしのこと!もちろん完璧に直せるわよ。まぁ、ネロ―――ネルフォンバイクの修理もあるから、朝方になっちゃうだろうけどね。」

 「それでも朝方かよ…。まさかこれからぶっ続けで直すのか?」

 「まさか!ネロの傷はそんなに浅いものでもないけど、それでも一時間あれば直せるから、そこから三時間ぐらい仮眠取ってから修理にかかって大体一時間弱かしらね。…信用してよ。」

 「ちゃんと直してくれるならな。」


 そんな話を延々と続けるリリィに、ルカが慌てて話しかけた。


 「り…リリィ!あの…その…えと、あれ…なんだけど…。」


 しどろもどろで何が言いたいのか分からない。が、リリィはしばらく考えたのち思い当ったらしく、無愛想に、ぶっきら棒に吐き捨てた。


 「勝負はお預けだ。自業自得とはいえ、ハチャメチャの有耶無耶になっちまった。あたしはこのままネルの店に泊まることにしたよ。明日鬼百合が直ったら…再び勝負仕切直そうぜ。それまでマスターノートは破らないでおいてやるよ。」


 ひらひらと手を振りながら、リリィとネルはそのまま帰って行った。

 ルカはしばらくぼーっとしていたが、はたと気づいて立ち上がった。


 「わ、私マスターブック部屋に戻してくるね!」


 そういって共有部屋を飛び出したルカは、自室に向かって歩きながらマスターブックをぱらぱらとめくり読んでいた。

 マスターの遺した、自分たちについての設計書。堅苦しい生粋の学者特有の文章ながらも、その大量のシステムやプログラム、昨日などを記したそのファイルには、マスターたちのルカたちに対する想いが刻まれていた。


 「…マスターノート…か。読んでみたいな…マスターたちの…真っ直ぐな想い…。」


 ぼそりとつぶやいた。何の気なしに出た、純粋な思いだ。

 その、ふとルカの目に一つの単語が飛び込んできた。

 探していたわけでもない。求めていたわけでもない。ふと目に留まっただけの項目だったのに、ルカの目はそこから離れなかった。

 しばらくして、ぼそりと一言つぶやくルカ。



 「…『Potential Sound』…『潜在音波』…?」





 メイコの提案で、六人全員が一緒に寝ている共有部屋の隅で、碧い焔がチロチロと揺れていた。

 寂しげに、悲しげに。紙の上を走る小さな焔は、紙の表面だけを確実に焼いて、文字を刻んでいく。

 文字を刻み終えた焔はふっと消え、しばらくして共有部屋のドアがほんの少し開いた。

 ドアを開けた小さなロシアンブルーの猫又―――ロシアンは、一瞬すやすやと寝息を立てるルカたちに向き直り、寂しげに嗤った。


 『…家族…か…。俺にも…そんなものが有ったら良かったのにな…。』


 そして静かに目を閉じた後、星の瞬く空に向かって、静かに、しかし力強く飛び上がり、碧い焔を撒き散らしながら飛び去って行ったのであった。

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい

蒼紅の卑怯戦士 Ⅶ~カイトの優しさとメイコの想い~

やっと落ち着いたよこのバカイト…。こんにちはTurndogです。

「ミクの手がちぎれたときは血が出なかったのに何でカイトだと血が出てるんだよ!」とか言わないで下さいよ。あれは文字数制限とあまりにスプラッターすぎるから省略しただけですからwwwこの人たちちゃんと血が流れてるし本来ならあの場面も血みどろのはずですからwww

そんなミクさんがカイトを鎮めます。この六人の中で一番ボーカロイドの本質に忠実なミクさんwwwこの子だけなのよな普通にステージでコンサートやってる設定なの…www
そして何を隠そうこの場面の元ネタはmothyさんの書いた悪ノ娘ノベルシリーズ第三弾『赤のプラエルディウム』のカイル王がミカエラの歌声で救われるシーンです!!あのシーン泣けるよ。まだ読んでない人は急いで書店にレッツゴー!!www

帰ってきたカイトにめーちゃんが諭す。ここちょっとお気に入りww
意外とめーちゃん活躍する場面が少なかったりするんですよね、特に家族的な面で。でもいざというときは流石大黒柱!!
因みにカイメイ恋物語は展開しませんwwwず~~~~~~~っっと後の方でカイトはある人物と結ばれますがそれはまた後々…。

ロシアンも去って行った次回!!再びの激突だっ!!そして…おっとこれ以上は(ry



あ…そういえばこの回グミちゃん完全に空気だ…www


【追記】
三つ目の注目キタアアアアアアアアアアアアアアa
グミ「ちょっと!なんであたしが空気の回に注目なってんのよ!!」
あ…。…許してちょ☆
グミ「ドアホーー―――!!『カノン』っ!!」
ギャー―――――――――――――!!!!

閲覧数:630

投稿日:2012/06/12 20:32:00

文字数:5,042文字

カテゴリ:小説

  • コメント3

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  • しるる

    しるる

    ご意見・ご感想

    あら?君たち血があったの?
    そう思ったのは私ですww←

    だって、前にめーちゃんショートしたし…
    リリィだって、金属の筋肉とかなんでしょ?
    みんな「ロイド」だと思ってたよww←


    グミ…空気かわいそ…
    大丈夫!きっと次は大活躍だから!!←勝手に

    2012/06/24 01:58:56

    • Turndog~ターンドッグ~

      Turndog~ターンドッグ~

      『実は血に見えて鮮血の色に着色されたオイルかなんかじゃないの?』
      とか言わないで下さいよ!!?…まぁその通りかもしれませんが(おい

      『でも血がないと生々しさがないじゃない。』
      そういったのはおそらくマスターですw

      グミ―?あれどこ行ったー?すねるなよ?。

      2012/06/24 15:49:14

  • ゆるりー

    ゆるりー

    ご意見・ご感想

    注目の作品入りおめでとうございます。
    …いいんでしょうか、ブクマで繋がったテキストに私なんかが入ってて…

    関係ないけど、最後にロシアンが「俺」って言ったのに萌えt←

    2012/06/19 16:20:38

    • Turndog~ターンドッグ~

      Turndog~ターンドッグ~

      ありがとうございますー!!
      いいんです!!いやむしろそれはこっちのセリフ((

      …流石だ…いいところに目をつけなさr(ry

      2012/06/19 19:38:39

  • 雪りんご*イン率低下

    雪りんご*イン率低下

    ご意見・ご感想

    いやミカエラの歌声でカイル元に戻る場面ホント大好き。

    ウチの「悪ノ娘 場面ランキング」第1位だよ。
    ちなみに第2位はリリアンヌとアレンが抱き合うシーン。
    第3位はカイルの6歳のネルとお別れしちゃうシーn(黙

    毎回あのシーンのイラストを見るとニヤニヤしてしまいまs(咆哮!


    さて、だいぶお話と逸れましたが(逸れすぎだろ)、次回も楽しみにしてます!

    2012/06/12 21:52:37

    • Turndog~ターンドッグ~

      Turndog~ターンドッグ~

      あのシーンイイですよね…!ぞくぞくする…。

      自分も一位ですね!
      第二位はアレンに支えられたジェルメイヌがアビスの赤猫を討つシーン。
      第三位はアビスInエルルカVSグーミリアのシー(やかましい

      キアアアアアアアアアアアアアアア!!とりあえずカイル、そこかわr(ry


      逸れすぎどころかかすってもねぇwwwまぁ楽しんでもらえてるなら何よりですww

      2012/06/13 23:26:34

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