「……馬鹿な」
唖然とした表情でレンが呟いた。
「そんな……馬鹿なっ!!? だって今……確かにミク姉が壊したはずじゃあっ……!?」
そのミクもまた、目の前の現実が信じられなかった。
確かに船の真ん中をぶち抜いた。本当の力に目覚めて、その力を以てその場で編み出した奥義で、確かに船を轟沈したはずだった。
だが現実には―――――巨大な真っ白い空中戦艦は、少しスリムな形態になっただけで相変わらず空を覆うように佇んでいた。
「いったい……どうしてっ……!!」
悔しそうにミクが呻いていると――――――――――
《はあっはっはっはっはっはっはっ!!! 残念だったな、『C’sボーカロイド』共よ……!!》
突然下卑た声が空から降ってきた。マイクを通した電子的な声―――――恐らく声の主は船の中だ。
「!! そのくっそ気持ち悪い声……あんた、田山権憎ね!!?」
ルカがその幼い眼で船を睨みつけ、嫌悪感をたっぷりと乗せた声を投げつける。
《フン……久しぶりだな、巡音ルカ。貴様の妹共は敵ながら天晴と言ったものだ……まさか初音ミクと鏡音リン・レンにこの船の『外装』を吹き飛ばされるとは思わなかったぞ》
「外装!? 一体どういうことよ!?」
怨敵の人をなめきった態度にに苛立ち始めたミク。『Dark』を無意識に発動しかけながら叫んだ。
《この『破壊者』はな……二つの形態を持っている。一つは『重武装形態』……強力な手法やビーム砲を多数所持、敵を殲滅することに長けている。そしてもう一つが『正確射撃形態』。これが今の形態だ。『重武装形態』から、各種破壊兵器を装備した『外壁』を丸ごとパージすることで、この形態に移行することができる。つまり簡単にいえば初音ミクよ……お前があの自慢げな奥義でぶち抜いたのは廃棄された『重武装形態』の『外壁』を使ったダミーであったというわけだ!! はっはっはっはっ……マヌケなものだな、自慢の奥義とやらで破壊したのはセミの抜け殻みたいなものだとはなぁ!!》
『ん……のぉっ!!!!!』
怒りに任せて『Extend』化したミクの『Solid』が超高速で『破壊者』に向かって飛んでいった。飛距離が圧倒的に増している。そして威力も―――――
《バチィンっ!!》
――――――――――新たに張られていたバリアは破った。しかしその装甲に届いた瞬間、斬撃音波は弾かれた。
『なっ!!?』
《ああそうそう、この形態では防御力も並々ならぬものとなっている。もう先程の様に外側から破壊することなど不可能!! 貴様らに勝機はないわっ!!》
そして再び高笑いを始める田山。全員の苛立ちが頂点に達した、その時。
『のぼせ上がんのも……大概にしなさいっっ!!!』
ドン!! と足を踏み鳴らして前に出たのは―――――ルカ。2本の鞭を取り出して両手に構えた。
『ちょっ……ルカちゃん! 危ないから下がって――――――――――』
思わずミクがルカをかばおうとするが―――――――――――――――――――――
『……ルカ『ちゃん』ですってぇ? いつから私をちゃん付けできるほど偉くなったのかしら、ミク?』
『えっ!!!!?』
「その口調……まさか――――――――――」
ミク達が沸き立った瞬間――――――――――ルカの身体から光が弾けた。
鮮やかな薄いピンク色の光の中で、ルカの体躯が伸びていく。
柔らかそうな腕は、引き締まりすらりと伸びた腕に。
すぐにも転んでしまいそうなほどか弱い足は、大地を踏みつけ蹴り裂いてしまいそうなほど強靭な脚に。
発育途中の小さな胸はふくよかに膨らみ、しかし鍛え上げられた胸筋もまた蘇る。
鮮やかなピンク色の髪はすらりと伸びて、腰ほどの長さになり風に揺れる。
光が収まると――――――――――そこには幼い少女ではなく、長身の桃髪美人がいた。
そしてミク達に振り向いて、鮮やかに笑う―――――
『……お待たせ、皆!! 随分待たせちゃったかな?』
――――――――――蘇った巡音ルカが、そこにいた――――――――――!
「おっ……おおおおおおおおおお!!!!」
『ルカ姉えええええええええ!!!! おっそいよおおおおおおずっと待ってたのよ―――――!!?』
「あはははっ、ごめん、ごめんって!! もー内側では普段の自分の意識が残ってたからさぁ、あんたたちにお姉ちゃんとか言ってるの見ててめちゃくちゃむず痒かったわよー……」
ひとしきり年少組と戯れた後、メイコとカイト、そしてグミに振り向いて、しっかりと頷いた。
「……万全みたいね」
「……ええ。今なら誰にも負ける気がしないわ……!!!」
そして船を見上げ、ギッと睨みつける。
《フン……『C’sボーカロイド』めが……!!》
憎々しげに言葉を吐き出す田山だが―――――
突然『破壊者』のバリア表面で爆発が起きる。
ルカの後ろで、グミが左手を掲げていた。―――――トマホークを、船に叩き付けたのだ。
「……黙んなさい。もうルカちゃん達を……いいえ、『私達』を『C’sボーカロイド』なんて呼ばせないわ」
そう言ってルカにウインクをする。
そうだ。私たちはもう、『C’sボーカロイド』何かじゃない。
『私達は……『C’sボーカロイド』じゃない……!!』
リンが吠える。
「そんなだっさい名前でなんか……呼ばれたくねえな!!」
レンが嗤う。
「もしも仮に、僕らに名をつけるとするならば……!!」
カイトが応える。
「世界を背負った4人の天才科学者達……」
メイコが胸に手を当てる。
「『チーム・マスター』の唯一無二の忘れ形見……!!」
ミクが叫ぶ。
「そう……私たちの名は……!!」
ルカが顔を上げる。
『『『『『『チーム……VOCALOIDっ!!!』』』』』』
時は少し遡って―――――ミクが空に向けて飛び立った頃。
『改造専門店ネルネル・ネルネ』では、ネルが汗をぐっと拭っていた。
「ふぅ……よっしゃ、完成っと! ふふー、メイコさん、喜んでくれるかなー♪」
鼻歌交じりに工具を片付けていると――――ネルの携帯電話がけたたましい着信音を鳴らした。
「はいはいっとぉ……お、メイコさん? 今ねー、スタンドマイクが完成して―――――」
『ネル!!? 敵襲よ!! 奴らが空中戦艦飛ばしてきたわ、今ミクが足止めしているけど長くはもたないかもしれない……あなたの力を借りたいの!!』
耳に飛び込んできた言葉。敵襲。そして空中戦艦。
町を守るため、戦う時が来た。だがそれ以上に、空中戦艦―――――彼女にとって、どれほど魅力的な存在だろうか。
「ふ……ふふふ……なるほどねっ!! わかったわ!! 今すぐ行くッ!!」
電話を切ると同時に、工具とパソコン、その他諸々の道具を抱え、―――――金螺子のクロスネックレスを首にかけて外に飛び出した。
ガレージをこじ開け、ネルフォンバイクを引きずり出しキーフォンをセット。起動する。
目覚めたネルフォンバイクのAI―――――ネロが叫んだ。
『応ネル!! なんだか慌ただしいな!?』
「敵さんとの最終決戦よ!! メイコさんのところへ全速力!! ……ふふ、町を守れて超兵器も調べられる……なんて一石二鳥な防衛戦っ!! 待ってなさいよ空中戦艦……あんた丸裸にしてやるからっ!!!!!」
狂ったような笑い方をしながら、ネルはネルフォンバイクに跨って全速力で飛ばしていった。
そして同刻―――――ハクは。
バーテンの衣装を脱ぎ、本来の衣装に着替えて。
バーの扉に『CLOSED』の看板を掛けて。
そして少し震えながらも、覚悟を決めて空を睨み。
ゆっくりと、しかししっかりと地面を踏みしめ、メイコたちの下へと歩き出した。
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