あれから、めっきりリンはカイトの側から離れなくなった。
いや、元より食事もおやつも遊びに出かけるのも、ずっと二人は一緒だったが、カイトが時折甘やかすように頭を撫でたり膝掛けを持ってきて気遣ったりとするようになったので、より仲良くなったように見えるのだろう。
それは単に、生活環境に馴染んで立ち回りが上手くなっただけなのかもしれない。そう思いたくても不自然さを隠しきれないカイトを見ていることが出来なくて、メイコはお菓子に喜ぶ二人をリビングに置いて自室へ向かった。
姿見の横にかけられたコルクボードには、インテリアとしても楽しめるようにいくつかアクセサリーがかけてある。中でも、小さな涙型のガーネットを包むようにシルバーのハートがペンダントトップになっているものは、自分が身につけるには少し子供っぽいデザインかと思いつつも、可愛らしいデザインに一目見て気に入ったものだ。
「……うそつき」
いくら気に入っていても、それをメイコが身につけることはない。これを貰ったのが誕生日会だったということで、その場の空気を読んで身につけてみたものの、好意を持っていない男からの贈り物など使えるわけも無い。
他に意中の相手がいるのなら、なおさら。
――コンコンコンッ
響く大きな音に、ペンダントを指で弾いていたメイコはびくりと肩を震わせる。姿見で変な顔をしていないか確認すると、何でも無いように返事をした。
「先ほどレンから連絡があって、雑誌の取材を数本受けたら一度こちらに戻ってくるそうだ。騒がしい年末になりそうだな」
「そう。確かミクたちもクリスマスが終われば休みが入るって言っていたし、本当に騒がしくなりそうね」
「……皆と過ごせば、記憶が戻ったりもするのだろうか」
先日は冷たい物言いをしていたと思えない神威の様子に、メイコは驚いて彼を見る。
けれど、その顔が切なそうに歪められているのを見て、無駄に明るく冷やかした。
「カイトとリンが、前以上に仲良いのが気になるんでしょ。ほんと、あんたってば不器用よね」
「不器用、か……それで良いのかもしれないな。彼女の笑顔が増えるのなら」
どれだけ慕っても振向くことはないと、カイトの修繕を決議する場で自覚した。成就することが無いのなら、側で見守ってやりたいと思っていたはずなのに、いざ目の前でリンのことを妹のように接していたカイトが女性を扱うような目をしてくると、神威は穏やかではいられなかった。
「決めるのはあんただから、あたしはどーでもいいけど。飲みたくなったら誘ってよね!」
思い切り神威の背中を叩いて部屋を出て行くメイコを不思議に思いながらも、それが彼女なりの精一杯の強がりであることなど、神威は微塵も気がついてはいなかった。
メイコに夕飯の買い出しを頼まれたカイトとリンは、二人仲良く手を繋いでスーパーを目指す。
家からそんなにも離れていない距離だが、寒さが厳しくなってきたので完全防備なリンのマフラーを信号待ちの度に整えたり、そのまま冷えてないかと頬に触れたりと端から見ていると恋人同士のよう。
そして、途切れた車の音に信号が変わったのかとカイトが前を向けば、目を見開いてこちらを見ている少年が一人。リンとよく似た姿は、写真で見せて貰った記憶があった。
「レンくん! もう帰って来られたんですね。僕、君に会えるのを楽しみにしてたんですよ」
駆け寄るリンに続き、カイトもまた笑顔で近寄る。初めましてとも言わんばかりに伸ばされた手を、レンは勢いよく払いのけた。
「同じ顔で、気持ち悪い喋り方するなよ!! リンにだって馴れ馴れしいし……リンだって、こんな別人なら意味ないだろ?」
「――――ッ!!」
抗議するように詰め寄るリンの腕を掴み、レンはそのまま彼女が渡ってきた横断歩道を歩き出す。立ち尽くしていたカイトが追いかけようと踏み出すも、それは再びレンの言葉で遮られた。
「自分だけ全部忘れて、無かったことにすんのかよ! 好きな奴も簡単に忘れるんなら、リンを任せるなんて出来るわけ無いだろっ!」
必死にカイトのほうへ腕を伸ばしていたリンが、車の影に隠れてしまう。彼女の無償の愛を受け取り、勘違いをしていたのかもしれないとカイトは自分の両手を見つめた。
「同じ顔の別人……好きな人も、全部忘れて…………?」
目覚めてから、ずっとリンが付き添ってくれた。メイコや神威は苦笑いで見ることがあっても、リンだけはアルバム片手に思い出を絵も添えながら説明してくれて。
普通に生活が出来るようになって、全てを取り戻したと思っていた。
真っ直ぐに見つめてくれて、大事なパーツまで分け与えてくれた彼女を、昔の自分が大事にしていないわけがないと思っていた。
けれどそれは、全部自分の勘違いだと言い放たれてしまった。
再び信号が青になったが、当然横断歩道の先には二人の姿は無く、問いかける勇気もないカイトは、重い足を引きずるようにとりあえずスーパーへ向かう。けれど、何を頼まれていたかなんて思い出せなくて、店先でクリスマスに彩られた装飾やポスターを流し見ていた。
全体的に赤や緑が基調とされる中、ケーキの予約受付中と書かれたポスターには可愛らしい女の子がサンタクロースの格好をして、ケーキに魔法をかける仕草。
黄色や水色などポップな色合いの星や水玉が飛び散るその指先にはシルバーのハートが描かれており、赤い手袋の指先と重なったそれを見てフラッシュバックする映像。
――俺はずっと、君を好きでいる。
これがいつ、誰に向かっての言葉なのか、そもそも実際にあったことなのかもカイトにはわからない。
混乱したカイトは、そのまま行く当てもなくただただ走り始めた。何も考えられなくなるくらいひたすら走り続け、それでも振り払えないシーンに自分がいかに中途半端な存在かを知り、絶望するように崩れ落ちた。
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