悪い男(4)~カイトの戯れ がくぽの本音~
「ただいま」
そう言いながら巡音ルカがリビングに入ると、テレビの前にコの字型に置かれたソファに座った男達が振り向いた。
「お疲れ様、ルカ殿」
「お帰り、お疲れ様」
一人はこの家の住人であるカイトなので、別にどうとも思わなかったが、もう一人は隣に住む神威がくぽだった。
「あっ、いらっしゃい、がくぽさん」
少し戸惑いながら、ルカは挨拶を返した。
がくぽがこの家に来ているのは珍しいことではない。
兄であるカイトとのユニット「ナイス」での仕事がある度に、打ち合わせ、ミーティングと称してきているし、仕事の打ち上げにもこの家に来て、メイコやルカも交えた大人組四人で、飲み会をすることもある。
ただ、昼間のこの時間、三時ぐらいから、このリビングにがくぽが座っていることは珍しい。
ミーティングなら、大抵はカイトの部屋でやるし、飲み会なら夕方遅くか夜になる。
テーブルの上に楽譜やメモが広げられていることから、今日はミーティングにリビングを使っていると思われた。
すぐにリビングから出ようとしたルカだが、リビングからダイニングスペースを隔てたキッチンで、人の気配を感じた。
バッグを持ったまま、キッチンに行くと、そこでは姉のメイコがコーヒーを入れていた。
「おかえり、ルカ。二人にお茶出すの、手伝ってくれる?」
「はい、お姉様。今日は、お二人は、ここで打ち合わせですか?」
「そうなの。私も今帰ってきたばかりなんだけど……。カイトったら、がくぽ君にお茶も出さずに、話し込んでしまってる見たいなの」
振り向くと、二人はテーブルの角を使って直角に向き合い、楽譜を片手に、なにやら真剣に話し込んでいる。
「今度の曲、難しいみたいね」
「真剣ですね」
ダイニングの椅子の上にバッグを置き、ルカはキッチンに入っていった。
「じゃ、ちょっと、歌ってみようか。サビの部分」
カイトの呼びかけに、がくぽが頷いていた。
「1,2……」
カイトのかけ声に、がくぽが歌い始める。
甘く響く、厚みのある低音が、柔らかく流れる。
その後を、カイトの硬質のテノールが,伸びやかに続く。
少し聞いただけで分かる、切ない恋心を紡ぐバラード。
二人の声が交互に、美しい旋律を奏でる。
最後に二つの声が絡み合い、見事なハーモニーが、狂おしいまでの想いを歌に宿し、リビングにあふれた。
ルカはメイコの手伝いもせず、思わず聞き入ってしまった。
それはメイコも同様で、コーヒーを入れる手が、完全に止まっている。
「う~ん」
歌い終わったカイトが唸った。
「カイト兄様、不満そうですね」
ルカがメイコに話しかける。
「さっきから、ずっとあんな調子。悪くない……っていうか、素敵だと思うんだけど」
「どうですか?」
がくぽがカイトに尋ねている。
「歌は悪くないと思う」
「俺もそう思います。ただ、この表現の仕方で、いいんでしょうかね」
どもう、二人は歌の解釈について迷っているようだ。
「普通のラブソングと同じような感じでいいのかな?」
「そこが引っかかるんですよね」
「ネタ曲なら、ノリでこなせるけど、ガチだと考えるね。BL曲は」
メイコとルカの動きが止まった。
どうやら今度のユニット「ナイス」はBL曲。俗に言う、男性同士の恋愛を歌った曲のようだ。
「好きな人を想う気持ちに、そう、大きな隔たりはないと想いたいけどね」
ソファの背に身を預け、カイトが呟く。
「お互い、こっちの方の経験は……ねぇ」
苦笑するがくぽに、カイトも頷いた。
「……そうだ、殿」
「はい?」
「経験積むために、俺と一度やらない?」
「…………………………………………………………………………………………」
固まるがくぽ。
ほぼ間を置かず、リビングに響く打撃音。
がくぽとカイトの間に、ルカが立ちはだかり、メイコが手にしたお盆で、思いっきりカイトの頭をはたき、はたかれたカイトは頭を抱えていた。
「カイト!なんて事いうの!」
「いったーーっ。めーちゃん痛いよ」
「痛いように叩いたの! 自分の言ってること分かってるの?! がくぽ君、固まってるじゃない! それにカイトが向こうの世界に行っちゃったら、私の立場はどうなるの!」
かなり笑えない立場になるだろうと思われるメイコが、問い詰めた。
「やだなぁ。冗談に決まってるよ」
笑いながら自分の頭をなでるカイトに、メイコの唇の端が引きつった。
「カイト……。あのね、世の中には言っていい冗談と、言ったら洒落にならない冗談があるのよ」
微妙に間違っているが、この場ではしっかりはまっている。
「……ならなかった?」
目の前のルカが、大きく頷いている。
「やだなー。俺、めーちゃんが好きなのに、遊びや洒落でもそんなことするはずないよ」
「……カイト」
「愛してるよ。めーちゃん」
「……カイト。人様がいる前で、そう言う事を言うんじゃないって、前に言ったよね……」
メイコの声が、一オクターブ低い。
「えー、だって、めーちゃんが俺のこと変な風に疑うから」
「疑いたくなるような発言をする方が悪いの! だいたい、なんで今日に限って、ミーティングをここでやるの! レンやリンが帰ってきて、今みたいな話しが聞こえたら、教育に悪いでしょ!」
「あの子達は気にしないと思うけど……。それに男同士で密室にこもって、こんな話しをしている方が、やばくない?」
どこまでも反省の色のない、天然発言を連発するカイトに、メイコがついに切れた。
「ルカ……」
「はい?」
「がくぽ君の相手をしてて。私はこの馬鹿に、教育的指導入れてくるから」
と言うなり、カイトの襟首をつかんだ。
「め、めーちゃん」
引きずられるままに、カイトが立ち上がると、二人はそのままリビングの外に消えていった。
階段の方から聞こえる『めーちゃん、ごめーん』と言う情けない声を、ルカはあえて無視した。
はっと気づいて、がくぽの方に向き直る。
「がくぽさん?」
俯いたがくぽの肩が、小刻みに震えている。
「そんなに、声を押し殺して笑わなくてもいいですよ」
ルカの声に、がくぽの笑いが爆笑に変わった。
「あーー、すごかった。義兄者(あにじゃ)もメイコさんも、やっぱりただ者じゃない」
どうただ者でないのか、聞くのも怖い。
「あの……。お兄様の言ったことですけど……」
「分かってますよ。冗談だって。あんなにメイコ殿大好きな義兄者には無理ですよ」
笑いながら言うがくぽに、ルカはほっとすると、さっきまでカイトが座っていた所に腰を下ろした。
「まあ、悪い話しではないですけどね。義兄者、美形だし」
……なんだか微妙な発言を聞いたような気がする……。
「着やせするタイプだけど、いい躰してるし」
今度はルカが固まる番だった。
「でも義兄者には、メイコ殿がいるし、俺は」
がくぽが腕を伸ばし、膝の上に置いていたルカの白い手の上に、大きな手をそっと置いた。
まるで産毛が生えそろったばかりの、小鳥の雛に触れるかのように。
わかっているでしょう?と言うように、がくぽがルカの顔をのぞき込む。
時々、がくぽはこんな風に、ごく自然に、ルカの手に触れてくることがある。
触れ方もいつも同じ。どこまでも優しく、柔らかく。決して握りしめたりはしない。
だからルカはいつでも、がくぽの手から逃れることが出来た。
今も手を引っ込めれば、簡単に手を離せるし、今までもそうしてきた。
が今日は逆に、がくぽの手の上に自分の手を重ねて、握りしめた。
そうしなければ……がくぽが向こうの世界の人になってしまいそうな気がしたから。
がくぽの微妙な発言に、ルカは混乱しているようだ。
真っ赤になって、がくぽの手を握るルカに、がくぽもうっすらと頬を染めながら、笑みを返した。
次の仕事があるから。ということで、がくぽは小一時間ほどルカと話して帰って行った。
カイトが上から降りてきたのは、夕方の五時を過ぎてから。
「殿、帰っちゃった?」
リビングで寛いでいたルカに、カイトが声を掛けてきた。
「はい、仕事があるとかで。あとでメールするそうです」
「そっか。殿には悪いことしちゃったな」
そう言いながら、カイトは手にしたエプロンを身につけ始めた。
「あの……お姉様は?」
「ん?寝てる。晩ご飯まで寝させておいてあげてよ」
寝てる? この時間に?
「さて、何作ろうかな?」
そしてこの兄の上機嫌さは何? 心なしか、顔の艶までいいような気がする。
上で何が……………………………………………………。
色々と深く考えたくないことが山積みになった、今日のルカであった。
【カイメイ】悪い男(4)【ぽルカ】~カイトの戯れ がくぽの本音~
格好いいカイトを書こうとして始めた「悪い男」なのに、段々お笑い路線に行っているような気がする。次こそは、格好いいカイトを……。
「悪い男」のタイトルの「い」をカタカナ表記から、ひらがな表記に変更しました。なんだか紛らわしいみたいなので。
今までにアップした作品も変更しましたが、変更日が一日ずれています。まあ、数日たったら紛れるだろうということで(めんどいし)、このままで行きます。
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