…学校までの通学路。


「あっ!カイトさぁん!」


 隣の友人が大きな声を出して、私は目を泳がせた。前方に捉えたのは、ミクが呼んだ通り幼なじみのカイトに違いない。彼のトレードマークであるマフラーの青が、この真新しい住宅街とは違う世界にいることを示している。
「おはようございますっ」
 私たちを見つけて近づいてきた彼に、心臓が高鳴る。頬が火照る。しかし私とは反対に、隣のミクは元気よくカイトに挨拶をするのだ。
「やあ、おはよう」
 彼が友人に微笑んで挨拶するのを見て、少しだけ悪い感情が心に生まれてしまった。
 リンもおはよう。
 彼が私にそう言うけれど、私は上気した頬を見られないようにするのに必死。俯きながらコクンと頷く。それが、精一杯の挨拶だった。
「カイトさんって、どんな映画を見るんですか?」
 彼女は躊躇うこともなく、彼と楽しそうに会話をする。
「…そうだな、俺はアジア映画が好きだよ」
 私の隣にミク、ミクの隣にカイト。私は特に会話に入るでもなく、ぼんやりと空や行く先を見ている。『私もアジア映画が好きなの!』その一言が言えない。恥ずかしくて、彼に軽くあしらわれてしまうのが怖くて。
「本当?私も好きです!金城武とかいいですよね」
「…そうだね、俺もその監督は好きだよ」
 彼とミクの話す声に、ズキンズキン、痛くて悲鳴をあげる心。どうしても普通に話せなくて、まともに顔も見れなくて。
 彼がそばにいるだけで私の胸はこんなにくすぐったくて甘いのに。その笑顔もその声も、小さな仕草さえ、私に向けられたものじゃないという事実がこんなにも、


くるしい。



――――――――……



「私、ダメかもしんない」
 今朝の事、いままでの事を考えるとどうにも駄目だ。下校中に出会った幼なじみ2号のレンを無理矢理、自宅へ強制連行。母へただいまを言う事すら時間が勿体なくて、レンを自室まで引き摺り上げた。……で、始まった訳なのである。恋愛座談会。(別名;愚痴&相談会)
「そう言われれば確かに、カイトってリンより、リンの友達とよく話してるね」
 …性質上、彼は嘘が吐けない。故に素直で、故に残酷なのだ。
「…やっぱダメ…」
 このままじゃ、ミクとカイトが……考えただけで、怖くなった。彼が遠くへ行ってしまう。手の届かない高い場所、眩しすぎて見えないほど。なのに、私にそれを止める力は無い。
「…でもさ、おかしな話だよね、それ」
レンは不思議そうな顔をする。
「…なにが?」
「リンも好きなんでしょ?その金城武って」
「…まぁ」
「リンの友達は洋画が好きだって言ってたのになんでだろ」
……言われると、そうなのだが。でももしミクが私の趣味を、偽って自分の趣味だとしていたなら……偽ってでもカイトと趣味を合わせたかったという事で………つまりは彼が好き、という事で。
「…私、だめだよ、やっぱり。……カイトの事、」
 …………。
 彼を嫌いになるくらいならいっそ忘れてしまいたい。そのまま夜になって、ずっと明けなければいい。気付いたら目で追っていて、気付いたら好きだった。街を散歩するときはいつもめかし込んで、彼に会っても大丈夫なように。
 テレビを見てても、空を眺めても、音楽を聞いている時さえ、どこかで彼を捜してた。大好きなあの人。時折、自室の窓から学校を眺めて、この景色の中に彼もいるんだと泣きそうになった。大好きなあの人。
 もう、届かない?諦めるしか、道はない?
「それは、ダメだよ!」
 レンが急に張り上げた大きな声に、うっかり湯呑みを倒すところだった。…現実に引き戻されて、まだ感覚がボンヤリした頭で2号の言葉を聞く。
「そんな所で、止まっちゃダメだ!リンは誰より、本当は頑張ってる!」
 レンは興奮のあまり立ち上がる。テーブルが揺れて、湯呑みの中身に波が立つ。
 リンは頑張ってる。誰より誰より。…頑張り屋の君に、まだこんな事を言うのは間違ってると思うけど…。でも諦めてほしくないよ!
 僕がチャンスは作るから、リンはその強い気持ちをカイトに伝えなきゃだめだ!


―――――――――……


 なんて、半ば押され気味にここへ来た。どうにかレンの申し出を断ろうとしたけど、伝えてこい!と、いつもにもない迫力で言われたので、ならばやってやろうと今日に至る。
 校庭の隅の、校舎側にある桜の木の下。日曜日で誰もいない。天気予報では雨だったのに、見上げれば透き通る青。見下ろせばジンクスで履いた黒のローファー。…こんなジンクスなんて、これっぽっちも役に立たないのは、誰より私が知ってる事なのに。
「…リン?」
 彼がきた。ぽっかり空いた胸の隙間に淋しくなり、彼の声が聞こえてもすぐには反応できなかった。
「…アイスは?」
 尋ねる彼の声に、ああ、私の事なんて本当に眼中に入ってないんだと、改めて悲しくなった。(どうやら2号は、アイスをダシにしたようだ。)
「…あ、のさ…」
 声が震える。
 いままで普通の会話すら殆んどしたことがないのに、いきなり愛の告白だもの。
さっさと済ませて帰りたかった。心臓は今までになく跳ね回り、息切れを起こしそうだった。
「…なに」
 彼の不機嫌そうな雰囲気によけい、胸が締め付けられる。
 たった一言。
 嗚呼。
 ごめんなさい神様。
 ごめんなさい。罪を、犯します。



「……好きでした」



 それだけ言って、彼の反応が怖くてその場から逃げ出した。振り返る必要はない。彼は決して、追い掛けてきたりはしないから。
 涙が溢れて仕方なくて、空を見上げた。先ほどと変わらない透き通る青。私の心みたいにからっぽだった。
 …神様は気付いてる。私が罪を犯したとき、少しでもその罪を軽くしようとして、今までの彼への気持ちを過去のものにした。
 偽った。嘘だった。涙は止まらない。…泣けない自分の為に空が泣くのなら、今の私はその逆だった。泣けない空のために、私が泣いた。
 空は透き通る青だった。


――――――――………



 目が赤い。…腫れてしまった。
 それでも私は学校へ行く。それこそ、『昨日のは冗談だよ!』なんて言えたらいいのに。
ミクは相変わらずミク。朝は相変わらず朝。
ただ彼がいなかった。
いつもの曲がり角を曲がってもカイトはいなくて、ミクが残念そうに愚痴を溢す。ただそれに頷いて、目の赤みに気付かないミクに感謝する。



―――――……


ピンポンパンポーン

『え、ちょっ、誰ですかアナタ勝手に・・・』
『鏡音リン、大至急屋上に。』

ブチン

 愛想も何もない、ただちょっと怒ったみたいな放送。憧れていた綺麗な声。たぶんそれは、あの青マフラーの青年のものであると推測される。
 …クラス中から集まった妙な視線が気持ち悪くて、足早に屋上へ向かった。不安と恐怖と焦燥が胸に渦巻いて消えないのに、足はスキップをしそうな程軽やかに、彼のもとへと向かっていた。


――――――……


「……何でここに来たか、分かる?」
 屋上に着くなりカイトはきつい視線で私を睨み付けた。私は壁に背中を押し付けられ、手首はぎりりと握り締められている。正直、痛い。だが今はそれより彼の質問に答えなければ、金輪際、痛いと思うことすら出来なくなりそうだ。
「……き、のうは…」
 思い出すとまた涙が浮かぶ。透き通る青が甦る。
 ごめんなさい、嘘です。そう言いたかった唇に、ほんのり温もりを感じた。彼の匂いが、こんなに近くにある。涙は、重力に従って顎へと垂れて冷やした。
「…自分勝手だろ」
「………」
 先ほどの温もりが、まさか彼の唇なんじゃないかと頭が理解したとき、ようやく事の重大さが分かった。
「…あ、え、…ええ!?」
 一気に頬に血が昇る。ぽろぽろ涙が止まらない。
「俺が、何のために毎朝、あんな所でずっと待ってたと思ってるんだ」
 ……彼は胸の痛みに耐えるように顔を歪めて、唇を噛んだ。そんな初めての彼の表情に、驚いた。それを見られたくないのか、彼は私に、勢いのまま口付けてくる。
 まるで食べられてしまうかと思った。飲み込まれてしまうかと思った。私の魂も心臓も、心も、気持ちも涙も。
こんなに近くに彼がいる。私、彼に認めてもらえたんだろうか。あなたの瞳に、私は映っているの?
 流れる涙が、息の出来ない苦しさからか嬉しさからか分からない。私のものか、彼のものかも分からない。
 ただ好きです。それだけです。……ただ、彼が、
「好きです…」

長い長いキスが終わって、唇が離れて向かい合ったとき、言った。一言。彼は笑ってこう答えた。
「やっと現在形だな。」
無駄な言葉はいらない。リンの友人が、リンの趣味を偽っていたのも知っていた。だから本当は一番リンと話が合うのも知っていた。ただリンが、俺のことを見るたび逸らす視線が怖かった。嫌われてる、それが一番怖かった。だけどリンといたくて、リンの友人と話をした。鏡音レンが君に手を引かれているのをみて苦しくなった。明かりの付いたリンの部屋にある二つの影が苦しかった。
 ……次の日はその鏡音レンに呼ばれて、桜の木の下。待っていたのがリンで、嬉しかった、恥ずかしかった、怖かった。だからアイスはと尋ねた。
 ……リンの言葉が、昔の事だけどと言っていた。
 どうして今さら。どうして過去の事なの?まさか鏡音レンと上手くいったから?考えれば考えるだけそうとしか思えなかった。ただリンの腫れた目を見て、その涙が俺のものならいいと思った。好きすぎて怖くて、壊れてしまう前にリンに会いたかった。


 昨日はと言い掛けた唇が、その先が怖くて口付けた。どうかお願い。誰より俺の傍にいて。
 好きだよ。ただそれだけ。ただ彼女が、
「…好きだよ、」



――――――――……



 今日もまた、透き通る青の日。

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい

透き通る青の日に

別コラボにも投下しましたが、久しぶりに頑張ったものなので評価聞きたいです。・・・って、評価くれる素敵すぎる人いるのかな?
カイトが肉食系なのは私の趣味です。あぁそうよ変態だよ。

コメントくれたらその日から、あなたのファンになっていいですか?(何

テストだりぃ・・・

閲覧数:214

投稿日:2011/05/10 21:00:52

文字数:4,049文字

カテゴリ:小説

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  • 甘菜

    甘菜

    ご意見・ご感想

    ドキドキしちゃいました!!
    カイ兄・・・見直しましたよ!!!
    表現が更にドキドキを高めて・・・心臓が持ちません(泣)

    リンちゃんもカイ兄もピュアですな//////////

    2011/05/10 21:45:32

    • めあり@人生何があるか分かんないね

      めあり@人生何があるか分かんないね

      いいんちょコメありがとう!!
      私も普段書いてるのはバカイトばっかりですが、たまにはかっこいい兄さんでも書いてやろうと思い、頑張りましたw
      表現大丈夫かな感がありましたが、そういってもらえて嬉しいです><

      2011/05/24 21:40:29

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