ねぇ、信じてもいい?

----------

「――ッ」
 ちょっと待ってよ、嘘でしょ? こんなの、理解できないよ。だって、だって。こんなの、台本にはなかったはずで。
 突然、天井から、何かが落ちてきた。あれは何? 何か黒くて硬い物。もし当たれば、絶対に怪我をする。擦り傷とか切り傷とか、そういう軽いものじゃないことは理解できる。
 避けようにも、やけに体が重く感じる。時間が、すごくゆっくり流れてる。
 私は、強く目を瞑った。もう間に合わない。きっと、あの塊は私に落ちて――

 ……こない? その時はやってこない。
「大丈夫か?」
 いつのまにか、時間の感覚が戻っていた。目を開けると、そこには神威先生の背中。
 彼の手には、一振りの剣。それは、レン君が作った演劇の小道具。彼の側には、数個の欠片に切られた、鉄の資材。きっと、落ちてきたのはあれなんだろう。そして先生がそれを切った。
 一瞬、あの日のことを思い出す。



 学園長が帰ってきてすぐのことだったか。放課後の講堂で、レン君がたくさんの道具が入った箱を抱えていた。


『レン……それは一体?』
『これですか? 今度の劇で使う小道具を持ってきたんです』
 そう言うと、レン君は箱を床に置き、箱から何かを取り出す。
『その中の一つがこれですね』
『……剣?』
『ロングソードです。といっても、もちろん演技用なので偽物ですがね』
 レン君は剣の刃の部分を、ノックでもするように軽く叩く。剣からは、カツンと軽い音がする。それは、その剣が演技用の偽物であることの証明。
『通常のロングソードより、少々小さいものがなかったので。既製品をちょっと加工しましたけど』
『ちょっと待って、それレン君が作ったの?』
『既製品からイメージに近いものを選んだりするほうが時間がかかったりするから、作ったものも多少はありますよ。まあ、一から作ったんじゃなくて、改造というほうが正しいかな』
 当然のようにレン君は言う。いや、普通剣(レプリカ)は男子高校生が短時間で簡単に作れるもんじゃないでしょ。
 鏡音レン。手先がかなり器用なため、物作りが得意。いろんなことを計算しながら製作するため、得意科目は数学。(リンさnデータベースより引用)
『で、この剣は俺が使うのか?』
『うーん、多分使うんじゃないですか? 誰かが使うことは確定なので作ったわけですし?』
『適当だなオイ』



 思い出していたのは一瞬だったらしい。今は、やけに時間の流れ方の変化が感じられる。
 あの剣はただの鉄とかを加工したものだろうか。それとも、もっと軽くて安全なものだろうか?よくわからないけど、あれは演技用の既製品を少し加工したもの。なのに……なんで物が切れているんだろう?
 よくはわからないけど、結果を言えば、神威先生は私を守ってくれた。彼を剣を鞘(もちろん演技用)におさめ、こちらに目を向けた。
「あ、あの……」
「大丈夫でしょうか? お怪我は……」
 あれ? これって台本になかった、ちょっとしたハプニングだよね? まさか、この状況で――彼は演技を続ける気なのだろうか? しかもアドリブで? アドリブで!?(大事なことなので二回言いました)
「なんともないわ……貴方が、私を守ってくれたから…」
 とりあえず、そう言ってみる。アドリブには自信がない。うん、変なことを口走らないかとても心配だ。どうしよう。
「そうですか」
 彼は少しゆっくりなスピードで、私に向かって歩いてくる。そして、私の前で足を止めると、彼は私を抱きしめた。ちょちょ、ちょっと!? 彼の目的がわからない。なんで? これ演技だよね?
「お嬢様……」
 え、ちょっと待って、頭がぐるぐるしてる。これってまさか、元々入る予定だったシーン!? なんかそんな気がしてきた! っていうか、そこのセリフも一応覚えてたはずなのに、混乱して出てこない、どうしよう、しかもこのシーンで!
「僕の剣で、あなたを守れてよかった」
 よく出てきますねそんなセリフ! 本当にそんなセリフありました? アドリブだったらやばいですよ、いろいろと!
「もしあなたの身に何かあったら……、僕はきっと悔やんでいた。だから…」
 私は何を言えばいいんですか! っていうかそのセリフのあとで何をすれば!? しかも舞台の上、今更だけど恥ずかしいよこれ!
「あ、あの……? どうして……?」
「……失礼、僕じゃあいろいろとまずいですね」
 間抜けな私の言葉に、彼は冷静に言葉を返し、私から離れた。
「……ミク様だけじゃなく、他の使用人にもどうか、今日のことは内密に」
 そう言うと、彼は舞台脇へ歩いていく。
「あ、あの! その……ありがとう、いろいろと……」
 私がそう言うと、彼は振り返り、僅かに微笑んだ。その表情は演技の顔? それとも。

 結局、その後からは台本通りに劇は進んだ。あのハプニングを“最初から台本通りだった”かのように変えた彼は、淡々と演技を続ける。ハプニングのせいで出てしまった、矛盾してしまうセリフもいくつかあった。そこは教師の三人がアドリブを入れて修正した。
 結論を言えば――劇は成功した。



 真実を知らない観客達は、私達は「ただ演技をしていた」だけに見えるだろう。でも、真実を知る演劇部のメンバーには……どう誤魔化せと?
 とくに、リンさんの視線が痛い。うわ、めっちゃこっち見てるよ。なんか手がわきわきしてるよ。絶対何かするし聞いてくるよ。間違いない。

 というわけで危険を感じた私は、久しぶりにあの空き教室へ来ていた。誰にも見つからないように、こっそりと。リンさんには偽情報を提供しておいた。多分、ここには来ないだろう。
「やっぱり来たか、ルカ」
 いつの間にいたのか。振り向けば、扉のほうに神威先生が立っていた。着替えたのでいつもの白衣だが、眼鏡はかけておらず、今はコンタクトだそうだ。最近はずっとコンタクトだったのだが、舞台も終わったため明日からは眼鏡に戻るのだろう。新鮮だったけど、もう見納めだ。
「ここが安全地帯かと思いまして」
「そうか。ルカも追われたということは……まずい噂が流れる可能性もある」
「まずい噂?」
「俺とルカが付き合ってる、っていう噂だよ」
 そうか。真実ではないにせよ、観客の中にそういう噂を流す人がいる可能性もあるんだ。
「実際、噂を聞いた一部の生徒が俺を探しててな……」
「じゃあ、あなたも逃げてきたんですか?」
「逃げるなら屋上とかでもよかったんだが、今あそこは寒いからな」
 寒いっていうか、外は雪が降り始めていただろう。とてもじゃないけど、逃げる場所じゃない。凍えて雪だるまになってしまう。それはごめんだ。
「まぁ、噂に関してはもう対策をしてあるから大丈夫だろ」
「対策ですか?」
「リンがあちこちに喋ったりするかもしれないから、ちょっと黙ってもらったり」
 あ、なんか微妙に怖いオーラ。つまりなにかこう、脅し的な何かをやったんですね。喋ったらチョークをぶん投げるぞ、みたいな? それなら確かに効果はある。だって本当に怖いもんね!
「あ、誰かがここに来たりしないんですか?」
「その点については問題ない。この教室は、なぜか『Singer』以外の人は来れないから」
「? はぁ」
 よくわからないけど、それって『Singer』の人が来たらバレるんじゃ……?
「そこは置いといて。まさか、あんなハプニングがあるとはなぁ」
「本当ですよ。でも、助けていただいて、ありがとうございました」
「いや、いいよ。俺も驚いたけど」
「そうですよね。……そういえば、なんで私を、抱きしめたりしたんですか?」
 どちらかというと、私はこちらのほうが驚いた。凄くパニックになったし、心臓は緊張どころじゃないほどにバクバク暴れまわっていたし。
「あぁ、そこは台本になかったしな。あのままだと中止になると思ったし、客も混乱するんじゃないかなーと」
「え、じゃあ、あれは咄嗟の演技……?」
「そう。ルカも混乱するんじゃないかと思ってたけど、うまくできてたな」
「いえ、あれでも大混乱してましたよ?」
 おかげでセリフ忘れましたから。結局、そこのシーンの本当のセリフってなんだったんだろう? 台本を見ないと思い出せない。
「まぁいい。とにかく、無事でなにより」
 そう言うと、彼は何を思ったのか。近づいて左手をのばし、私の頬に触れた。
「……え」
「動くなよ」
 そんなことを言われても、行動が唐突だからどちらにしても動けない。……多分、唐突じゃなくても動けないだろうけど。どうも最近、こんなことが多い気がする。
「……何を」
「いいから」
 感情のない声。わざとそうしているんだろう。
 何をするのか聞いてみた。でも本当は聞かなくてもわかっている、というよりは望んでいる。彼が何をしようとしているのかを。
 少し怖くもある。だから、私は目を瞑った。

 頬に触れた指が、唇をなぞっていく。なのに、十秒ほど待ってもそれ以上は何も起こらない。あれ? この流れだと、次は……。じゃあ、なんでこんなに静かなんだろう。
 とりあえず目を開いてみると、目の前に神威先生の顔。
「……!?」
 少し距離をとる。うん、凄くびっくりした。
「やっぱり、その反応もおもしろい」
「……あ、遊ばないでください」
 また演技。おかげで彼の本心がわかりにくい。
「どうして、こんな……」
「かわいいなと思って。まあたまにはいいんじゃないかなと。嫌だった?」
「い、嫌じゃないですけど、できればもう少し心臓に優しいほうでお願いします……」
 びっくりしすぎて、体がもたない。
「そうだな」
でも、その笑顔は見ていたいです。



 思えば、このときの私は何もわかっていなかったんだ。彼の思いも、痛みも、全て。
 私さえ、私さえいなければ。彼はあんなことに、巻き込まれずに済んだのに。

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい

【がくルカ】memory【21】

2013/02/14 投稿
「結末」


学園祭編終了、そして第二章も終了です。
改稿にあたり内容をそこそこ変更しました。


前:memory20 https://piapro.jp/t/moev
次:Plus memory2 https://piapro.jp/t/ZBE9

閲覧数:3,264

投稿日:2022/01/10 02:23:41

文字数:4,085文字

カテゴリ:小説

ブクマつながり

もっと見る

クリップボードにコピーしました