満天の星空。
という言葉は、陳腐だが美しい。
あなたも私も、その言葉に伴う光景を想像できる。
だが、”満天を超える星空”、という言葉はどうだろうか。あなたは想像できるだろうか。
これから語るのは、それに巡り合う物語。
場所は、砂漠の中心。
宵闇の中で、焚火の灯だけが温かい。
キャラバン隊とテント。
焚火の元で少女の踊り子が美しく舞っている。
詩人がはじくハーブの旋律と共に踊り上げるのは、海賊の叙事詩。昨晩踊り上げたのは、王子の旅行記。砂漠では味わえない物語を歌って、砂の旅に色を添えている。
服は装飾兼備で鮮やかだが、それ以上に淡い桜色の髪が目に映える。
結われた髪は美しく、膝までしなやかに伸びている。水色の瞳はせせらぎのように清く、目鼻立ちは整い、肌は透き通りそうなほど艶やかである。
一方、少女を泉に例えるなら、詩人は大海だろうか。髪は晴天のように蒼く、瞳は外洋のように深い。
やがて夜は深まっていき、月が上る頃、舞踊は拍手に包まれて終わりを告げた。
みんなが寝入って、二人、少女と詩人だけが夜空を見上げている。
焚火は燃え尽きて、星と月が静かに明るい。
「砂漠にはなれましたか?」
詩人の言葉に少女は元気に頷いた。
「昼はうなだれるように暑く、夜は鋭く冷え込む。過ごしやすいとは言えない気候ですね」
少女はこくこくと頷いた。
「だからこそ、キャラバンという輸送隊の価値があるのです」
少女は首を傾げる。
「それぞれの地域でとれるものだけ使えばいい。無理に運ばなくていい。そう言いたいのですね?」
少女はまたこくこくと頷いた。
詩人は優しく笑ってから言葉を続ける。
「人間というのは欲深いもので、自分の欲するものは手に入れようとします。まして、それが手に入りづらいものであればあるほど欲します」
「手に入りづらいものほど?」
「ええ。西方の貴族は東方の香辛料を買いあさり、北方の国王は南方の金を買い集める。そして、砂漠の民は、吟遊詩人と踊り子を雇って、黄土色の旅に彩りをつける」
「師匠も?」
「ええ、そうですよ」
詩人は少女を見守るように柔らかく笑った。
「欲しいものがあるから、このキャラバンの仕事を引き受けたのです」
「ほしいもの?」
「ええ、星降る夜空です」
少女は、空を見上げた。
眩い星達と澄んだ望月。
けれども、詩人は静かに首を振った。
「私が見たいのは満天の夜空ではありません。正天の夜空です」
「せいてん?」
「詳しくは、明日お話します。今夜はもう遅い。そろそろ寝ましょう」
歩き出した詩人を追いかけて、少女も小さく駆け出す。
そして、砂漠は静寂に包まれた。
翌日は、この旅で一番大きな砂丘に登った。
早朝からの駆け出し。ラクダの山越え。キャンプ地点に着いた頃には、夜のとばりはすっかり降りきっていた。
キャラバンの皆で火を焚いて、干し肉と乾パンをかじる。そんな質素な日々を、詩人の歌声と少女の踊りで鮮やかにしているのだが、今日はどこか様子が違う。
いつものように火を焚き、いつものように干し肉と乾パンをかじるが、踊り子を呼ぶ歓声はいつまで経っても怒らない。それどころか、「こっちに来て一緒に空を見上げよう」と言葉をかけてくれる。
「行きましょう」
詩人が少女の手を引いた。
「始まります」
丘のてっぺんに集まったキャラバンの輪に加わった。
みんなが静かに夜空を見上げているので、少女も真似をした。
満天の光と澄んだ望月。少女が育った村よりもずっと眩い空は、今日も美しく瞬いている。
キャラバンたちは静かに空を見上げる。誰もおしゃべりをしない。水を飲む音や干し肉をかじる音、焚火のパチリとはじける音だけが、ときどき静寂を揺らす。
どれほど見上げていただろうか、昨日と変わらない絶景は、ある瞬間、変化を見せ始めた。
無数の星空に、更に星達が増えていく。
隠れていたかのように、姿を現していく。
瞬く間に、光の粒が天を満たしていく。
それも一つ二つではない。百二百でもない。ましてや、千万でもなければ、億兆ですらない。
1に0を20個もつけたほどの星達が、我先にと光りだす。
星間の闇はあっという間に星に埋め尽くされて、今や、夜空は闇の方が少ない。
少女は「わぁ」と声を漏らして空に見入った。
星達は文字通りに、光の集まりを幾千も幾万も作って、天はまだら模様に色づいている。
「学者によれば、星座として夜空に見える星のほとんどは、太陽のように自分で光っている星たちなのだそうです。月のような星は、太陽の光を鏡のように反射させているだけで自分から光っているわけではない。空には、そういう光っていない星の方が遥かに多くいるそうです。私が育った都市でも、あなたが育った村でも、空には自分から光る星達が、姿を見せていました。でも、この砂丘のてっぺんでは、いつもは隠れている星達さえ、恥ずかしがらずに、自分を表現してくれます。この星空の本当の姿を、砂漠の民は”正天”と呼びます」
少女は、瞳を閉じて踊りだした。ただ心の思うがままに今この瞬間を踊った。
盛り上がりも見せ場もない、つまらない踊り。そんな踊りに、キャラバン達は、一人また一人と加わっていた。
それぞれが思い思いに踊り散らかす。誰かが故郷の子守唄を口ずさむ。誰かが腹で太鼓を響かせる。誰が口笛を紡ぎ、誰かが伝統舞踊を嗜む。
昨晩は海賊の叙事詩。その前夜は王子の旅行記。今夜みんなが踊っているのは、黄土色一色に乾いた、けれども、ときどき夜空の奇跡に出会える、砂漠の民の物語。
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ご意見・ご感想
夏目咲希
その他
とても好きな世界観です、音楽と踊りを楽しむ姿が浮かんできます!
2018/12/01 12:17:52