【レン】


 あれからずっと、きょうだいに関する痕跡を探している。
 父上や母上の私室だった部屋を探ってみても、昔から居る家臣にさりげなく問いかけてみても、手かがりはなかなか掴めない。
 日記の一つでもあれば何か解かったのかも知れないけれど、二人ともどうやらそういうものはつけない人だったようだ。けれど、確かなことは一つだけある。
 昔から居る家臣に問いかけて一つだけ得られた答え。
 少なくとも、きょうだいが居るなら、僕たちよりは年上だ、ということだ。僕たち二人が生まれてから、両親共にこの国から出ることは殆ど無かったし、何よりもお互いを大切にしていたのは僕たち自身が知っている。その上で、二人が他の誰かと、なんてことは考え難いし、少なくともずっと両親の傍にいたリンが気づかない筈が無い。
 きっときょうだいが居るなら姉か兄になるのだろう。
 多分、それは間違いないと思う。
 父上と母上が結婚したのは、僕たちが生まれる一年前。だから多分、きょうだいはそれより前に生まれたことになる。

 だけど、そこまでだった。
 それ以外、もう一人のきょうだいの性別も、年も、何処に居るのかも、何もかも解からない。
 勿論知られたらいけないような立場だからこそ、厳重に隠してあるのだろうけれど、それにしたって手がかりすら掴めない。
 大体、きょうだいは僕たちの存在を知っているのだろうか。
 自分が、黄の国の王族に連なる者だということを、知っているのだろうか。
 それさえ解からないのだということに気づく。
 父上から聞いたのは、もう一人のきょうだいが、僕が持っている懐中時計と対になる一つを持っている、ということだけだ。
 それ以外のことは何も知らない。
 それを持っていたとしても、きょうだいがその意味に気づかなければ知る術は無いのだ。
 他に何か、きょうだいが誰か知る方法は無いのだろうか。
「どうしたらいいんだ…」
 カイトさんがこの国に来るまで、そんなに時間は無い。そうなれば終わりだ。リンは傷ついて悲しむだろう、でも、それだけで済むとは思えない。
 だからこそ、慰めになる何かを見つけたいのに。
 結局何も進展しないまま、時間が過ぎていくだけだった。



 城下町は郊外の町とは違いかなりの賑わいがある。それでも、緑の国の豊かさには敵わないけれど、通りを歩く人々は精力的に働いている。
 市場を歩いていると、美味しそうな林檎が見つかった。
 この林檎を使ったアップルパイでもすれば、リンが喜ぶかも知れない、そんなことを思って。
 噂を聞いたのは、そうして買い物をしている時だった。
「青の商人の息子に恋人が出来たらしいってさ」
「へえ、あの色男にかい?」
 耳に入ってきた言葉に思わず足を止め、息を呑んだ。
 噂は一日で何処までも広まっていく。あんなに親しそうにしていたのだ、まだ二人は付き合っては居ないようだったけれど、時間の問題であったのは間違いない。
 本当に恋人になったのか、見た人がそう思い込んで噂を流したのかは解からない。
 けれど。
 まずい。
 これが、この噂が、リンの耳に入ったら。
 カイトさんに直接振られるよりも、更に酷いことになる。足を止めたまま、噂をしている人達の話に聞き入る。出来るだけ何気ない風を装って、並べられている野菜を眺めて、それでも話はしっかり聞き取るために耳をすませる。
「何でも緑の国の町娘だってさ。綺麗な歌声の可愛いお嬢さんらしいよ」
「あたしゃてっきり、貴族の娘だかと結婚すると思ったけどねえ。何しろあちこちひっぱりだこだったじゃないか」
 間違いなく、カイトさんとミクさんのことだ。
「まあ、ねえ。あれだけモテりゃ引く手数多だろうけどね、ご当人は貴族だなんだと気にしない人だからねえ」
「確かに。前にうちの野菜を買ってったことがあったけど、気さくで良い子だったよ。あと十年若けりゃあたしも恋人に立候補したんだけどね」
 店番のおばさんはそうして笑いながら、話している相手のための商品を袋に詰める。手早い動作は流石に慣れたものだ。カイトさんも、此処でこうして買い物をしたのかと思えば、何だか不思議な気分になる。
「あはは、あと十年若くたって、よっぽどの器量よしじゃなきゃ相手にしてもらえないって。しかしまあ、そうなるとリン王女も振られるってことになるな」
「確かに、あの王女もご執心だって話だったね」
「まあ、個人的には良い気味、って気がするがね。あの王女のせいで俺たちが苦しんでいることを思えばこれぐらい」
「そりゃ言えてる」
 快活に笑い合う二人。
 二人の話を聞いて、どろりと暗い感情が湧き上がる。
 良い気味だなんて。
 確かにリンは、褒められたことはしてない。そのせいで苦しんでいる人だって沢山いると知っている。それでも。
 きっと、このことを知ったらリンは泣くだろう。
 泣いて、悲しんで、傷つくだろう。
 それを良い気味だなんて、どうして言えるんだ。
 リン王女がどれだけカイトさんのことを好きだったのか、知りもしないくせに。
 思わず怒鳴り散らしたいぐらいの感情が湧き上がってくるのを必死で抑えて唇を噛み締める。騒ぎを起こす訳にはいかない。リン王女の召使だと知れれば、気軽に買い物も出来なくなるだろう。それ以上に、彼女に入れ込んだ発言をすれば、双子だとバレる可能性も出てくる。
 こぶしをぎゅっと握り締めて、急いでその場を後にする。
 今、考えなければいけないのは、そんなことじゃない。
 確かに彼らに腹は立つ。けれど、彼らの言い分も尤もなのだ。だから、こんなことで怒るのは問題じゃない。
 問題は。

 この国にまでカイトさんとミクさんの噂が伝わっているということだ。



 急いで城に駆け戻り、その内部にまで噂が広まっていないか確認する。
 兎に角、リンの耳に入らないようにしなければ。いずれ知られるかも知れない。でも、もしリンがそれを知るとするのなら、カイトさんの口からが良い。
 どんなに傷ついても、カイトさんの言葉ならリンもきっと聞き入れてくれる。悲しんでも、それでも、噂によって知らされるよりは、ずっと良い筈だ。
 先に噂を知って、何も耳に入らなくなるよりは、ずっと。

 どうやら、城の中では噂は広まっていないらしい。
 そのことに安堵しつつ、使用人たちにはリン王女の前では絶対口にしないように、と念を押す。そのことで使用人たちの間に噂が広がってしまうだろうが、何処からか拾ってきた噂が勝手に流れ出してリンの耳に入るよりはずっとマシだ。
 この口止めも、何処まで意味があるかは解からないが。
 使用人たちだけでなく、本当なら大臣たちにも口止めしたいところだけど、彼らは僕の言うことなんて聞きはしないだろう。
 あと、他に出来ることと言えば、リンの耳に入らないように、なるべく僕がずっとリンの傍に居ることだろう。
 そうすれば避けられる可能性は高くなるはずだ。
 もう、きょうだいを探すとか、それどころじゃない。そんな余裕は無い。
 出来るだけリンが悲しまないように。僕が出来るのは、それだけだから。



 リンに隠し事をする、というのは正直言ってかなり辛い。
 双子だからなのかも知れないけれど、リンは僕の変化に敏感だ。いつ気づかれるかと気が気じゃない。それでも、僕は本当のことを言うことは出来ないから。
 リンを悲しませると解かっていて、口にすることは出来ないから。
「…何か最近、おかしいわよ、レン?」
「何が?」
「何か、ずーっと傍に居るし。部屋を出るときは殆どぴったり一緒だし」
「僕が傍に居るのは嫌?」
「そんなことはないけど…」
 訝しげな顔をするリンを何とかごまかしながら、笑みを浮かべる。
「僕がリンの傍に居たいだけだよ」
「そりゃあ、わたしだってレンが傍に居てくれる方が嬉しいわ」
 そう言ってくれるのが嬉しい。
 はにかむような笑顔を浮かべて、僕の言葉に答えてくれるのが。
 この笑顔が悲しみに沈んでしまうなんて、そんなこと考えるだけで嫌だった。何としてでも、噂を知られないようにしなければ。
 そう改めて心に決める。
 リンが笑っていられるのなら、僕は何だってするから。
 だからいつも君は笑っていて。



 だけど、そんなことがそれ程長い間続く筈もなかった。
 カイトさんがこの国に来るまで。
 それが、思いの外長い期間であると僕は理解できていなかったのかも知れない。
 短いと思っていた時間は、捉え方によってはもの凄く長いのだということ。
 カイトさんが来るのを待ち侘びるリンも、きっと同じように長さを感じていたのだろう。いや、もしかしたら僕以上に。
 だけど、カイトさんの口からが無理ならば、せめて僕の口から伝えるべきだったのだ。あの噂を知ったときに、僕は真っ先にそうするべきだった。
 きっと僕は、選択を間違ってしまった。


 リンの部屋のドアをノックする。
 けれど、返事が返ってくることはない。
「リン…?」
 問いかけても応えない。
 静まりかえったドアの向こうに、けれど確かにリンが居るということは解かっている。
「入るよ」
 中に入れば、もう昼過ぎだというのに部屋のカーテンは閉め切られ、薄暗い。それでもベッドの上で蹲る影ぐらいは認識できた。
「リン、一体どうしたの?」
 心の奥底で予感があったけれど、それでも敢えてそう尋ねる。
 リンは僕の声にようやく反応して、涙に濡れた顔を見せた。泣いて、泣いて、泣きはらした目をして、僕を見た。縋るような眼差しで。
「ねえ、レン、嘘よね?」
「何が?」
 出来るだけ優しい声になるように心がける。
「カイトさんに、恋人が出来たなんて嘘よね…?」
 その言葉に、知ってしまったのだ、と矢張り諦観めいた想いで理解する。けれど、一体誰がリンにそんなことを教えたのだろう。
 リンがどれだけ傷つくか、悲しむか、解からないはずが無いというのに。
「誰からそんなこと聞いたの?」
「…ねえ、嘘だって言ってよ!」
 縋りつくように腕を引っ張るリンを、何とか宥めようとするのだけれど、嘘を吐く言葉がどうしても出てこない。此処で嘘をついたとしても、何れは知られることだ。
 だから、否定することが出来ない。しても意味が無い。
 思わずリンから視線を逸らして、唇を噛み締める。顔を見ていられなかった、リンが
悲しむ顔なんて、見たくない。
「本当、なの…?」
 ぼろぼろと溢れる涙を止めないまま、リンが言う。呆然とした表情で。きっと、泣いていても完全に信じきれては居なかったのだろう。それが、僕が否定しないことで確信に変わったのだ。
「レンは知ってたの?知ってて黙ってたの?」
「…リン」
「緑の国へ行ったときから…?」
「…」
 否定しない、そのことに。
 リンは僕の腕から手を放して、ベッドの上を後退る。
「どうして!?」
「リン、僕は…」
「やだ、来ないで、出てって!」
 言い訳を、何か言い訳をしようと思うのに、言葉が出ない。
 僕がリンに隠し事をしていたのは事実だから。でも、それは、リンを傷つけたいからじゃない。リンに笑っていて欲しいからなのに。
「僕はただ、リンのことを…」
「出てって!隠し事するレンなんて大嫌い!」
 全く泣き止む様子の無いリンに、それでも睨み付けられて怒鳴られて、それ以上の言葉なんて言えなかった。癇癪を起こしたように泣き喚き、枕を投げつけられる。
 今はこれ以上話しかけても無駄だろう。仕方なく部屋を出る。
 あんな風に泣いて悲しむリンを見たくなかったから、必死で隠そうとしたのに。
 だけど、そのせいで余計にリンを傷つけてしまったのかも知れない。僕が隠し事をしてしまったから。リンを、騙してしまったから。
「僕は、馬鹿だ…」
 あんなに傷つけたくないと思ったのに、泣かせたくないと思ったのに。
 僕が余計にリンを傷つけてしまった。
 苦しめてしまった。
 せめて僕の口から言えばよかった。
 そうすれば、人の噂で聞くよりは傷つかなかったかも知れないのに。もっと、ちゃんと伝えられたかも知れないのに。
 僕が隠し事をしたという事実にまで傷つかなくても良かったのに。
「馬鹿だ…」
 何で、間違ってしまったんだろう。
 僕だってリンに隠し事をされたら悲しい。だからいつも、リンは僕にだけは秘密を共有する。解かっていたことなのに、僕は隠してしまった。
 間違ってしまった。

 ただ、リンに笑っていて欲しかった、それだけなのに。

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい

【悪ノ派生小説】比翼ノ鳥 第十九話【カイミクメイン】

爆弾に火がついた。
恐らくはそんな感じ。
一方のカイトとミクは幸せ真っ盛りだけれど、不穏なものはすぐそこまで来ていたり。
ごめんなさい、前回で終われた方が、きっと幸せでしたよね。

閲覧数:456

投稿日:2009/08/04 12:37:33

文字数:5,158文字

カテゴリ:小説

  • コメント4

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  • 甘音

    甘音

    その他

    いつも感想有難うございます。

    そうですね、此処からが本番です。
    何か色々謝り倒したい気分ですが。

    レンは一生懸命ないい子ですよ。ある意味凄く可哀想です。
    本当に人の噂はあっという間ですよね。直接伝えられたならある意味諦めもつくかも知れないけれど、噂で知らされるのはきっとショックだろう。
    まあ、レンがそう考えての行動なのですが。
    レンがちゃんとリンに伝えていたら、また違う流れに言ったのかも知れませんが、それもまた、過ぎ去ってしまったことなので。
    きょうだいについては…此処まで引き伸ばすつもりは無かったんですけどねー。あんまり気にされてると焦らしたくなるもので(ぇ
    いつ解かるのか、お楽しみに!楽しみに出来るような状況じゃ無いかも知れませんが…。

    次のカイミク生、さて、どうでしょう。
    私はイラストを描いている余裕が無いので…すみません。此処はピアプロなんだし、やっぱりそこから借りてくるとか!

    続き頑張ります!

    2009/08/12 12:14:39

  • エメル

    エメル

    ご意見・ご感想

    こんばんわです~

    うむむむ、ついに来ちゃいましたか・・・
    ここからが悪ノシリーズ本番って感じですが、あ~う~覚悟は、ちゃんとありますよ。

    レンは本当に一生懸命なんですよね。みんなに優しくてだからこそ合理的には動けないと言うか、損な性格ですよね。
    人の噂は早いですね。カイトは有名人?だからなおさらなのかな。確かに直接言われるよりも又聞きのがきついかなぁ。リンもかわいそうだと思いました。
    リンはカイトに恋人ができたこととレンに隠し事をされていたことで二重にショックを受けてるんですよね。レンを責めるのはお門違いだってことは分かってはいるんですが、それでもちゃんと話して欲しかったなぁっていうのが本音です。これが後にレンの重りになってしまいそうですが・・・
    きょうだいについては結局手がかり無しですか・・・自分より上ということが分かっても性別も年齢も分からなければどうしょうにもならないですね。後で意外なときに分かるっていうのがセオリーな気がしますw

    次回のカイミク生までにはアレ投下したいですね。とはいえまだ全然出来てはないのですが・・・時間がないやる気がないイラストもない・・・\(^o^)/オワタ

    続きたのしみにしてま~す!ではでは~

    2009/08/10 22:42:54

  • 甘音

    甘音

    その他

    いつも感想有難うございます。

    この展開ははじめから決められていたことなので、ごめんなさい、と言うしかないですね。
    なんとなく、この物語で一番可愛そうなのはレンな気がするので、書きながらごめんなさい、と謝ってしまいますね。本当に一生懸命なだけなんですよね。
    悪ノ召使に少しずつ入っているところ、という感じでしょうか。本当に、覚悟お願いします。
    きょうだいは思った以上に引っ張ってしまってすみません。何れ明らかになるのを、お待ちいただけると嬉しいです。
    私の本気……さて、どうなるのでしょう、まあ、暗い話の方が書きやすいかも知れません、私は。

    カイミク生は、また何れご参加ください。
    適当に私自身が都合のいい日を決めてやっているだけなのでw
    基本的にカイミク生はカイミク好きな人しか立ち寄らないと思います。見られたら是非楽しんでいってください。

    続きも頑張って書きますねー!

    2009/08/07 09:55:33

  • 時給310円

    時給310円

    ご意見・ご感想

    うぁ~……。

    こんにちは甘音さん、読ませて頂きました。
    いや~、何と申しますか。とうとう来るべき時が来てしまった、って感じですね。
    レンは「間違ってしまった」と自分を責めていましたが、リンを傷つけまいとあんなに苦悩して、必死に駆けずり回っていた姿を見ると、到底責める気にはなれませんね。あんなに頑張ったのに最悪の結末で、その報われなさが切ないです。前回までカイトとミクの幸せな様が描かれていただけに、一方のレンがすごく対照的に見えて、余計にそう思えます。
    これからいよいよ「悪ノ召使」が始まるんでしょうか? うぁ~……そろそろ読むのに覚悟がいりそうな予感。そういえば今回すでに歌詞の一部が入ってましたよね、実はもう始まっているという事なんでしょうか。うぁ~。
    しかし「きょうだい」の謎が残ったままですね。何かもう少し紆余曲折があるのでしょうか? 兄か姉……ってことは、えっと……う~ん? どんな伏線になっているんでしょう。
    甘音さんの本気が来そうな予感に恐々としながら(w 次回を楽しみにさせて頂きます。

    ところで、前回は「カイミク生」等について、ご丁寧に説明頂きましてありがとうございます。
    なんと! カイミク動画流しまくりとは……どんな桃源郷ですかソコはっ!?(残念なことに目が本気)
    なかなか時間が取れない身の上ですが、何とか拝見したいものです。きっとそこにはカイミク好きな人もいっぱいいるんでしょうね。いいなぁ、楽しそうだw

    今回も大変な力作で面白かったです。次回もがんばって下さい!

    2009/08/05 21:41:12

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