38.密会
ミク女王とリン女王。小さな緑の国と、大きな黄の国を守る二人の女王が、真夜中の庭で対峙した。
「ミク様」
「リン様、ご即位おめでとうございます」
ミクが、大きな月を背に静かに微笑んだ。薄い闇と黒い木立、そして静かな池がミクの背後を守っている。
昼間は美しい緑を見せる庭も、この夜は静かに息をひそめていた。ミクの緑の髪が夜の風にふわりと揺れる。昼間なら美しい緑色の髪も、今はうっそりと闇に沈んでいる。ミクの体の線に柔らかな紺色のドレスがまとわりついた。銀糸の刺繍がきらりと光る。月を背後に従えた、美しき夜の支配者のいで立ちである。
「ミク様からお祝いいただき、とても嬉しいですわ」
リンに扮したレンは、ごく自然に微笑んだ。
レンは、この瞬間から、リンになりきった。リンならばきっと、ミクから褒められることはうれしいだろう、と、レンはごく自然に、リンとして考えを巡らせた。
ミクの目が細められる。夜の闇に、黄の女王となったリンがたたずむ。自分の贈った黄のドレスが満月のように浮かび上がり、美しかった。
「いつから、この子はこんなに奇麗になったのだろう」
青の国ではただ明るくかわいらしく、かしこく元気なお姫様だったはずなのに、今目の前に居るリンは、明るさだけではない、深い影を背負っているかのように思わせた。
「それにしても、たった一週間前に女王になったとは思えませんね、リン様。まるでずっと前から、女王であったようですわ」
ミクの感覚が、するどく同業者の匂いをかぎ取る。青の国で会ったリンとは確かに違うと。
「いいえ。わたくしも、国を担うものとして、手探りの日々でございます」
これだ、とミクは思う。やはり、違う。声の深さがわずかに変わっている。
緊張のためだろうか、と感じた。……ならば、今のうちに。
ミクはするどく息を吸った。
「ごあいさつはこの位にして、短刀直入に申し上げます」
「わたくしも、ミク様に申し上げたいことがございます」
ミクの声にかぶせるように、リンは声を発した。
ミクは急いで息を継いだ。
「この子は、わかってやっている」
相手の言葉に自分の主張をかぶせるのは、相手との議論を打ち落とし、自分の主張を押し通すための技だ。話し合いなどするつもりはない、自分の主張を何が何でも通すという意志表示である。
緑の国の市長会議で、市長たちがよく使う技であり、ミク自身も使う技だ。
「黄の軍を退いていただけますか?」
「黄の国に、水と食料の援助を頂けますか?」
再び、二人の言葉が激突した。
ミクが腹に力をこめ唇を引き結び、黄の女王も足を踏ん張るように眉根を寄せる。
「緑の国は小さな国です。黄の国を助ける力などありません」
「緑の民は優秀です。わたくしたちの国に、どうか力を貸していただけませんか? 」
ミクはくっと目を細める。口がふっと笑みの形をかたどる。
「リン様。私たちは、もうすでに十分に、黄への援助は行いました。この国はもうすぐ穀物の収穫期を迎えます。どうか、そのあとまでお待ち願えますか? 」
満ちた月に、薄い雲がかかる。月を背にしたミクの表情が、闇に沈んだ。
「リン様が女王に即位する前から、ずっと緑の国は黄の国へ、援助を求められてきました。
発明した農業や土木の機械も貸しました。国で育てた大切な技術者も送りました。そこから学び発展させるのは、黄の国自身の役目ではないのですか」
ミクの見る限りでは、黄の国の諸侯は、足並みがちっともそろっていなかった。それぞれの事情は分かるのだが、国としてまとまりが弱く、すぐに緑の国へ援助を頼る。そして見返りは、何もない。
「もう、うんざりなのですよ、リン様。実りのない付き合いを続けるのは」
リンは、ミクの言葉にうなずいた。
「そうですね。たしかに、ミクさまの言うことは正論です」
黄の女王は、ふわりと睫をふせる。
「……しかし、それは持てる者の理論。海に近く、湾が山に守られた、豊かな緑の民の理論です。厳しい気候に耐える黄の国の民にとってはけっして正しいことじゃない」
思わず地の声を出しそうになり、黄の女王に扮したレンは、言葉を止めて息を吸い、そしてゆっくりと吐きだした。そして、リンの声を作った。
「ミク様。……もうじき、黄の国の民が、緑の国へとたどり着きます。軍の体裁はとっていますが、実のところは困窮した民が集まっただけの者たちです。
……どうか、彼らに水と食料を。
そして、『緑の国は、これからも黄の国の味方である』と、安心をお与えください」
来た、とミクは思った。
これが、リンのやりかたか、とミクは奥歯を噛みしめる。民を扇動したのはリンだ。何か物を言うとき、数は手っ取り早い脅威になる。
「さすが、リン様ね。お小さい時から、ご立派な教育を受けたご様子」
ミクがにこりと微笑んだ。月が再び雲を押しのけやってきた。
「『黄を捨てて青と結ぶのは許さない』。そう言いたいのでしょう?
残念ね。私と貴女の間にあるのは、今やもう友情ではないの。
貴女は女王。私も女王。国と国との利害だけよ。
今の黄の国は、すべてにおいて青の国に劣るわ。安定感も、産業の品質も。貴女を捨てて青と結ぶのは当然でしょう? 」
ミクの瞳が閃いた。
「貴女が数を頼んで私を、緑の国を脅すおつもりなら、こちらも覚悟があるわ」
ミクの右手が、左の袖にすべりこんだ。
「っ! 」
とっさにドレスを裁いてレンは身をひるがえす。その足元に、矢がくぐもった音を立てて突き立った。
ミクの手の位置は、リンを射かけろとの合図だったのだ。
「外した? 」
ミクが思わず声を上げる。
ミクの殺意を確認した瞬間、レンはそで口を素早く口にくわえた。
ピイっとするどい笛の音が、中庭に、そして王宮に響き渡った。
……続く。
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